525 :共通話5 不穏な動き:2013/02/14(木) 23:31:54


共通話5




不穏な動き



「レーダーに反応は?」
『いえ、何も反応ありません。視界良好、穏やかなもんですよ』
「油断はするなよ? 何せ清の盗人共は強欲だからな」

キャフタ。大清連邦東モンゴル軍区との国境沿いに位置する人口2万4千人ほどの静かな町。
しかし、ここ暫くの間、この町の上空にはE.U.シベリア軍管区所属の軍用機が幾度となく飛来していた。
それというのも、清国の戦闘機による領空侵犯が相次いでいたからだ。

『しかし、清の連中、一体何を考えてるんでしょうかね? 中華から独立したと思えばバイカル以東のシベリア全土を自国領土と主張したり、領空侵犯やギリギリの空域で挑発を繰り返したり』

独立直後から繰り返されるあからさまな挑発。まるでE.U.に喧嘩を売っているかのようなその行為は、シベリア軍管区の人間から奇異の目で見られている。
同じように樺太を自国領土と主張され、挑発を受けた日本へは何もアクションを起こさなかった処か、主張を取り下げたというのに、E.U.にだけは六カ国協議以来己が主張を崩す事がない。
それがまた不気味さに拍車を掛け、同時にE.U.の人間には腹立たしい限りだった。何せアジアの黄色い猿が、自分たち白人の土地を『俺の物』と言っているのだから。

『黄色い猿の癖に・・・』

“有色人種は白人より下”

この人種差別的な考え方は未だE.U.の中では根強く残っている。時代と共に薄れてきていたのだが、長い不況と低迷する経済情勢に、不満のはけ口を求める貧困層の間に広まっていた。
決して良い傾向とは言えない世情だが、そうでもしなければ現状を受け入れることが出来ないのだ。

「止めておけ、有色人種というだけで自分たちより下などと考えていたら、いずれ足をすくわれるぞ」

だが、この考えが広まるのを危惧する声もあった。
有色人種は白人より下だから大した相手じゃないと考えるのは個人の勝手だが、それが元で油断や慢心を生む危険性もある。
その結果、勝てるはずの状況で足元をすくわれ、命を落とすことにもなりかねない。
相対するのは肌の色が違うだけで自分たちと同じ人間なのだ。銃も持っていれば戦闘機も戦車もKMFも持っている。
まさか有色人種が放った銃弾に撃たれても、白人ならば死なないなどという都合の良い話がある訳がないのだから。

「それに中華連邦も日本も、お前の言う有色人種の国だぞ?」
『それは、そうですが・・・』

E.U.と並び立つ二つの有色人種国家、中華連邦と大日本帝国。
力関係で言えば中華連邦はE.U.より若干ながら上であり、日本などはもう別の次元で、並び立つどころか追いつく事が出来ない遥か先を歩いていた。
つまり部下の主張が正しいとすれば、白人は自分よりも下等な種に生存競争で負けつつあるという事になる。負けるはずのない劣等種族にだ。
この点についてはE.U.加盟国の人間全てが反論できなかった。基本的に他民族で構成された連合国家である中華連邦はともかく、日本に関しては理解の範疇を超えている。
今でこそブリタニア系日本人といった白人や黒人もかなりの人数を数えていたが、元々日本は少数の例外を除いて一民族で構成されている。
その黄色の日本人達は過去から現在まで白人に膝を屈した事がないばかりか、ここ数十年の範囲に限っては欧州の白人など歯牙にも掛けないというほど急速な発展を見せていた。
業腹だが中世その物な体制を維持する民主共和制の敵、神聖ブリタニア帝国に匹敵するほどの超大国としてアジア太平洋地域に君臨しているのだ。
だからこそ黄色の新興国家である清と言えど油断してはならない。戦場での油断はそれだけで命を落とす遠因となる。

(尤も、建国間もない清に戦争という手段が取れるとは思えんが・・・)

国境の守備に就いている彼はそう考えながらも、一抹の不安を隠せなかった。

526 :共通話5 不穏な動き:2013/02/14(木) 23:36:47







「戦争が起こりそうです」
「また唐突だな。この曲がりなりにも安定した世界でどこがやると言うんだ?」

薄暗い会議室の中、居並ぶ男達を前に宣誓するかの如く告げたのは夢幻会の最高幹部、辻正信。そんな彼に大日本帝国陸軍参謀総長、杉山元が怪訝な顔で質問した。
加盟国全体が腐敗し、絶賛国力衰退中のE.U.と、インドネシアやニューギニアを始めとする東南アジア諸国と小競り合いを起こしているオーストラリアはともかく、世界全体を見渡せば比較的落ち着いている方だ。
そんな世界情勢の中、態々会合を開いてするような話なのだから、少なくとも中華やE.U.などの列強が絡んだ戦争であると思われるが、いまいちピンと来ない。

