114 :帝都の休日 第2話 改訂版:2012/12/23(日) 22:56:47
帝都の休日2
雪降り積もる師走の午後。嶋田繁太郎は長年の友人宅を訪れていた。
「やぁいらっしゃい。雪大丈夫だった?」
彼の訪問を出迎えてくれたのは足首まである長さの淡い金髪の少年。
見た感じ10歳くらいにしか見えない少年だがその実年齢は63歳という嶋田と同年代のブリタニア人男性だ。
少年の名はV.V.。神聖ブリタニア帝国現皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの実兄である。
といってもとうの昔に皇籍を離脱している為いまは唯の一般人に過ぎないが。
「いやぁ~まさかこんなに降るとは思いませんでした」
「僕もびっくりしたよ寒い寒いと思って外見たら真っ白だったから。ナナリーなんかは綺麗だとか言ってたけど年寄りの僕らにはただ迷惑なだけだよね」
「ええまったくです。インフラも麻痺しますし寒いし冷たいし」
V.V.と同居している姪のナナリー・ヴィ・ブリタニアは15歳。まだまだ雪を楽しいとだけ感じていられる年齢だ。
これが嶋田やV.V.のような歳になると迷惑にしか感じなくなる。
歳を取った証拠でもあって寂しく思う物のこれだけはどうしようもない。
「まあとにかく上がりなよ」
「では失礼させて頂きます」
*
「はいお茶」
「あ、どうもすみません」
差し出された温かい緑茶を一口飲んで身体を温める。
「温まりますねぇ。やはり冬はこたつに入ってみかん片手にお茶を飲むのが最高の贅沢というものです」
「皆が皆シゲタロウみたいだったら商売あがったりだと思うよ。君ってさ人並みの欲とか無いの?」
「ありますよ。のんびり静かな老後を過ごすっていう。今すぐって言うのでは普通に休みが欲しいってところですか……まあ休み取れたからこそV.V.さんちに遊びに来てるわけですが」
「ああ、そういえば珍しくのんびりしてるね。去年も一昨年も『書類が書類がぁぁ!!』って言ってたのに」
V.V.が言うように嶋田がのんびりしているのは実に珍しい。
政界を引退してから5年経って尚書類仕事に追われ続けているのが彼の日常なのだから。
「なぁに簡単です。辻さんから年末年始丸々の休みを勝ち取ったんですよ」
自慢気に話す嶋田にV.V.は驚き目を見開く。
「マサノブから休みを勝ち取ったって……それホントかい?」
「ええホントにホントです」
「どうやってさ」
「話は単純ですよ。要は今年中の書類と年明け分の書類を纏めて終わらせてやったんです!」
3徹4徹を連続で繰り返し、ぶっ倒れる寸前まで書類と格闘し続けてクリスマス前の今この時までにやるべき仕事を終わらせてしまったのである。
こんなにも頑張った理由はやはり『年末年始の大型連休が欲しい』という強い思いからだった。
その仕事っぷりといったらあの辻でさえ認めざるを得ない物で、結果として普段の頑張りも併せて休日日数に色を付けてくれた大型連休を勝ち取ったのだ。
「なんていうか……凄まじいね。シャルルは忙しいといってもまだマシな方かルルーシュやナナリーに会いに来られる余裕はあるから……追い返されてるけど」
「シャルルさんは過保護ですもんねぇ」
「過保護なのはいいんだけど近所迷惑なんだよ。あの大声で『ぬぅわぜだぁぁぁぁ!!』って叫ぶんだから。
この間なんか隣の奥さんに『いい加減にしてくださいよV.V.さんっ!! お宅の弟さんこれで何度目ですかっっ!?』って僕が怒られたんだよ?」
「そのあと私のところに来て『シゲタロウ! 一杯付き合えぃぃっ!!』ですもんね……」
「「はぁぁぁぁ~~」」
V.V.と二人して溜息を付いた嶋田はお茶を一口飲んで部屋を見渡す。
いつも代わり映えしないV.V.の部屋には彼の趣味であるテレビゲームやパソコンなどが置いてあった。
最近『魔物狩人』とかいうオンラインゲームに嵌っているらしく、夜遅くまでゲームをしてあまり睡眠を取っていないらしい。
それでも体調を崩さない辺り流石は不老不死といったところか。
115 :帝都の休日 第2話 改訂版:2012/12/23(日) 22:57:39
*
「それでこの間キョウジにくぎみー主義の啓蒙に付き合えって言われてアキバに、って話聞いてる?」
先週の日曜日にゲーム友達である
夢幻会きっての邪気眼の使い手、富永恭次と秋葉原に行ってきたことを話すV.V.は、あさっての方を向いている嶋田に気付いて話を中断した。
彼の視線を追ってみるとそこに有ったのは毛糸で編まれた何か?
