450 :帝都の休日 第4話:2013/01/12(土) 22:25:02
では投下します。
提督たちの憂鬱のキャラがギアス並行世界に転生。
性格改変注意。
嶋田さんロマンスで独身設定のち・・・
平和だけど色々ある。
R15。
時系列的には枢木総理の悩みの少し前。
恋話率100%。
451 :帝都の休日 第4話:2013/01/12(土) 22:26:32
帝都の休日 第4話
「・・・・・・」
都内某所。とあるビルの一室。
一体どれだけあるかも分からない書類の山。
その一枚一枚に目を通してはサインと判を押していく男は、苛立たしげに頭を掻き毟りながら手を止めず作業に没頭していた。
「~~ッッ」
だが、一向に仕事が捗らないのだ。
いつものペースと比較すれば凡そ三分の、下手をすると四分の一近く遅れている。
体調が悪い訳ではない。風邪も引いてないし熱もないのだから。
ここしばらくは定時で終わっているため睡眠もしっかり取れているので寝不足でもない。
それに、たとえ熱があったり、寝不足だったりしたところで、ここまで仕事が遅くなる事はないだろう。
前世からずっとやっている仕事だ。書類整理に付いては職人だと思えるほど自信がある。
そこらの経営者には負けないという自負も。
つまり今の自分は一切疲労が無い体調万全の状態で、本来ならば余裕を持って書類を捌けている筈なのだ。
「ああ~~くそッッ!!!」
ではなぜこんなにも仕事が遅れてしまうのか?
それは目を通した書類の内容が全く頭に入ってこないからだ。
(ダメだ・・・どうしても彼女の顔が・・・ッ)
その原因となっているのはある一人の少女の存在。
彼――嶋田繁太郎が都内の公園で出会い仲良くなった、歳の離れた友達である少女の事が頭から離れないのだ。
(ユフィ・・・)
少女の名はユーフェミア。ユーフェミア・リ・ブリタニア。
日本の同盟国、神聖ブリタニア帝国の第三皇女。
在日ブリタニア大使である姉のコーネリアの補佐をしている件の皇女の姿がずっと浮かんでいて、書類を読んでも頭に入らない。
今まで何度も遊びに出掛けたり、彼女が家を訪ねてきたりして二人の時間を過ごしていたが、こんな事は初めてだった。
こうなったそもそもの原因に付いては間違いなくあの時の事だろう。
(やっぱり、あの夢なんだろうな)
夢。
去年の末、現総理の枢木ゲンブに会うため首相官邸を訪れていた際。
応接室で待っていたときに良い夢が見られると辻から貰ったドロップ。
それを食べて見た夢。
自分の知らないユフィが占領された日本に於いて、平等で差別のない、みんなが笑顔で暮らせる世界を作るという夢。
(どうしてあの時・・・俺は泣いたんだ?)
