719. 名無しモドキ 2010/12/30(木) 22:26:16
  ここで書いた問題の一つは、古今東西、外征軍を組織する人間にとって頭
の痛い問題であったと思います。
  この世界の日本軍は、軍が介入する慰安施設を持つタイプではなく現地調
達方式の米国型です。兵隊を順次後方へ下げられる余裕のある軍隊はこの方
法を取るようです。ただアメリカよりは兵隊への統制は効いています。
まあ、現実世界では難しい夢想型かも。

  名無しさん様のロンメル大活躍と比べて、地味です。


忘れられた戦場「上海日記」  −憲兵の憂鬱−

  わたしは、憲兵伍長。最下級は見習扱いの上等兵しかいない憲兵ではかな
り下位の下級である。

  戦争が始まらなければ今頃は除隊して、故郷で警官になっていたはずだ。憲
兵経験者には、警察への採用優先枠があるので、わたしのように、徴兵と就職
を兼ねたいが、本職の軍人に成りたいわけでない者には有り難い制度である。
  
  明治時代から、軍と治安機関の風通しをよくするために設けられた制度で、
大きな戦争が始まれば、簡単に警察から軍へ人員を派遣することもできる。
今の隊にも警官として奉職していた憲兵OBが大勢派遣されてきている。


  先月は、珍しいアメリカ兵の脱走騒動があって、不眠不休の三日間などが
あった。今月は平穏に過ぎて欲しい。
  まあ、上海周辺に20以上の収容所があるので多少のことは、覚悟をして
いるが。

  流石に、12月の上海、それも日没の頃となると肌寒い。憲兵のトレード
マークである黒いマントを羽織ると、私は見習いの上等兵2名に現地雇用の
中国人通訳を指揮して管内の巡回に出かけた。

  本来なら、軍曹以上の階級の者が、一団を率いて巡回するのだが、憲兵の
絶対数が不足しているために、志願依頼8年目、最古参の伍長である私も巡
回の長を任されている。

  上等兵のうち一人は、日常会話くらいなら中国語ができる。このことは、
通訳は知らない。様子を見て信頼できそうなら、通訳を、ちょっとした密偵
として使いたいからである。

  我々の支所は、租界の西端、静安寺の近くにある。ここから静安寺通路に
そって東に向かうと競馬場に突き当たる。この地域は租界の中で、工部局と
呼ばれる民間の統治機関が税金を集めて行政を行っている。

  私の巡回先は、静安寺通路から北の、蘇州河路という川が流れている一帯
である。上海北停車場からの線路が中央部を横切り、比較的こぢんまりとし
た住居が多い。その地域の何カ所かに、其の手の店が群集している。つまり
兵隊が大勢来ている。

  内地では、憲兵は軍隊内の治安維持、軍規違反の取り締まりに当たり、警
備任務時以外は、一般人に対して司法権を行使することはない。
  そのため、員数は軍楽隊についで少ない。前述のように、ある一定人数を
警察の中に保全しているのはこのためでもある。

  外地、それも敵対地域の憲兵業務は、本来の軍規取り締まり以外に、担当
地区の治安維持、犯罪の取り締まり、住民の思想動向調査、敵間諜の摘発な
ど多忙を極める。

  魔都「上海」、東京大阪に並んで近代的な摩天楼がひしめき合うアジア有
数の大都会である。かと思えば、迷路のような広大なスラムがその隣にある。

  日本の県予算ほどの資産をもった金持ちが、百人単位で暮らしている。そ
の数万倍の人間が犯罪すれすれの仕事をしながらも飢餓に苦しみ一寸した病
気で簡単に死んでいく。

  外国の民間人による行政組織と中国人の犯罪組織が都市を統べている。治
外法権の租界が街路を分断して、三十以上の言語が飛び交う。そこが任地と
聞いて、世界中の憲兵で憂鬱にならない憲兵などいない。
721. 名無しモドキ 2010/12/30(木) 22:37:42
  目的地が近づいた。五階建てのビルに、不夜城でもある上海の中でも飛び
切り、けばけばしいネオンの店である。働いている女性が300人、一個連
隊でも撃破してしまうというとんでもない店だ。この店は内地でも有名で、
到着したばかりの部隊の兵隊などは必ずひやかしにやってくる。  

  これだけの店を切り盛りする、店主はなかなかのやり手で、アメリカ兵が
客だった頃は、いかにもといったチャイナドレスを女性達に着させていたが、
日本兵が来るようになると、巫女装束やセーラー服を着させた。
  これはさすがに、放置出来ず、巫女は神に仕える神聖な存在で、セーラー
服は、日本では純潔のトレードマークあるとして着用をやめさせた。

