470 :ルルブ:2013/02/12(火) 00:05:39
タイ王国の事情・『遠き誓いの果てに』

タイ王国から使者が派遣された。それも王族、史実のラーマ9世が全権委任の代表であり、これには流石の外交下手の大日本帝国外務省も本腰を入れざる得なかった。
何せ次期王位継承権者の一人である。
しかも史実を知る夢幻会のメンバーから見てクーデターを無血で集結させるカリスマ性を持ったタイ王国の英雄王だ。
馬鹿な木端役人など派遣しようものなら東南アジアの真っただ中に親独政権(しかも有色人種)の国家が出来かねない。
ここにきて夢幻会は急遽会合を開いた。

「白洲君から報告は聞いたかね?」

宮様が発言する。いつもの彼では無い。転生したとはいえ皇族として生きてきた彼だ。
そしてラーマ9世の決意が並々ならぬモノだと言う事も分かった。(以後はラーマ殿下と統一する)
それに辻大蔵大臣が対応する。

「はい、彼らは我が国の援助を求めています。それも大規模な公共投資を」

「公共投資? 王族の殿下自らが? 冗談では無いのですかな?」

「いえ、冗談では無いです。
既にトヨタや鹿島、三菱、三井、住友らこちらの経団連上層部と会談を組み込んでいる事が発覚しております。
詳細は情報部の村中大佐から。ああ、これです。資料の12ページをご覧ください。若造と侮ってはいけませんよ、この代表団は中々のやり手です。
伊達にタイ王国の王族ではありません。現国王ラーマ8世から何らかの密命、或は厳命を帯びていると考えるべきではないでしょうか?」

「しかし・・・・王族ですぞ?」

それでも山本海相が聞き返す。彼は逆行者では無く純粋な軍人であり天皇や皇室に仕える事に忠義を見出すタイプの昭和の軍人。
彼から見れば皇太子殿下に当たる人物が他国の官僚や企業に頭を下げにくると言うのがいまいち理解できないのだろう。
この点、逆行者であり中小企業などの経理や営業を経験している同期とは異なると言える。山本五十六にとって皇族=絶対尊重であり、決して外交官の様な真似をする立場では無いのだから。

「・・・・辻大臣、本当にこの方が全権代表なのですか? 裏で操っている者がいるのではないのですか?」

そこで嶋田首相が山本の袖を引っ張る。

(なんだ?)

(今は報告を聞こう。ラーマ殿下が何を・・・・本当は何を目的に来日したかは分からないがそれを調べるのが外務省と宮内庁の仕事だ。
今の我々はそれを知る事しか出来ないのだからな。とりあえず、湯から上がろうか)

因みにここは夢幻会が使っている北陸地方石川県にある和倉温泉の保養地。

471 :ルルブ:2013/02/12(火) 00:06:11
さて彼らがなぜ東京を離れてこんな地にまでいるかと言う事少しだけ説明させてもらおう。
日ソ貿易、つまりシベリア=ウラジオストック=舞鶴間だけでなく、拡張中のウラジオストック=金沢港を使った日ソ貿易の活性化、つまり古代の日本海航路の再現を行うための現地視察中である。
また新幹線こそできてないが、北陸本線複々線化、北陸方面の軍民共同空港である小松空港の強化と言う目的もある。
この世界に史実で日本や世界を散々悩ませた北朝鮮は存在しないが、逆にソ連は健在であるし(無論、名前だけ、という意味もあるが)、大韓帝国からの国外逃亡者=難民もいる。更に逆行者にとって3.11を経験した者の中に、東南海大地震で東京=大阪間の新幹線や東海道の寸断による国家経済の崩壊をシミュレートした者もいた。そしてそれを上層部に命がけで上げた。
その試案から提出された被害。それは大日本帝国全体にとって悪夢以外の何物でもなく、この事から未来を知る夢幻会とそのアドバンテージ故に、彼らは関東=甲信越=北陸=近畿流通網の確立(北回りルート)を望んだからである。