その夢を見た後に顔を合わせたユフィの前で涙を流してしまった。
あんなに幸せな夢を見たというのに。
夢の中でイレヴンと呼ばれていた日本人達はみんな笑顔だったのに。
その笑顔をを作り出し、一歩を踏み出したユフィの、優しくて幸せな夢だったというのに。
夢の主人公である当のユフィを見て泣いてしまった。
あの時、何故かとても悲しくなったのを、今でもはっきり覚えている。
泣いた自分を抱き締める彼女の温もりを感じて更に涙が溢れ出し、漸く泣き止んだ後にはもう彼女の顔をまともに見れなくなっていた。
それ以降、以前から感じていた彼女に対する何かが爆発的に大きくなっていて、その感情の正体に気付いたあの日以来、自分は彼女を避けている。
極力会わないようにする為、辻に「もっと仕事をくれ」などと普段なら絶対に口にしないような事まで言ったり。
携帯に掛かってくる彼女からの電話にも「仕事中だから」の一言で済ませた後は一日中取らなかったりと露骨なまでに・・・。
そうやって避ければ避けるほどユフィの顔や姿がちらつき、(今何をしているのだろうか?)とか(俺の態度に怒っているだろうな)とか考えて仕事が手に付かなくなってしまう。
(あんなドロップ食べなければ良かった・・・)
食べなければいつもと同じ毎日を過ごせていた筈だ。
いつもと同じように過ごし、彼女と笑い合えていた筈だったのだ・・・。
452 :帝都の休日 第4話:2013/01/12(土) 22:27:14
*
「嶋田さん、携帯鳴ってますよ」
終わった書類を取りに来た辻がマナーモードにしていた自分の携帯が震えているのを指摘する。
相手が誰かは分かっているから出るつもりはない。
「仕事中ですから」
「・・・・・・」
随分と長い着信は凡そ60秒ほどで切れたが、間を置かずにまた着信を示すように携帯が震えた。
「嶋田さん携帯が――」
「仕事中だって言ってるじゃないですか!」
「・・・・・・」
しつこい着信と、同じ事を繰り返して言う辻に思わず声を荒げる。
そんなつもりはないというのに・・・。
だが辻が怒った様子は無く、こちらを見た後、机に置いてあった携帯に目を移した。
「失礼」
すると彼は何を思ったのか未だ震えていた携帯を取り上げて勝手に出てしまうではないか。
「ちょッ! 何を勝手にッ!」
慌てて取り返そうとするも虚しく、彼は画面に映る着信相手の名前『ユーフェミア』というのを確認して通話ボタンを押してしまった。
「もしもし」
『あっ・・・え? あの、間違えまし――』
「間違えてませんよ。嶋田さんの携帯であってます」
電話に出た辻の声にユフィは番号を間違えたと思ったようだ。
辻はすぐに番号があっている事を伝えていたが。
「辻です。いま嶋田さんに代わります」
勝手に電話に出た辻が携帯をこちらへと差し出してくる。
彼女に通じている携帯を。
いまの返事で彼女には自分が辻の側にいる事は分かっている為、電話に出ないという選択は取れない。
453 :帝都の休日 第4話:2013/01/12(土) 22:27:52
受け取った携帯を耳に当てて渋々ながら口を開いた。
「もしもし」
すると電話の向こうから彼女の悲しそうな声が聞こえた。
『シゲタロウ・・・』
自分の名を呼ばれただけだというのに悲しい声のせいか胸がズキリと痛んだ。
彼女にこんな声は似合わない。
だけど。
「いま仕事中なんだ、悪いけどこれで」
態と突き放す。
もうダメなんだ。もう君とは・・・
『待ってください!』
電話を切ろうとすると、それを止めるユフィの声が聞こえた。
『どうして・・・どうしてわたくしを避けるのですか! わたくしは、わたくしはシゲタロウのお気に障るような事をしてしまいましたか?』
それなら言ってください。この場で謝らせてください。
悲痛な声で訴えかけてくるユフィ。
そんな彼女に嶋田が返した言葉は全く同じ物だった。
「もう一度言う・・・仕事中だ」
それだけ言って電話に出た辻に携帯を渡す。
切っても良かったのだが彼女からの電話を取ったのは辻なのだから、彼に渡すのが正しいと思ったのだ。
ただそれだけ。
「すみませんユーフェミア殿下。そういう事ですので」
自分の態度を見たからか辻も分かってくれたようで電話を切るような言葉を告げて、携帯を持っていた手を下に下げた。
それを確認してからまた手を動かす。
書類に向き合って少しでも彼女の事を考えないようにする為に。
「嶋田さん」
だが。
「貴方・・・いつまでそうやって逃げるつもりですか?」
それは辻によって制止された。
454 :帝都の休日 第4話:2013/01/12(土) 22:28:26
*
「逃げる?」
逃げるとはどういう事かと惚ける嶋田。
無論惚けたところで意味はない。
今更彼に言われなくともそんな事分かっているのだから。
分かっているからこそ――
「やだなぁ辻さん。私は書類から逃げたりしませんよ? というか貴方が逃がしてくれないでしょう?」
誤魔化す。
「・・・・・・」
「心配無用です ちょっとばかり遅れていますが四徹すればこれくらい――」
誤魔化しながら普段使わない軽口を辻相手に使う。いや、使おうとした。
だが最後まで言えなかった。
言おうとしたら・・・辻に遮られたのだ。
正確に言うなら強制的に止められてしまった。
「彼女・・・泣いてましたよ」
「っっ!」
辻の言葉を聞いて息が詰まった。
泣いていた? ユフィが?
