230 :ビゴーの人:2012/12/03(月) 21:14:40

1945年、世界中を巻き込んだ大戦争においてその主要地域であった欧州は、
ドイツによる事実上の西ヨーロッパ統一という形で幕を閉じた。
戦争終結に伴い、大々的に売り出されるようになった宣伝省肝いりのヨーロッパ地図には、
開戦前と比較して圧倒的に広大となった自国の国土が描かれ、国民はそれを眺めることで、
大いに気炎を吐いていた。

もっとも、戦乱の爪跡は各地に色濃く残っており、
特に大戦末期、ソ連による大反撃の舞台となった東欧は荒れ放題である。
ここに復興、もとい総統閣下が言うところの生存圏確立までに、
いったいどれだけの物資や資金が必要となるのか、
まことにもって検討もつかない有様であった。


ところで、彼らドイツ政府や国民が不倶戴天のライバルとみなす極東の某国は、
戦争を終えて自分たちと同じくらい領土を広げつつも、国土にさしたる被害はない。
さらに彼らはすでに復興などという段階は通り過ぎ、新たな時代へ向かうべく、
世界に先駆けてあらゆる技術開発や産業投資などを行っていた。



*



その日、軍需省に詰めるアルベルト・シュペーア大臣の下に、
極東から発信されたとある情報がもたらされた。

国家総力戦を経て、事実上ドイツ第二の財務省となっていた軍需のトップであるシュペーアは、
限界を超えて膨れ上がった軍備の解体と、そこから捻出する復興資金に日々頭を痛めていたが、
その報告を聞くや否や、限界を超えたのか白目を剥いてそのまま机に倒れてしまったという。

大戦を経て明らかになった、極東の島国日本の格段に優れた軍事をはじめとした様々な技術。
しかしそれが、アーリア人の人種的優越を信じる総統とその取り巻きには我慢ならなかった。
日本に対抗するための武装の開発費は天井知らずに増えていき、
つい先日などは、総統閣下じきじきに核兵器を必ず開発せよと言ってきた。
つまりそれだけの予算を用意せよと言ってきているということなのだが、
ただでさえジェット戦闘機や新世代型戦車の開発などに多額の資金をつぎ込んでいる現状、
そこに完成までいったいどれだけの費用がかかるか想像もつかない核開発予算を割くなど、
出来るわけがない。
予算的な問題をはじめ、様々な理由を泣きながら並べ立て、辛うじてハイゼンベルク教授を
中心としたプロジェクトチームを本格的に立ち上げたことでお茶を濁したが、
最近のシュペーアと総統閣下との関係は、一事が万事こんな調子であった。


そして、今回もたらされた情報もまた、総統閣下のプライドを刺激するに十分なものだった。

231 :ビゴーの人:2012/12/03(月) 21:15:28

「日本において、東京―大阪間の弾丸列車計画、本格的に始動。ですか……」


戦前から噂はあった。
ドイツは厳しい経済の中、それでも戦前から鉄道技術に関しては世界一との自負がある。
だからこそ200キロ超であの山がちな列島を突っ切る超高速鉄道など、
不可能な夢物語であると鼻で笑っていたのだが、大戦を経た今抱くのはまったく別の思いだ。

日本人はやると言ったら必ずやる。

奴らが何かするとき、傍目には意味がないように思えても、そこには重要な意味が隠れている。
“レットウカイゾウロン”なる一大インフラ整備計画、その目玉としての“シンカンセン”
あの傲岸不遜な財政の天才シャハト博士が、名前を聞くだけで真っ青になったという
“財政の魔王”辻政信が莫大な予算の捻出を許可したとの最新の情報が届くにあたって、
シュペーアはあらためて、この弾丸列車計画がとてつもないものであるとの認識を覚えた。

この情報は、いずれ必ず総統閣下の耳に入るだろう。
今までは戦時下ということで(軍事関係以外には)あまり無茶も言ってこなかった彼だが、
戦乱の後に残された莫大な復興予算と国債に目を向けなければ、
間違いなく大勝利と言える状況に厨ニ病を再発させた彼のことだ、間違いなく言ってくる。

ひょっとしたら、あまりの荒唐無稽さに以前彼自身が冗談だと前置きした上で語った
『ブライトスプールバーン』計画を、今度は本気で持ち出してくるかもしれない。


(だが、これはある意味で奇貨ではないだろうか)


大臣執務室に併設された休憩室のベッドの上で、額に氷嚢を乗せながら、シュペーアは考える。
今のドイツの技術力では想像もつかないような、日本の途方もない計画だが、
その究極的な目的はインフラの整備であることは間違いない。
そして今のドイツに必要なものもまた、間違いなく全土に行き渡るインフラストラクチャだ。
復興に必要な物資を迅速に運び、経済が立ち直った暁にはヒトとモノを足繁く行き交わす。
復興をないがしろにすれば何が起こるかは、現在の北フランスにおける不穏な状況を見れば
一目瞭然であるし、土地など活用しなければただの金食い虫でしかない。


