651 :日本の意思表示:2013/01/20(日) 23:02:23

日本の意思表示


高麗共和国大統領府

外国の首脳や政府高官、また財界の要人などとの会談の際に使われる大広間。
その中央に設けられた大きな丸いテーブルには、高麗・中華・EU・清・ブリタニア・日本の代表者が時計回りの順で席に着いていた。
世界の四強国が顔を連ねるこの会議は、先頃中華連邦より分離独立した新国家『大清連邦』の承認と、清と隣接する国々との諸問題について決着を付ける為に開かれた物である。

議長国は高麗共和国。
日本やブリタニアを始めとするそうそうたる顔ぶれの中、何故高麗が議長国に選ばれたのかというと、清と軋轢のない唯一の国であったからだ。
しかし一同が会したこの協議、中華連邦が清の承認を決めている以上最早結論の出た出来レースでしかない。
あとは線引きや各種の問題について話し合うだけという物になるので、どの国も『議長国はやりたい奴がやれ』という程度の考えだった。
そんな中、手を挙げた高麗にブリタニアの全権代表、第二皇子シュナイゼル・エル・ブリタニアは友好的な態度で「これで貴国も列強クラブの仲間入りですね」とリップサービスを行っていた。
基本他者へは友好的に接するシュナイゼルにとっては挨拶みたいなその言葉。
それを真に受けた高麗大統領、李・承朝は(遂に我が高麗も列強の末席に名を連ねる日が来たか)と感慨にふけっていたが誰にも相手にされていなかった。
ただ一人、日本代表の吉田茂全権特使は合間に取られた休憩時間の間に「変なことを仰って勘違いさせないように願いますよ」とシュナイゼルに釘を刺していたが・・・。

652 :日本の意思表示:2013/01/20(日) 23:02:57




「それでは各国共に大清連邦を国家として認める。これで宜しいですね?」
「異論はない」

議長の李の言葉に真っ先に返答したのは膝下まで伸びた長い黒髪の美丈夫。中華連邦全権特使、黎星刻(リー・シンクー)。
若くして高位の武官に上り詰め、政治手腕にも長けた彼は天子から全幅の信頼を受けこの場に臨んではいたが、やはり結果の決まり切った事柄。特に大きな発言をすることなく一言で終わらせた。
何より中華を散々荒廃させた上、領土まで奪った大宦官の一人である清の代表、高亥(ガオ・ハイ)とこれ以上同じ部屋で同じ空気を吸っていることに耐えられない。
自身や国としては承認の一言で終わりなのだから早く帰らせて欲しいと思っているくらいだ。

「我がEUとしては大筋では認めますが、清が主張する領土については納得しておりません」

次に意見を述べたのはEU代表。彼の主張も当然と言えた。
何故なら清が中華から掠め取った領土。その北方線が元の位置より北側に食い込んでいるのだ。
しかも清国内ではバイカル湖西端以東の全シベリアを自国領土とすべしという意見まで上がっている。

「ここは六カ国協議という場。議題は我が国の承認についての話し合いですぞ?」

領土の話は関係ない。裏返ったような高い声でそう言い切ったのは額に朱色の化粧を施し、黄色い民族衣装を着た男――清の代表である大宦官高亥。
協議参加国の代表者の中でこの男だけ色んな意味で異彩を放っている。
威風堂々というよりも、他者を見下したような彼の態度はEU代表を特に苛立たせていた。

「諸問題の決着の場でもあります」

そこへ横から入ったのは日本代表吉田茂。
吉田はEU側が持ち出した清の主張する領土を独立前の中華連邦に所属していた領域で確定するべきだと主張する。
本来それが正しい話であり、清の主張は全く筋が通らない物。

「それにEUだけではなく、我が大日本帝国固有の領土である樺太まで貴国の領土と主張されていますが?」
「歴史的に鑑みれば樺太は我が清・・・いや、中華民族の支配領域に極めて近く、当然支配領域であると考えておりますぞ?」

四千年の歴史の中で目と鼻の先にあった地である樺太は元より中華の領土であると高亥は主張する。
であるならば中華から譲り受けた自国領土に樺太が編入されるのは至極当然のことだと。
自分が見たから自分の物。某ガキ大将が言うような恥ずかしいことを国際会議の場で臆面もなく口にする高亥に一同は呆れかえった。

「断っておくが中華連邦は樺太を領有したことなど一度たりとも無い」

そんな無茶苦茶な意見を口にする高亥に異論を述べたのは星刻。
ふざけたことを抜かすな。そう抗議する。
高亥の意見を認めれば中華連邦は樺太を自国領土だと考えていたなどと捉えられるからだ。
そんな恥知らずな事は過去一度も考えた事など無い。ましてや誰が好き好んで超大国大日本帝国に喧嘩を売ろうと思うだろうか。

「さて、正当な実効支配国であった中華連邦の星刻氏はこう見解を述べられましたが?」
「・・・・・・」

こうなると高亥は何も言い返せない。
元の持ち主が「これは俺のじゃない」と言っている以上、清に所有権など無い事になる。
これでまだ領土主張をしようとすれば侵略的意思有りと判断されてしまうだけだ。
これに追い打ちを掛けたのはブリタニア代表シュナイゼル。

「我がブリタニアとしても独立前の所属地域のみを清の領土として認めます。それ以上を求めるならばブリタニアは今後一切の話し合いには応じません。
 それと、万が一にも樺太に軍を進めるなどという選択を取られた場合、ブリタニアは日本との相互補完条約(相互防衛同盟はこの中に含まれている)の元貴国を敵国として認定し、それなりの対応を取らせて頂くことになります」