何か? というのは何かよく分からない毛糸で出来た布きれでしかなかったからだ。
「なんです? このボロボロの靴下みたいな布きれは?」
「ああ~それね。それユーフェミアが編んでる物だよ」
「ユフィが?」
「うん。何かよく分からないけどここ暫く公務が終わったその脚で家に来てナナリーに教わりながら編んでるやつ」
その赤い毛糸で編まれたボロボロの何かは嶋田が最近知り合い仲良くなったブリタニアの第三皇女ユーフェミアの物であるらしい。
「何だろうねそれ。凄く真剣に編んでるみたいだよ。ナナリーにも『叔父様は向こうに行っててください』って部屋から追い出されるくらいだからユーフェミアの大切な物みたいだけど」
(ユフィが真剣に編んでる物か)
どう見ても何かに使えそうにはないボロボロな毛糸の何か。
嶋田、V.V.共にそれが何か分からない二人が鍋敷きだのなんだのと好き勝手なことを言っていたところ――「ただいまV.V.叔父様」とウェーブのかかった栗色の髪の少女が姿を現した。
ナナリー・ヴィ・ブリタニア。V.V.の姪である。
「ああお帰り。シゲタロウ来てるよ」
「シゲタロウさんですか?」
そう言って彼の方を振り向くナナリーの後ろからもう一人、彼女より背が高い年上の少女が顔を覗かせた。
「こんにちは叔父様今日も…」
ナナリーの後から入って来た鮮やかな長い桃色の髪の少女はV.V.と一緒にこたつに入っている嶋田を見て「あ!」っと小さな声を上げる。
「シ、シゲタロウっ!?」
「こんにちはユフィ」
「ど、どうしてここに?」
「今日は休みだからねV.V.さんちに遊びに来てたんだよ」
「そう、ですか……」
挨拶をして理由を話すと何故か彼女は困ったといった雰囲気を醸し出した。
会えて嬉しいという声とどうしてこのタイミングでという複雑さが入り混じったような声だ。
それを察知したナナリーは「すみませんが叔父様もシゲタロウさんも出て行ってください」と言い出しこたつから出たくないと渋る二人を部屋から追い出してしまった。
追い出された二人は「なんだろうね?」と言い合って別室に移動してストーブを焚く。
「いつもこんな感じなんですか?」
「いやいつもはこんなに問答無用じゃないんだけど……ユーフェミアの様子もおかしかったし」
(確かにユフィ変だったな)
いつもなら顔を合わせると周りの空気も気にせず二人だけの世界に入ってしまう嶋田とユーフェミアだが、今日は彼女の方から拒絶しているように見えたのだ。
それが少し寂しく。また悲しかった。
尤もそれは彼女の方も同じだったりするのだが……。
116 :帝都の休日 第2話 改訂版:2012/12/23(日) 22:58:41
*
「シゲタロウに悪いことをしてしまいました……」
そう言ってしゅんと項垂れるユーフェミア。
本心では嶋田とお話をしたかったし側に居たかった。
でも今日はダメなのだ。いま自分が作っている物を彼に知られたくないから。
「仕方ありませんよユフィ姉様。当日まで内緒にして喜んで貰うのでしょう?」
「ええ、でもその為にシゲタロウとお話しできないのは……辛いの……」
ここ最近、嶋田と出会って以降のユーフェミアはとにかく彼のことばかり考えているのだ。
今日は会えるか? 会ったらどんな話をしようか? 彼と話したい。彼と会いたい。
息が詰まりそうになるほどきゅんとなる彼女の胸は、彼が側に居るときだけその苦しさから彼女を解放してくれる。
それなのに今日は自分から拒絶するような態度を取ってしまった。
嫌われてしまったら愛想を尽かされたら。
不安が不安を呼び落ち込む彼女にナナリーは「その分いっぱいいっぱいお話しすればいいじゃないですか! その為にも頑張って編みましょう!!」と励ましの言葉を掛ける。
彼女はその言葉を支えにして無理矢理自分を鼓舞して毛糸の切れ端を編み始めた。
それから数日後。
帝都の中心部にある繁華街にて寄り添い歩く壮年の男性と桃色の長い髪の少女の姿があった。
少女に寄りかかられている男性の首にはボロボロでみっともない赤い毛糸の何か。
通りを歩く誰もがそれを首に巻いた男性を不思議そうに思い振り返っている。どうして態々そんなボロ切れを首に巻いているのかと。
しかし男性はそんな周囲の反応を一向に気にしてない様子で隣に居る少女と腕を組んで歩き続けていた。
誰にどう思われようとこの赤い毛糸は自分に取っての宝物。そう思う彼には嬉しくはあっても恥ずかしいという気持ちはないのだから。
彼はこんなに素敵なプレゼントをくれた少女に「ありがとう」と言って微笑んでいる。
そして自分は何も用意できて無くて済まないとも……。
無論少女にとってはこの聖なる夜を彼と二人で過ごせることが何よりのプレゼントであり、掛け替えのない物なのだから「もう貰っていますよ」と言うだけだったが。
こうして柔らかい雪が降り積もる帝都の聖夜を歩む二人は、やがて人混みの中へと消えていった。
尚、余談ではあるが壮年の男性と桃色髪の少女と同じようなカップルの姿が同時刻に目撃されている。
そのカップル、コードネームYという生真面目そうな顔の坊主頭の男性とRという長い金髪のブリタニア人の少女はあるホテル街から出てきたらしい。
彼らがそこで何をしていたのかは分からないものの、彼らもまた帝都東京に訪れた聖夜を共に楽しんでいたのであろう。
メリークリスマス。
最終更新:2013年01月06日 21:45