あのコミケの日から数日が経った。あの後失意のまま帰宅した京介であったが、家族の問いかけにろくに反応もせず、桐乃の謝罪や釈明にも全く興味を持たなかった。唯一の例外はあやせの動向であったが、その嫌われっぷりに更に心を深く沈める効果しかなかった。
「……。」
京介の部屋で桐乃は椅子に座って、ベッドに力なく寝ている京介を見ていた。彼はあの日からずっとこんな感じであった。
「仲直りしますか?」
桐乃の問いかけに、京介は「できない。」と答えた。仲直りする方法は思いつかないし、もし桐乃の趣味がばれた場合はあやせとの接点を完全に失ってしまうことを恐れての答えであった。桐乃もそれを理解してか、再び口を噤んだ。
暫く静寂が室内を覆ったが、ふと桐乃は思いついたことを京介に問いかけた。
「ところで、あやせさんの母親は前世のあなたの孫に当たりますよね?何とかして彼女に仲を取り持ってもらう事はできませんか?」
「…私の正体をばらせと?それ以前にただのいたずらと思われるだけですよ。」
彼の答えはそっけなかった。しかし、桐乃もそれ以上の案は思いつかなかったため、どうにかできないかと更に問い詰めた。
「そういえば。」
「何ですか?」
京介の言葉に桐乃は飛びついた。京介はゆっくりと体を起こしながら話し始めた。
「前世で孫娘とタイムカプセルを埋めたことがありましたね。確かアレは私と孫娘しか知らないはずですし、中に孫と曾孫に当てた手紙を入れた記憶があります。」
それに桐乃は「それだ!」と叫び、京介に更に詳しく言うよう詰め寄った。
「孫娘は当時、私の孫と言うことで周りから期待を受けていまして。それを慰めていたんですけど、その話の延長で曾孫も同じ目にあっていたら可哀想と話しになりましてね。孫と曾孫にあてた手紙を書いて、タイムカプセルに入れて埋めたんですよ。確か、当時の私の家の庭に植えたはずです。」
「今からあやせさんのところに言って聞いてきます。上手くすればあやせさんの母親がすべて解決してくれるかもしれませんよ!」
タイムカプセルに関する話を更に尋ねた彼女は、自分お部屋へと戻り携帯電話であやせに今から家に行くことを告げると、服を着替えて家を出た。走って彼女の家へと向かった彼女はかなりの距離があるにもかかわらず、息ひとつ乱れていなかった。いくら中身が爺でも陸上で鍛えた身体は伊達ではなかった。
420 :Monolith兵:2013/04/15(月) 00:37:23
あやせの家へとあがった桐乃は、運よく彼女の母親もいることを知った。リビングに行き挨拶をするという名目で、あやせに先に部屋で待てもらいたいことを伝えて、リビングへと向かった。
「あの、お久しぶりです。」
余所行きの顔と態度で彼女はあやせの母へと挨拶した。彼女は夫は衆議院議員、自身は桐乃も通う学校のPTA会長を務めており、躾には人一倍厳しいのだ。
「あら、あなたは桐乃ちゃんね。あやせと遊びに来たのね。何もないけれど、ゆっくりしていってね。」
そういって軽く微笑んだ彼女は確かにあやせの母親だと思うほど、美しかった。それはともかく、本題を切り出した。
「あの、確かあやせのお母さんは嶋田繁太郎の孫娘なんですよね?」
「…それがどうかしたの?」
少し彼女の顔がこわばった。やはり、大宰相の孫と言うことはあやせ以上にプレッシャーになっているようである。大人である彼女がこうなのだから、子供のあやせがどれほどプレッシャーを感じているか考えるまでもなかった。
「はい。実は、嶋田繁太郎とあなたはタイムカプセルを埋めたことがあると言う話をある人から聞きまして。」
桐乃がそれを言った瞬間、母の顔は驚愕に包まれた。
「誰に聞いたの!アレは私とお爺さんしか知らないはずなのに!!」
そう叫びながら彼女は桐乃へとつかみ掛かった。桐乃は掛かった!と思い、言葉を続けた。
「まずは私の質問に答えてください。タイムカプセルは掘り出しましたか?」
それに対する答えは否であった。桐乃は心の中でほくそ笑んだ。
「そうですか。それで、場所はこれでいいですか?」
といい、ポケットに入れていたメモを彼女に手渡した。メモを受け取った母ははひざ立ちとなりながら涙声で独り言を呟き始めた。
「場所も、タイムカプセルの鍵の番号も、そして……この記号は、私とおじいさんが考えた暗号……!」
彼女はそのメモを抱きかかえながら一頻り泣いた後、再び桐乃のほうへと顔を向けた。
「あなたは…誰なの?」
弱弱しく問いかける彼女に、桐乃は前世でまだ幼かった彼女にあったときのことを一瞬思い出した。
「私が誰であるとかそれはどうでもいいのです。重要なのは、あなたのお爺さんの嶋田繁太郎との思い出を手に入れなくていいのか聞きたいのですよ。」
