666 :ヒナヒナ:2012/09/26(水) 20:30:57
taka氏の「グロスベルリン」を読んで支援。
しかし、結構重くなってしまった……
○ベルリンの壁
「俺、勉強していつかベルリンの壁を越えてやるんだ!」
「まあ、万が一くらいは可能性が無いわけじゃないから頑張れよ」
ドイツ帝国ベルリン郊外都市の広場で、噴水を背にしながら二人の少年が話していた。二人とも学生のようで身なりがきちんとしていた。大きな声で隣に座る少年に話しかけているのはブラウンの毛に淡い茶の瞳をしている少年と、それを聞いているのは金髪碧眼で均整の取れた体型、そして小さな「徽章」を付けている少年。熊と小さくハーケンクロイツがあしらわれたそれはベルリン市民であり生粋のアーリア人であることを示すものだ。
彼の名誉のために明記しておくべきことだが、彼らは人種こそ違ったが紛れも無く親友だった。ただ金髪の彼は夢見るには少し現実が分かり始めてしまったため、無責任に友人の夢を全面肯定する気にはなれなかったのだ。ベルリンでは先週も、郊外で逢引していたカップルがアーリア人の血を汚したという理由で覆面を被った暴漢に襲撃されたばかりだ。人種について無見識であることは身を危険にさらす。現にユダヤの血が混じる(ユダヤの血というのも可笑しな表現であるが)友人と親しくすることを、優生論を信奉する親からは余り良い顔をされない。
ドイツ復興のため総統ヒトラーも良識派の官僚達に諭されて、優秀な人材の確保のため人種差別を一部緩和していた。この中で特に科学者は優遇された。何故なら戦前からの日本の工作により優秀な科学者が多数国外に流出しており、ドイツ科学会からは人種政策緩和による復興が叫ばれていたからだ。技術大国ドイツを差し置いて日本で原子力爆弾なる新基軸の兵器が開発されたことが、科学者など一部技術者への優遇を後押しした側面もある。またガス抜きとして劣等人種にも這い上がる機会を残したという意味もある。
そういった経緯があり、噴水で夢を叫んでいた少年の両親は、「混じり物」であっても優秀な科学者であったためベルリン郊外の二等住宅街に住むことを許可されていた。
「気をつけろよ、まだまだ物騒だし、ssに目をつけられているんだから」
「大丈夫だよ。父さんみたいな物理学者になって、親戚もこっちに呼ぶんだ。じゃあまた明日!」
二人の少年は別れを告げベルリンの外と内に別れていく。
ノーベル賞やフィールズ賞のよりも高い壁であると揶揄される「ベルリンの壁」。世界が違ってもその存在は健在であった。ただし「ベルリンの壁」とは東西ドイツ分裂や東西冷戦の象徴ではない。ベルリンの市内に刑務所の様な無粋な塀は存在しない。ヒトラーの美的感覚からすればあのような均整の取れていない建築物など自ら計画した完全なる都市の中には有ってはならないものであった。高く聳え立つ人種の壁、ベルリンの壁が取り払われるのはいつの話しであるか、誰にも分からない。
(了)
最終更新:2012年09月28日 19:34