シュナイゼルの発言に追い詰められた高亥にとどめを刺すべく続いたのは無論吉田だ。
彼は冷静な語り口調で万が一の事態について日本はどう動くかを述べる。

「シュナイゼル氏の発言は些か過激でしたが、万が一にも氏の仰るような事変が発生したときは・・・・」


“誠に遺憾ですが――我が国は問題解決のため全力を持って対処させて頂く所存ですので、くれぐれもお忘れ無きよう願います”

653 :日本の意思表示:2013/01/20(日) 23:04:46



この吉田の発言に場は静まりかえった。
樺太の主張などに拘り続ければ清は日本と戦争になる。その可能性が示唆されたのだ。
如何に中華連邦から幾つかの軍管区勢力を纏めて取り込み独立した清とは言え、世界第二位の超大国と戦争など出来ない。
何年も前から北東部に秘密の兵器工場などを独自建設し、ブリタニアの汚職貴族を通じて第五世代KMFサザーランドのコピー品量産の目処が立ったとは言っても日本が相手では・・・。

国力比で表せば一目瞭然。
ブリタニアを20とした場合日本は13、中華が6、EUが3~5といった処である。
物量という点では日本はブリタニアに数倍の差を付けられているのだが、技術の日本という二つ名が示しているように科学技術を始めとする各種分野は常に世界の先を行っている。
これによって物量の差を埋め、対比20と13にまで縮めていた。
数値が示すように一国で日本と戦争が出来るのはブリタニアのみ。
そのブリタニアでも日本と全面戦争になれば再起不能なダメージを負う可能性が高く、シミュレーションの中には両者共倒れという結果を示す物まであった。
だが日本・ブリタニア間で戦争になるなど限りなくゼロに近い。正に有り得ない話だ。一部の文化が混ざり合うほど蜜月関係、家族関係にあると言っても過言ではないほど両者は深く結びついているのだから。
つまりこの対比は実質上日・ブ33と、それ以外という数値になる。
元々ここまでの差はついてなかったが、日・ブが蜜月関係になってからこの二国だけがそれ以外を大きく引き離し飛躍してしまった。それが現在の世界の国力比に繋がっているのだ。
で、肝心の清はと言えば大きく見積もって1・・・あるか? といった具合。
経済が冷え切った弱り目に祟り目状態、まだ第五世代KMFの技術が完成しきっていない今のEU相手ならまだ冒険する気概にもなるが、日本とやれば踏み潰されて終わりという答えしか出ない。
軍の一部には「日本なにするものぞ!」と気概を上げている者も居るのだが・・・。

「樺太領有発言、この場にて撤回して頂けますな?」

(日本相手の冒険は危険)そう判断した高亥は「善処致しましょう・・・」と呟いた。
吉田も顔色を悪くした高亥の様子にまず撤回するのは間違いないと悟り発言を終えたが、シュナイゼルは彼の言に一瞬(本気で潰すのか?)と思ったほどだ。
他の誰も知らないことだが今吉田がした発言はそれほど重い言葉だったのである。

“誠に遺憾”

大日本帝国が行う対外意思表示の一つで、大まかに分類される基準では二番目に重い言葉。
その意味は、大量破壊兵器以外のあらゆる手段を用いた武力による全面戦争。
公式の場で発言されるのは極めて希であり、シュナイゼル自身この言葉を耳にしたのは初の事。
それだけ領土防衛に対する思いは真剣であり、例え小島一つであろうともこれを侵す存在は全力を持って排除するという意思の表れだった。
彼が日本の発する“遺憾の意”の重大性を知っているのは長年の同盟関係であるブリタニアの皇子であり政治家だからだ。知ってて当たり前なのである。
だからこそ肝を冷やした。新興独立国家の承認会議が消滅後を想定した話し合いになる処だったのだから。

(まあ今回の吉田卿の発言は、日本が発する“遺憾の意”がどういう物かと後々各国で調べられるかも知れないな)

シュナイゼルがそう考えるのも無理はない。あの発言の後、この場に居る者皆が気付いたからだ。明らかに空気が張り詰めていると。
星刻なども戦場にいるような錯覚を覚えたほどに変わったその空気。
まるで開戦前夜を思わせるような雰囲気に様変わりしていたのだ。

尤も、ただ一人高麗大統領、李・承朝だけが分かっていない様子だったが。

654 :日本の意思表示:2013/01/20(日) 23:05:16



こうして樺太領有発言を公式の場で撤回することになった清だが、EUとの係争地については諦めるつもりはなかった。
無論、この場では星刻の発言もあって取り下げざるを得なかったが、高亥の中ではEUならば何とかなるとの思いが消えていないのだ。
未だまともなKMFを持っていないEU相手なら、ジェンシーの数が揃えば大きく出て領土の拡張が出来るかも知れない。
そういう意味では中華連邦相手にも同じ事が言えるが・・・そんな良からぬ冒険心を抱いていた。
第七世代機を開発し圧倒的技術力と国力を誇る日本やブリタニアは危険だが、
ガン・ルゥやパンツァ-・フンメル程度が主力状態の中華やEUならば多少大きく出ても大丈夫だろうという慢心からくる自信。それを抱かせるのがジェンシーの存在だった。
そしてそんな彼と同じような考えを抱いている大宦官たちが牛耳る大清連邦。
彼の国が危ないゲームを始めるか否か、それはまだ誰にも分からない。

結局この日の六カ国協議は結論ありきの出来レースであった事もあり一日で終了。

清は列強よりの国家承認。
中華は厄介者の切り捨て。
日本とブリタニアは樺太領有発言の撤回。
EUは係争地の線引き確定。

そして高麗は列強クラブの仲間入り。

と、成果はあったので満足とは言わずとも上々であると考えた各国の代表者たちは、散会したのちそれぞれの宿舎へと帰っていった。

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最終更新:2013年02月10日 19:27