502 :ルルブ:2013/02/14(木) 23:40:25
タイ王国の事情・『今は亡き我が友へ』
200X年。タイ王国。
「陛下、モリタ様とイブカ様の葬儀が行われます」
侍従長が答える。そして嘗てラーマ殿下の尊称で日本人に親しまれた彼は今、ラーマ9世としてプーケット島の大日本帝国ホテル・プーケット島本店の壇上に立つ。
「彼ら二人が亡くなられて既に数年。今や世界の民でソニーを知らない者は居ない」
集まったタイの国民や東南アジア周辺諸国の要人たちが、そしてソニー、松下電器を初めとした新興企業らの重役、大日本帝国の要人が耳を傾ける。
「朕が青年であった頃、誰もが出来ないと言ったプロジェクトがあった。
正直に言おう。先代国王が提唱したインドシナ横断道路、横断鉄道、タイ・ビルマ鉄道、プーケット島開発は不可能だ。朕もそう思った」
一瞬のざわめきが辺りに広がった。
だが、それを彼のカリスマが抑える。この点は史実のラーマ9世と同じだった。
静かに言葉を紡ぐ王を映すテレビ局の人々。
「しかし、あの日の帝国ホテルで一人の友が言った。誰もやらないからやろう、と」
そして続ける。
「またある故人となった日本の偉人は言った。出来ない理由を探す前に出来る理由を探せ、と」
嘗てこの国は貧しかった。
誰もが明日を生きるのに精一杯で、一年後の事、十年後の事を考える余裕などなかった。
それでも先代の国王、ラーマ8世は考えた。
如何にしてタイと言う国家を豊かにするかと言う事を。如何にしてアメリカ合衆国と中華世界の亡き太平洋の新秩序、大日本帝国の支配する世界で生き抜いていくかを。
その時に思った事が国土大開発計画。インドシナ半島横断網建設計画。
「そして、今は亡き友はあの日私に言った。『少なくとも、我々日本人は諦めません』、そう言った」
パーティ会場を包むのは静かな熱気。バンコクに繋がっているタイ王国王立放送はソニー製の電波塔に電波を乗せてソニー製のカラーテレビにラーマ9世の姿を写し出している。
その視聴率は60%を超えていた。
「タオ島を初めとした離島でさえカラーテレビが普及したのは彼らの、太陽の帝国の民の助力があったからである。
このプーケットに立つホテルもそうであろう。泰緬鉄道やインドシナ鉄道、王都バンコクを走る地下鉄とモノレールもまた日本人の支援のお蔭である」
そこで観衆を見渡す。
「そして、そのきっかけを生んでくれたのが我が友だった」
503 :ルルブ:2013/02/14(木) 23:41:12
1946年、タイ王国、バンコク王宮、第二謁見室
「貴方がモリタ殿か?」
ラーマ8世が問う。先週、日本航空の日=タイ路線を使ってバンコクに降り立った男は物怖じする事無くラーマ8世に謁見した。
この謁見はラーマ8世が望んだ事により行われた。
タイの掲げた夢想的なプロジェクト。そもそもタイ以外に投資する国はある。それが三菱や三井を初めとした大財閥の考えだった。
例えば旧米国として購買力が高く、日本軍が駐留するカルフォルニア共和国。例えば人口も多く、独立支援と言う巨大な友好関係を築けると考えられるインドネシア。
中華の包囲網であり、華南連邦との関係修繕の為にも経済支援などを行う必要のあるベトナム。
それを押しのけるには卑屈になるしかなかったのかも知れない。タイ王国の持つアドバンテージは戦前からの王政を引いた独立国であると言う事。
これを活かすには王族による宮廷外交が必要だとラーマ8世は判断した。それが後のラーマ9世の訪日外交であり、この度の謁見である。
謁見に来た盛田昭夫に国王は問うた。
「全権大使から話は聞かせてもらった。貴社は我が国のプーケット島開発計画で大量のラジオを行き渡らせると言う。そんな事が可能か?」
国王はある意味で諦めていた。
三菱、倉崎を初めとした日本の大企業はインドシナ半島横断網開発計画には非常に懐疑的である。当然だ。
