932 :楽隠居?と円卓の少女 第7話 前編:2013/02/27(水) 22:58:35

提督たちの憂鬱キャラがギアス並行世界に転生
嶋田さん独身
嶋田さんロマンス
性格改変注意
レイバーネタ
結構甘いお話さん

933 :楽隠居?と円卓の少女 第7話 前編:2013/02/27(水) 22:59:12


楽隠居?と円卓の少女 第7話 前編




バレンタイン







「さ、寒いなぁ~、」

渋谷のハチ公像前。多くの若者たちに紛れる形で立っているのは、防寒着を着込んでマフラーを巻いた中年の男。男は身を切るような寒さに手揉みをしながら震えていた。
彼の名は嶋田繁太郎。嘗てこの大日本帝国を率い、世界に冠たる超大国へと押し上げた彼も、今時の若者達に紛れてしまうと意外に気付かれることはないようで、見事なまでに風景の一部と化している。
尤も、普段から平凡という名の空気の塊でもある彼の場合は元々気付かれにくい訳だが、騒がしいよりは静かな方が好きなので助かっていると言えば助かっている。まあ季節柄寒さだけはどうしようもない。

「コタツが恋しい・・・」

氷点下とまでは行かない物の、気温一ケタなこんな日は自宅でコタツにでも入ってのんびりと過ごしているのが隠居生活を送る彼の日常。にも拘わらず、態々縁もゆかりもない若者の街に居る理由は待ち合わせの約束をしていたから。

「しかし山本の奴、待ち合わせには此処がいいとか言ってたが、アイツと渋谷の組み合わせが何となく思い付かないな」

前世から合わせて百年近くの付き合いを持つ友人――山本五十六は、最近交際を始めた女性と度々デートしているらしく、『渋谷で待ち合わせするならハチ公前だ』とこの場所を勧められたのだ。
だが同い年で堅物な山本と、若者で賑わう渋谷がどうしても結びつかない。

(世界が変われば考え方も変わるか)

因みに今日待ち合わせしている相手は山本ではなく、嶋田の家で一緒に暮らしている同居人、ブリタニアのクルシェフスキー侯爵令嬢である。

「モニカさんと渋谷というのもまた微妙だ」

ブリタニアの日本駐在武官ナイトオブトゥエルブ、モニカ・クルシェフスキー。
普通であれば渋谷とは一生縁が無いであろう彼女は、豪奢なドレスでも着て上流階級が交流の場として使う舞踏会にでも出ている方がまだ想像できるという物。というか本来それが正しい姿なのだろう。
まあ日本に来てから、正確には嶋田と打ち解けてからは随分と庶民的生活を送るようになった為、彼女が生まれも育ちも貴族のお嬢様で、本来ならば社交界に居るのが普通というのも想像しにくくなってはいたが。

「好物がカップ麺で、おまけに全銘柄を制覇するような侯爵令嬢なんて聞いた事がない」

世界中の王侯貴族を捜してもそんなのは見つからない。その世にも珍しい貴族のお嬢様ときたら、朝に味噌汁と納豆を食べて時々持って行く弁当にはおにぎりと梅干しを詰めている。
弁当持参ではない日も昼食にラーメン屋さんに行っただの、牛丼カツ丼親子丼を食べただの、立ち食いそばを食っただの、庶民街道まっしぐらなのだ。
初対面の人が現在の彼女の生活実態を見れば、仕草と言葉遣いを除き、とても大貴族の娘であるとは思えないしそう考えるには無理があり過ぎた。

「何を聞いた事がないんですか?」

急速に庶民化していく同居人の事を考えていると、不意に声を掛けられた。

「いや、モニカさんがラーメンの――」

掛けられた声に条件反射で答えてしまった嶋田が後ろを振り向くと、そこには茶色のダッフルコートにミトンの手袋をした二十歳前後の女性が立っていた。
碧く澄んだ瞳に目の上辺り、形の良い眉が隠れるくらいの位置で切り揃えられた前髪と、少し幼げな印象を受けるしとやかな風貌。
腰の下まである癖のない真っ直ぐな長い髪の毛は金色で、その髪の一部を身体の前に流し、肩の辺りから白いリボンで束ね、あまった部分を髪を束ねて出来た房に螺旋を描くような感じで巻き付けていた。

