449 :ルルブ:2013/02/11(月) 19:23:46
タイ王国の事情・『我が行くは希望の未来』

1940年代。第二次世界大戦は事実上、大日本帝国の単独勝利によって幕を閉じた。
史実世界とは異なり、大日本帝国は太平洋全域にその勢力を拡大。平和裏に東南アジア諸国(中華民国を除く)を掌握、実質的黄な大東亜共栄圏を確立する。
この情勢下で当然の如く宗主国からの独立を目指す民族主義が台頭。嶋田首相ら夢幻会を困らせるも基本的にはその動きに同調していた。
そんな中で、第二次世界大戦、いや植民地帝国主義時代の戦前からの数少ない独立国家の一つ、タイ王国にて一つの式典が催されようとしていた。

ラーマ8世。史実では謎の死を遂げたタイの名君の一人。史実での在位は1935年から1946年の11年間。
一説では第二次世界大戦で枢軸側に参加した事が謎の死亡(暗殺、事故死など諸々あり)を招いたとされるが、この世界では大西洋大津波とその影響によるアメリカ合衆国の崩壊、大日本帝国主導による新太平洋秩序の確立が決定的となったためか、1945年、在位10周年記念を盛大に祝う事が確定した。

450 :ルルブ:2013/02/11(月) 19:24:29
タイ王国・バンコク
件の国王陛下は家臣らに問う。如何にしてドイツの人種差別政策や成長著しいインドネシア、不穏な動きを見せるインドと付き合うかを。

「大日本帝国はインドネシアとベトナムに飛燕を輸出する気か?」

「シマダ首相やマツオカ外相は公にしませんでしたがそのつもりかと」

外務大臣が答える。
御前会議の場であり、日本軍への協力を声高に叫び、大西洋大津波直前に黙殺され、在中米軍、フィリピンのアジア艦隊が続けて壊滅、ハワイ沖海戦とバイオ・ハザード(東南アジア風に言えば大疫病、アメリカ病)にてアメリカ崩壊後に掌を返したように参戦を主張した外務大臣が冷や汗をかきながら報告する。
その原因は実は軍部にある。軍部は予てから夢幻会の親タイ国派閥が早期に肩入れしていたのだが、文民統制を原則とした民主革命を起こしたタイ軍部だ。ある意味で自縄自縛に陥っていた為、日本への支援を効果的に出来なかった。
仮に太平洋戦争、日中戦争勃発直後に対日支援を行うよう議会や王宮(タイは以前王室の力が強い)に働きかければこの様な事態にはならなかったと思っている。
(因みに夢幻会の親タイ派閥のメンバーは2000年代のバンコクやプーケットで遊んだ逆行者が多かったと言う。そして観光大国への経済格差を使った豪遊もう一度というのが本音だろうと思わる。そう言う意味では実に人間的な……欲望溢れる理由だった)

そこで陸軍総司令官が反論する。
彼は熱烈な親日家であり、日本本土では常勝将軍と言われている東条英機の薫陶を受け、タイ陸軍の機甲師団や無線技術の確立に向けて動いている。
若い頃は遠くの欧州に行く事が出来なかったが、それ故に日本独自のアジア支援制度を利用して日本陸軍士官学校へ留学生として赴任していた。
故に祖国の変節(頭では理解しているが)に納得しておらず、タイ外交部の失態を鋭く非難する事で有名である。
今もまた御前会議にも関わらず外務大臣にかみついた。

「ふん、まるで他人事のように言いますな。
……確かに我が国は列強の侵略を跳ね除けて、日本と同様に独立を維持してきた数少ないアジアの誇りだ。
だが、その誇りを捨てて、アメリカの威光に屈服し、そのアメリカと火事場泥棒の中華民国や奉天軍閥が敗北するや否や明治維新以来の恩人かつ友好国たる日本へまたすり寄る。
これでは『あの』紳士の国と何も変わりは無いのではないですかな?
日本や世界に対する我らの外交信義はどこにあるのでしょうなぁ……外務大臣殿?」