ちなみに何故温泉にまで来たかと言うと、ある構成員の、「首相らが電撃的に現地に行けば東京の連中もやる気出るんじゃねぇの? ついでに骨休めすればよくねぇかな?」という一言が決め手となった。
その結果、辻(財務)、山本(日本海方面防衛)、宮様(箔付け)、嶋田(自治体との調整役兼客寄せパンダ)らが保養も兼ねて和倉温泉を訪れた。
後に分かったが、この逆行者、前世は石川県出身であった。



そんな中の史実のラーマ9世の電撃訪問。現在は宮内庁と外務省の白洲次郎、皇太子殿下が必死に対応しているが東京からは直ぐに帰れと矢の催促であり、先に戻ってラーマ殿下の対応をするべく、小松からチャーター機と護衛機を使い羽田空港に帰還する嶋田。そして帝国ホテルに向かうべくゲートに降り立った嶋田は驚くべき光景を目にした。
そこには帝国警察と明らかに外国人のSPと思われる人物が白を基調とした服を着た青年を護衛しながら待っていたのだ。

「ハジメマシテ、わたしハこくおうへいかノみょうだいヲうケテきマシタ、『プーミポンアドゥンラヤデート』デス。だいにほんていこくノきゅうこくノえいゆうニオ会イデキテこうえいデス」

と片言の日本語、だが誠意のこもった言葉で挨拶してきた。
護衛に囲まれてはいた、だが、アメリカを滅ぼし、中国を分断し、メキシコを焼いた男を、アドルフ・ヒトラーさえ勝てない、ヨシフ・スターリンを葬ったとも言われる大日本帝国の独裁者を前にもこの青年はしっかりと自らの足で地に立ち、語りかけてきた。

「ニィー・ゴー・チェン(こちらこそ)、ジャオ・シャーイ(王子殿下)」

咄嗟にタイ語で返す。昔タイ語の授業を受けていた甲斐があった。そしてそれに驚くラーマ殿下。それはそうだ。
世界最大の日ノ本ノ大帝国の宰相が、東南アジアの後進国の言葉を喋ったのだ。
これだけでも大日本帝国に来た甲斐があったものだ、と後にラーマ9世は身近らの妻子に述べている。

472 :ルルブ:2013/02/12(火) 00:07:30
3日後。帝国ホテル。
この時のラーマ殿下の外交手腕と白洲次郎の能力はかみ合った。本来バラバラで行われる筈の経済界との会合と政界との会合を同じ日、同じ時間、同じ場所で行ったのだ。
ちなみにデスマーチ嶋田の異名もさらに高まったが、この点は内務省の阿部大臣の活躍があったと言える。
無論現場は帝国ホテル中にSPを、非常事態に備えて厚木に展開しているヘリコプター部隊を、横須賀にはラーマ殿下らの避難用に軽巡洋艦と駆逐艦の部隊が展開していた。
そしてここで軍部に負けてたまるかと言う気迫に鬼気迫る外務省らは外務次官らにタイ語、英語の専門家を派遣、宮内庁も日本の皇族に準ずる、否、まったく同じ対応を行った。
この辺りは松岡外相と牧野宮内庁長官の強い意向があった。
第一だ、このプレゼンテーションはラーマ殿下自ら行う。そしてその後の晩餐会には今上天皇陛下がご臨席するのだ。手を抜く訳にはいかない。
これは大日本帝国の面子もかかっている。ある意味で国家の面子と言うのは最大の利害関係を生み出すし外交の武器になるので、以後に続くであろう東南アジア各国への訪日対策の試案として行われている。

そしてプレゼンが始まった。

「我がタイ王国は以下のプランを提案します。それはインドシナ半島横断道路、横断鉄道の建設です」

ざわめく日本側。

「ご列席の方々にはこの件に関してご不明な点、ご不安な点があるのは分かります。
大日本帝国の方々もご存知の通りインドシナ半島はメコン川などの大河川があり交通の障害となっております。また我が国が隣国であるベトナム、カンボジア、インドネシア、英領マレー半島、英領ビルマと外交問題、国境紛争を抱えている事は重々承知の上であります」