そんなことをつらつらと考えながら、久しぶりの休息に身を委ねていたとき。
シュペーアの耳に、執務室の廊下をドタドタと大股で歩いてくる足音が聞こえてきた。


「シュペーア!」


そして、大臣室の扉を遠慮なく大開帳する音。
事実上ドイツの財布を握る彼に対してこうしたある意味無体なことをする者は、
この国においてひとりしかない。


「総統閣下! 申し訳ありません、今そちらに……」

「いや、そのまま。さすがに疲れておるのだろう、そのままで聞いてくれ」


興奮気味に入ってきたのは、ナチス・ドイツをその手に握るアドルフ・ヒトラー総統である。
彼の言葉から、自分が倒れたことを耳に入れてすぐに飛んできたことがうかがえて
シュペーアは少しだけうれしくなったが、続く総統の言葉に愕然とすることになる。


「聞いたぞシュペーア。日本人共め、またぞろ何か途轍もないことをやろうとしておるようだ」

(ああ、この口調にこの興奮気味な態度……間違いない、この後に続く言葉は……)

「我がドイツが奴らに遅れをとるなどあってはならん!
 ヨーロッパ全土に行き渡る鉄道計画を練るぞ!」

(ぎゃーっ! やっぱりキター!!!???)


そのままガン泣き寸前になるシュペーアに構わず、我らが総統閣下は饒舌に自らの構想を語る。
国内諸都市を余すところなく行き渡る高速鉄道網。
ベルリン、ハンブルクに続く、フランクフルト、ミュンヘンへの地下鉄整備。
そして、ヨーロッパ全土からベルリン、いや、大ゲルマニアへと集う超高速鉄道。
さらにさらに、ドイツをスタートし、ウラルを越えてユーラシア大陸を突っ切る長大路線……


「ヨーロッパの盟主たる我がドイツが、あの狭い島国の連中の度肝を抜くような鉄道網を
 創り上げてくれる!」

232 :ビゴーの人:2012/12/03(月) 21:16:03

総統閣下の演説は、もはや現実逃避を始めたシュペーアを置き去りにますます熱を上げる。
彼の頭の中には、光り輝くベルリンへと、
専用の高架線を通ってやって来る巨大な列車たちが思い浮かんでいることだろう。

全ての超高速列車が発車するベルリン中央駅はヨーロッパ首都たる威容を誇り、
一日一年を通してビジネスや観光に人の波が途切れることはない。
その人波が、ある瞬間にスッと左右に分かれる。
モーゼの如く割れた人波の向こうからやって来る一団を見て、人波の中から歓声が沸き起こる。
親衛隊の制服に身を包んだ偉丈夫に囲まれて、しかし彼らが霞むほどのカリスマを放ちながら
歩いてくるのは、今やヨーロッパの全てを預かる、アドルフ・ヒトラー総統。
そして彼の目の前には、世界中のどんな列車よりも巨大で優雅な、総統専用車両が
その主が乗車するのを今か今かと待っている……


「ああ、実に素晴らしいではないかっ!」

(閣下の頭の中身がねぇっ!)


すっかりトリップしている総統閣下と、いよいよガン泣きになりながら遠い目をするシュペーア


実はこれが、最近の軍需省や総統官邸で最もよく見られる光景のうちの一つである。
だが次の瞬間、熱狂していた総統が、不意に表情を真剣なものにしてシュペーアに向いた。
今の今まで熱狂的に妄想じみた演説をかましていた男が、いきなり真顔になってじっと自分を
見つめてくるのにシュペーアは目を白黒させるが、総統閣下はそのまま語り始める。


「まあ、今語ったことが夢物語に近いものであることくらい、私もよく分っているつもりだ。
 アウトバーン計画で鉄道網の整備は随分遅れているし、航空機もこれから台頭するだろう。
 ただでさえ復興予算はギリギリだ。この件については本当に君に申し訳なく思っている。
 ……もしも鉄道網の整備に本気で取り掛かるとしたら、アウトバーンやその他の予算を
 ギリギリまで削ってでも費用を捻出することになるだろう」


憂鬱なため息をつく総統。その姿を見て、シュペーアは彼もまた、自分と同じように
無い無い尽くしの状況に頭を悩ませている人間であることを思い出した。
しかも彼は(余計なプライドもあるとはいえ)あの宇宙人じみた民族に、
真正面から対抗していかなければならない使命も負っている。
最近妙に妄想に浸ることが多いのは、きっとその反動なのだろう。
完璧に夢の中の住人になってしまわないだけ、今の総統はまだマシなのだ。
そしてこの総統なら話をしてもいいと理解したシュペーアは、彼が先程までベッドの上で
考えていたことを開帳することを決意した。


「閣下。私は今、この時期に日本が鉄道整備計画を始めたことは、奇貨であると考えます。
 戦前の倍近く膨れ上がったドイツの勢力圏すべてにアウトバーンを行き渡らせるのは、
 現状では資金的にも労働力的にも到底不可能でしょう。
 しかし新領土には、治安維持の面からも経済の面からも、
 早急にインフラを整備しなくてはなりません。
 ……ならばこそ、今ここで、あらゆる資金資源を投入して、
 新たなるドイツ全土に行き渡る鉄道網の整備を開始するべきだと考えます」