「取りあえずこの衛星写真をご覧ください」

会議室の壁に掛けられた大型ディスプレイに映し出されたのは二枚の写真。

「一枚目、これは先月、清国アムール州北西部のティンダ近郊上空から撮影された写真です」

一枚目の写真にはティンダ近郊の様子が写されていた。そこには明らかに軍用車両と思わしき影が多数点在している。
しかしE.U.との国境にある都市という事を考えれば、近郊に基地があってもおかしくないだろう。基地や駐屯地があれば軍用車両もある、それが写真に写っていた処で特に思うことはない。

「そして此方が今月に入ってのほぼ同じ位置を撮影した物です」

だが、続いて説明された写真に写されている車両、人の数が一月前とは比較にならないほど増えていた。
その様は、何らかの行動に移ろうと準備しているようにも見て取れる。

「これは・・・」
「どうです? 通常からは考えられない程兵力が集められているでしょう? これと同じ状況がスフバートルと満洲里、海拉爾近郊でも確認されています」

戦闘装甲車両や兵力が集められているのは全てE.U.と清の国境沿い。中でも特に集中していたのがスタノヴォイ山脈からほど近いティンダであった。

「全体で集められている兵は低く見積もって50万以上」
「ほう、よくもまあこの短期間に掻き集めた物だ」
「元々この辺りに基地や駐屯地を集中させていましたからね、移動距離を考えると不思議ではありませんし、下手をするとまだ追加するかも知れませんので、最終的には100万を超える可能性もありますね」

100万と言えば清軍全体の三分の二にも達する大戦力。
それだけ大きな戦力を何のために集めるのかと問われれば、誰でも一つの答えしか思い浮かばない。戦争だ。

「皆さんご存じのように清は独立間もない新興国ですが、実はそうではありません。中華連邦北東部、現在の清国領域に集中的投資が始められたのが今から十年と少し前。ここを独立の年として考えるなら、もう建国十年となります」
「昨日今日の準備ではなく、十年も前からE.U.との戦争を考えていたとでも言うのかね?」
「いいえ、流石にそれは無いでしょう。ですが、数年前から考えていたと見て間違い有りません。おそらくはその頃に気付いたのでしょう。シベリアの宝山に」

誰も知らないそれを知った宦官たちが、宝に手を出さない筈がない。
無論、夢幻会メンバーや山本など仲間たちの間では知られていたが、日本にとっては必要のない物だ。

「サクラダイトか・・・。確かにあの万能資源が目と鼻の先にあるなら誰でも欲しがるな。それも自分の贅沢しか考えて無いような玉無し共なら」

杉山は納得して頷いた。強欲を地でいき中華連邦を荒廃させた宦官たちなら、欲のために戦争を起こしてもおかしくはない。
やる以上本気で取るためにこれだけの兵力を動かそうとしているのだろう。

527 :共通話5 不穏な動き:2013/02/14(木) 23:37:21



「このまま放っておくんですか?」

挙手したのは嶋田。清がジェンシーという危険な玩具を手にした以上、シベリアにあるサクラダイト鉱山を知っていれば何らかの行動に出るのは予想していた。それがこれだったのだ。
無論、直接的には日本に関係ない。清の野心が向けられているのはE.U.領シベリアであって、戦火に包まれるのも大陸のみ。
だが、もし難民など出れば影響必須であるし、万が一全シベリアを占領でもされたら千琴と陸続きになってしまう。そのような事は安全保障上看過できない。

「正直、清が何処までやるかですね。本気でシベリア全土を手中にしようなどと考えるなら此方も相応の対応が必要になります。そこは日本を刺激しないように考えて事を進めるのかも知れませんが」
「清の総兵力はどれくらいあるんだ?」

夢幻会のメンバーではないが、前世からの仲間でありオブザーバーとして会合に参加している山本五十六が質問した。

「現在清国の総兵力は140万ですが、戦争するとなればおそらく中華時代の予備役も招集するでしょうから250~300万前後にまで膨れあがるでしょう。人口だけは多いので兵数のみならまだまだ増やせますよ、使い物になるかは知りませんが」
「頭数だけは大した物だ。陸海空、ここは海軍を除くが、陸空軍も旧世代とはいえ数だけはあるだろうから、攻め込まれる方としては堪らんな」
「大雑把ですが、清の陸空戦力はこんな感じです」


