536 :綾波物語:2013/02/12(火) 12:42:03
第4話 夜戦
駆逐艦綾波はただいま
「見回せど、見回せど海ばっかりで飽きてきたな・・・・・」
「ぼやいていないで見張りを続けろよ」
広い海の中でただ1艦だけいた。
これは、杭州湾での上陸作戦に起因していた。
この時に被弾した綾波の被害は、迅速な消火作業と全魚雷投棄により
中央部破損と機銃数丁全損だけで船体に異常がなく、航行するには問題がなかった。
だが、之が問題をややこしくさせていた。
修理するのには時間がもったいない。かといって、魚雷も機銃数丁無くなっており
艦体任務に入れるには、いざという時には問題があった。
そこで、航空戦力も弱まっていた、フィリピン近海での哨戒に回されることとなった。
碇信次少尉たちは魚雷の出番がしばらくないということで、部署代えになった。
碇少尉は艦橋脇の右舷機銃指揮官になり、部下達は見張り員になった。
だが、毎日毎日、見える物は陸地と海ばっかりで、時々違うものが入ってくるのは
イルカか鳥ぐらいなので、敵地とは思えない、緊張感がないものであった。
「あーあ。なにか緊張感にあふれる戦いをやりたいな」
碇少尉は暗い空間にいた。それは綾波の艦内に似ていたが、人気がいない空間だった。
――――ここはどこだろう?
僕は、少し興味がわいてきたのか歩いてみることにした。
537 :綾波物語:2013/02/12(火) 12:42:35
その空間は不思議な空間だった。
艦外に出るハッチは艦内に通じていて、決して外に出られなかった。
更には、人一人も出会う事は無かった。
――――本当に何だろうな?
ふと、左を見てみれば扉があった。
ただし、現実の綾波の艦内には決してないはずの扉だった。
――――この扉は?
僕は、疑問に思いながらも好奇心が勝り開けてみることにした。
目の前にあった扉は、少し力を込めればあっさり開かれた。
その扉の奥にいたのは、
部屋の中央で体育座りをした、青い髪をもった儚げな少女がいた。
少女は顔の左目辺りは包帯で巻かれていたが右目は巻かれておらず
その澄み切った赤い目は碇少尉をじっと見つめていた。
僕は、その神秘的な姿にしばし言葉を失った
しばらくして、僕の口が開かれた。
「き・・・・きみは・・・誰?」
その質問に少女は、口を少し微笑むと開かれた
―――・・・・・・・
パッパパーーーン!!!!
「は!」
僕は、突然鳴ったラッパ音に起こされた。
部屋の中で睡眠をとっていたが、ラッパ音で部屋の中にいた士官たちは慌ただしく着替えていた。
(何かあったのだろうか?)
服を着替えながら思っていると、艦内放送が入った。
『敵は魚雷艇もしくは水雷艇数隻である。総員戦闘配置に着け』
(これは急がなくては!)
僕は大急ぎで、着替えを済ますと、鉄帽と指揮棒をもって部屋を駆ける。
主のいなくなった部屋の片隅で、少女が嬉しそうにほほ笑むと消えていった・・・・
538 :綾波物語:2013/02/12(火) 12:43:13
「すまない!遅れた!」
「大丈夫ですよ。少尉。敵さんは、逃げていませんから」
機銃座に到着するとすでに部下達は到着していて
遅刻を謝るとまとめ役の大野は許してくれたようだ
「だが、この暗闇で海戦をやるとは思わなかったな」
「戦争というものはそんなものでしょ」
大野と気のない会話を続けていると艦橋から詳しい情報が入った。
『敵艦は右舷1万mで当艦に近づきつつある。ただし、敵艦は当艦に気づいた様子もない
距離4千mに達したら、探照灯を付けた上で、全ての武器を用いて撃沈する
諸君の健闘に期待する。以上だ』
その情報に僕はゴクリと唾を飲む。
(初めて、自分の命令で人の命を奪うのか・・・・)
その気持ちを抑えて、機銃員たちに弾薬を込めるよう指示した後、待機する
不思議なほどの静かさが流れた
突如、煙突脇にある探照灯が灯された。
その光の先には、小さな船が数隻浮かび上がった。
『攻撃・・開始!』
「撃てーー!!」
僕はあらん限りの声を出して、指揮棒を振り下ろしながら命令を出す。
機銃から、曳光をひきながら、敵艦に飛んでいく。
前後にある12.7cm連装砲も次々につるべ撃ちにする。
たちまち、小さな船の数隻が火災を起こしたり、爆発しながら沈んでいく。
敵たちも、機銃や速射砲の反撃の弾が飛んでくるが、綾波に届く事は無かった。
やがて、敵は高速で算を乱すかの様に逃げ出し、視界から消えていった。
『戦闘止め!道具片づけ』
その命令に、僕も部下も緊張感が一気に抜け出したのか、ため息をつく
「短くも長い戦闘でしたね」
「そうだね」
僕は、大野と話しながら何気なく海を見ていた。本当に何気なくだった。
暗い海を切り裂くかのように青い筋が見えたのは、その時だった。
――――魚雷!
「右舷!魚雷接近中!」
僕はあらん限り大声を出して報告したが、その魚雷は近すぎた。
魚雷は、艦橋よりもやや後ろに命中した。
539 :綾波物語:2013/02/12(火) 12:43:45
命中の瞬間、僕は吹き飛ばされた。
しばらく意識はふらついたが、ハッと気を戻すと誰かが自分を覆いかぶさっている事
に気付いた
「もう大丈夫だよ。重いからどいてくれないか?」
だが、動く気配がない。
僕は、しょうがないとばかりにどかしてみたが・・・・・
その人は、首から上がない大野だった・・・・
「うわああああああ!!!!」
それに気付いた僕は、悲鳴を出しながら、後ずさってしまった。
そして、周りを見て気付いた。
辺りは地獄化していた。
先ほどまで撃ち続けた機銃座が跡型もなくなっており
部下達が折り重なるように倒れていた。
そして、艦体に大穴があいていた。
「あ・・・ああ・・・・あああ・・・・・」
僕は、その光景に頭を抱えうずくまった。
杭州湾の時はたまたま戦死者がいなかった。
だが、目の前の無残な光景は戦争である事を示していた。
よく映画にある奇麗なものではない。本当に地獄のような光景だ。
うずくまり続ける僕に、突然胸倉を掴まされたかと思うと殴り飛ばされた。
「・・・・・・」
茫然と殴った人を見れば、先任の冬月大尉がいた
「碇少尉!ここで何をしている!?呆然とする暇があるなら動きたまえ!」
そういって、ダメコンの指示に向かう
僕は暫し呆けた後に立ちあがって、排水作業に加わる
駆逐艦綾波は乗組員の必死の作業により、沈没を免れ、台湾に帰還する事が出来た。
その途上で戦死者の水葬が行われ、碇少尉もその中にいた。
短い期間ながらも友人となった大野に対して、永遠の離別を行ったのである・・・・
碇信次少尉、戦争を知る。
最終更新:2013年02月16日 21:28