あのいつも暖かい微笑みを浮かべている彼女が・・・・・・泣いた・・・・?
誰が、誰が泣かせた?誰が彼女を泣かせたんだ?
あの暖かく笑う少女を誰が・・・
決まっている・・・自分だ。
自分の突き放すような態度と言葉に泣いたのだ。
その事実に気付いた事で呆然とする嶋田。
だがそれを嶋田に伝えた辻は、彼が呆然とすることさえ許さなかった。
グイッと身体が勢いよく引っ張られる。
引っ張っているのは辻。思い切り胸ぐらを掴み上げてきたのだ。
彼の性格上こういう事はしない。こういう実力行使的な事は。
逆に言えば本気で怒っているという事だろう。
腹に据えかねたという空気がひしひしと伝わってくる。
「貴方・・・なにやってるんですか?」
いつも冷静なその瞳に怒りの色を浮かべながら、声を荒げたりせず冷静な口調で言う。
だが彼は心の底から怒っていた。何についてかなど最早言うまでもない。
「ユーフェミア殿下を泣かせて何がしたいんですか?」
ユフィを泣かせたことを怒っているのだ。
「御自分の愛する女性を泣かせて何をやっているんですか貴方は」
455 :帝都の休日 第4話:2013/01/12(土) 22:29:12
*
彼は言った。はっきりと。
嶋田が愛している女性をと。
最早言い逃れなど許されない。
はっきりと口に出されてしまったから。
言葉にされてしまったから。
嶋田繁太郎はユーフェミアを愛していると。
「わかっているんでしょう御自分のお気持ちに。わかっていて逃げているのでしょう」
そうだ彼は分かっていた。分かっていて誤魔化していたのだ。
自分が彼女に抱く何か? などという表現の仕方で。
分かっている。爆発的な勢いで燃え上がる自身の心にある何かの正体など。
盟友に指摘された嶋田は自分の胸ぐらを掴む彼を睨み返す。
睨み返しながらついにその心に秘めた想いをぶちまけた。
「ええわかってますよ・・・。わかっていますとも!! 私が・・・俺がユフィを愛している事など!!」
「・・・・・・」
「自分自身にさえ鈍い俺ですが気付きましたよ! 去年彼女の胸で泣いたときに彼女が好きだと!! ですが・・・!」
とっくに分かっていた。分かっていて避けていた。
分かっていたからこそ避け続けたのだ。
こんな、こんな・・・
「こんな血に塗れた俺がっ! 日の光のように暖かく! 美しく咲いた春の花のように穢れのない彼女を! 愛して良いとでも思ってるんですか!!」
そう、この両手は血に塗れている。
何百万、何千万、億の単位の人間の血で。
「貴方だってわかっている筈だ・・・共にあの前世を生き抜いた貴方なら・・・」
前世。
こことは違う大日本帝国という国を率いて戦ったかつての世界。
そこで彼は己が守るべき人達の、大日本帝国の為に大虐殺を行った。
あの、未曾有の大災厄を引き起こした大西洋大津波。
それを引き起こす為に行った『衝号作戦』
結果、日本は仇敵となったアメリカ合衆国を滅ぼし、数多くの帝国臣民を守り通した。
今でもそれが間違っていたとは思わない。あれをしなければ守るべき人達を死に追いやっていたかも知れないのだから。
もう一度同じ状況に追い込まれればまたやる。
そこに一切の躊躇いは無い。
「俺は納得してますよ。あの作戦は必要だったと・・・でも、この手が血にまみれているのは確かだ・・・」
だがそれとこれとは別だ。
自分の手は血にまみれている。
そんな自分が彼女に触れてはいけない。
想いに気付かなければ触れていられたが、気付いた以上はダメだ。
前世で妻と一緒になった時はまだこの手は血まみれじゃなかった。
