- 317. 名無しさん 2011/05/31(火) 22:00:29
- 忘れられた戦場 マニラの夕焼け4 −蒼海の墓場−
アジア艦隊が壊滅して、上陸を企てる日本軍を洋上撃破することが不可能になった在フィリピンアメリカ軍は、1942
年の暮れから、ルソン島へ、徐々に部隊の集結を実施していた。本国からの兵站は途絶しているが、出先の基地には軍
の主力が展開するルソンから、雑多な物資を輸送しなければならない。その手間と、時折、襲ってくる日本軍機や潜水
艦による被害もバカにならない。
まず、各個撃破されるのを防ぐ。そして、輸送の手間を省き部隊を集結させることで、物資を効率的に利用するため
にルソンへの集結が行われていた。アメリカ軍のいなくなったミンナダオなどのモロ人の居住する地域の治安は急速に
悪化するが、ミンナダオの治安を維持する積極的な理由が見つからないとされた。いや、目を瞑っていた。ミンナダオ
は南へ脱出する唯一の出口であったのだから。
この時期、フィリピン駐留のアメリカ軍将兵は、本国、特に東部地域の窮状に比べて多くは、比較的、平穏な日々を
送っていた。予想された日本軍の上陸は、未だに行われず、思い出したように軍事施設に対して、少数機の爆撃が行わ
れるだけであった。
伝え聞く、中国での日本軍の精強振り、頼みのコレヒドール要塞は廃墟、すでに、5ヶ月近く本国とは補給が絶たれ
通信も満足にできず、ほぼ全ての航空機と重火器の半数が空襲で失われたという状況は、兵士の士気を急速に奪ってい
た。また、毎夜のように、ばらまかれる日本軍の伝単は、本国の惨状を伝えて、自分たちがフィリピンにいることさえ
無為であるという虚無感さえ生じさせていた。
しかし、大半のアメリカ軍部隊は、その指揮系統は保持され、最低限の組織としての団結を保っており、敗北主義に
包まれた軍隊に見られる脱走などはほとんど見られずに、ある種の緊張感が漂っていた。その理由は、後背定まらぬフ
ィリピン政府と、フィリピン政府による、アメリカ軍施設や兵器、官庁、アメリカ企業による生産施設などを担保とし
た借款と引き替えに設立されたフィリピン国軍の動向、アメリカ軍指揮下にあるとはいえ、明らかに、個々の兵士さえ
アメリカ軍と距離を取り出したフィリピン人部隊にあった。アメリカ軍は個々の兵士の単位まで、日本軍の来襲に備え
る前に、足元をすくわれることを恐れていた。
フィリピン人の蜂起という事態が起っても、アメリカ軍が短時間で打ち倒されることはないだろう。しかし、メキシ
コでは大規模な反乱が起こり、その鎮圧は困難を極めているという情報は入っていた。本国に隣接したメキシコでさえ
その状況という事実は、アメリカ軍個々の兵士の恐怖となっていた。一度でも敗北をすれば、フィリピンのアメリカ軍
には逃げ帰る場所さえないのである。日本軍の伝単や謀略ラジオ放送は、1900年代初頭に行われたアメリカ軍によるフ
ィリピン掃討戦における虐殺行為を、英語でアメリカ兵に、タガログ語でフィリピン人に伝えていた。
アメリカ軍による虐殺行為などは、多くの若いアメリカ軍兵士にとっては始めて聞く話である。顔見知りになったフ
ィリピン人に、本当のことかと聞くと、(昔のことだよ。もう、恨んでないよ。アメリカはいいこともいろいろしてく
れたよ。)なんて愛想笑いをする。本当のことだったんだと実感するとともに、本当に恨んでないのかと疑ってしまう。
町のアメリカ兵相手の商人たちは戦前のように、今でも愛想良く笑って商売熱心である。それさえも、その笑顔の裏に
復讐の怨念を燃やしているのではという疑心暗鬼にかかる。
ルソン島に展開する、兵士は非番でも兵舎から出なくなる。外出するときは、数人でグループ行動をする。緒戦のよ
うな激しい空襲がなくなっても、兵士達は重苦しく、何かに怯える日々を送るようになった。ささいなことで、フィリ
ピン人と喧嘩する、集団での暴行事件、性犯罪の多発は恐怖心の裏返しでもあった。フィリピンのアメリカ軍の軍規は
目に見えぬ恐怖で保たれていた。さらに、そのストレスは酸が物を徐々に溶かすように兵士の精神を蝕んでいった。
在フィリピン、カタンズアネス島 アメリカ海軍第115警備隊および第23魚雷艇隊基地 1943年1月10日
ルソンに部隊が集結するなかで、ルソン島の東にあるカタンズアネス島北西岸には、アメリカ海軍部隊が依然として展