大企業の主にとっては如何にお家を守る家の方が優先されるのだから。余程切羽詰って無い限りは新興国、しかも内紛を抱えそうな国家に投資などしない。
いや、するだろうが大量の見返り、例えば石油や希少資源の採掘権などを求めるだろう。
それをしなかった盛田昭夫と井深大の決断はラーマ8世をして困惑させた。
「陛下、陛下が不可能だと思うならソニーに撤退命令を下さい。私も海軍に奉職した者です。現実は見ます。
後見人である国王陛下が不可能であると言うならば不可能であると言うしかありません」
その言葉に近衛兵や控えていた大臣らが冷たい視線を浴びせるがそれさえも平然と跳ね返す盛田。
彼にとって、東京通信工業にとってこれこそが分岐点である。
今や大日本帝国は太平洋の覇者となった。その勢力圏は東南アジアを超えインド洋にさえ及ぼうとしている。
しかしながら資本力で劣るベンチャー企業(この言葉の代わりに新興企業、雨後の竹の子企業などとも言われている)には方法が無い。
例えどれ程のリスクがあろうとも
夢幻会の手によってある程度の日本本土の国内開発が一段落した今、新興勢力である東京通信工業=ソニー、松下電器などは海外に活路を見出すしかなかったのだろう。
少なくとも夢幻会の活動が、戦後の高度経済成長時代の日本の開発余地をある程度削っていたのは事実であろう。そのしわ寄せが他の新興企業にも来たのだ。
- あの日、たまたまラーマ殿下と嶋田首相を中心とした政財界合同会合を知った井深が駆け込み営業した。
(今を除いていつ飛び立つのだ!!)
後で聞いたらそう感じたらしい。そして井深は独断でラーマ殿下に自らの売り込みを行った。しかも会社名を変えて。
『井深!! 一体お前は何をしたのだ!?』
『失礼だな、我がソニーが羽ばたく為の衣を手に入れてきただけだ』
『ソニー? 何の事だ?』
『ああ、社名だ。新しい社名。東京通信工業なんて日本的な名前じゃ世界の人々に浸透しないだろう?
だったらここは言いやすい言葉でソニーを選んだ。というか、だ。もうソニーで契約して来たから急いで社名を変えるぞ』
『お・・・・・お、お前は馬鹿か!?』
『バカじゃない、大馬鹿野郎だ!!』
504 :ルルブ:2013/02/14(木) 23:42:46
ラーマ8世はそれを聞いた後、しばし沈黙する。
東京通信工業が、いや、ソニーの持ってきた企画書(どうやったのかは知らないがタイ語だった。文法的な古さはあったがそれだけでもソニーの本気度が理解できる)を読む。
「陸軍総司令官」
「は」
臨席する陸軍総司令官に語りかける。
この場にいるのは陸軍総司令官、宮内大臣、外務大臣、内務大臣、新設された国土開発大臣、そして日本語翻訳役の役人らに近衛兵士。
日本側からは外務省次官とソニーの盛田昭夫、そして外務省と経済産業省の役人たち。
これは外交儀礼から見て明らかに日本がタイと対等ではないと言っているに等しいが、それでも嶋田総理がタイ語でラーマ殿下を応対した事からそれほど問題視されてはいなかった。
「プーケット島開発には工兵部隊を動かせるな?」
それは確認。
「無論です、陛下。工兵部隊はいつでも展開可能です。更にソニーの技術支援で電波塔やラジオの配備も行えます。
無線通信が確立すればプーケット島への直通空路が完成させれます」
即答する陸軍総司令官の回答に満足し、ラーマ8世は説明の為の報告書を置くと皆を睥睨する。
「朕は賭けてみよう。インドネシア、ベトナム、英領マレー、英領ビルマ、華南連邦、福建共和国、カルフォルニア共和国、豪州、フィリピン、インド、パキスタン、そして中華民国。
我がタイの周囲は安定しているとは言い難い。そしてこの国をこのまま埋没してはならん。我が国の民1500万人の為にも、な。
モリタ殿、ソニーの方々よ、そして大日本帝国の次官ら。
どうか我が国と日本の共通の利益の為にプーケット開発に協力してほしい」