だから一緒に居られたし、衝号の後も生涯添い遂げることが出来た。
それはとても幸せな事で、自分と一緒に添い遂げてくれた前世の妻には感謝しても仕切れない。
だが今は違う。
前世を覚えている以上、今世では最初から血まみれの状態だと思っていた。
別に誰に言われたわけでもなく自分自身でそうだと。
だからこそ自ら出会いの場を避け続け、今まで独身を貫いていたのだ。
それなのにここへ来てユーフェミアという少女に出会い、彼女を愛してしまった。
四十以上も離れた年下の少女を、年甲斐もなく本気で好きになってしまったのだ。
「汚したくないんです。あの日の光のように暖かくて・・・穢れを知らない優しい少女を」
456 :帝都の休日 第4話:2013/01/12(土) 22:29:58
*
隠していた全ては語り終えた。
自分の気持ちに気付いてしまったからこそユフィを避けるようになったその理由を。
そんな彼の心の内を聞き終えた辻は掴んでいた胸ぐらを離す。
そして言った。
「以上が、彼が貴女を避けていた理由ですユーフェミア殿下」
辻の言葉にふと部屋の入り口に目を遣る。
すると重い扉がゆっくりと開かれた。
(な・・・に・・・? ユフィ・・・?)
姿を現したのは長い桃色の髪をポニーテールにして纏めた公務服姿のユフィ。
彼女の手には携帯電話が握られていた。通話状態のままの携帯電話が。
「お仕事・・・抜け出して来ちゃいました・・・」
微笑みを見せる彼女だったが、その顔に戸惑いの色が浮かんでいるのは隠せていない。
それもその筈。前世の話や衝号の話を彼女は聞いていたのだから。
「ずっと電話切っていなかったんですよ」
手に持った嶋田の携帯をすっと差し出す辻。
ユフィの携帯と同じく通話状態だった。
「我々の話はユーフェミア殿下に全て聞こえていたのです」
何でも数日前に『ユフィの元気が無い。原因は嶋田卿に会えないことらしい』そういう相談をコーネリアからされていた辻が、
今日仕事中だった彼女に『今日中に解決しますからユーフェミア殿下を私共の仕事場へ寄越して欲しい』と連絡していたらしい。
そして指定時間にこのビル内に来ていたユフィに嶋田の携帯へ電話を掛けさせ、今に至るという事だった。
「は・・・はは・・・なんだそれ・・・」
もう何も言う気になれなかった。
前世の事を知られてしまい一気に身体の力が抜けてしまったのだ。
もうどうでもいい。こんな話を聞かれた以上彼女は自分を嫌いになるだろう。
国のためとはいえ非情な決断を下し、億の命を奪ったような男など・・・。
それならそれでいいじゃないか。懸念もなくなるし悩みも消える。
後は彼女への想いを断ち切ってしまえばそれで終わりだ。
457 :帝都の休日 第4話:2013/01/12(土) 22:30:44
「聞いてたなら早い・・・ユフィ、俺はこういう男だ」
ユフィを突き放す。
「この日本の為ならば、俺自身の守るべき者の為ならば億の人間をも殺す。そんな男だよ」
それが彼女の為なのだから。
「もう、会わない方がいい」
(これでいい・・・これでいいんだ・・・)
自分で突き放すような言葉を投げかけながら胸の痛みを我慢する。
こんな物は一時的な物に過ぎない。喉元過ぎればまたいつものように過ごせる。
ただそこにユフィが居なくなるだけだ。
そうやって自分を納得させる嶋田。
だが。
彼が考えているほど、ユーフェミア・リ・ブリタニアという少女は弱くもなければ。
その愛も軽い物ではなかった。
「言いたいことは・・・言いたいことはそれだけですか?」
「え?」
嶋田を真っ直ぐ見つめるユーフェミア。
