161 :ななしさん:2012/10/02(火) 17:32:55
久しぶりに、前作の続きのようでどこかクロスしているような作品を掲載します。

とある劇場にて 六月の公演

帝都のとある劇場は今日も満員御礼の活況を呈し、客席は今か今かと開幕のときを待っていた。

されど、今宵の演目は歌劇ではない。

歌劇の彩を添えるオーケストラピットにはスポットライトが指揮者を除く楽団員が指揮者を照らしている。
ジョヴァンニ・アニェッリは「Northern Alliance Orchestra」のエンブレムをかたどった黒地に白の五芒星が印刷され、
星の中央には「Formatinon 1868/6/22」と書かれているパンフレットをしまいこみ、なじみとなった常連との談笑をやめた。

そのとき、客席から万雷の拍手が沸き起こり、出入り口から、老齢の指揮者が正装に身を包み足取りも確かに指揮台にあがった。
旧政府の首都憲兵隊であった「シンセングミ」の生き残りにして幹部。革命が起こり、大阪で捕縛された後、紆余曲折の末に助命がなった強運の男。
だが、彼がヨーロッパで有名なのはその経歴ではない。

彼は明治初期、未開の国にふさわしくない才能を持っていると欧州の音楽家たちに評されたという事実だ。

彼が有名たる由縁は、囚虜の中シンセングミといまだ抵抗を続ける会津軍をはじめとする同盟軍のために書き上げた楽曲群。
謹慎のさなかにあって、その行為は自殺ものであったが、運よく会津に届けられ降伏のときまで彼らはその楽曲を奏で続けたという事実。
やがて、その楽曲群は函館の降伏までともにあり続け、そのうちの一曲「御旗の下に」が函館政権の国歌にまでなった程の旋律。
これだけでも彼の作曲した楽曲はすばらしいものであるということがわかる。
そして駄目押しとして彼の名が欧州に響いたのは、函館降伏の直前にフランス軍事顧問団に託された楽曲軍が、
自惚れ屋のフランス軍が何を血迷ったのかその楽曲群をほとんど手直しすることなく軍歌として採用したことだった。

そしてその出来事に音楽家たちは、極東に何ゆえこのような才能が存在するのだと嫉妬と羨望と興奮交じりに語り合い、直に彼を知ろうとするものが現れ、
彼らは伝で手に入れた楽譜の写しを眺めながら、彼の才能ならばプライドが高いウィーンでもやっていけると評するほどだった。
そして、彼を知ろうとするものたちはこの楽曲群が彼が牢獄のなかで処刑を覚悟で、いまだ戦う戦友たちに贈った曲だと知り、その思いに彼らは動いた。
それこそプライドの高い彼らがあらゆる伝を頼り、貴族や王族に頭を下げてまでも彼を助けようとする姿を見せ貴族や王族を驚かせたことが新聞に掲載されるほどに。
真意を探るべく彼らは上流階級に件の楽曲群を演奏し、戦友のために牢獄の中でいまだ戦う彼を助けてくれと必死に頼み込み、その熱意は王族を動かした。

162 :ななしさん:2012/10/02(火) 17:33:27
かくして、彼は外圧により命を永らえることができた。

その恩義を返すために戦の後、生き残った旧政府の軍楽隊とともにオーケストラを結成し欧州を回り公演を行い、いずれも成功させヨーロッパでの地位を確立した。
彼にまつわる逸話は多々あるが、今重要なことは彼が振るう楽曲たちの美しく気高い侍たちの音色だけだ。
聞くものを魅了するほどの統率の取れた演奏、情景が思い浮かばれるほどの音色、その土台となる演奏者たちと指揮者の進行。
欧州はこの管弦楽団の音色に酔いしれ、今では欧州公演のチケットは三大管弦楽団並の高額で取引されるほどだった。

「そういえば、ジョヴァンにさん。知ってるかい?」
「何をですか?」
「この管弦楽団のメンバーだよ。よく見ると全員老人ばかりだろ」
「そういえば」
「今日はね、特別な日なんだよ。きょうは6月の27日だからね…第一期の面子が勢ぞろいさ」
「もしや、戦争の終わった日ですか」
「戦闘の終わった日だよ…私はね、彼らが誇り高いことはよく知ってるつもりですよ。私もかつてはおんなじ身の上でしたからね。
でもね、あの人たちは太平の世の中であってもいまだに戦ってるんですよ。刀を楽器にもちかえても彼らはいまだにね…」
サクラバと名乗るなじみはそういって識者を遠い目で眺めた。
「さて、吉村先生の演奏は私らの無粋な音で汚すわけにはいきません…嘉一郎君への弔いですからね」
私は、半ば流されるままに口を閉じ、彼らの音楽を全身で聴いた。



その日の音色はいつも、レコードで聞くよりも勇壮で、華やかでありながら悲しい音が劇場に響き渡っていたことを覚えている。


「守るものを失った人たちってのはこうするしかないんでしょうかね…吉村先生」


そのコンサートを象徴するものはサクラバのこぼした言葉が一番正しいのだろう。

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最終更新:2012年10月16日 22:04