- 783. 名無しモドキ 2011/01/06(木) 21:27:47
- 忘れられた歴史」 −続・ブルック王国の妃−
坂本龍馬 様
一筆令啓候
倫敦は8月とはいえ、夜分には上着が欠かせぬほど冷え込みます。おかげで、ひつこい
風邪に悩まされています。坂本先生も炎暑激しいシンガポールではご自愛ください。
さて、件のヴァイナー・ブルック君と島津和子嬢は、ますます、互いの情愛の念が募り、
日々、オペラ、音楽会、倫敦の旧跡巡り、博物館などを、二人で楽しんでおられます。
男女の仲は外交の埒外で先行きはわかりませんが、今のところは坂本先生のご希望通り
に進んでいるようです。
わたしも、何度もそのような体験はいたしておりますが、異国の地では心細きものです。
それでも、親しい異人ができますと、人種は異なれども人間とは、相照らすところがある
と思うようになってきます。
ところが、更に付き合いが深まりますと、ある一線を感じるようになります。いくら、
表面で親しく付き合っておりましても、自分だけ、気安き会合に呼ばれぬとかということ
に気がつきます。
他の子達が、いつも自分を置き去りにして遊びにいってしまうような寂しい気持ちです。
苛められているワケではではないが、仲間には入れてもらえない寂しさです。
和子嬢は、実は耶蘇の教会へ通っておられます。耶蘇教へ御入信されましたかと問います
と、耶蘇教へ入信されたわけではなく、この地では、耶蘇であることが人間としての常識で
あると仰いました。
それも国によって宗派が異なるのだから、一番多くの人が通う宗派の教会へ行かねばなり
ません。ですから英国国教会へ通っております。おかげで、同年配の英国女性の知己も、増
えましたとのこと。
ただ、最も親しくしている、ある銀行家の令嬢が、よくパーティーに誘ってくれる。かの
令嬢も、自身も気づかず、好意と思っているかもしれぬが、わたしを、多くの友人に紹介す
るのは、服を着て、英語を喋るサルを見せたいのだ。
自分の珍しいペットを自慢したいのだという深い心の底を感じると仰っておりました。残
念ながら、わたしめも、半ば思い当たる経験があります。
坂本先生が、ヴァイナー・ブルック君はイギリス人なれど、特異な経歴から、倫敦では疎
外感を感じている。似た境遇の者は引き合うものだ。二人は倫敦に留めて置くようにという
ご指示感服いたします。
さて、先日、和子嬢より、大いに叱責激励を受け、些か感銘をしております。青木公使に
是非、貴方の使命として日本国民にしていただきたいお願いがあるとおしゃいます。
私は、たとえ、この身が、異国で果てようとも、条約改正を為し、日本国を欧米列強と対
等に話が出来る国にします。と、答えたところ、条約改正など、他の人でも十年ばかりでで
きるとおっしゃいます。
では、何が、私の使命と尋ねましたところ、次のような、話をされました。
かのサラワク王国の西、イギリス領北ボルネオにありますサンダルカンには大勢の日本女性が
売られてくる。私よりも年ゆかぬ少女が苦界に落とされている。満州やシベリアにも、同じ境
遇の女性がいる。
そのような女性の身を売った金で、わたしのようなものが、贅沢をさせて貰える。どうか、
日本の女が、異国に売れることのないように、国民が豊に暮らせる国にして欲しいと仰います。
和子嬢のお嘆きが少しでも和らぎますよう、不肖の身ながら、青木周蔵、日本国の為に、日本
国国民の為に、日本発展の為に、更に粉骨砕身の気概で使命を果たさねばと決意しております。
英国駐在公使 青木周蔵
- 784. 名無しモドキ 2011/01/06(木) 21:32:48
- 青木周蔵 様
前略