451 :ルルブ:2013/02/11(月) 19:25:14
屈辱に肩を震わせる外務大臣。
あの時、アメリカの参戦で日本と言う国が敗北するのは目に見えていた。少しでも外交や経済を分かるならそれは必然だった。
だが、自然が、大西洋大津波が全てをひっくり返してしまった。それを予見するのは神でもない限り不可能だ。だが、外交も結果が全て。
陸軍総司令官の意見には反論できない。何より、インドネシアやベトナム、フィリピンの独立政権に後れを取っているのも事実。
特にインドネシアが対豪州の為に海空軍力強化を目的に独立以前から日本に接触して、それに乗り出している事を察知できなかった事は致命的と言えた。
国家に真の友、不滅の友人以外ない以上、シャム湾やインド洋への海軍力空軍力展開は国防上必要不可欠な事。
それを指摘されると押し黙るしかない。続けて別の男が口を開く。

「そもそも国王陛下の英断が無ければ我が国は日本と戦端を開く可能性もあったのですぞ?
陛下が戦争勃発寸前に滞在していた日本でかの大日本帝国天皇陛下と会談し、局外中立を公約したからこそ我が国はあの太陽の帝国との決定的な破局を免れた。そうですな?」

海軍総司令官もこれに乗じて文官らを攻撃する。
が、そこで黙ってしまってはタイ6600万人の人民に申し訳が立たない。黙って給料をもらえる立場でないのだ。
それに文官系官僚らにも意地はあるし何より現実を見ていなかったのは軍部ではないのかと言う思いもある。

「しかし海軍総司令官殿。あの時に内務大臣として国政を担当していた者として言わせてもらえればあの時点ではアメリカに与するのが正しい選択だったのだ。
陸軍や海軍力では米軍の方が潜在力で遥かに上回っていた。それを考えると……」

水掛け論。
ああ言えばこう言う。こう言えばああ言う。反論すれば反論に反論する。

(不味いな……こうも軍部と政府の亀裂が大きいとアジアの戦後新秩序で我が国は没落する)

ラーマ8世はその冷静な頭脳で必死に考える。
一体どうすれば良いのか。特に隣国であるインドネシアやベトナムは日本の支援を受けて急成長を遂げようとしている。
新国家と言うカテゴリー故に祖国タイとは異なり日本式官僚団や日本型軍隊の受け入れに抵抗が無い。寧ろ我が国以上に歓迎している。
そして対豪州対策としてのインドネシア、対中華包囲網としてのベトナムなどは格好の狙い目だろう。日本にとっても。

(……ドイツに接近する? いや駄目だ。ドイツの一般親衛隊がロシアや北米で何をしていたかを考えればそれは出来ない。
イギリスか? あの没落する帝国と心中する? 馬鹿を休み休み言え。原爆、富嶽、世界最強の空母機動艦隊、噂に聞く世界最大の戦艦。それを考えれば日本と敵対してはならん。それはだれもが分かっている。
だが、だからこそ第二次世界大戦での我が国の外交的な失態が尾を引いている、か)

百家総論。

452 :ルルブ:2013/02/11(月) 19:25:48
もはやタイ王家、国王陛下の御前会議であるにも関わらず陸軍、海軍、中堅の親日派閣僚と大臣クラスの対立は過熱し双方の罵声に近い糾弾劇化していた。

「皆の者」

流石に国王陛下が自ら右手を挙げて議論を中断させる仕草をすると全員が一斉に黙る。

「政府、軍部、双方の感情の隔たりが多きことはこの会議最大の収穫だと私は思う。まずはそれを認めよう。
その上でだ。我々は決断しなければならない。ドイツに隷属するか、日本と共闘するか、イギリスと共に沈むか、だ。
戦後世界は日独英、いや、日独の二か国による秩序が基準となる。ならば我が国はどうあるべきか?」