彼女は念を押すようにもう終わりかと言うと、彼の真正面に立った。
そして――。
“パシッ”
乾いた音が部屋に鳴り響いた。
458 :帝都の休日 第4話:2013/01/12(土) 22:31:16
*
右の頬に痛みが走る。
振り抜かれたユフィの右手は開かれたままそこにあった。
「痛いですか?」
「・・・」
「わたくしはもっと痛かった。この胸が張り裂けてしまいそうなほどに・・・貴方に拒絶されたことが悲しかった・・・」
彼女の藤色の瞳には涙が浮かんでいる。
ぶたれた自分ではなく、ぶった彼女が泣いている。
「今のお話は全てお聞きしました。貴方には前世の記憶がある事も。前世で何をしたのかも。それがわたくしを避けている理由だという事も」
「・・・」
「正直に言うと、まだ信じられません」
だろうな。と嶋田は思った。
普通に考えれば前世の記憶があるなどと誰が信じるというのか。
「でも」
そんな事を考えながらもユーフェミアの瞳を見つめたまま目を離さなかった嶋田に、彼女は言い放つ。
「だからなんだというのですか?」
彼女の言葉に耳を疑う。
全てを聞いていたはずだ。
彼女はいま自分でそう言っていたではないか。
それなのに。それなのにまるで気にしてないかのように言い放つ。
「き、君はッ、君は聞いてなかったのかッ!? 俺の手は――」
「血にまみれているのでしょう? だからどうしたというんです。過去は過去、今は今です」
「ユフィ・・・」
「わたくしは・・・わたしは今の貴方が好き」
彼女は言う。
過去と今は違うと。
459 :帝都の休日 第4話:2013/01/12(土) 22:31:53
「今の貴方の手は――」
そっと手が握り締められる。
暖かい。彼女の暖かい手の温もりが伝わってくる。
「こんなに綺麗です。わたしの大好きな手です。この綺麗な手でどうすればわたしを汚せるの?」
「・・・ッッ!」
さあ汚してみせろ。
こんな綺麗な手で自分を汚せるというのならやってみせろ。
まるで挑発するように言うユーフェミアに嶋田は言葉が出なかった。
「それに・・・それにもし血にまみれた手であっても、わたしは気にしない」
彼女は言い切ってしまう。
血まみれでもいい。それが貴方の手だというならわたしはその手を好きになると。
「だからシマダシゲタロウ、えっと、えっと・・・」
ユフィは言い淀む。
どう言えばいいか分からないとでもいうように。
しかしそれは僅かの間だった。
一瞬の後、彼女は浮かんだ言葉を大きな声で叫んでいた。
「わたしを好きになりなさいっっ!!」
目の前にいる彼に伝える。ただそれだけの為に。
「なっ! え、ええっ!?」
唐突な一言だった。
予想外とかどうとか、そんなレベルの話ではない。
余りにも話をすっ飛ばして、且つど真ん中の直球だ。
「その代わり、その代わりわたしが貴方を好きになります! 貴方の非情なところも優しいところも全部、全部好きになります! 今までは好きでしたが、これからは大好きになります!」
ユフィはそこで一度言葉を切ると握っていた手を離し、身体ごと抱き着いてきた。
ふわっと香る花のような匂い。
「ですから、そのように御自分を貶めないで・・・」
ユフィの髪から、身体から漂うその香りは嶋田の大好きな香りだった。
彼女は言った好きになれと。
彼女は言った好きになると。
その言葉を聞いたとき、彼の心の中に暖かい風が吹き込んできた。
春の花の匂いと共に。
それは、頑なに彼女を拒もうとする嶋田の心を優しく包み、溶かしてしまった・・・。
460 :帝都の休日 第4話:2013/01/12(土) 22:33:02