和子嬢は、島津の血を引いておると心得なされよ。何故、爵位400余家のうち、公爵は
近衛家などの五摂家、徳川宗家、そして、島津家だけなのか。
島津は英国王家に勝る長き血筋を引いております。たかが、関ヶ原で大名に成り上がった家
や、維新のどさくさに、爵位に賜った家ではないのです。
すでに、平安に頭角を顕し、鎌倉殿の治世から守護となり、戦国を生き延び、関ヶ原では西軍
に与しながら、徳川の旗本を出し抜いて薩摩に帰還し、外様として江戸幕府からも一目置かれ続
けた島津は、温故知新や風雅の道で生きてきた家ではありませんぞ。
常に権謀術策、それに加えて、朝鮮の役でも「シマヅ」と恐れられた武力、三十余年前、かの
大英帝国に対して果敢に戦争を行い、一矢を報いたのは世界でも、薩摩の島津だけっだことをお
忘れか。
そして、その後、英国に接近して、遂に徳川に大政奉還させた島津をお忘れか。
歴代の当主は常に英君であるこが求められた家なのです。
その血を引いておるのが、和子嬢なのです、ただ、今の日本では、和子嬢の才
を生かすことはできません。もし、できるとすれば、人柄はいいが、いささかと
思える王の妃、それも、難題に囲まれたような国の王の妃が和子嬢には相応しい
のです。
和子嬢は、自分がペット扱いと看破してもイギリス人との付き合いを、おめめ
にならない理由がお分かりになりませんか。一時の屈辱に、負けぬ心の強さが見
て取られぬか。その腹の中では、逞しき野心がとぐろを巻いておりましょう。
上手くすれば、小生も、死ぬ前に、北条政子の再来を見られるかもしれません。
和子嬢には、腹に一物あると心得よ。かの大英帝国もかくや思える腹黒が。
和子嬢の要求は、常に熟考なされよ。万が一、妃におなりになれば、和子嬢に
取っては母国たりとも手札の一つ。
追 伸
それにしても、手紙でもわかる和子嬢のサル芝居に、感激なされるとは。
手弱女なる和子嬢に、手玉に取られる公使では、条約改正は百年でも成し得ません。
外交の稚劣は百万の兵の血で贖うことになりますぞ。。
海援隊代表 坂本龍馬
*爵位400家と表現していますが、史実では実際の爵位を授与された家は1000家に近い数です。
青木周蔵は、坂本龍馬に叱責され、一時間ほど虚脱状態だった。その時、青木の中で、
隠れていた、外交官、否、およそ交渉を生業とする全ての人間に取って欠くことのでき
ない才能が少し弾けた。冷徹に人を見るという才能が。
この手紙はおかしい。何故だ?何故、坂本先生は焦っている。そうか、坂本先生も和子
嬢に魅入られているのだ。だから、少しでも、和子嬢の為と思いこのような手紙を。
坂本先生、贔屓の引き倒しですぞ。島津の血などと・・何が北条政子ですか。
思い出しましたぞ。あの感じだ。和子嬢は、十年あれば、条約改正が出来ると仰った。
何故、おわかりになるんですか。その時の感じた匂い。あの不思議な外務省顧問が持っ
ているあの匂と同じ匂いがしましたぞ。
それから、そう、何時か、蘭印(インドネシア)が話題になった時だ。
あの時、和子嬢はいつもとは違っておられた。そう、蘭印を、何故か
あの匂いで語っておられた。お懐かしそうに。
三度目に匂いがしたのは、そうだ。坂本先生の見送りの時に、坂本先生に、和子嬢が
小声で別れを告げていらしゃった時だ。
「今度は、国を失わせません。そして、失いないませんわ。」と。
お わ り
- 786. 名無しモドキ 2011/01/06(木) 22:24:54
- 「忘れられた歴史」 −続・ブルック王国の妃−
すみません。忘れ物がありました。
和子嬢が、坂本龍馬に別れを告げるとき言ったそうです。
「ちょっと、一言よろしいかしら。」
最終更新:2011年12月31日 18:48