総兵力140万+予備役

KMFガン・ルゥ1500騎
戦車4200両
装甲車両5000両
地上戦艦竜胆(ロンダン)10隻


第五世代戦闘機“S-20”60機
第四世代戦闘機“S-10”450機
KMF輸送機などの作戦機300機


「装甲車両やガン・ルゥも数を考えれば相当だが、砲撃力が高く装甲の厚い地上戦艦10隻は中々の驚異だな」
「これに、ブリタニアのサザーランドをコピーした劣化品、第五世代KMFジェンシーが加わります」
「KMFの保有数はわからんのか?」
「残念ながら秘匿されていた関係でそこまでは情報が入ってませんね。ですが、精々200乃至300前後といった処でしょう」

山本はサザーランドの劣化品が300ぽっちあった処で役に立つのかと考えるも、KMF技術が他国に渡っていない事を鑑みれば、例え劣化品であろうと十分驚異になりえると考え直した。
ジェンシーを劣化品と言い切る事が出来るのは、飽くまでも日本とブリタニアだけなのだ。

「なるほど、それも加えて数で押し潰す気か」

思い出すのは前世での独ソ戦。碌な戦力にならないオンボロ戦車や、旧式機を使いながらもソビエトがあそこまで戦えたのは数の力があったから。
清はそれと同じ事をしようとしているのだ。

528 :共通話5 不穏な動き:2013/02/14(木) 23:38:23



「ええ、いっくんの仰るように、清は数でシベリアを押し潰すという前世界での中国やソ連と同じ戦法を取ると思います。尤も、現時点での生産力を考えれば物量作戦は取れないでしょうから、兵力以外の既存戦力は表の分でほぼ打ち止めでしょう
 要するに現在持っている分での数に任せた一発勝負、いっくんの好きな博打みたいな物だと思われます」

辻の言葉に然もありなんと頷く杉山。

「うむ、まあそうだろう。独立前に派手な動きをしていれば中華に勘付かれて、KMFの技術を接収されていたはずだからな(いっくんってなんだ?)」

続く近衛。

「所詮は数だけの烏合の衆・・・と言いたい処だが、元は中華連邦の正規軍、E.U.シベリア方面軍だけでは持ち堪えられるかわからんな(いっくんとは一体?)」

更に続く伏見宮。

「これはひょっとするとシベリアを取られる事も想定せねばならんか(いっくん? 何やら創作意欲が・・・)」

それに意見を述べる東条。

「そうなったら流石に放置できませんな、尤も清如きにシベリア全土の占領など無理かも知れませんが、万が一に備えておかなければ(いっくん?)」

病気を発動させる富永。

「くくくっ、俺の右手が疼くぜ、玉無し共を地獄へ叩き落とせってな(いっくん・・・だと)」

国内を危惧する阿部。

「そうなると親清・親高麗勢力と目される国内の不穏分子や公民党、特に剣尚人や自称金星人などの動きにも目を光らせなければ(いっくんか・・・何やら甘い響きですね)」

この場に居るメンバー全員が一言一言これからに付いての意見を述べていく。それもみんな揃って山本の顔を見ながら。
そして、その視線に凍り付く山本。

「だ、だが、E.U.のパンツァー・フンメルも砲撃力は高い、い、一方的にやられるだけでは終わらんだろうな、(な、何故だ!? 何故辻がその名を知っとるんだ!??)」

視線に耐えられず目を逸らした山本と目があったのは、ただ一人味方と目されている嶋田。

(山本、お前辻さんに何か知られてしまったのか・・・哀れな・・・)

彼はまな板の上の鯉になってしまった山本を哀れみ心の中で合掌していた。



「まあ何れにしても放置はできません。牽制の意味でも一度日本海で演習を行うというのも考えておかなければ。ただ清の動きからするとその前に一戦やらかすやも知れませんが・・・」

最後に辻は「いやぁ、お金に余裕があると心にも余裕が生まれて良い物ですね」と締めくくる。
世界最大のサクラダイト生産国である大日本帝国は財政的には余裕があり、大規模な演習の二回や三回実施した処で財政が圧迫されることはないのだ。それは財務担当の辻に取って実に喜ばしい事。
但し、いくら余裕でも無意味な演習などしないし、無駄金を使うなど以ての外。
飽くまで必要に迫られた時のみに限り、無駄な金は一切使用せずの方針は昔も今も変わらない。
尤も、今回は日本が行動するよりも早く清が暴発しそうではあったが、こればかりはどうなるか分からなかった。

「その時は日・ブの合同演習になるでしょうから、ここはやはり海軍提督として経験豊富ないっくんに総指揮をお任せしたいと思うのですが、宜しいですか?」
「あ、ああ、だが俺はもう引退しておるのだが・・・」
「そこは大丈夫ですよいっくん。各方面と調整を付けますのでご安心ください。ま、全ては清の出方次第ですがね」
「・・・」

(いっくん・・・)
(またいっくんって言ったな?)
(何故いっくんなんだ?)
(いっくんって何なんだ?)

