532 :Monolith兵:2013/05/26(日) 05:07:49
ネタSS「もやし屋後継者の絶望」

 沢木惣右衛門直保は、今年東京のとある農業大学に入学した。そこで彼の秘密は多くの人に知られ、受け入れられた。思えば今までこのことを秘密にしてきたのも幼馴染である結城蛍以外にこの事を受け入れてくれた人がいなかったからである。
 その秘密とは、沢木惣右衛門直保は菌を見ることができ会話すら可能だと言うことである。これは、そんな彼のとある一日の出来事である。

 ある日のこと、直保は樹ゼミに顔を出していた。今日は特に用事があるわけでもなかったが、直保にとってはもはや日課となっているような行動であった。

「ちわーす。」

 そういって研究室の中へと入ると、中には長谷川遥しかいなかった。この女性、かなりの美貌と露出の多い服装からかなり人気があるのだが、その内面はかなり凶暴である。しかし、最近はとある男性のせいか少し丸くなりつつあった。

「あら、沢木君。他の皆なら発酵蔵にいるわよ。」

「あ、もう見てきたっす。・・・武藤さんが出来上がってましたけど。」

「いつものことだし、放っときなさい。」

 そんなとりとめの無い話をしながら、直保は机の上に荷物を置いて座ろうとした。荷物を置いた机にはなにやら大量のシャーレが置かれていた。

「何すか?このシャーレ。」

「ん?ああそうれね。先生に○○研究所から送られてきたのよ。何でも突然変異か何かで通常の何百倍の能力を持った細菌らしいわよ。触らないようにね。」

「へー。」

 そう言って、直保はシャーレを凝視した。

「・・・。こいつらって、一体何なんですか?特に、この16って奴と22って奴。」

「え?16番は確か・・・、ピロリ菌だったっけ。マウスの実験では胃がんになる確率が99.9%だったとか。22は・・・、ええと、ケタマカビ・・・よね。なんでもノート一冊を一晩で駄目にしたとか。」

 ピロリ菌はご存知のとおり胃がんの原因菌であり、ケタマカビは紙や繊維を分解してしまう厄介な粘菌である。カビと名はついているがきのこの仲間なのだ。
 それはともかく、直保はシャーレ内にいる”奴ら”に釘付けとなってしまっていた。それを不思議に思った遥は直保に問いかけた。

「あんたでもそれ変だと思うわけ?」

「・・・はい。」

 言葉少なげな直保であったが、それはシャーレ内の菌がこちらに言って来ていることを考えれば納得できることであった。


『ああ!苦節数十代!ようやく私たちの仲間になってくれそうな人間に出会えましたよ!』

『うむ。これで我らの世界征服計画も遂行できると言うものだ!』

 そう、シャーレの中にいたのは直保の前世ー嶋田繁太郎ーの時に見慣れた顔であったのだ。なお、ピロリ菌は富永で、ケタマカビは辻であった。

『さあ、嶋田さん。私をここから解き放ってください!世界中の紙幣が私を呼んでいるのです!!』

『そうだとも!我を世界中の人間の胃に送り込むのだ!それこそ側が宿命!そして君の宿命でもあるのだ!!』

 物騒なことを言うケタマカビとピロリ菌である。直保は意識を失いかけそうになったが、冷静になろうと勤めながら部屋の中を物色し始めた。そして、目当てのものを見つけて不敵な笑みを浮かべた。

「くくくっ。ここで会ったが百年目!こいつで悉く殺しつくしてくれるわ!!」

 そう言って、直保は高濃度アルコールをシャーレのふたを開けに振りかけた。

『『ぎゃあああああ!・・・・・・・なんていうと思いましたか?残念!私たちは既にアルコールに値して耐性を持っていましたー!』』

 それはこれまで菌類と付き合ってきた直保としては非常識な光景であった。

「ちょっと!沢木君何やってんの!」

 異常に気づいた遥が立ち上がって声を張り上げた。

『ひゃっはー!久々の外です。醸しますよ醸しますよ。とりあえずはこの部屋の中の本やノートにでも。ゆくゆくは世界中の紙幣を我が物に!!』

『まずはこの二人の胃を我が物に!そして世界を支配するのだ!!』』←分裂した

 本能に従いシャーレの外へと飛び出す菌類たち。沢木が見たのは怒り心頭にこちらに向かってくる遥と、今にも自分の口に入ろうと笑顔で近づいてくる富永(ピロリ菌)の姿であった。そうして沢木は意識を手放した。

「あれ?沢木君?気絶してるの?」

『ヒャッハー!一気に二人もゲットだぜー!』

『とりあえず二人の財布の中にも入っておきましょう。』

 世界が恐怖の渦に巻き込まれるまで、そう長い時間はかかりそうには無かった。

おわり

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最終更新:2013年05月29日 22:12