それ見た事か。
所詮は田舎国家ではないか?
邦人の安全を守れるのか?
確かに利益は出そうだが内陸部開拓の意味はあるのか?
犠牲が出た場合にタイ王国は我が帝国に補償をする気はあるのか?
福建との国境線はどうなる?
タイ国軍はそもそも戦えるのか?
国境の安定しない地域に家族を派遣できん。
先ずは国内を安定してもらわない事には。
暴走しないと言う保障がどこにある? 英仏は撤退するのだぞ? その時の怨念や怒りに現地軍が暴走したら利権も何もかも無くなる。

ざわめきが大きくなる。だが、それも一部の者達には違った。
内陸部にある銅鉱山の存在を知る逆行者、多彩な植物からとれるバイオテクノロジー。つまりは遺伝子工学の宝庫。
更には東南アジアにおける君主国家として安定した国家の存在。君主国家ならばアナスタシア皇女の様な婚姻同盟も可能だという政治家の判断。
しかも一部の聡い者は賃金格差の利点を見出した。

『衣服などの軽工業はタイ人に任せれば良いのではないか? そうすれば人件費も浮く』

何の事は無い、1990年代の中国をタイで再現しようと言う考えだ。
が、ラーマ殿下にとってはそれも良い。

(この国の、日本円は今や世界最大の通貨であり最も安定した基軸通貨だ。
外貨として入ってくれば日本以外との貿易にも役立つ。それに衣服とはいえ工場などの工業化を後押ししてくれる。工業化には電力が必要であり一度日本企業を利権で引きずり込めばそう簡単には撤退できない筈だ。
工場も電力がいる。更に働き手が出来れば多く人間が収入を得る。その収入が国内の経済を活性化させ経済を回す。
それが可能な筈だ。大日本帝国から出来うる限りの支援と投資、そして大量の書物にノウハウを手に入れる!!)

473 :ルルブ:2013/02/12(火) 00:08:17
だが、タイ利権を悟った聡明な者、それはごく一部の者だけ。大多数は利益よりも犠牲や不透明な現実に押し潰されて話を聞こうとしなくなりつつある。
そもそも東南アジアを武力制圧しろと言った連中も中に入るのだ。そう簡単にタイ側の思惑に乗る筈も無い。
それを察知するラーマ殿下。会場は非常に懐疑的だ。タイに投資するくらいならカルフォルニアやインドネシア、ベトナム、更には漸く安定した台湾(純軍事的という意味で)、南太平洋の委任統治領や北海道などの国内に目を向けるべきだろう。
そう言う囁きがあたりを充満する。
嶋田らもこの空気は不味いなと思うのだが、ここで嶋田や閣僚が経済界に圧力を加えては後の世代に悪例を残す。
政界の権力者が諸外国の前で自国経済を統制すると言う悪例が。
確かに統制が必要な時もあるだろうがそれを国外の、しかも殿下と尊称がつく王族の前でやって良い事では無い。
だがラーマ8世の厳命と祖国タイへの愛と未来への理想に燃える若者は必死だった。殆ど喋れない片言の日本語で話しかけ、時には頭まで下げようとして慌てて日タイ双方の侍従らに止められる。
だが、経済界の人間、というより既得権を既に持つ者は興味を失いつつあった。そもそもこの会合とて帝国最大の実力者嶋田総理に名前を覚えてもらいたいが為だと言う人間が多い。
それでも必死にアプローチするラーマ殿下。



「しかし我が国は・・・・は?」

その時だった。一人の日本人実業家が手を挙げていた。

「失礼ですが・・・・貴方は?」

彼の事前に配布されたリストに彼の顔写真は無かった。因みに驚いたが写真もカラー写真だった。

(半身不随とはいえあのアメリカに勝てるわけだ。)

あのアルバムを見せられて彼はそう思った。
とにかく外務省の役人はそれを通訳する。因みにラーマ殿下も英語は話せる。
彼が生まれた時はアメリカ合衆国と大英帝国が世界の覇権を握っていたのだ。
大西洋大津波が無ければ今も世界共通の公用語は英語だったろう。
因みに現在は日本語とドイツ語が幅を利かせており、次に英語と言う順番である。東南アジアは言うまでもなく日本語重視だ。
そして今手を挙げた彼は普通の姿をしていた。招待客には見えない。当然だ、彼は正確にはスーツを着て何食わぬ顔で紛れ込んだと言うのが正しいのだから。
その姿を見て嶋田は思った。

(この青年は誰だろう?)