*
暖かい彼女の温もりが身体に感じられる。
この温もりに包まれていると、とても落ち着くのだ。
春の匂い。穏やかな春の日差しの中で咲き誇る、美しい花の匂いだ。
「やれやれ、君という娘はなんて強引なんだ」
そんな彼女の身体を自分からも抱き締める。
心を溶かされてしまった彼に、最早彼女に抗う術は残されていないのだから。
「君を汚したくないだとか、君に愛される資格が無いだとか・・・・・・真面目に考えてた自分が馬鹿みたいだ・・・」
「そんなの真面目でもなんでもないわ。本当に真剣ならわたしを愛しなさい」
「強引すぎだユフィは。強引で強すぎる」
「そうです強引です、強引にいきます! だって気付いてしまったのですから、わたしはこんなにも貴方が好きなんだって」
「言っておくけど前世の話は本当だよ?」
「前世は前世です。何度でも言います。わたしが好きなのは今のシゲタロウだと」
“んっ”
今の嶋田が好きだという彼女は彼の唇を奪った。
強引に行くというその宣言通りに。自分の唇に感じる温かくしめった感触を確かめながら、ただひたすらに唇を合わせる。
彼の背中に手を回して離れないよう抱き締めたまま。
左手は彼の背中に、右手は彼の頭に回して。
逃がさない。もう絶対にこの手から逃がしたりはしない。
そう決めた彼女は。とても深い口付けを続ける。
“んっ あむっ・・・”
互いの唇を押し付け合って、啄みながら舌を絡め合う。
少し強めに顔を寄せると、互いの鼻が触れ合い顔に息が掛かる。
うっすらと開いた彼女の目。潤んだ藤色の瞳と、嶋田の黒い瞳が交差するように見つめ合う。
交わされる口付けと同じように視線を交差させた後、二人は静かに目を閉じた。
目を閉じた方が、より感覚を研ぎ澄ませる事が出来るから。
そうやってお互いの温もりを感じるのだ。
強引なユーフェミアに引っ張られる形で、嶋田もまた彼女のペースに合わせる。
いや、合わせるしかなかった。
ユーフェミアの背中と頭に手を回し身体をしっかり抱き締めて、その身体の温もりと瑞々しい唇の感触を味わいながら、熱い抱擁を交わし続ける。
自分に出来るのは素直にユフィを受け入れ、そしてユフィにも自分を受け入れて貰う。
もう逃げない。彼女から逃げたりしない。
彼もまた決意したのだ。もう決して、ユーフェミアの腕から逃げたりしないと。
461 :帝都の休日 第4話:2013/01/12(土) 22:33:34
*
互いの唇の味を堪能した二人はゆっくりと顔を離す。
「ん・・・」
間には唾液で出来た銀色の糸が伸び、二人の唇を繋いでいる。
まるでまだ離れたくないとでも言っているかのようだ。
それもすぐに切れてしまったが・・・。
「ユフィ、もうこの辺りで止めておこう」
「どうしてですか?」
「自分の気持ちに正直になった今、こんなことしてたら君という美しい花を手折ってしまいそうで怖いんだ」
そう、このまま彼女と触れ合っているのは非情にマズイ。
今までもキスをしたことはあったが、自分の気持ちに気付いていなかったのもあって挨拶みたいな物と考えていた。
意識していたのは確かなのだが、明確にユフィが好きというまでの自覚は無かったのだ。
だが今は違う。
今はもう明確にユフィが好きだと愛していると自覚しているし、彼女からも告白されてしまった。
両想い。恋が実ってしまったという状態なのだ。
だからこそ、ここまでにしておかなければ最後まで行ってしまいかねない。
そんな心配をする彼に、彼女は頬を染めながら口にした。
“手折ってください”
手折れ。わたしが大切で、わたしを愛しているというのなら今この場で証明しろ。