「……陛下」

「……」

「うーむ」

「日本かドイツか」

一旦呼吸を置く。そして言葉を続ける。

「まずはイギリスだがこれは真っ先に除外するべきだ。植民地化されかけた事は国民の記憶に根強く、日本を見限った点、更には火事場泥棒の様に北米に兵を派遣した点からかの国は外交として信頼に値しない。
そもそも既にイギリスはインドを手放す以上我が国を直接助ける事は出来なくなるだろう。事実、七つの海を支配した栄光ある英国王立海軍は壊滅した」

頷く海軍総司令官と苦虫を噛み殺しつつも目じりを抑える外務大臣。

「次にドイツだがこれも論外だろう。東欧、ポーランド、ロシア、北米でユダヤ人や有色人種、同胞である筈の白人のスラブ民族に対してどのような扱いをしているかは皆も知っている筈だ」

これには内務大臣と宮内大臣の二人が頷いた。
日本から極秘に送られた北米の収容所の写真は自分達タイ人が、フィリピン人やメキシコ人の様に北米に出稼ぎに行かなくて良かったと心底納得させられたものだった。
仮に有色人種であり有力な国家でもないタイ国の者がドイツの支配下に置かれれば奴隷化されるのは目に見えている。

「ドイツとは政策として相いれず、イギリスは現実面で頼りない。ならば我々は消極的にも積極的にも大日本帝国を選ぶしかない。それは皆も理解しているだろう。
だが、その為には隣国より先にもかの国に誠意と利益を見せるしかないのだ」

その言葉は重くのしかかる。インドネシアは対豪州、ベトナムは対中華、遠く離れたパキスタンは対インド、対イスラム圏、カルフォルニア共和国は対北米とそれぞれ意味がある。
では我がタイ王国は?

「失礼ながら陛下。我がタイはまだ重工業化を成し遂げてはいません。それに軍事力も日本の庇護下になければ無しの飛礫。
何を持って太陽の帝国の民を呼び込むのですか?」

宮内大臣が聞く。だが、ラーマ8世にはある秘策があった。彼はこの国の価値を理解していた。
インドシナ半島の中心に位置し、伝統と豊かな自然環境を持ち、整備された良港と人口6600万人という武器がある事を。

「大臣、思い出せ、この国の地理を。我々の武器は内陸鉄道と海洋観光だ」

そして国王は語った。ベトナムを経由してインド洋に至るまでのルート、更にはビルマ内陸部へのルートをタイ国軍が安全を保障し、日本の資産と技術を利用して国土を発展させる。
またプーケット島を初めとする南国のリゾート開拓を行い日本の富裕層、最終的には賃金格差を活かした大日本帝国の一般臣民を招く。その為に海路と空路を整備する。
無論、向こう30年は我が国は大日本帝国の下働きに甘んじるだろう。だが半世紀後はどうだろうか?
15歳で日本の航空会社に現地雇用された者が半世紀近い時をかけて経営者となりタイのナショナルフラッグ(国家航空)を築けるのではないか?
海路の整備はやがてタイ海軍の仕事となり嫌でもタイ海軍、タイ空軍の強化に繋がるだろう。
鉄道技術の輸入は国内の流通を加速させ更なる発展をもたらす。
ベトナム、ビルマとの安全保障にも役立つであろうし、大量の大日本帝国臣民の観光客受け入れは日本との無言の同盟関係構築にも繋がる。

「……そして……日本との経済協力の深化は間接的にあのメヒカの太陽と関係強化にもつながり、ドイツの脅威から我らを保護する盾となるだろう。
………………これが朕の考えだ」

この日の御前会議を持ってタイ王国は外交方針を決定。
大日本帝国へ観光資源を武器にした外貨誘致政策と史実では2010年代に開始される予定だったインドシナ半島横断道路や横断鉄道の開発、日タイ悲劇の一つ泰緬鉄道のタイ主導の開発が決定。
そしてそれは軍部を通して日本に打診される事となる。



お久しぶりです、ヤン・ウェンリー回想録のルルブです。
タイに遊びに行ってきて彼の地文化に触れたが故に書かせてもらった駄文です。まとめもOKですがよろしければ感想など頂ければ幸いです。

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最終更新:2013年02月16日 21:50