  否、要請したのだ。止めなければ、日本兵を出入り禁止にすると通告して
だ。内地の人間は、上海全体を軍が掌握していると勘違いをするものが多い。
  租界の統治は、工部局が行い、警察権も持っている。われわれ日本の憲兵
は、日本兵は取り締まれるが、他の住民に対する強制力は持っていない。ま
してや、行政上の命令はできない。

  日本兵が租界で犯罪を犯した場合は、租界の警察に逮捕される。罰金など
ですむ微罪の場合は不介入だが、懲役などの可能性があると、軍が介入して
示談ですませる。
  租界警察や被害者との交渉は憲兵隊が行うことになっており厄介な仕事の
一つである。もちろん、本人は軍規違反で軍法会議に回される。

  しかし、中には示談に応じない被害者もいる。その場合は、我々の手を離
れる。そして、大使館がやっかいな外交交渉を行って、その大馬鹿者の兵隊
を取り戻す必要がある。

  私たちは、入り口の客引きに、身分証を提示した。ここでは、服装で人を
判断しない。どこかで、憲兵の衣装を調達しては、其の手の店に、あらわれ
て金品を要求するなどという手合いがいても不思議ではない世界だ。
  
  「この人、モンマンタイ。本物、ケンペイさん」入り口から支配人があら
われた。「顔を憶えたか。」わたしが、客引き言うと、揉み手をしながら愛
想笑いをする。

  一階はホールになっていて、日本でもある大型のキャバレーである。ここ
で、時間を待つ間に、飲み食いをさせて金を落とさせようという仕掛けであ
る。まだ、時間が早いのか店内は半分くらいしか各席が埋まっていない。大
半が、日本兵だが、ちらほら中国人の姿もある。

  中国人は客というより日本兵に取り入って商売をしようという者が大半で
ある。
  日本へ持って帰れば、日本家屋にはどうしても似合わないような、原色て
んこ盛りの中国絵画を、原価の十倍の値段で土産として買わすのは、まだま
っとう。
  先祖伝来の骨董をかわないとか言って割瓦を買わされたりするのは授業料
として安い方である。

  中には、アメリカ軍が埋蔵した金貨を張り出す資金を出さないかと持ちか
けられて、何ヶ月分かの給与をだまし取られる事件も多発している。

  わたしはたちは、ゆっくり店内を歩く。定期的に憲兵が、来ていれば少な
くとも、常習犯は店に来づらくなる。憲兵の姿を見れば、せっかくの酒でほ
ろりとした気分も醒めようが、兵隊の安全を確保するのが私の任務である。

  来週は、内地から交代の部隊が来るという。お上りさん気分の兵隊が、何
とかしてくれと、憲兵隊に、大勢駆け込んで忙しくなるだろう。

  幾つかの店を、日本兵専用にしてしまえという意見もあったが、それでは
軍が店の営業にまで介入することになる。
  最近では、自主的に、安心できる店ということを売りに日本兵専用の店も
できている。時間が掛かっても、なるようになるのだ。
722. 名無しモドキ 2010/12/30(木) 22:42:36
  ステージでは、十代半ばという少女が日本語で歌っている。「風は海から
(岡村孝子の曲じゃない方)」である。イギリスの仕打ちに怒った東宝映画
の社長が作らしたという歴史大作「阿片戦争」の挿入歌としてヒットした曲
だ。主演の一人であった高峰秀子と原節子が、軍の慰問を兼ねて先月上海に
やって来て、舞台挨拶をしたこともあり、上海では現在絶賛上映中である。

「大丈夫、あの子。歌手。客しない。」支配人が先手を打って話しかける。
      
  支配人が慌てるのには理由がある。

  安全度が確保できている店は、憲兵隊からの推奨店とした。予想はしてい
たが、各店からの賄賂に接待攻勢である。もちろん、これを全て、拒絶しな
ければ兵隊の安全を確保でない。

  多少料金が高くなっても、一日に取る客の数を制限させる。定期的に、日
本軍医の検査を義務づける。
  少なくとも、子供は除外する。兵隊もやがて社会人として復帰する。その
時に、少女、幼女趣味の男が日本中に溢れるなどということは防がねばなら
ない。
  戸籍がいい加減で、本当の年齢はわからないが、見た目で16,7歳以下
の少女のいる店は推奨できない。

