205 :綾波物語:2013/01/30(水) 17:12:01
第3話 初陣

駆逐艦綾波は、艦隊の先頭にいた。

これは、対潜水警戒態勢で、中心部にある戦艦・空母を守るための陣形で
戦艦・空母の周囲に駆逐艦・巡洋艦が取り巻いて、潜水艦の攻撃を防ぐ陣形である。


で、駆逐艦綾波は地中海での護衛経験を買われて、先頭に立っているのである。













「う~ん、第一種警戒態勢でっていわれても、僕たちの受け持ちには出番ないや」
そうぼやくのは、第1発射管にいる碇少尉である。


潜水艦に有効な兵器は、爆雷などの海中で爆発する兵器である。
海中を潜らない魚雷は潜水艦相手に有効な兵器ではないので、碇少尉の出番がない。

「まあ、実戦ではいつか雷撃する機会はありまっせ」
「そうだね」


そういって、後ろに振り返る


綾波は先頭に立っているのだから、後ろに艦隊が続いているのだが
その中心部にはひときわ大きな船があった。


超弩級戦艦扶桑・山城

長門型が登場するまでは、世界最大・最強の戦艦と謳われた戦艦だ。
その船が東シナ海の荒波にも気にも留めず、威風堂々と進む様は
海の王者と錯覚するようだった。


「やはり戦艦は大きいな」
「そうでしょう!やはり時代は巨乳ですよ!
貧乳を愛する奴にはそのよさが分からんのですよ」
碇少尉は、その分からん言葉はいつもの事だと放置して、戦艦をぼ~っと見ていた。












翌日

陸軍が上海攻略のために杭州湾へ上陸することになっているのだが
その上陸に先立って、敵の抵抗を減らすために、艦砲射撃を行った。

戦艦扶桑・山城の36.5cm3連装主砲が8基咆哮するたびに
陣地が消滅していくさまは、駆逐艦綾波の発射管からも見えた。

「おお~、戦艦が吠えるたびに陣地が消えていっちょるな」
「ああー、弾がもったいなーい」

そんな部下の声を聴きながら、碇少尉は思う
「あの煙の下には、多くの人が死んでいるんだ・・・・。
人の死というのはこんなにもあっけないのか」

206 :綾波物語:2013/01/30(水) 17:12:34
やがて、敵軍は立ち直ったのか、戦艦に扶桑と山城に向けて反撃の砲撃を行うようになった。


しかし、その弾の大半は見当外れの方へ水柱を立てるばかりだった。


そして、爆炎で暴露された砲撃陣地に向けて、次々と主砲弾をぶち込まれ
次々とこの世から永遠に消滅していった。


敵艦艇が出てきたら、必殺水雷を叩き込もうとした碇少尉たちだが
敵艦艇の姿がなく、このまま出番はないな~と思ったその時



ドオオオオンンン!!!
「うわっ!」

突然、轟音と共に艦体が左右に揺さぶられた。
碇少尉も突然のことで、頭を打ってしまうが、すぐに立ち直り、外に出てみる


外に出て、初めに視界が入ったのは、燃える綾波だった








綾波が、戦艦扶桑を援護するために、陸地側を航行していたが
そこに、扶桑を狙った弾が飛んできた。

この弾は、射程距離が足りず、扶桑の手前に落ちたが、その位置に運悪く綾波がいた。


敵の弾は綾波の中央部に命中しており、積まれていた内火艇の
ガソリンタンクを引火させたものであった。

その様を見た、碇少尉は「ダメコーン!用意!」と叫びながら思う
(この火災の勢いなら、魚雷投棄しなくても済む)


碇少尉はそう考えたが、伝声管から声が伝わる

「碇少尉・・・魚雷を投棄せよ」
「なっ!艦長!この火災なら誘爆の危険はありません!考え直してください!」
どうしても諦められない。
実戦で初めて使う魚雷が敵艦にではなく、投棄というのが嫌だったからだ。


それでも
「命令だ」
「ぐっ!了解」


そういって、魚雷を投棄するために、陸地に向けるように命令する
「発射管を45度に回せ!」
「ようそろー」

発射管を右舷に回したのちに魚雷が発射される。

もちろん、夢見た敵艦にではなく、陸地に発射されたのである。
発射された魚雷は陸地でむなしく爆発したのであった。


これが、碇信次少尉の苦い初陣であった。

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最終更新:2013年02月10日 18:33