182 :そる:2012/10/16(火) 03:05:49
(まさかこんな場所にいることになるとはね……)
明治維新の功労者、つまり元勲たちの中、一人ため息をはく男がいた。
40前のその男は、歴史のターニングポイントに立たされていた。
今、彼はある会議……廟議に参加している。いや、正しくは参加させられていた。
「重要な案件がある。全参議が出席の上で決める議題である。必ず出席するように」
そう三条大臣から連絡があったのが一週間前。
(何の議題か、聞かなくても想像は出来ていたが……マジで征韓論かよ)
とんでもなく憂鬱になり、思わずまたため息がでた。
彼がそれとなく視線を向けた先に、何やら決意を秘めた様子で粛然と座っている大男がいる。
(……無理。正面から向き合って征韓論に反対して叩き潰せとか、無理ゲーすぎるだろJK)
表面上、大男からは何の感情も読み取れないが、その威圧感は他を圧倒していた。
大男の名は西郷隆盛。
明治維新の英雄である。
西郷隆盛に対して、征韓論を潰す役目を負わされた男がいる。
彼の名は江藤新平。
史実では西郷の征韓論に同調し、それを利用して薩長の分断を狙い、失敗後、故郷で乱を起こした男。
しかし、彼は転生者であった。
史実を知る彼は、早くから大久保利通と膝を寄せて話合い、誼を通じていた。
彼の転生前の職業は弁護士。法に精通しており、史実の江藤新平と同じくこの新たな日本の憲法作りに邁進していた。
憲法を整備し、それに伴う組織を作る。その上で大久保の進める内務省の設立に力を貸し、警察機構も内務省配下にすることに賛同していた。
183 :そる:2012/10/16(火) 03:06:28
この時期、まだ
夢幻会は発足していない。
転生者たちはそれぞれ自分の得意分野で未来の日本を変えようと邁進していたが、その連携は取れていなかった。
その活動は多岐にわたり、「坂本竜馬を暗殺から救った謎の組織」や「凶刃に倒れそうになった大村益次郎を救った謎の医師」など、
それぞれの考える「もしこの偉人が生きていたら日本はよりよくなったに違いない」という動機で動く者が多かった。
(なお、この時期から「女学校を作り大和撫子を育成する会」などもあったようだが割愛する)
そんな中、最悪にも江藤新平として生まれてしまった男は、大久保利通と連携することによってまず平穏な人生を手に入れるはずであった。
(立法を行い、内政の基礎を作る。その後は後進の育成を行って引退して暮らすつもりだったのだが……まさか征韓論に巻き込まれるとは)
本来、彼は征韓論については中立、つまりどちらでもいいという立場を取るつもりであった。
史実通りになって、西郷が下野して西南戦争が起こっても自分は征韓論に組していないのだから、下野する必要はない。
西南戦争が起こるかどうか、この時点では何とも言えないが、軍の指揮官には今だ健在の大村益次郎が当たることは間違いない。
(史実でも山県で勝てた。大村ならもっと被害少なく勝つだろう)
その程度の認識であったが、欧州にいる大久保から彼の元に依頼が届いたのだ。
「征韓論は国を滅ぼす事は明白である。今の日本に朝鮮半島まで陸軍を送る海軍はいまだなく、またその占領地を維持する力もない。
このこと、江藤君であれば当然の認識であると思うが、西郷とその取り巻きは感情にまかせてそれを強行する可能性がある。
我らがいない間には如何なる重要案件も決めない、との約束事がある。それを正論として押していき、征韓論を押しとどめてほしい。
なんとか我らが帰国するまで時を稼いでほしい。これは君にしか頼めないことである。
君は私の考えを正確に理解してくれた。立法においても今の日本の現状を把握した上で動いてくれている。
この国はまだ外に武力を向けるような事はあってはならないのだ……廟議には参議しか出られない。
大村君は軍事の頂点にあり、参議ではない。また大村君が廟議に出れば西郷の征韓論に対し痛烈なる言によって反対するだろう。
なんとか穏便に、できるだけ穏便にこの事を抑える必要がある。これは君の、そして西郷の友人としての願いである。
重ねて願う。我らが戻るまで一切の決議を陛下に上奉することなきよう、力を貸してほしい……」
184 :そる:2012/10/16(火) 03:07:06
江藤はこの依頼を受け取って、一刻ほど頭を抱えた後、まず大村益次郎を訪ねた。
純粋に軍事力の観点から征韓論は不可能であるとの回答を得た後、伊藤博文と共に一足早く帰国していた木戸孝允を訪ね、共に征韓論に反対することを願った。
木戸はその類まれな政治力でこの問題を認識しており、その上で自分が西郷と相対すれば長州と薩摩の争いになりかねないと主張。
他の参議のどれほどが征韓論に賛成で、どれほどが反対かを調べ賛成派をなんとか切り崩す事を約束。
しかしあくまでも廟議は欠席すると告げ、大久保が戻るまでの引き伸ばしを江藤に依頼する。
その後、江藤が転生者と気づいている他の転生者の中で「西郷隆盛LOVE」の者たちからも西南戦争の切っ掛けである征韓論をどうにかしろ、と詰め寄られた。
(俺にどーしろっつーんだ!)
転生者の中で唯一人、参議に生まれ変わってしまった男、江藤新平。
彼の憂鬱と苦労に彩られた人生はこの廟議から始まる……
続く??
最終更新:2012年10月16日 22:26