902 :ひゅうが:2012/10/29(月) 17:48:05
提督たちの憂鬱ネタSS――「旭光の栄光~或いはある復讐の成果~」
――西暦1947(昭和22)年11月 大日本帝国 三沢基地
空を白刃が駆けてゆく。
青空を切り裂いているのは大きな機体だった。
俗に鉛筆と称される細長い胴体の中央部から空気取り入れ口が開き、17.8メートルの機体の先端はいかにも高速を発揮できそうなふうに絞り込まれている。
見る者が見たのなら今はなきアメリカ合衆国が1920年代に大量生産したSFパルプマガジンに出てくる宇宙船のようだといったことだろう。
機首からはさらに1メートル近くもピトー管が伸びている。
そして全長の半分以下という小さな二重デルタ主翼は、コクピット横から斜め下にのびる小さな先尾翼や垂直尾翼上端から左右にのびるもうひとつのT字水平尾翼とともに全体的にシャープな印象をさらに際立たせていた。
一昔前の四発陸上攻撃機なみの大きさであるのに、一目見ただけで高速であることが分かるというのはまさにデザインの妙であるといっていいだろう。
そして耐熱合金製の機体そのままの銀色の外見はシンプルで、空気取り入れ口の左右を染め抜く日の丸を際立たせている。
工業デザインの極北を極めた機能美は見る者を一目で虜にしていた。
「音速突破!!」
地上の追跡電探をにらんでいた管制官が叫ぶ。
数十秒遅れて遠雷のような音が滑走路に轟くが、地上から空を見上げる白衣と軍服、若干の背広の集団は拍手をしない。
数年前に成し遂げられていた音速の突破は当然だと彼らは考えているのだ。
彼らが作り出したものは「その程度」ではおさまるはずがない。
倉崎・ライカミングが作り出した耐熱合金をふんだんに使用した「ネ‐1079(試作名称KRk-J-79)」ターボファンエンジンは再点火装置アフターバーナー使用時に推力8560キログラムという凄まじい高性能を発揮できる。
現在の日本海軍の主力、四式艦上戦闘機「疾風」の発動機の3倍以上というこの発動機は亡命ユダヤ人ゲルトハルト・ノイマンと空技廠の種子島時安大佐、そして耐熱合金の専門家小林速雄博士が心血を注いで完成させたもので、「疾風」用に健全さを優先させた発動機とは違い4年をかけた熟成期間の甲斐もあってその性能はまだまだ余裕がある。
音速突破は当然といったところだった。
「現在、速度マッハ1.5…」
冬の青空、はるか上空に雲を曳く「それ」はさらに速度を増していく。
「行け…」
設計主任者は拳を握りこんだ。
三菱の技術者である彼は、この機体のためにいくつもの月日を代償にした者の一人だった。
「翼面積は3割増しにした…」
男は一人呟く。
周囲の技術者や軍人たちは慣れているのか気にせずに、追跡カメラから送られてくるカラー画像やレーダーに見入ったままだ。
「翼取り付け角も工夫したし、カナードもある。機動性不足、武装取り付け箇所の不足なんてありえないはずだ…」
速度はマッハ1.9に達し、いよいよ彼は生唾を呑む。
「耐熱合金の採用、冷却機構の全面再設計。オーソドックスなJ‐79の構造はそのままにアップグレードしたのだから成熟度は十分以上…TF-30の搭載すら考慮したスペースにはいささか勿体ないが…」
「マッハ1.97…98…99!」
管制官が叫ぶ。
「マッハ2!」
おおおお!と歓声が巻き起こった。
マッハ2…時速にして2448キロ。
実用型戦闘機としてこの数字は驚異的である。
「おめでとうございます!!」
企画段階から設計主任に協力してきた陸海軍の担当者が主任に握手を求める。
「ありがとう。でもまだ…」
主任は片手で彼らを制し、最大速度に達しようとしている機体の状態を管制官に尋ねた。
「速度は?」
「マッハ2.36です。どうします?山科はまだ行けると言っていますが。」
「いや。十分だ。機動性に問題は?」
「素直なものだそうです。96式なみとはいきませんが迎撃機というよりまるで艦戦なみだと。」
主任はニヤリと笑った。