  どう見ても、小学5年生くらいの女の子が、二十歳だと言って私にしがみ
ついて困ったことがあった。
  しまいに泣き出したしまったので、たまたま持っていたチョコレートをや
ると、泣きながら一口で口に押し込んだ。まだ子供なのだ。

  これで、その子が商売を辞めたとは、いや店主が辞めさせたとは思えない
が、私たちにできることは少ない。
  キリスト教系の団体が保護施設を経営しているが救えるのはごく僅かであ
り、再び、その子が社会に戻ってもできる仕事は、もとの黙阿弥である。上
海では、そんな女の子が何万人もいるのだ。

「わっかた。あの子がいいという兵隊がいたら追い出してくれ。手こずるよ
うなことがあれば、すぐに憲兵隊に電話しろ。営倉にぶち込んでやる。」

  わたしは、周りの兵隊に聞こえるように大きな声で言った。今日は本格的
な臨検ではないので、私たちは店を出た。

  この店から、川の方には比較的小規模な店が多い。狭い路地も多く、最初
は確実に迷子になる。兵隊が酔っぱらって路地裏などに迷い込めば、そのま
ま行方不明になる恐れもある。英語の俗語で「シャンハイ」といえば人身拉
致のことなのだから。

  まあ、危険な地区は限られており、近づかなければよいのだがそんな場所
には、兵隊の好奇心をそそる店も多い。
  兵隊は我々の目を盗んでは危険地区に行きたがる。もちろん、人数を頼む
のと、兵隊であるという自信がそうさせるののだが、住民とのトラブルも心
配である。

  危険地域の近くにある小さな店の中にも推奨店があるので見回りがかかせ
ない。推奨店で働いている女性には顔写真のついた証明書を渡した。兵隊に
は行為の前に、証明書を確認するように徹底している。

  女性の中には、性病だけでなく、結核や他の伝染病にかかっている者も多
い。推奨店の女性ならば、定期検診を受けているので多少は安心である。

  また、アヘンの浸透にも最大限の注意が求められていた。日本では学校教
育で徹底的にアヘンを始め、薬物に対する恐怖を教えている。衛生博覧会的
な面から新兵に対して、末期のアヘン患者を収容した病院の見学なども行っ
ている。

  古来から、戦場の覇者であっても、都会の夜に自壊していった軍隊の例は
幾らでもあるのだ。

  今のところ、大きな問題は起きていない。これは日本兵の数に対して、春
をひさぐ女性の数が多いこともある。内陸からは上海に流入する難民も多く
予備軍は膨らむばかりだ。
  ただ内陸部に戦線が伸びればどうだろう。中世の軍隊のように、娘子軍が
ぞろぞろとついてくる。それを管理するのは?
  憲兵隊か!そんな女郎屋の遣り手ババアの真似なんかゴメンこうむる。

  出入りの激しい社会であるから、こまめに推奨店を回って、無資格女性が
働いていないかチェックする。精力的に七軒の店を、立て続けに回った。最
後の店では、ほとんどの女性が営業中で暫く待たされた。
  我々の証明書は、それがないと言って、日本兵を相手にしてはいけないと
店や女性に強要できるものではないし営業妨害になるようこともできない。
出来るのは推奨店の印を付与するか取り消すかだけである。
723. 名無しモドキ 2010/12/30(木) 22:49:12
  夜も更けて、流石に人通りもまばらになってきた。私たちは小さな路地の
角にある、小食堂に入った。ここも推奨店である。食堂の二階で副業をして
いるのだ。

「アイヤ、ケンペイさん」

初老の女性店主が声をかけてくる。

「まだ、何か食えるか。」
「残り物。けど、おいしい。マテ。」

  二人の店員が出てきた。顔なじみなのだが、規則は規則なので、書類を点検
する。

  夜食を食べていると、二階から男が降りてきた。

「おや、憲兵伍長どのか。お勤めご苦労。」

  ここで以前会った砲兵部隊の軍曹である。軍曹は、小柄な方の女性を抱擁
すると、耳元で何かささやいた。女性が嬉しそうに笑う。

「では、憲兵伍長、失礼する。」

  わたしは、軽く会釈した。憲兵は相手が軍務についていない時は、将校で
ない限り上級者でも敬礼をしなくてよい。軍曹は、店を出ると、外套を小脇
に抱えて駆け出した。帰営時間ギリギリまで粘っていたのだろう。

  新入りの兵隊は、大きな店に行きたがる。大勢で押しかけるからだ。
  しばらく、すると馴染みができて、この店のように二三人の女性が家族の
ように暮らしている気に入った小さな店に行くようになる。