「もちろん手に入れたいわ。でも、私はお爺さんが誇れるような孫にはなれなかった…。」
暫く無言の時間が流れたが、彼女は再び口を開いた。
「昔…、昔聞いたことがあるのよ。この世には転生した人間がいて、彼らが日本を導いてきたって。」
それに桐乃はぎょっとした。だが、嶋田繁太郎の孫なら転生者とも接触が多かったはずだし、そのような話を耳に入れる機会もあっただろうと検討をつけた。
「ふふ。子供の頃のことを思い出したわ。その口調といい、雰囲気といい。私が小さな頃に亡くなったお爺さんの友人を思い出すわ。」
「私は一介の中学生ですよ。少なくとも今は。」
その言葉に、彼女は確信を持ったのだろう。一つ頷くと、桐乃に頼み込んだ。
「お願い。お爺さんに会わせて。」
桐乃は彼女の頼みに頷いて答えた。
421 :Monolith兵:2013/04/15(月) 00:38:19
あやせに急用ができて至急帰らなくてはならないことを詫びて、桐乃は家へと帰る道で京介に携帯電話で連絡を入れていた。そして、先ほど母に言った近所の公園で待つように言い、自身も急いでそこへ向かった。
桐乃が公園へと向かったときには既に京介が待っていた。桐乃はもう少ししたらあやせの母が来ることを伝え、ベンチに座り軽い作戦タイムとした。
「彼女は私たちの事を薄々気づいていたようです。おかげで話が早くて助かりましたよ。」
「何てことだ。」
京介は顔を手で覆って悩んでいたが、顔には笑みが浮かんでいた。
そんな話をしていると、公園の入り口に一人の女性が現れたのに気づいた。あやせの母だ。こちらに気づいて駆け寄ってくるのを見て二人は腰を上げた。
「嶋田さん、彼女があなたの孫娘ですよ。そして、あやせのお母さん、彼が私の兄で嶋田繁太郎の生まれ変わりである高坂京介です。」
桐乃は二人のことを紹介した。二人は互いの顔をじっとみて微動ともしなくなっていた。ややあって、京介が口を開いた。
「こんな姿で申し訳ないが、私がお前の祖父だった嶋田繁太郎だ。信じられないかもしれないだろうが、これが真実だ。」
そう言った後、彼は孫娘について知ってる限りのことを話し始めた。それを聞いていくうちに年上の孫娘の瞳が潤み始めた。
「本当に、本当におじいさんだったんですね!」
そう言って京介に彼女は抱きついた。彼女は抱きついたまま鼻を鳴らしながら泣き始めた。恭介はそんな彼女の背中に右腕を回し、左手で頭をなでた。
「辛い思いをさせてすまない。」
京介が誤ると彼女は泣きながら笑顔を作り、
「私のほうこそ!…お爺さんの名を汚してしまうような不出来な孫ですいません・・・。」
「いや、お前は私の自慢の孫だよ。だって、あやせはあんなに可愛らしく、立派に育て上げたじゃないか。」
その言葉に、孫は堰を切ったかのように激しく泣き始めた。京介にはただ彼女の頭を撫でて慰めるしかできなかった。
暫くして泣き止んだ孫と若い祖父はベンチへと座り、互いの近況を話し合っていた。そして、ようやく本題である京介とあやせとの問題に触れた。
「つまり、つj、いえ桐乃さんの趣味をお爺さんの趣味と勘違いした上に、実の妹に不埒な行いをしている変態と誤解されたのですか・・・。」
「言っておくが、私にそんな趣味はないぞ。全てこの辻の趣味だ。」
孫は「そうでしょうね。」と答えて桐乃のほうを軽くにらんだ。桐乃は目をそらしたが、ややあってあやせの母親のほうへ向いて話しかけた。
「それは置いておいて、嶋田さんとあやせとが仲直りする手助けをしてほしいのですが。」
「私からも頼む。できればあやせのことを見守りたいんだ。」
二人に頭を下げられた年上の孫娘は頷いて「いいですよ。」と答えた。
「ただし!桐乃さんにはあの趣味をあやせに押し付けないことを頼みます。」
桐乃は当然とばかりに頷いた。そして、曽祖父と母親によるあやせと京介の仲直り大作戦が始まった。
422 :Monolith兵:2013/04/15(月) 00:38:59
その後の展開は速かった。翌日、あやせに学校を休むように言うと娘とともに嶋田本家を尋ねた二人は、現当主に断りを入れてタイムカプセルを掘り出した。その中にあった曾孫に対する手紙を読んだあやせは、涙を流しながら曽祖父に対する憎しみが薄れていくのを感じていた。
そして、現当主とともに現れた高坂兄妹の姿に驚いた。京介を見たとたん、顔を強張らせ彼を罵ろうとするが、それは母親に止められた。
「あやせ、あなたが思っているような不埒な関係はこの兄妹間にはないの。」
「あの人はコミケとか言うところで如何わしい本を大量に買っていたんですよ!」
「あのときの本は全て私のものなのよ、あやせ。嘘言ってごめんね。」
桐乃の言葉にあやせはショックを受けたようで一歩後ろに下がった。