そしてプーケット島を中心とした大開発が開始された。
この協定は以下の通りになる。
1、 プーケット島のラジオ、テレビ、無線機は日本製品(実質はソニー製)にする
2、 プーケットに立つ外国人観光客向け建物すべては大日本帝国の臣民が満足するモノ
用意する事。
3、 プーケット島には安全の為、近衛兵2個連隊と特別警察を配備する。
などである。
そしてソニーはタイ王族とのつながりを持ってタイの電器市場を席巻する事になる。
その技術が東南アジア諸国に流れ、発展途上国であるとして出遅れた旧財閥群である大企業を制して世界のソニーが登場するのだが、それはまだまだ先の話であった。
そんな先の話、あの日から何十年も過ぎた未来のある日。ラーマ9世のスピーチが終わりを迎える。
「これをもってイブカ氏とモリタ氏の鎮魂の語りを終わりたい。
そしてラーマ9世の名において彼らと彼らに続いて我が国に偉大なる貢献をしてくれた友邦国、大日本帝国の民全てに感謝の意を表する。アリガトウ」
ラーマ9世は最後にタイ国国民に二人の偉大なる経営者と技術者に黙祷する様に頼んだ。
タイ王国。戦前から独立を保ってきた王国は故意か偶然か神の悪戯か、史実と似た様な観光立国を経由した国家の発展を望んだのである。
505 :ルルブ:2013/02/14(木) 23:43:16
ある年、ある居酒屋で。
『聞いたか、プーケット島の話』
『聞いたぞ、何でもソニーとかいう新興企業のラジオが凄いらしいな』
『古! ソニーっていまや帝国を代表する企業じゃないか。確かに三菱や倉崎には負けるけど松下とか新興企業群の筆頭だ』
『プーケットで良い思いしたからか?』
『流石にソニーの奴にぶん殴られるぞ。あいつらだって言葉も通じない、水も飲めない場所で必死で営業して多くの努力に末にのし上がったんだからな』
『そう言えば最近は東南アジアの劣悪な気候に耐えられる上にスコールを浴びても動くカメラを作ったらしい』
『ほう・・・・・あ、建設業界と旅行業界の連中がやたらと東南アジアに行っているがそれも意味があるのか?』
『ええ、お前知らないのかよ!?
今な、タイじゃラーマ9世即位3周年記念で日本から5万人の観光客をプーケットに無料で招待するんだぞ!!
お蔭でタイの大使館前はその抽選券を求める人で一杯だ。しかも海での特殊な遊び付きだ!』
『か、海中散歩だっけ? 確かイタリア海軍が使っていた器材らしいけど安全なの? 海の中に何時間もいるなんて滅茶苦茶じゃないかなぁ』
『さ、さあ? 俺にそんなこと聞かれても困る。それも試すんじゃないのか?
確か海軍さんが実用化しているとかしてないとか、おい、そっちの方が詳しいだろ?』
『俺の兄貴は海軍の潜水艦にいたけど結構安全らしい。あと海の中って別世界だそうだ』
『で、肝心のプーケット島でどうなのよ?』
『邦人の安全は凄いらしい。武装した警官がツアー客を守ってくれるし盗難補償もタイ国政府がしてくれるそうだ』
『そこまでやる?』
『まあ、そこまでやらないと他の国に負けるんだろう? それに満鉄、だっけ? あれのインドシナ鉄道もようやく企画書が通ったらしいしな』
『企画書が通るまでに10年か。と言う事は実際に建設が開発されるのはもっと後か。
発案者のラーマ8世さんは見れなかったんだな。王宮内部での謎の事故死だっけ? 怖いよな』
『まあ、プーケットは泰緬鉄道や王宮のごたごた、インドシナ半島横断計画とかは関係ないよ。
なんて言ったって国王陛下お抱えの近衛兵が俺たちを護衛してくれるし、食べ物は全て加熱するし、ホテルは全部日本の技術を利用しているし、ラジオもテレビもある。
- それに女、も、だ、どうだ、行きたいだろう? 日本だけじゃなくアジアや太平洋全域から人が集まりだしているんだぞ!』
『おまえ・・・・・こんどお前の奥さんにちくってやろう』
『な!?』
タイ王国の事情 ~終~
最終更新:2013年02月16日 21:54