934 :楽隠居?と円卓の少女 第7話 前編:2013/02/27(水) 23:00:01



「って、モニカさん」
「少し遅くなってしまいました」

彼の待ち人モニカ・クルシェフスキー。人混みの中でも見間違えることはない美人さんに周囲の男が振り返っていた。

「アーニャ――交代の人なんですけど、その人が風邪を引いてしまいまして引き継ぎが遅れたんです」
「ああ別に良いよ、仕事が忙しいならそっちを優先するべきだし、待ち合わせなんてのは男が先に待っているのが普通だ」

ちょっとかっこ付けてみるも真っ赤になった両頬と身体の震えは隠せない。一ケタ代の寒空の下でジッとしていたのだから無理もないが、それに目敏く気付いた彼女が手を伸ばしてきた。

「ん?」

伸ばされた手の平は嶋田の両頬をキャッチするように添えられ、肌に感じるミトンの毛糸と、それが包む彼女の手の温もりが彼の冷たくなった頬を暖め癒しをもたらす。

「どうですか?」
「う、うん、温かいよ」

頬に添えられたままの手に自分の手を重ねてみる。こんな公衆の面前で何をしているのだろうと思いつつ、この温もりを手放すのは余りにも惜しい。寒空の下で漸く見つけた温もりなのだから、ずっとこのままでも構わないんじゃないのか?
すると、此方の意図を汲んでくれたようで、モニカの方からも身体を寄せてきた。もちろんそれで終わりではなく、頬を暖めてくれていた手を離すと今度は身体ごと抱き着いてくる。

「こうすれば、もっと温かいと思うんです」
「そ、それはまあ、そうだろうね・・・」

今度頬を暖めてくれるのはミトンに包まれた手の平ではなく彼女の柔らかい頬。左肩に顎を乗せて頬をくっつけ擦り寄せてくるのだ。
背中に回された手にも多少の力が込められており、まるで放さないとでも言わんばかりの抱き着きようである。

(こ、これはちょっと恥ずかしいぞ)

こうされたら自分も彼女を抱き締めてあげるのがマナーという物だが、生憎と周りには大勢の人が居て実行できそうもない。
大体こんな事してるモニカの方も恥ずかしいに決まってるのだから、此処は早めに離れて貰うのが吉だろう。
などと考えながらも気が付けば自分から彼女の背中に手を回していた。慣れというのは怖い。一つ屋根の下で暮らして、一緒に寝たり身体を寄せ合ったりを日常的にしているせいか習慣付いてしまったようだ。

抱擁を交わせば体温の相乗効果で身体が温まる。冷たかった頬もモニカの頬の温もりで暖められてきた。
もう少しこのままで居たかったのだが、いつまでもという訳にはいかない。

「あの、モニカさん・・・もう十分温まったよ?」

しかし自分からは離れがたいのでモニカの方から離れて貰おうと伝えるも、彼女は離れずにくっついたまま。
どうやらまだ離れたくないのは彼女も同じらしい。

「私の充電がまだです」

「嶋田さん分が足りません」と触れ合わせた頬を擦り付けてくる。さらさらの髪の毛が頬を擽りこそばゆい。
今年に入ってからモニカはこうして一度くっついたら暫く離れずに頬を擦り寄せてくるようになった。これが彼女なりの親愛の情であると理解しているので大抵は好きにさせているのだが、時と場所くらいは選んで欲しいと思う。
さっきから周囲の視線が気になって仕方がないのだ。「あれ見てよ、頬ずりしてる」「あの女スゲー」「なんであんな美人と中年おやじが抱きあってんだよクソがっ!」公衆の面前で抱き合ってるのだからこうなって当然。
しかも、モニカが「嶋田さん分の充電」を言い出したときは、大体周りの声が耳に入っていないため終わるまで離れてくれないのである。その癖に後で恥ずかしがっているのだから立ちが悪いと言うか、かわいいというか。