  中には、情が移って、決まった女性のみに通う兵隊も多い。大っぴらには、
指導できないが、なるべくそうなるようにし向けている。
  童貞や経験の少ない新兵に、下士官が馴染みの客になるとサービスをして
くれるとか、家族を養っている女も多いから、子供や年寄りの喜ぶ菓子の一
つでも持っていってやれと教える。

  間諜対策からは問題もある。しかし、何度も言うが兵隊の多くは、人生の
大半を民間人として生きていくのだ。女性との人間的な繋がりを保つことが
必要との判断である。

  また、どの程度影響があるかわからないが数十年後の日本軍、日本男性の
評判を少しでもよくしたいという方針もある。今のところ、日本兵の評判は
悪くはない。

  金をきちんと払うこともあるが、欧米人のように人間扱いをしないなどと
いことがないからである。
  もちろん例外も多く、値切っただの、しつこくて怪我を負わされただのと
文句を言ってくる女性もいる。この対応も憲兵の仕事である。


  残り物といっていたが、私は代金を聞いた。店主は、いらないと言うが、
定食屋の相場の半分ばかり、四人分で計算して亭主に渡した。

「ケンペイさん。ちょっと話ある。」

  込み入ったことは通訳を介して聞いた。二三日前から、路地の奥の家に、
見慣れない数人の男が出入りしてる。店の女性が、その中の男の一人が以
前いた店に出入りしていた共産党シンパの大学生に似ているという。また、
別の男が、店の前で「アイツは、次は12月15日に来る」としゃっべって
いたと言う。
  少し考えて、例の軍曹が、次にいつ来るのか聞いた。15日だと言う。

  最近、この地区で共産党に関する個人やグループの活動報告が多いのは事
実である。もちろん、詰まらない結果に終わることの方が多い。多分99%は
事件性はないが、1%のために手を抜くことはできない。
  何かの事件であったならばということで、店主に謝礼を約束した。

  日本兵の被害は、租界の外の治安が悪化した地域に多い。それも、犯罪グ
ループによるものが大半である。少数だが、共産党系のグループによる被害
もある。
  ただ、確実な殺害事件は、戦前上海を訪れたことのある、大学出のインテ
リ兵が、非番の日に、季節外れにもかかわらず、「江南の春」を満喫すると
言って一人で郊外の農村地帯に行って襲撃されたものだけだ。

  共産党の勢力は急速に衰退したとはいえ、シンパは上海のインテリ層と一
部の労働者層の中には、まだ残っている。それらの支持をつなぎ止めて勢力
誇示するには、日本軍に対して、大規模なテロを行うことが考えられる。

  軍曹を殺害して、軍服を奪い、似た男が砲兵隊基地に潜り込んで・・・。
否、考えるのは私の仕事ではない。仮定で行動すると冤罪を生みかねない。
私は報告すればよい。


  事件に至らないどころか、先月などは、スパイ組織のアジトと断定して踏
み込んだところ、特務機関の拠点だったということがあった。
  憲兵隊には、こらからも軍務に励むようにとの通達だけであったが、特務
機関内では大問題になったそうである。おまけに「憲兵隊ごときに」と、
我々に逮捕された連中が罵られているという余計な噂も流れてきた。

  兎に角、あの軍曹には安全が確認できるまでは、女性に会いたければ外で
会うようにと伝えておこう。
724. 名無しモドキ 2010/12/30(木) 22:53:15
  明日は、昼から勤務である。足早に帰れば、報告書を書いてから数時間は
寝られるだろう。昼の任務は一部部隊が内地へ帰還する、その見送りである。

  敵対地域での、占領任務は自軍との戦いである。大きな戦闘はないが、間
断なく誰かが殺されたという情報、基地外に出ても、気を抜けないというス
トレス。弛緩する士気、多発する下級者への理不尽な個人的制裁、最後は上
官への抗命。自軍が自壊しないための困難な戦いを強いられる。

  確かに部隊を常に入れ替えて、緊張感を持続することは確かに対応策の一
つだろう。しかし、この上海では、常に詐欺師のためにカモを送り続ける事
にも成りかねない。我々、憲兵の仕事もなくならない。

  ただ、明日の厄介な任務は、アメリカ人地区の巡回である。アメリカ人は
例の、上海大虐殺時に、数千人単位の死者を出しているが、現在でも万を数
える人数が上海に残っている。
  