ひそひそ話を始めた面々を見て山本は思った。

(早く帰らせてくれ・・・)

529 :共通話5 不穏な動き:2013/02/14(木) 23:39:04


ユフィルート


「そういえば嶋田、ユーフェミア皇女殿下との婚約が決まったそうだな」

会議終了と同時に山本が祝辞を述べた。

「おめでとう嶋田君」
「おめでとうございます嶋田さん」

山本に続いて出席者全員から祝いの言葉を貰った嶋田は恥ずかしそうに頭を掻きながら礼を言う。

「いや、お恥ずかしながらこの歳で結婚する事になりまして・・・なんと申し上げれば良いか」

嶋田とブリタニアの第三皇女ユーフェミアが正式に婚約したというのは、まだ世間には知らされていない物の、夢幻会のメンバーは当然知っていた。
皆口々に祝福の言葉を掛けてくれる。だが、一部のメンバーは嶋田に近付いて肩を叩いてくるのだ。

「おめでとう!」
「痛っ! あ、ありがとうございまっ、」
「「おめでとうっ! おめでとうっっ!!」」
「い、いた、痛いっ!」

すると続いて今まで「おのれ嶋田っ!!」と、気勢を上げていた者達が集まってきて、バシバシ頭や肩を叩いてくる。
それもかなり強く叩くので、ぶたれているような感じさえした。

「「おめでとう! おめでとう!」」
「け、結婚はまだ先ですよ、いたっ、暫くは恋人としてのお付き合いになりま――」
「「いやぁめでたい! おめでたいですよ嶋田さぁ~んっっ!!」」

(み、みんなお祝いしてくれてるんだろうけど、い、痛いっ、)

「つ、辻っ、あれは祝ってるのか?? 俺には殴っているようにしか見えんのだが・・・」
「過激なお祝いですねェ」

530 :共通話5 不穏な動き:2013/02/14(木) 23:39:41



モニカルート


会議終了と同時に帰宅の途に就く会合メンバー。
すると部屋から出てきた面々にそれぞれのSPが張り付いた。
当然、嶋田にもSPが付いているのだが・・・

「お疲れ様です」

彼の護衛だけダークスーツの屈強な男ではなく、黄緑色のマントと白い騎士服に身を包んだ女性なのだ。

「いや、悪いねモニカさん、休みの日に態々護衛を買って出てくれて」
「お気になさらないでください。普段お忙しいSPの方達にも休んで頂きたいですし、私は好きで嶋田さんの護衛をしているのですから」

そう言って嶋田にぴったり張り付くモニカ。その可憐な見掛けからは想像も出来ないが、彼女は嶋田の護衛の中で最強だったりするのだ。
ナイトオブトゥエルブ。神聖ブリタニア帝国最強の12騎士の一人、それが彼女、モニカ・クルシェフスキーだった。
ナイトオブラウンズはKMFの操縦技術だけではなく、兵士や戦士としてもブリタニアの頂点に立つ存在。彼らが護衛に付く以上、その他の護衛は必要ないとさえ言えた。
しかし、何となく距離が近い。護衛だから当たり前だが、それとは別に嶋田とモニカ、二人の心の距離がとても近いのだ。
護衛対象者とSPではなく、想いを寄せ合う恋人同士に見える。

「お、おのれ、嶋田めイチャイチャしやがってェェェ!!」

その様は一部の夢幻会メンバーの怨念をぶつけられる対象になっていたのだが、幸い二人は気付いていない。
そして、この状況下で一番助かるのは山本だったりする。

(ふう、嶋田とクルシェフスキー卿のお陰で助かった)

無論、辻のいっくん発言について色々と聞かれずに済んだからだ。
『いっくん』の意味がバレたが最後、彼もまた怨念の対象にされてしまう。
尤も、山本はただ恥ずかしいから知られたくないだけで、そんな目を向けられるとは露ほども思わなかったが。

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最終更新:2013年02月24日 21:19