「溜まったかい?」
「あと20%」

手持ち無沙汰なのと恥ずかしいのを誤魔化す為、モニカの背中に流れる金糸の髪を撫でていた嶋田は(早く早く)と念じながらも彼女の温もりを満喫していた。
しかし、注目された状態で長居しすぎると正体がばれて騒がれてしまう。自分は元よりモニカの事も知ってる人は知っているのだから。

「5・4・3・2・1・・・・・・。充電完了♪」

嶋田がやきもきしていた処、カウントダウンを始めたモニカは最後に充電完了と耳元で囁いて頬を強く押し付けると、漸く離れてくれた。
嶋田さん分というのが溜まったのだろう。

「もう、いいかな?」
「は、はい、その、嶋田さん分は・・・満タンになりました」

今まで抱き着いて頬ずりしていた大胆さが嘘のように消え、途端に耳まで真っ赤にしてもじもじと恥ずかしがる。
どうやら周囲のざわめきにも気付いたらしく「あぅぅ・・・」と情けない声を上げて俯いてしまった。

(こっちの方がモニカさんらしいな)

「俺も十分温まったよ、とにかく此処から離れようか」

935 :楽隠居?と円卓の少女 第7話 前編:2013/02/27(水) 23:00:36





そのあと手を繋いで歩きながらウィンドウショッピングを楽しみ、恋愛映画を見て食事をするというデートの定番コースを辿る。そんな二人が続いて入ったのはゲームセンター。
嶋田はもちろんモニカもこういった場所を訪れる事はまず無いと言ってもいいだろう此処は、渋谷の一等地という立地条件の良さからか、大勢の客が入り賑わっていた。

「う~ん、俺はこういう所は苦手だなぁ~」

友人のV.V.や富永辺りは偶に入ることもあるのだろうが、自分には向いていない。
それでも入ったのは、外から見えたあるゲームを見たモニカが「一度やってみたい」と言い出したから。

「すみません、無理に付き合わせてしまって」
「いいよいいよ、俺も気を引かれたからね」

彼らの前にあるのは見掛けが白い箱で、箱の中に入れるよう扉が一つ付いたゲーム機。ゲーム機に書いてある文字は『ランスロット』。ランスロットという名のアクションシューティングゲームだ。

「でも、こんなゲームがあったんだね」

ランスロットというのはブリタニア帝国が開発した第七世代のKMFで、技術実証機としての先行試作機でもあった。
それを元にしたゲームという事で興味を引かれたモニカがプレイしてみたくなったのである。

「一回三百円か」

この手のゲームとしては標準料金なのだが、ゲームセンターに来ることがない嶋田から見ればやけに高く感じた。これは庶民代表状態なモニカも同じ。
二人して超の付く大金持ちな癖に金銭感覚は完全に庶民な処もまた似た者同士である。

「一回で充分です」

モニカは意気揚々と扉を開けて中に入り、シートに座ると三百円投入。

「パイロットスーツ無しで髪も下ろしたままコックピットに座るのは変な感じがします」
「まあゲームだから、それより説明書き読んでからやった方が良いよ」
「大丈夫です、私はプロなんですから」

ウィンダムのような全天モニターではない標準的なKMFのモニターを模した画面に作戦内容が映し出される。

『都市部を占拠したテロリスト部隊を制圧せよ』

同時にゲームが開始され、モニカ騎乗のランスロットが動かせるようになった。

「えっと、このレバーで前進と後進」

左手前にある前後にだけ動かせるレバー。それを前に倒してみると画面の景色が前に進んだ。
今度は手前にレバーを引く、すると景色が逆方向に流れる。

「照準はこのレバーで合わせる・・・」

シートの右側にあるレバーには人差し指で引けるトリガーと、親指で操作する照準ボタンが付いていた。

「このレバーを左右に倒せば方向も変わると・・・本物とは違うんですね」
「ランスロットに乗ったことあるのかい?」
「ええ、第七世代の先行試作機でしたので、ラウンズは皆一度は試乗しています」

だからある程度の操作方法は知っていたのだが。

936 :楽隠居?と円卓の少女 第7話 前編:2013/02/27(水) 23:01:23



「ここまで違うと初めて乗ったのと同じですね」

自分が知るランスロットの計器類やレバーと配置が異なっている。それどころか本物の戦闘用KMFとは全くの別物。
これではKMFという兵器に初めて騎乗したのと同じような物だ。