903 :ひゅうが:2012/10/29(月) 17:48:38
「速さは十分。機動性も確保。速度のみを求めてデータリンクやミサイルがないなんてもう誰にもいわせないぞ…」
「は、はぁ…。」
周囲が男が発する黒いオーラに若干引く中、彼はくつくつと笑う。
彼の「前世」において「最後の有人戦闘機」と呼ばれた「それ」の原型が持っていた欠点は、彼が作り出した新たなる翼には最初から存在してない。
「悔しかろうドイツ人…もうこの娘(こ)を未亡人製造機なんて呼ばせない。そしていくら欲しがったとしてもこの娘をお前たちは手に入れることはできないのだ!!」
完全に周囲がドン引きになる中、「静まれ、邪気眼!!」と一人芝居をしながら設計主任は高笑いした。
――第二次世界大戦後、日本陸海軍は枢軸軍が開発中の全翼音速爆撃機「ホルテンHo-HXVIII」に対抗すべく超音速迎撃戦闘機の開発を計画した。
海軍が誇るジェット戦闘機「疾風」であれば迎撃は可能であるが、いささか不安が残る。
そのためすくなくとも超音速、可能であれば音速の二倍程度の最大速度を持つ迎撃戦闘機を軍は欲したのである。
1944年末時点ですでに実験機を用いたマッハ2の突破は為されており、技術的には容易とはいかないが可能性は十分。
構築されたばかりの自動防空システムとのリンクや対爆撃機用空対空誘導弾の搭載という新機軸を盛り込んだこの「昭和20年度試作局地戦闘機計画(20試陸戦計画)」はこうして始動したのであった。
開発を担当したのは能力に余裕のあった三菱とノースロップ社、そしてエンジンメーカーであるライカミング・倉崎発動機。
三者は高速発揮のために「中型エンジン2発を並列装備し推力を確保する」という常とう手段をとらず、あえて「大推力エンジン単発を搭載し機体の直径を絞り込む」ことを選択。
これにあわせて最新のトランジスタを用いた電子装備を長い機首に詰め込むこととした。
絞り込まれた機体の機動性を増すために技術陣は機体前部に補助翼を追加し、さらに当初設計の台形翼から翼面積を3割ほど増加させた二重デルタ翼に、これに通常の水平尾翼を垂直尾翼の上端に置くという前例のない選択をする。これは当初批判を受けたものの実機においては大きな称賛を受けることとなる。
さらに翼面積の増大と取り付け角変更で増加したハードポイントは当初から6発のミサイルを搭載することができた。
エンジンはオーソドックスな単軸式の構造を採用したかわりに圧縮機に動翼(可変ピッチプロペラのようなもの)を全面採用、さらに実用化されたばかりのチタン合金をふんだんに使用した大型のターボジェットエンジンである。
しかし開発陣はそれに飽き足らず、推力10トンを越えることを目標に新たなターボファンエンジンを開発しており、機体はある程度の余裕をもって設計されていた。
誕生時「未来を先取りした」「三菱鉛筆」と称される「キ‐104」こと8式戦闘機「旭光」はこうして誕生したのであった。
余談ながら、この機体を見たある夢幻会員は――「なんで栄光じゃなくて旭光なんだ?」という謎のコメントを残している。
――三菱・ノースロップ 8式戦闘機(局地戦闘機/迎撃戦闘機)「旭光」12型
【性能諸元】
全長:17.8m
全幅:8.75m
全高:5.37m
翼面積:31.56平方メートル
乾装重量:8105キログラム
全備重量:15250キログラム
発動機:ネ‐1079(試作名称KRk-J-79)×1基
推力:8560キログラム
最大速度:マッハ2.3(常用時はマッハ2)
実用上昇限度:1万8300メートル
航続距離;3500km(燃料4200キログラム+増槽2400キログラム)
武装:20ミリリボルバーカノン2基(機首)
空対空誘導弾6発
904 :ひゅうが:2012/10/29(月) 17:50:54
【あとがき】――「そうだ、三菱鉛筆を作ろう」と思ったので一本投下いたしました。
緒元は発展型のものを改変しております。
最終更新:2012年11月17日 11:38