開していた。基地には内海用の2隻の小型哨戒艇、こらは主にルソンとの連絡、補給用任務にしか使用できるものではな
かったが現状ではもっとも働き者である。
- 318. 名無しモドキ 2011/05/31(火) 22:05:16
- そして、ルソン島港湾施設への執拗な空襲から避難してきた3隻の魚雷艇を中心にした部隊である。ただ、魚雷は5
本しか持っていなかった。また、外洋にあるカタンズアネス島近辺では、魚雷艇の運用には天候の制約があった。
そのかわりにとでも言うべきか、アジア艦隊出撃時に、エンジン不調のために、フィリピンに残された戦艦ペンシル
ベニアと巡洋艦ヒューストンに搭載されていた、爆装可能な2機の水上機、ペンシルベニア所属のOS2U キングフィッ
シャーと、ヒューストン所属のSOC シーガル(複葉機だが速度はキングフィシャーと大差ない)が配備されていた。
このような戦力でも、ルソン島に日本軍が上陸を行ったさいには、背後から牽制、運がよければ奇襲攻撃ができるので
はと考えられて、空襲の危険性が低いカタンズアネス島に送られたのだ。
キングフィッシャーとシーガル水上機は、この日、西に傾きだした太陽を待って発進準備を開始した。ルソンに輸送
任務のため向かう哨戒艇の進路先の対潜哨戒を行うためである。哨戒艇は夜間、全速力でルソンに向かい、翌日の明け
方に帰ってくる。
そのために、二機の水上機は薄暮の時間帯に発進して、月明かりを利用して低空で哨戒を行うのだ。なにしろ、300
キロそこそこしか、速力のでない機体である。昼間の飛行は自殺行為である。
「今度の航海で持ってくるガソリンが最後の補給だそうだ。向こうもガソリン、特に航空ガソリンは枯渇しているらし
い。」浜辺の椰子林から、迷彩ネットを取り払ってキングフィッシャー水上機が、海岸へ運ばれるのを見ながら、戦艦
ペンシルバニアに所属していたクレメント中尉は相棒のベドー軍曹に声をかけた。
「どのくらいですか?」ベドー軍曹は、少し目を剥いて尋ねた。
「さあ、ルソンの連中が哨戒艇に目一杯積んでくれたとしても、数回の飛行分じゃないかな。粗製ガソリンなら在庫は
あるが、あれじゃ、馬力はがた落ちだしな。まあ、爆弾は積めないだろうな。」キングフィッシャーがアイドリングを
始めたので、クレメント中尉は少し声を大きくして言った。
「飛べなくなったら我々はどうするんですか?」ベドー軍曹が不安げに聞いた。
「警備隊にでも配置換えかな。きっと、持ち場は対空機銃だぞ。」皮肉っぽくホプキンス中尉が返した。
「それでも、今より長生きでますね。考えどころだ。中尉、今日も飛行は慎重にお願いしますよ。何かが飛んでいたら
全て回避して帰還しましょうや。」ベドー軍曹は笑うながらライフジャケットを装着する準備を始めた。
「違いない。」クレメントは小声で呟いた。
「自分はその意見に賛成できません。中尉は兵員の退廃的な言動をお許しになるのですか。そして、自分は贅沢は言い
ません。粗製ガソリンでも、パームオイルでもなんでも飛びます。」二人の会話に突然、巡洋艦ヒューストンのホプキ
ンス少尉が割って入った。クレメント中尉は、困った顔をする。ホプキンス少尉の言は兵員の前で言うべきことでは
ない。
「なあ、少尉、かっかとなるな。このベドーは、俺と二年も飛んでいるベテランだ。それでも、出撃前には緊張する。
砕けたことの一言ぐらいは言わないと精神的にまいってしまうからな。
それに、キングフィッシャーは空を飛ぶ物に対して、グライダーや飛行船以外は全て危険であることは事実だ。俺
たちの任務は生き残って、敵には哨戒機がいるといことで、少しでも敵潜水艦の活動を妨げることだ。」クレメント
中尉はできるだけ穏やかに、言い聞かせるように言った。
「ルックス艦長は、私に逃げることはご指導なされませんでした。ご自分も最後まで、日本軍と戦い艦と運命をとも
になさいました。それが、今、求められているアメリカ海軍軍人の姿であると思います。」
「そうだな、ルックス艦長はりっぱな方だった。でもな、俺は、艦長に生き延びてもらって一緒に戦いたかったよ。」
「わたしは、貴方とは違ってルックス艦長と一緒に戦えなかったことと、生死をともに出来なかったことを悔やみま
す。」ホプキンス少尉は投げつけるように言うと自分の乗機の方へ足早に去っろうとした。
「いいんですか。上官に対する言葉として不穏当ですよ。」ベドー軍曹がクレメント中尉の耳元でささやいた。