「本物と同じだったら大変だよ」

尤も、本物と同じ作りだとすれば、このゲームメーカーはランスロットの構造を全て知っているという事になる。機密漏洩どころの騒ぎではない。
制作会社への強制捜査はもちろん、このゲーム機自体世に出ることなく回収処分されていた筈だ。

「モニカさんっ、前見て前っっ!」
「へ!?」

余所見をしていたモニカが画面を振り返ると、中華連邦や清、高麗などが保有しているガン・ルゥと類似したKMFがこちらに砲を向けていた。

「え・・・か、回避っ、」

たかがこの程度で混乱して操縦ミスするようなモニカではない。そんな反応をしているようではラウンズなど勤まらないのだから。
但し、彼女が今乗っているのは本物ではなくゲームのKMFであり、事ゲームに関しては素人同然。
彼女が普段騎乗する専用機のユーウェインやウィンダムと同じ感覚でとった回避行動。当然ゲーム用の機体が本物みたいに動く訳がなく、一瞬遅れて光ったモニターに『ランスロットは直撃を受けた!ダメージ70!』と表示されていた。

「く、この程度のダメージでっ!」

体勢を立て直そうとレバーを動かすも、感覚の違いから上手く操作できない。

「敵は何処にっ!?」

衝撃で機体が倒れている間にガン・ルゥ擬きは姿を消していた。

「全体マップをモニターに映すんだ!」

的確な指示を出す嶋田、一応筐体の外にも説明書はあるのでその操作方法を読んでいたのだ。

「マップ!?マップってどうやったら出せるんですか!?」

ただ、モニカは説明書を読んでいない。ラウンズである以前にKMF操縦のプロである為、説明されるまでもないと考えていたから。
これは致命的だった。子供の頃からテレビゲームに触れたことがない彼女にはゲーム知識が無い。マップが出せるゲームなど幾らでもあるが、出し方も使い方も分からないのである。

「説明に書いてあっただろ!」
「読んでないんですっ!」
「なんで読まないのっ!」

筐体の中と外で繰り広げられるみっともない遣り取り。
それは直後に現れたガン・ルゥ擬きの砲撃で終わりを告げた。


『ゲームオーバー。この街はテロリストに支配されました』

937 :楽隠居?と円卓の少女 第7話 前編:2013/02/27(水) 23:02:22




「ま、負けた・・・ラウンズの私がランスロットに騎乗してガン・ルゥ擬きに負けた・・・」

ゲーム機から出てきたモニカはガン・ルゥ擬きに瞬殺された事実にショックを受けている様子。

(まあ気持ちは分からなくもないけど、“素人”のモニカさんが説明書読んでないのが悪いんだし)

テレビゲーム、ビデオゲームに分類されるだろうこの体感ゲームマシン。である以上は如何にラウンズのモニカであっても熟練した小学生に劣る素人だ。
それが説明書も読まないでぶっつけ本番なのだから弁解の余地はない。

「ま、本物とゲームは違うんだからそう気を落とさなくても」
「あぅぅ」

碧い瞳を潤ませて泣きそうになっているモニカの頭をよしよしと撫でてあげる。

(最近モニカさんによしよしってやってばかりな気がするなあ・・・)

しかし、このかわいい生き物には大変庇護欲をそそられてしまうので、ついつい頭を撫でてしまうのだ。








「いやぁ~いかん! いかんなぁ~、いけませんよー?」

そんな二人に声を掛けてきたのは。

「見ちゃあおられませんな~まったく!」

七三分けの髪型にビジネススーツを着た、如何にもサラリーマン風の男。
思わず注視する嶋田に男は人の良さそうな笑みを浮かべて言った。

「ここは一つ、私の出番ではないかと思われる訳ですが・・・・・・どうでしょうかねェ?」

にこにこと笑う男に嶋田とモニカは一度顔を見合わせてから、再び向き直り尋ねる。

「「ど、どちら様ですか?」」

男は二人の質問に――「白の騎士とでも呼んでもらいましょうかぁ」とランスロット体感ゲームの扉を開けた。

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最終更新:2013年03月06日 22:04