  生き残った大半のアメリカ人は、家を破壊され、財産を略奪され、更にド
ルの暴落で銀行資産も失い、自衛の関係でアメリカ人の多かった地区に密集
して暮らしている。
  破壊された家をなんとか修理したり、アメリカ企業のビルなどに雑居して、
雨風をしのいでいる。かつての栄華今何処。難民状態である。

  口さがのない、中国人は「ヤンキーゲットー」と呼んでいる。

  食糧や水道、光熱費は、自助で2割、そして、日本人を含めて租界の外国
人が2割、我が軍が6割の割合で援助している。租界は中立地帯であるから、
我が軍がアメリカ人を拘束したりはできない。
  アメリカ人にしても、出るに出られない籠の鳥である。

  アメリカ人地区の巡回は欠かせない。租界の最高自治機関である参事会か
らの暴徒の襲撃防止の要請もある。日本憲兵の姿を見せることが重要なのだ。
  また、酔っぱらった日本兵などが、アメリカ人地域の迷い込みトラブルを
起こさぬように、かつ、レジスタンス活動などが起こり、日本兵への危害が
及ぶことを防止する目的もある。

  本来ならば、大勢の死者を出して、生活に困窮して状態で敵勢力圏に孤立
したわけだから、アメリカからの引き揚げ船が来てもおかしくない。引き揚
げ船の安全は認められるだろう。ただ、今だに、引き揚げ船が来るという情
報はない。

  アメリカ人は、魂が抜けたように一日を過ごしているが、精力的、愛国的
に活動する者も多い。組織的に我が軍の情報を集めて、イギリスやフランス
経由でアメリカ本国に情報を送っていることが判明している。

  租界では、警備巡回を行いながらも、現行犯逮捕以外に公権力行使ができ
ない。その為に、灰色、黒色マークの方々をお客様として、憲兵隊支所にお
越ししていただく。警告である。まあ、最大の生活援助は我が軍が行ってい
るのだから、彼らも断るのは難しい。

  上海西部憲兵隊支所は租界の西端に位置するが、租界内であり、アメリカ
人を拘束できない。それで、アメリカ人は安心してやってくる。支所は増築
されており、その部分は応接室になっている。

  そして、そこは租界外なのである。ここぞという情報が出た場合は、上海
憲兵隊隊長の判断で逮捕拘束して尋問する。こすい手なので、一度、短期で
も二三回が限度であろう。

  後日、この子供だましの仕掛けで、思わぬ大物を捕らえて、陸軍大臣から
感状を贈られるのは、また、別の話である。


  浜の真砂と憲兵の仕事は尽きないのである。最近、憲兵が天職ではないか
と思えてくる。戦争が終わるまでには結論がでるだろう。

                                                        オワリ
726. 名無しモドキ 2010/12/30(木) 23:23:29
もしも、逆行者にBC級映画のファンがいたら。


「上海日記」  −憲兵の憂鬱・憲兵映画−  

  「憲兵」の映画ができた。日頃、目立つことのない「憲兵」の映画である。
上海でも、日本人向けの映画館で上映が決まった。非番の日が楽しみだ。
  憲兵隊本部を始め、陸軍省も協力したという。教条的な映画化もしれな
いが、本当に楽しみだ。

  正直、ぶっ飛んだ。大体何で、題名が「憲兵とバラバラ死美人」なんだ。
確かに、憲兵の活躍で難事件を解決する話だが。新東宝の製作ということ
に気づくべきだった。

  また、憲兵の映画が出来た。またしても、新東宝だから、その気で、おお
らかに見よう。題名は「憲兵と幽霊」。何故か「お子様は見られません」指
定の映画だ。

  怒りを通り越し落ち込む。まさか、あんな悪い憲兵が本当にいるとは、世
間も思わないだろうが。

  恋敵の部下にスパイの濡れ衣を着せて、上司に隠れて拷問同然の取調を行
い銃殺してしまう。その母親を自殺に追い込んで妹を犯す。部下を殺してま
で手に入れた恋人に厭きて捨ててしまう。上海に赴任して敵と通じる。

  どこの憲兵や!

  なんで、こんな腐れ外道な憲兵映画になんで憲兵隊が協力するんや。
最後は正義の憲兵の活躍で、悪い憲兵は逮捕されるのだけれども。



憲兵とバラバラ死美人  1957年  監督  並木鏡太郎                                            
                              出演  天知茂・中山昭二
  
憲兵と幽霊            1958年  監督  中川信夫
                              出演  天知茂・中山昭二
                                    久保菜穂子・三原葉子
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最終更新:2012年01月03日 21:40