「黙ってろ。いいけげんあいつも参っているんだ。」
- 319. 名無しモドキ 2011/05/31(火) 22:09:50
- 「クレメント中尉、ジョークの一つでも言ってやってくださいよ。若大将、日本軍相手に一人で戦っていると思ってるん
ですよ。飛行中はずっと黙ったままでね。安全装置をはずしたコルト拳銃みたいなんですよ。
それとも、巡洋艦ヒューストンの連中はルックス艦長の影響でちょっと変わってるという噂は本当なんですかね。」
ホプキンス少尉の後部座席に乗る戦艦ペンシルバニアに所属していたノートン曹長が、いつの間にか、クレメント中尉の
傍らに来て困惑した顔で言った。
何故か、ヒューストンでは、四機の機体に対して、七名の飛行要員しか配属されておらず予備の飛行要員がいたペンシ
ルバニアからノートン曹長がカタンズアネス島に赴任していた。
「生き残ってしまったというのは辛いものだ。それは、俺だって同じだ。だがな、俺たちは逃げ出したわけじゃない。
ここは自分の幸運を神に感謝しても罰は当たるまい。きっと、生き残ったのは、俺たちに何かをさせるために神が配慮
したことだよ。」クレメント中尉が自身は諭すように言った。
「さあ、出発しよう。」
太陽が水平線に姿を隠すと、上弦の月を頼りに二機の水上機はカタンズアネス島から飛び立った。この日は、雲量
が多く、二機は1500フィートという低空飛行を余儀なくされた。二機は3000ヤードの間隔を開けて、哨戒艇の予定進
路上を飛行して潜水艦に備える。この任務にはキングフィシャーらの低速は好都合であった。
1時間の飛行で、ルソン島の島影が見えてくる。ここで、Uターンしてもう一度、同じコースを辿って、カタンズア
ネス島に戻る。途中で、ルソンに向かう二隻の哨戒艇と出会う。そして、何回か哨戒艇の周囲を飛行して、いるかも
しれない日本潜水艦に威圧を与える。いつもの通りのことである。異変は、哨戒艇を別れた帰途の最終段階、カタン
ズアネス島が見えてくる時に起こった。
「中尉、ホプキンス少尉機が、南東方向へ離脱します。」ベドー軍曹が慌てたように言った。
「何処へ行こうと言うんだ。・・ホプキンス少尉、どうした、進路が違うぞ。」機上無線でクレメント中尉は呼びか
けるが返事はない。
「後部席からノートンが飛び降りました。パラシュート開きます。」ベドー軍曹が報告してくる。進路上、最もカタ
ンズアネス島に近づいたと思える地点で飛び降りたノートン曹長は島の方へ流されていくようである。
「あのぶんならノートンは大丈夫だ。俺たちはホプキンスを追いかけよう。あれでも大事な機体だからな、乗り逃げ
されてはたまらん。」
ホプキンス機は、散在する雲の中に入ったり出たりして飛行するため、クレメントは度々、ホプキンス機を見失っ
て中々追いつけなかった。40分ばかり飛行していると、カタンズアネス島から音声無線で呼び出しがあった。
「ノートンです。今、司令所にいます。」
「一体、何があったんだ。」
「急に、ホプキンス少尉が拳銃を取り出して、飛び降りろと言うんです。俺には行くところがあるが、君には関係
の無いことだと言ってました。」距離があるため、受信状態が悪かったが大体聞き取れた。
「交信距離ギリギリでしたね。」ベドー軍曹が言うようにその後はノイズばかりで何も聞き取れなくなった。
「こちら、クレメント中尉、燃料が許す限り追跡する。・・多分、こちらからの音声は届いているだろう。」
次第にホプキンス機は、高度を下げて雲の下に出たため追跡は容易になった。ただ、上弦の月は水平線に沈みかけてお
り有視で識別できる時間は迫っていた。
「アジア艦隊が壊滅した地点です。後、20分位で帰途の燃料が危うくなります。」飛行地図で位置の割り出しをしていた
ベドー軍曹が知らせてきた。
「ホプキンス少尉、返事をしろ。何処へ行くんだ。」
「ハワイです。中尉はカタンズアネス島へ帰ってください。」思いがけずホプキンス少尉からの応答があった。
「寝ぼけるな。ハワイなんて行けやしない。燃料がもたない。」
「ヒューストンに収容してもらいます。」確信を持って声でホプキンス少尉が応答する。
「ホプキンスしっかりしろ。ヒューストンは沈んだんだ。」
「今、眼下に見えてきました。白色のきれいな艦が見えませんか。」それっきり、ホプキンス少尉の音声は途
切れた。
- 320. 名無しモドキ 2011/05/31(火) 22:15:25
