77 :帝都の休日:2012/12/06(木) 20:06:40

「はぁ、」

休日の公園にて溜息を付く男。
彼の名は嶋田繁太郎。
世界に冠たる超大国、大日本帝国の宰相を務めている男である。
もう一方の超大国、神聖ブリタニア帝国との戦争を終わらせ講和へと導いた彼は、漸く取れた一日だけの休みを一人静かに過ごしていた。

幾度にも渡る侵攻を返り討ちにされ、二度と日本帝国と戦争しようなどと考えさせないようにするため、
日本軍による太平洋全域制圧後デモンストレーションとして行われた東太平洋での大型水素爆弾を使った水爆実験により、講和という名の事実上の降伏に追い込まれたブリタニア。
彼の国との講和交渉が始まればまた暫くの間休みが取れなくなる。

「貴重な休みをこんなところで費やすのは勿体ないとは思うが、仕事のしすぎでやりたいことを考える暇もないからな・・・」

我ながら充実した人生なのか。
損ばかりの人生なのか。
よく分からないまま忙しい毎日を過ごす彼はたまには纏まった休みが欲しいと願い、周りに目を遣る。
家族連れ、恋人、友人同士、皆が皆楽しそうに過ごしている。

(本来、休日というのはこういうものなんだよなぁ・・・)

羨ましそうに眺める彼に気付く者は一人もいない。
今の彼は闘い疲れた企業戦士のようにしか見えず、SPも付けていないせいでとても救国の英雄、帝国宰相には見えないのだ。

(ん・・・?)

そんな影が薄くなった彼の目に何やら不穏な空気を醸し出す一団が止まった。

『なあいいだろ? 俺たちと遊ぼうよ』
『や、やめてください、離してっ、』

十代後半と見える鮮やかな桃色の長い髪の少女が二人組の柄の悪そうな男達に絡まれている。

(ナンパ・・・か)

どこにでもある日常の光景だが、桃色の髪の少女は明らかに嫌がっていた。

(しかし無理矢理というのは、な)

見てしまった以上黙っている訳にもいかんだろうと歩み寄った彼は、「君たち、ちょっといいかね」とナンパ男達に声を掛けるのだった。

78 :帝都の休日:2012/12/06(木) 20:07:11




「痛たたたっ」
「大丈夫ですかおじ様・・・?」
「はは、大したことはないよ。君こそ大丈夫か?」
「はい、お陰様で助かりました」

桃色の髪の少女を助けに入った嶋田は海軍時代に鍛えていたお陰でナンパ男達を撃退できたが、久しぶりの無茶な動きに少し腰を痛めてしまった。

(昔ならどうということも無かったが・・・やはり歳には勝てんな)

「本当に大丈夫ですか・・・?」
「ああ、本当に大丈夫だよ」

心配そうな少女を安心させようと身体を大きく動かす嶋田。
身体を動かしながら少女を見る。
肌の色は白人特有の白。
膝裏まで届く艶やかな長い髪は桃色。
白のワンピースにオレンジのスカート。

(EUの人間か?)

まさか先日戦闘停止したばかりのブリタニアの民間人が帝国に居るわけがない。

「あの、おじ様?」
「ん? ああ、すまないね。ちょっと考え事をしていたので」

(気にしても仕方がないか)

「まぁ、いくら帝都の治安がいいと言ってもああいう輩は居る物だからね。気を付けて歩きなさい」
「あ、はい。わかりました」

少女に注意した嶋田は先ほどまで座っていたベンチに座るとまたぼんやりと空を見上げ始めた。

「・・・・・・」

穏やかな風が吹く。

「・・・・・・」

その風に煽られて靡く桃色。

「・・・・・・」

それは未だ嶋田の視界に入ったまま。

「・・・・・・」

風が吹き抜ける度に空を泳いでいる。

79 :帝都の休日:2012/12/06(木) 20:07:57

「・・・・・・なにか用かな?」

ぼんやりしたままその桃色の長い髪の持ち主に問いかける嶋田。

「え、あ、あのっ、」

彼が助けた桃髪の少女は何故か嶋田の側から離れずに彼をジッと見ていたのだ。

「おじ様はこれからどうなさるのかと、思いましたので・・・」
「別に何もしないよ・・・また明日から始まる仕事漬けの日々を前に、黄昏れてるんだよ・・・」

嶋田は言ってて悲しくなる。
七十二時間働けますか? が待っているのだから。

「お、おじ様はお忙しい方なのですね」
「忙しい、か。それを認識できる内はまだ可愛い物だよ。そのうち時間の感覚が麻痺して来るんだ。いつ家に帰ったか、飯はいつ食べたのか、今は朝? それとも夕方? 
 そして仕事が終わると怖い魔王がやってきて言うんだ『貴方の闘いはこれからですよ』とね」
「それは・・・・・・大変なのですね」

