200 :そる:2012/11/02(金) 04:40:42
江藤新平が木戸孝允を伊藤博文と共に訪ねた日の夜。
江藤の屋敷には転生者達が多く集まっていた。
最も江藤が呼んだのは一部だけで後は話を聞きつけて勝手に集まってきたのだが……。
「江藤さん、どうするんだ?」
江藤に聞いたのは筋骨隆々の男。特に史実に名を残した男ではないが、彼は坂本竜馬を暗殺から救ったグループの一人である。
前世ではプロレスのインディーズ団体に属していたプロレスラーらしい。この明治に来てからも鍛錬を続けており、坂本竜馬を救った際には褌一つに自作の覆面をつけて、白刃を煌めかせる
刺客にラリアットかまして奇声をあげていたらしい。
「まさか、賛成はしないよな?」
他の男が江藤に詰め寄る。彼は西郷隆盛を尊敬し、彼を後の世に残すために活動しているグループの筆頭格である。
普段は温厚なのだが、どうも西郷の事になると暴走しがちである。
「賛成はしない。しないが……正直、俺の手に余る」
江藤は正直にいった。征韓論は夢想であり、薩摩隼人がいっているような「革命の輸出」などということができるとも思っていなかった。
「桂さんは?」
そう聞いた男は長州出身の転生者である。元から軍事に興味があったらしく、今は大村益次郎の下で働いている。
「だめだ、廟議には出ないと。出れば長州と薩摩の争いになり国が割れると言われた」
これに長州出身の男は難しい顔をした。
「確かに桂さんが出ればそうなる可能性は高いが……今、西郷に対抗できるのは桂さんくらいしか……」
「無理だな、あの調子じゃ。とりあえず他の参議を説得はしてくれるそうだ。西郷も他の参議全部が反対すれば意見を押し通せまい、とは言っていたが……」
頭を掻く江藤。
「……板垣は賛成じゃ。恐らく、意見を変えることはないぞ」
部屋の隅から江藤に声をかけたのは土佐出身の転生者。彼は生まれが良かった事から、早くから土佐藩主の山内容堂にこの国の行く末を説き、坂本竜馬の唱えた大政奉還を実現すべく動いていた男である。
「やっぱりそうか……」
ため息をつく江藤。板垣退助が賛成に回るなら、これは強敵である。

201 :そる:2012/11/02(金) 04:41:32
「西郷は?」
西郷を陰ながら助けるグループの男に問いかける。
「征韓論については、我らの意見もなかなか……周囲が煽りすぎだ」
「やっぱり、桐野か?」
「うむ。彼だけではないが、最も過激なのはやはり桐野だな」
桐野秋利。西郷の側近にして薩摩最強の剣客でもある。彼は過激な征韓論者であった。
「……俺は西南戦争は起こしてもいいと思ってるがね」
突如、そう呟いた男がいた。
岩崎弥太郎の下でその実力を認められている男である。
「おい、どういうことだ」
「今、日本の軍は近代化したばかりだ。鎮台兵といっても、ろくに実践経験もない。史実でもあちこちの乱を平定している間に実力がついた。
 西南戦争で薩摩を潰したことで明治政府の権威は確立したといってもいい。江藤さんが乱を起こさないなら、より西南戦争は必要だろう」
「なんだと! 西郷隆盛を見捨てるというのか!」
「国家のために必要な犠牲、といえるのではないか? 正直、薩摩の奴らは鎮台を馬鹿にしすぎだ。あれでは大村さんもやりにくかろう」
「てめぇ! ふざけんなよ!」
このやり取りをみて江藤はまた深いため息をついた。
(全然意見がまとまらねぇ……)
重い気持ちを振り払うように江藤が口を挟んだ。
「そこまでだ。どっちにしろ征韓論を押しとどめてくれと大久保さんから依頼されてるんだ。西南戦争の事まで考えるのはやめよう。
 征韓論をどう押しとどめていくのか、だ。少なくとも史実のように大久保さんが帰ってくる前に上奉されてはたまらん」
言い争いになりそうだった二人はしぶしぶといった感で口を塞ぐ。
(実際、外遊組が帰ってくるまでは重要な決定をしない、という約束があったではないか、と正論で押すしかないのか?
 ……聞くとは思えんな。国家の重要事を決められない参議などただの人形ではないか、とか言われたら俺、そうですねとか言ってしまいそうだ)
「とりあえず、廟議まではまだ幾日かある。桂さんが動いてくれているし、各々、何かいいアイデアがないか考えてくれ。
 くれぐれも軽率な真似はするなよ。大久保さんが戻るまでの時間を稼ぐ事に主眼をおいて考えよう」
江藤がそう言って会合を終わらせたが、西郷についている男が帰り際に江藤に耳打ちした。
「明日、西郷さんが江藤さんを説得に来る。征韓論について江藤さんを訪ねる、と言っていたそうだ」
「……分かった。ありがとう」
会合が始まる前よりも重い気持ちになった江藤新平。
(明日、か。桐野も来るな)
西郷隆盛は桐野秋利をボディーガードのように使っている。
誰かを訪ねる時はたいてい桐野を連れていくのだが、この桐野が側で刀剣に手をかけて相手を威圧することが多かった。
(西郷の意に沿わぬ者は斬る、という過激な思考の持ち主だからな……少なくとも桐野を抑える手筈はいる、か)
西郷と話すだけでも精神がすり減っていくのに、すぐ隣の部屋に桐野が刀持って威圧してきたら話すことすら難しい。
江藤はこの征韓論の件を大久保から頼まれた時、自らが薩摩隼人に狙われることになる事を予想している。
今は明治初期。未だ暴力によって敵対者を排除するのが当たり前の時代なのだ。
彼は今日の会合に呼ばなかった一人の男に文を持たせた使いの者を走らせた。
一時間もしないうちに、使いの者が文を持って帰ってきた。
その文を開いて江藤はほっと息をついた。
(これで桐野にいきなり斬られることはないな)
その男も、転生者。前世で新撰組に入れ込んでいた男。
返信の文には「明日の朝、土方歳三をそちらに伺わせる」とあった。

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最終更新:2012年11月09日 20:46