「あんな、あんなものを桐乃が?嘘でしょ?」
「私はああいうものが好きなの。」
「あやせ、この世の中にはね、色んな人がいるの。桐乃ちゃんの趣味はほめられたものではないけれど、他人が一方的に非難していいものでもないわ。」
母の言葉に俯いたあやせだったが、再び顔を上げた。
「だったら!私の知ってる桐乃はどこ行ったの!あんな趣味持ってるなんて私の知ってる桐乃なんかじゃ…」
そう叫んだあやせだったが、母が娘の頬をうったため全て言うことができなかった。
「あなたの知ってる桐乃ちゃんなんて一面だけ。全て知ってると言うの?たとえ親でも子供の全てを知っているわけではないのよ。」
その言葉がこたえたのか、あやせは母にしがみつきながら泣き始めた。
「私、私どうすればいいの!桐乃のことは好きだけど、あんな趣味なんて理解できない!!」
泣き叫ぶ娘をあやしながら母は京介に視線を向けた。彼はひとつ頭を書いた後、二人の元へと歩いていった。
「あやせ、理解する必要はない。今まで桐乃はあやせの前であの趣味のことを話したか?話してないだろ?そして、そんな桐乃と親友だったんだろ?何も今までと変わらないじゃないか。」
その言葉にあやせはキッと京介を睨み付けた。
「あなたに何が分かると言うんですか!」
「解るよ。なんと言っても、私はお前の曽祖父だからな。」
その言葉にきょとんとなるあやせ。
「京介君はね、あなたの曾お爺さんの嶋田繁太郎の生まれ変わりなのよ。」
「その通りだ。」
母に続き、嶋田家当主にまで肯定されたあやせは混乱の極みにあった。
「その手紙には、こう書いてあるだろう?
『私の血を引いていることに引け目を感じてはいけない。例えどんなに辛くてもお前は私の自慢の娘だ。だから、胸を張っていきなさい。』」
それは確かに手紙に書かれていたことだった。
「ウソッ。」
「嘘じゃない。」
タイムカプセルは確かに地中に埋まっていたし、最近掘ったり開かれたりした形跡はなかった。全ての状況が、この信じられないような話が真実だと示していた。それを理解したあやせはあまりのことに意識を失った。
423 :Monolith兵:2013/04/15(月) 00:39:29
何時間寝ていたのか、あやせが目を開くとそこは見慣れない部屋だった。ふと重みを感じるので右を見てみると母がベッドに寄りかかるようにして眠っていた。
「起きたか。」
声のするほうを見ると京介が立っていた。
「…本当のことなんですか?」
「ああ。」
それっきり無言になる二人だった。その静寂が破られたのは母が起きたためだった。
「あやせ大丈夫?苦しいところはない?」
「はい大丈夫です。」
あやせの言葉に安堵する母親の方を京介は軽く叩いた。彼女はその手に手を重ねた。その愛おしい者を見る目を見たとたん、あやせは理解した。ああ、この人は本当に私の曾お爺さんだったんだ、と。最近は見なかったが、小さな頃はよくこの目を私に向けてきてくれた。
「私たちはね、あやせの幸せを何より願ってるのよ。お爺さんはね、あなたを見て愛情が足りてないと思ったのよ。実際、私はあなたに厳しくしすぎてきた。おじいさんに誇れる曾孫に育て上げよう、とか考えてね。お爺さんはそんな私を救ってくれたのよ。そして、私もあなたを救いたい。これまで散々酷くしてきたけれど、もう一度私に母親として貴方を愛させて。」
そういう母の瞳は涙でぬれていた。その目を見たとたん、あやせも涙が溢れ出してきた。
「私も!私もお母さんと仲良くしたいです!!」
そう言って、母に抱きついた。もはや二人に言葉は要らなかった。
暫くして泣き止んだ二人は示し合わせたかのように京介のほうを見た。そして、
「「ありがとうございます!お爺さん(京介さん)」」
京介は返事を返そうとしたが、ふと違和感を覚えた。
「貴方京介さんって?まさか!?」
「ええと、…前世は私の曾お爺さんだったかも知れないですけど、今は血縁関係はないですよね?」
その意味することは明白であった。はほ矢は一瞬驚愕したが、すぐに笑顔になった。
「そうね。それに不仲だった私たちを救ってくれた恩人で、前世のおじいさんを見る限り素晴らしい人よ。」
「そうですよね!」
母娘の言葉を聴いていた京介は非常に嫌な予感を感じていた。
「お爺さ、いえ京介君。あやせのこと宜しくね?」
「え?」
「私、京介さんなら・・・。」
そういって頬を赤めさすあやせ。
「もしかして、私の娘が気に入らないの?これだけの器量よしの娘なんてそう居ないわよ。」
「え?え?」
「あの、不束者ですが宜しくお願いします。」
そう言って笑顔で頭を下げるあやせを見た彼は久しぶりに魂の底から絶叫を上げるのだった。
おわり
最終更新:2022年03月30日 15:08