と。そして次の瞬間、口に含んだお茶を吹き出しそうになる。

「殿下、私は井深大、イブカマサル、と申します。ソニーの共同経営者をやらせてもらっております」

それはまだ無名の存在。
だが史実ではウォークマン、プレイステーションを初め世界中に日本製品を売り込んだ、メイド・イン・ジャパンの先駆け。
彼は独自に学習した英語で語りかけた。
これからの世界はどうあるべきか。軍需に偏った、偏見と争いに満ちた世界で我々はどうあるべきか。
それは理想だったかもしれない。だが、青臭い青年が語るからこそ意義のある理想だっただろう。
彼は無名だ。故に夢幻会の事も知らない。ソニーからの転生者も居たかもしれないが少なくとも会合の議題に上った事は無かった。
それに彼らが活躍するのは1950年代以降。いわばノーマークだ。
だが、彼はその行動力でここに来た。もしもこの中の誰かに睨まれればそこで企業家としての命は終わりなのだろうに。それを恐れなかった。
そして井深大、その瞳は決して夢幻会のメンバーと変わらない。彼もまた夢を追う、諦めを知らない人間。

474 :ルルブ:2013/02/12(火) 00:09:10
「自分は思うのです。誰もが参加しない。だからこそ、参加するべきであると」

沈黙。

「失礼ですが・・・・ソニーでしたか・・・・貴社の得意分野は?」

笑顔。

「電気です。いえ、全てです」

即答に困惑するラーマ殿下。

「申し訳ありませんが我が国が欲しいのは・・・・正直に言いまして土木の技術です。
申し出はありがたい。ですが貴社では報酬を用意する事さえ難しいかと思いますが?
しかも我が国の民はラジオさえ満足に持ってないのです。カラーテレビ放送がなされている貴国とは何もかも違うのですよ?」

が、その時の井深はにやりとわらって第二部と印刷されたパンフレットを取り出す。
会場中に響くようにそれを叩く。パン!! 小気味いい音が会場に響いた。

「そうでしょうか? 確かこの会合の第二部ではお国の海洋観光資源も開発対象なのでしょう?
その観光地で音楽も聞けない様では、帝国の、いえ、世界から人は集まらないと愚考します。
それに、殿下。
無いのならば作れば良い、そう言ったのは殿下御自身では無かったのですか?
なるほどなるほどラジオが無い? 電気が無い? 技術が無い?
よろしいでしょう、ならば我がソニーのラジオが貴国を席巻させて頂く。
そしてソニーのラジオが一人一台持った暁には、我がソニーのカラーテレビがタイ王国と帝国を繋ぎましょう」

それは夢。そして律儀にこれを翻訳した外務省の人間。
気が付いたら目の色を変えた者がいた。何やら考える者もいた。そして彼らに共通するのは決まっていた。



(・・・・・これが本当の日本人。俺たち平成の日本の基礎を築いた先人たち。あの、本当の焦土と化した日本を70年で世界でも最も豊かな国に変えた人々)

嶋田は漸く思い出した。
なんとこのメンバーの中には松下幸之助をはじめ日本を代表する大企業を築いた人が幾人もいた事を。若いから気が付かなかった。
だが、それが良い。1905年、この世界に転生した自分。
いつの間にか伝説の人間と思っていた彼らより年を取ってしまった。もう会う事もないと思った。だが、それでも彼らは居た。現実に。
自分達が変えてしまった歴史の中で。嶋田は知らない。知ってはならない。
だが知りたいとも思った。これからの日本を。この若き無名の偉人達が作り出す、史実とは異なる『ジパング』を。



その沈黙を破ったのはラーマ殿下だった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・我がタイ王国の6600万人の民の為にこの未曾有の大事業を引き受けてくれますか?」

「少なくとも、我々日本人は諦めませんな」


その言葉が後に歴史を変える切っ掛けとなった事を、四半世紀の時を経過してその場に居た全ての者が知る。

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最終更新:2013年02月16日 21:52