- 「中尉、2時方向に航跡らしきものが見えます。」ベドー軍曹が大声で言った。クレメント中尉は機体を傾けてその方向
を見ようとした。確かに航跡らしきものが見えたが、より低層にある雲が邪魔になってその航跡の主らしい艦艇は見えな
かった。その時、クレメント機は曳光弾で包まれた。何発かの弾丸が主翼の端を貫く。次の瞬間、双発機がもの凄い勢い
で、クレメント機の鼻面を降下していった。後部機銃が再び、クレメント機を襲う。クレメント中尉は、機体を傾ける機
動からさらに機体をロールさせて避けた。
「ネル(95式陸攻)です。危なかったです。中尉が機体を傾けていなかったらイチコロでしたよ。」
「安心するのは、まだだ、あいつ上昇してくるぞ。俺たちを狙っている。・・・くそ、あそこの雲まで行くぞ。間に合っ
てくれよ。・・爆弾を捨てるぞ。あのネルは新型の夜間戦闘機型か?」クレメント中尉は対潜爆弾を投下して機体を軽く
すると、上空に見える比較的大きな積雲に向かって上昇を始めた。
「だめです。どんどん、近づいてきます。」ベドー軍曹が絶叫する。450馬力、上昇率が250フィート/minに満たないキン
グフィシャーでは逃げ切ることはできそうになかった。
その時、ネルの左斜め上から、ほぼ垂直に近い角度でホプキンス機が銃撃を行いながらネル目がけて突っ込んできた。
ネルの機体に幾つかの火花が見えた。
「ヒューストンには指一本触れさすものか。」ホプキンスの声が無線で聞こえてきた。ネルはホプキンス機を避けるため
に、側方機銃と尾部機銃で応戦しながら降下した。
「ネルが退避していきます。あ、ホプキンス機が炎を出しています。」ベドー軍曹の報告で、クレメントは機体を緩やか
に降下にさせてホプキンス機を追った。ホプキンス機は航跡を隠している低層雲に入った。クレメント機が、その低層雲
の下に到達した時には航跡は見えなくなっていた。それよりも、不思議なことにいくらたってもホプキンス機が、そう大
きくない雲から出てこないのである。雲はどんどんちぎれて小さくなっていき、とても飛行機が旋回をくり返しても隠れ
ていられないような大きさになった。
「もう燃料が目一杯です。帰還してください。きっと、ホプキンスは俺たちが降下中に墜落したんですよ。」ベドー軍曹
がせかすように言った。月は水平線に沈んで暗い海面には何も見えなかった。
「ホプキンス!」クレメント中尉は何度も、無線機に呼びかけたが返事はなかった。
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クレメント機を襲撃した95式陸攻は、夜間哨戒任務でルソン島東方海域を単機で飛行していた、「日本一敵機撃墜を希
求する双発爆撃機」近藤中尉とそのクルー達の乗機であった。→提督達の憂鬱 支援SS(1)824−827より
近藤中尉は、何故こんな海域にキングフィシャーが飛んでいるのかを訝しんだが、爆撃機操縦士としては、前人未踏の
8機目の撃墜を確信して低空をノロノロ飛行するキングフィシャーに必殺の一撃を加えた(つもりだった。)
ところが、敵のエキスパート操縦士は、95式を引きつけるだけ引きつけておいて、機体を傾け、そして、横転させた。
怒り狂った、近藤中尉は上昇するキングフィシャーを追跡した。後で、考えると、エキスパートがそのような愚かな行為
を行うはずがない。ワナに嵌められたのだ。
射程距離寸前で、突然、複葉水上機が側方上空から攻撃を加えてきた。複葉水上機は、側方機銃により被弾して発火し
たが、何事もなかったかのように悠然と去っていった。95式陸攻の方は7.7mmの機銃弾とはいえ右発動機に被弾、損傷
したため帰還を余儀なくされた。結局、近藤中尉機は一週間のリタイアとなった。近藤中尉は余程悔しかったのか、アメ
リカ人操縦士に敬意を表したのか撃破申請も行わなかった。
近藤中尉は、戦後、この話をする時は、あの水上機の操縦士達が、F4Fに乗っていたら烈風相手に互角以上の戦いを行
い、烈風改でも撃墜は難しかっただろうと必ず付け足して語った。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−お わ り−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
巡洋艦ヒューストンにはウラ話というか秘密がありました。
最終更新:2011年12月31日 18:02