でも、と少女は続ける。

「わたくしも、おじ様のように頼りにされてみたいです・・・。誰かのお役に立ってみたいです・・・」

お飾りの存在。
居ても居なくてもいい存在。
誰の役にも、何の役にも立てない存在。
自分はそんな人間ですという彼女。
そう言って悔しげに唇を噛む少女を見て嶋田は一度溜息を付いて立ち上がる。

「君は、これから予定はあるのかな?」
「えっ? いいえ、予定はありません。その、わたくしこの国に訪れたのは初めてでして、どのような国なのか見たいと思い抜け出して来ましたから」
「なら丁度いい。おじさんの暇つぶしに付き合ってはくれないか?」

80 :帝都の休日:2012/12/06(木) 20:08:31



嶋田は少女を連れて帝都内の観光スポットや名所を巡った。
お台場、東京タワー、皇居、雷門、秋葉原、思い付く限り、時間の許す限り歩き続け出会った公園の近くに戻ってきた頃にはもうすっかり日が暮れていた。

「お疲れ様。連れ回して済まなかったね」
「いえ、とても楽しい・・・有意義な一日でした」
「それはよかった。私も楽しい一日を過ごせたよ」

空には満月が輝き、優しい光で二人を照らしている。

「さて、ここでお別れだが・・・一ついいかな」
「なんですか?」
「君は役に立たないと言ったがそんなことはない。今日、私は君と過ごせて楽しかった。君が居たからいつもと違う休日を過ごせた」
「おじ様・・・」
「少なくとも今日、君は私の役に立ってくれた。つまりだ、気付いていないだけで君は沢山の人に必要とされているだろう、ということだよ」
「わたくしが、おじ様の役に立った・・・。わたくしは・・・必要と・・・されている」
「そうだ。君が居て初めて回る何かもあるだろう、それが何かは分からないがね」

言い終えた嶋田は彼女の頭に手を置き、数回優しく髪を撫でてお別れだと背を向ける。

「ま、待ってください、」

そんな彼を呼び止めた少女は彼の元に歩み寄る。
自分を助けてくれた彼と、自分を元気付けてくれた彼と、まだお別れをしたくはないのだ。

「もう少しだけ・・・一緒に居てください・・・」

そして振り向いた嶋田の唇を自らの唇で塞いだ。

「き、君・・・」
「思い出を・・・ください・・・」

そう呟いた彼女の唇と、嶋田の唇が、もう一度重なる。
休日はまだ――少しだけ続くのだった。

81 :帝都の休日:2012/12/06(木) 20:09:34




翌日、講和交渉の席上。
大日本帝国側の代表――大日本帝国宰相嶋田繁太郎と、桃色の長い髪をポニーテールに纏め、白のタイトスカートを着用したブリタニア帝国側の副代表――
ブリタニア帝国第三皇女ユーフェミア・リ・ブリタニアが、何度も視線を合わせては逸らすという行為を繰り返していた。


「嶋田さん、昨日の夜何か変わったことは有りませんでしたか?」
「い、いいえ、特にありませんよ、」
「そうですか・・・おや、肩にピンク色の・・・」
「っっ!!? か、髪の毛なんて付いてませんよっっ!??」
(ピンク色のと言っただけなのですがね)


同時刻

「ユフィ、昨日の夜遅くまで何処に行っていたんだ?」
「そ、その、帝都の散策と・・・思い出を・・・」
「思い出?」
「い、いえ、思い出で終わらせたくは・・・」
「ユフィ?」
「あの、お姉様」
「何だ」
「嶋田総理と個人的に面会することは出来ないでしょうか?」


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最終更新:2013年01月06日 20:59