これはもう強引を通り越して脅迫だった。
「い、いや、いくらなんでもそれは・・・、ほら、辻さんも居ることだし、」
そんな愛という名の脅迫をしてくるユーフェミアの肩越しに辻を見る。
彼は先ほどからずっとこの部屋に居た。当然一部始終見ているし聞いてもいた筈。
そもそも彼女を連れてきて、こうなる原因を作ったのが彼なのだ。
さっきは嵌められたと思ったが、結果的に彼女と結ばれた以上いまは感謝している。
彼が居なければ、今頃ユフィを泣かせてしまった自分を許せなくなっていた筈だから。
どんな理由を付けても彼女を突き放していい訳がなかったのだ。
辻はそれに気付かせてくれ、こうして彼女との仲を取り持ってくれた。
そんな彼はまた良い方に持って行ってくれると考えて話を振ったのだが。
「わかりました。私は退室しましょう」
と言って踵を返して出て行こうとするではないか。
「ち、ちょっと辻さ――」
「嶋田さん・・・据え膳喰わぬは男の恥です。貴方も男なら覚悟を決めてください」
『休憩は1時間です』
それだけ言うと彼は部屋から出て行ってしまった。
462 :帝都の休日 第4話:2013/01/12(土) 22:34:10
*
「シゲタロウ・・・わたくしを手折ってくれますね?」
今まで『わたし』だった一人称がまた『わたくし』に戻ったなあと現実逃避していた嶋田だったが返事をしない訳にはいかないだろう。
それも辻が態々お膳立てをしてくれたのだから、『男なら覚悟を決めろ』辻の言葉が重く響く。それを無碍にする訳にもいかない。
何よりユフィが望んでいる。自分もまたそうするべきだとの答えに辿り着いている。
ここで逃げたらダメだ。それ以前に彼女が逃がしてくれないだろうけど。
「ああ、覚悟を決めたよ」
“ユフィ、俺は君を手折る”
覚悟を決めた嶋田はユーフェミアを抱き上げ、仮眠用に備え付けられているソファベッドへと寝かせた。
纏めてはいても大きく広がる桃色の髪。
ソファベッドの上に広がった髪の色がシーツの白と合わさり見事なコントラストを描き出す。
見ようによっては何処かの宗教画にさえ見えるほど美しい。
「綺麗だよユフィ」
「シゲタロウ」
そっと触れ合わされる唇。
一瞬ではあったがその感触を確かめそっと離す。
「でも本当にいいのかい?」
そして最後の確認をした。
答えが変わらないのは分かりきっていたが、どうしても確認してしまう。
念には念をというやつだ。
「ええ勿論です、それよりもここで止めたら怒りますから」
「流石にそんな恥知らずじゃない」
覚悟を決めたばかりなのだから、ここで放り出すなどというみっともない真似は出来ない。
それに、こんなにも美しい花をただ見ているだけというのは余りにも勿体ないから。
ふわりと広がる甘い香り。
鼻腔を擽り脳内へと達した甘い匂いは全ての感覚を麻痺させていく。
「あっ・・・」
聞こえるのは互いの息遣いと甘い声。
繰り返されるそれは心地好さを与えてくれる。
そして感じるのは彼女の温もり。
この腕の中に存在する花の香りを振りまく優しい少女の温もりだけだ。
こうして始まった二人だけの時間。
それは熱く切ない愛の語らい。
辻に与えられた1時間というのは、嶋田とユーフェミアの二人で温もりを分かち合うには十分すぎる時間であった・・・。
463 :帝都の休日 第4話:2013/01/12(土) 22:35:00
*
全てが終わったとき、休憩時間は残り十分を切っていた。
余韻という物に浸る間もなく居住まいを正した嶋田はユーフェミアの髪を手櫛で整えていく。
