701 :ひゅうが:2012/11/19(月) 01:31:34
ネタ――「憂鬱新世紀(笑)」
――西暦2015年7月 日本国 箱根湯本
「つながらない…」
一人の少年が受話器を不機嫌そうな眼で見つめている。
そこからは「特別非常事態宣言発令により、全ての回線は不通となっています」というお決まりのフレーズが流れている。
周囲で鳴き続けている蝉の声と夏の日差しは、少年を陽炎の中に取り込もうとしているようで彼は一瞬めまいを覚えた。
14歳という年のわりには華奢で、少女のようにもみえる優しげな顔の少年だ。
声変わりの途中らしい少しかすれた声で何か毒つこうとして、彼はやめた。
ここで毒つくと、何か勿体ない気がしたからだ。
そういうところが彼は母親に似ているらしい。
「やはりいろいろと厄介なことになっているようだな。」
ス・・・と音をたてて彼の陰から男が現れた。
白のブレザーとスラックス、そしてネイビーブルーのネクタイという制服を着用し、錨のマークが刻まれた帽子をかぶっている。
年の頃は50半ばか。いや、もっといっているかもしれない。
厳つい武道家じみた肉体は彼が若いころに相当に鍛え上げられていたことを示しているし、事実背筋はピンと伸びている。
だが、顔はくりくりとした眼と微笑を浮かべているような口元というパーツもあってか全体的に優しげな印象を周囲に与えていた。
刻まれた皺は深く、いかにも苦労を重ねてきたように見えるが、ぱっと見た印象はそれとは正反対である。
彼はどこか周囲が気を許したくなる程度に人格的魅力に満ちていた。
いや、人格というのは正確ではないかもしれない。
何しろ、彼の姿は半分透明だった。生物学的な意味では、彼は人類とはいえない。
「嶋田さん。」
少年は、男に少しばかり不満を漏らそうとして、あわててそれをこらえた。
彼に「ツイている」この男が厳しい表情をする際はたいていろくでもないことが起こる時だと少年は知っていたからだ。
「何なんです?これ。」
少年は周囲を見回した。
人は誰もいない。
非常事態宣言発令後はシェルターへ避難という規則を守ってか、10万以上の人口があるはずのこの町に人は一人もいない。
だが、防災の日の訓練ではありえないほど道は混乱した状況だった。
走っていた車が道の片側に寄せて止められているのは規則通りでも、歩道と車道には新聞紙や靴、細々した雑貨が落ちている。
そのあたりに厳しい日本人にしてはあり得ない状況だ。
明らかに異常だった。
702 :ひゅうが:2012/11/19(月) 01:32:08
「まず考えられるのが、テロや奇襲攻撃だね。」
半透明な男、嶋田繁太郎は自分の表情が少年を緊張させていることに気付き、少し表情を緩めた。
「だが、見た通り市街地に警備部隊はいないしどこの山麓にも高射群は展開していないようだ。」
つまりは、テロルのような犯罪や、ミサイルでいきなりドカンというようなことではないらしい。
「地震予知に成功したわけでもないらしい。そうなら、もっと早くグラリときている。BC兵器ということも考えられるがそれにしては避難規模が大規模すぎるし混乱がそれほどでもない。」
白い手袋をつけた手を指折り、嶋田は数え上げた。
「私見だけれど、大規模侵略の前哨戦を前に住民を慌てて避難させたといったところかな。何かがやってくるのを探知したというのは確かなようだ。」
「大変じゃないですか!」
少年は慌てた。
といっても、この目の前の現実にではない。
自分がまるで素人のように反応していたことに気がついたためだ。
初陣前にガタガタ震える新兵のようだ、と少年は内心で自嘲する。
「ううむ、こうなる前に迎えが来てくれれば助かったんだが。」
嶋田はおどけて肩をすくめてみせる。
「ま、砲撃やら何やらの振動も感じないししばらくは安心――」
嶋田がそこまでいった時、山稜の上で何かが光ったようだった。
「訂正だ。かなりやばいかもしれん。一本早い列車に乗っておいてよかったな。」
「あれ・・・もしかして・・・」
「ミサイルの噴射炎だな。地対艦誘導弾か何かだろう。」
げっ・・・と少年、碇シンジは顔をひきつらせた。
「おっと、このエンジン音は…お迎えが来たようだな。」
嶋田が飄々と言ってのけたため、シンジは再び慌てて背後を振り返った。
甲高いタイヤ音とともにドリフトしたスポーツカーを見る嶋田の目は、なぜか苦笑していた。
ツイてる人――それはセカンドインパクト後の日本列島で大量発生した現象に巻き込まれた人間の通称である。
5000分の1から1万分の1という意外な高確率で「ここではないどこか」で生を終えた人物の「幽霊」が生きている人間に「取り憑く」というこの現象の原因は不明。
「幽霊」の正体もまた不明だった。
ただ、この現象に幼いころに見舞われた人間も、ある程度の年齢で取り憑かれた人間も例外なく「ツイてる」幽霊の影響を非常に強く受ける。
文字通り四六時中一緒にいるのであるから当然だろう。
それに、幽霊の方がツイてる先の人間に何か危害を加えるというようなことが報告されていない以上は「何者かによって気が合う人材が選ばれている」という推測が成り立つ。
そのためたいていの人間は「もうひとりの親」あるいは「腐れ縁の友人」として幽霊を扱うという態度がこの15年で定着していた。
もちろんこの現象を危惧する者もいる。
しかし、能力面で意外に有能であるうえ、セカンドインパクト後の復興に際して財政の魔王と呼ばれる人物を筆頭にした「ツイてる人」が大きな役割を果たしたこともあってそんな声はそれほど大きなものにはなっていなかった。
口さがない者は「幽霊に日本が征服された」といわれるように首相を筆頭に国家の中枢に「ツイてる人」が多いことも理由なのだろう。
そしてこの日――
迎えに来た者と迎えにこられた者は、二人とも「ツイてる人」だった。
「古賀さん。久しぶりですね。」
「嶋田さんこそ。」
――かつて「
夢幻会」と呼ばれた組織において上司と部下、そして同胞だった二人はこうして再会した。
最終更新:2013年01月05日 20:58