「それは、現状で続いているアウトバーン計画どころか、軍へ回す資金を削ってでもか?」

「はい。アウトバーン計画を主導しているトート機関は現在私の傘下ですから、
 多少の反発はあるでしょうが抑え込めます。
 ただ、軍はそうも行かないでしょう。
 私個人の考えとしては、陸軍が現状の電撃戦ドクトリンを踏襲していく以上、
 インフラ整備はある程度の歓迎をもって迎えてくれるでしょうが……」

「日本に対抗するための新兵器の開発は、現状の軍における至上命題だ。
 レーダーは連中の海軍に対抗するのは諦めて、
 ヨーロッパ共同海軍構想なる計画を持ってきたが、陸空はそうもいかん。
 “フガク”の脅威がある以上強力な新型戦闘機は一刻も早く開発せねばならぬし、
 万が一新大陸で連中とぶつかるとなれば、現状の戦車では的にしかならん」

「さらに核兵器の開発、と……
 いずれも停滞させるわけにはいかないのが難点ですね」

233 :ビゴーの人:2012/12/03(月) 21:16:38

そこまで言って、二人そろってため息をつく。
なまじっかアーリア人種の優越を高らかに謳い上げてきたせいで、
下手に極東の猿に差を付けられたりしたら国民からどんな反発があるか、分ったものじゃない。
いや、現時点で核兵器をはじめ、いくつもの分野で割と深刻な差が開いているのだが、
それが軍事という一般人には分りにくい部分であることから、
辛うじて政府への批判にはつながっていない状況だ。
強権的なイメージの強いナチスだが、権力掌握の過程で国民の不満を背景にしてきたことから、
国民からの評判を非常に気にしている部分がある。
宣伝省とゲッベルス大臣が巨大な権力を持っているのも、ある意味それを象徴しているだろう。


「いずれにせよ、これはチャンスであると同時に危機でもあります。
 日本に対抗するためという名目で、鉄道網の整備を一気に進めることができるでしょうが、
 彼らが言う“シンカンセン”に対抗できるだけのものが作れなければ、
 我々の技術力、ひいては指導力に疑問符が付けられる事態になるでしょう」

「あれもこれも、というわけにはいかんか……」


シュペーアの言葉に、考え込む総統。
ナチスによる国内の一大インフラ整備計画としては、かのアウトバーン計画があり、
実際にそれは二重三重の意味でドイツに貢献した。
莫大な公共事業により恐慌のどん底にあった国内へのカンフル剤ともなったし、
戦時中には西と東を戦力が移動する際に大いに活用された。
ポーランドを倒して即座にフランスに転進、さらにそこからソビエトへ……
という無茶苦茶な戦争を乗り切ることが出来たのは、
国中に整備されたインフラが物を言ったであろうことは想像に難くない。

しかし、戦争に打ち勝ち、大量の領土を実際に得てみると、
アウトバーン計画は少々割の合わない代物となる。
強靭なコンクリートで固める工法は金も労働力も大量に必要とするうえ、
特に自家用車を持つなど夢のまた夢な東方新領土に対して慌てて整備したところで、
いったいどれほどのリターンが見込めるというのか。
さらに、復興を推し進めるにあたって、大量の労働者を最も迅速に、
かつ効率よく運ぶことが出来るのは、現時点においては間違いなく鉄道一択だ。
そして、この時期に日本が本格的に計画を始動させたこと。


「今やらねば、技術は離されるだけ離されるか……」

「向こうは辻大臣が莫大な予算計画を承認したようです。
 かの男がここまでの意志を示した以上、日本は必ずや、
 とてつもないものを作り上げてくるでしょう」

「そのとき、我々は何も出来ませんでした、では話にならんということだな。
 よろしい。鉄道整備計画は、ドイツ総力をもってこれにあたることとする」


こうして、日本が弾丸列車計画を世界に向けて高らかに発表すると同時に、
ドイツもヨーロッパ鉄道整備計画、通称『ブライトスプールバーン』を始動させた。
もっとも、現状の高速気動車ではこれ以上の速度増加が困難であること、
維持費の観点から見て割に合わないことなどから急遽高速鉄道は、気動車に代わって
電車をもってあたることとされ混乱を引き起こしたり、
限られた予算でどの路線から重点的に整備を始めるかといった問題で、
政府内部で盛大な綱引きが開催されるなど問題もあったが、
計画は軍や国民の支持も無事に取り付け、来るべき超特急へと夢は続いていくことになる……






総統布告 第○○号

【ブライトスプールバーン計画遂行要綱】

一.ドイツ諸都市からベルリンへ向かう鉄道整備を基幹とすること。

一.ベルリンよりパリ、ローマ、東方へ向かう高速鉄道路線の整備を最終目標とすること。

一.線路の軌間は幅広く取り、可能な限り直線になるよう配慮すること。

一.高速鉄道路線は専用の高架線をもってこれを建設すること。

一.高速鉄道の営業速度は200キロを超えること。

一.最終的な計画達成は20年を目途に置くこと。


                                以上

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最終更新:2012年12月20日 23:06