指の間をすり抜けていく細く滑らかな桃色の髪の毛。
それは幾度か引っ掛かった後にすっと通り抜けるという感触から、多少のほつれを感じさせた。
纏めたまましていたのでましだが、やはり所々乱れているようだ。
上気して紅く染まったままの頬は自然に治るまで放っておくしかないが、何があったのか知っている辻に見られても問題は無いだろう。
後は辻が来るまでに荒くなった呼吸を整えればそれで終わり。
「ユフィ」
「なんですか?」
「今日聞いた俺の前世の事だけど黙っていて欲しい。まあ言ったところで何の関係もないこの世界では問題無いけどね」
「いいえ、シゲタロウがそう仰るのならわたくしは言いません。この胸にしまっておきます」
「ありがとう。でも今日の事お姉さんには言っておかないとダメだな。君を悲しませてしまった事も、仲直りできた事も、その・・・求め合った事も・・・」
「はい・・・」
妹のユーフェミアをとかく大事にしている姉のコーネリアには、洗いざらい話しておく必要がある。
それが彼女に取っての花でもあったユーフェミアを手折ってしまった嶋田のけじめだ。
そして、もうひとつ。
「ユフィ」
「はい」
尤も重要で、必ず取らなければならない責任があった。
「もうこの際だからはっきり言っておく」
「・・・」
ここまでしておいて中途半端なままでいるのはダメだ。
人間としても、一人の男としても。
「責任を取りたい」
「えっ?」
「君を手折ってしまった責任を取らせて欲しい」
だから言った。
「今すぐって訳には行かないだろうけど・・・こんなおじさんで良ければ」
“俺と・・・結婚してください”
464 :帝都の休日 第4話:2013/01/12(土) 22:36:20
*
『俺と・・・結婚してください』
『はい・・・・・・わたくしは・・・喜んで貴方の妻となります・・・。 不束者ですが・・・よろしく、よろしく・・おねが・・・い・・・』
時間ですと告げに来た辻は扉を開き掛けて止めにした。
嶋田に続くユーフェミアの言葉が途中で嗚咽に変わったのを聞いてそっと扉から離れる。
「おめでとうございます。お二人ならば・・・きっと、幸せになれますよ・・・」
二人には幸せになって貰わなければ困る。
ユーフェミアなら大丈夫。前世の事を聞かせたのも彼女ならばこそだ。
彼女ならば、彼女の優しさと温もりならば嶋田の全てを受け止められる。
そう考えての荒療治だった。
結果は上々。この上ないほど深い愛で結ばれたのだから。
(ま、暫くの間は婚約者としての交際になるでしょうから恋人以上の夫婦未満というところですか)
辻は幸せな恋人達のこれからに、心からのお祝いを述べる。
彼女を幸せに出来るのは嶋田さんだけ。そう確信しながら。
その為にもこの平和を長く続かせる。
出来ることなら二人が天寿を全うするその日まで。
間違っても彼が見た“幸せな夢”のようにはさせない。
「させてなるものですか」
無論、それは唯の杞憂に過ぎないだろう。
あの世界とこの世界は違うのだから。
それにもし、何かの歯車が狂って、あの世界に似通った状況を生み出しかねない事態になったら。
あの状況を引き起こそうとするような、不逞な輩が現れたなら。
そのときは・・・
「極めて遺憾ですが・・・・・・全力を持って叩き潰して差し上げますよ」
窓の外はもうすっかり日が暮れて、夜の様相を呈していた。
その黒い空のキャンバスには大きな満月が浮かんでいる。
煌々とと光り輝く満月は、ただそこから柔らかな光を発し、誕生したばかりの恋人達を優しく照らし出していた・・・。
最終更新:2013年01月13日 23:24