436 :石人:2013/08/25(日) 21:27:45
 ペットは、いつの時代も人類の隣に立ち続けてきた友人といえる。
犬が人類最良の友と呼ばれるのはいち早く家畜化し共存してきた由縁である。
憂鬱世界においてもそれは変わらず、そして未来の事情を知る者たちによって
日本の事情は変化しようとしていた。


   提督たちの憂鬱 支援SS 憂鬱ペット事情 魚類編


夢幻会がその名前で活動する以前、つまり転生者が各々己の理想(欲望)を叶えるため
動いていた時から、少なからぬ人たちがペットを飼育している。
原因もわからぬ憑依への不安、便利な生活から過去でいきなり不便な生活を強いられることに対するストレス、
そして趣味に飢えていた転生者たちに彼等が元いた時代とそう変わらぬ仕草を見せる動物たちは
数少ない癒しと娯楽を与えたのだ。
そんなこともあって夢幻会が組織的活動を始める以前から真っ先にペットの問題は議題に挙がっていた。

動物の問題というのは現代でも厄介だが、この時代はそれに劣らぬ状況になっている。
帝国主義と人種差別上等の時代、富国強兵を掲げ国力を高めるのは当然ではあるのだが
その際に犠牲となる自然・動植物は数多い。
だが、史実中国の「パンダ外交」のもたらした利益を知る夢幻会にとって生物・環境保護の大切さは知っており、
内地開発で大いに悩ませる事態になる。
また、他国と貿易する以上遺伝子汚染は不可避だが、「ビクトリア湖の悲劇の再来」を回避して
固有種の撲滅防止をすることで後々大きな遺伝資源になることがわかっている以上、一層重要性を増す。

そしてペット問題であるが当時の列強、一例としてイギリスにおける犬の扱い(※1)をとってみると
動物虐待法が児童福祉法よりも早く制定され、その罪も前者のほうが大きい。
他に史実のタイタニック沈没でも愛犬と心中する者、一緒に隠れて救命ボートに乗せた者、
事件後愛犬が死んだことを理由に船会社に賠償請求した猛者までいる。
つまり下手に動物の扱い方を間違えれば
「ペットに非道な扱いをする野蛮人」
のレッテルを貼られかねない。
鏡を見ろと言いたくなるだろうが、前述の通り人種差別上等だからこそ通用していた。

437 :石人:2013/08/25(日) 21:29:20
なおかつ某アライグマのように安易にペット(※2)を憧れで飼い勝手に野生に帰せば感染症の温床や
農作物に被害を与えるのは歴史が証明している。
その処分にも金がかかるし、下手すれば動物愛護団体まで乱入して事態が悪化することになり、エコテロリスト化すれば
正に悪夢である。
そんな時間と手間をかける余裕は日本に無く、将来のため早めに対策を施すことになる。
これが後に検疫や医療へ多大な影響を与えることになるがここでは割愛する。

さて、ペットに関する法整備を進める中、とある一派が失意のどん底にいた。
観賞魚の愛好家 ―特に熱帯魚を好む一派― である。

ここで熱帯魚について少し説明させてもらう。
現在流通する主な種は19世紀前半から中南米で発見され、有名になるのは
1851年ロンドン万国博覧会のアクアリウムであり、イギリスについでドイツでその飼育熱が高まり品種改良が為されてきた。
日本にも19世紀後半には伝わったが熱帯魚を飼うにはかなりの設備投資が必要であり、飛行機も無い時代に地球の裏側から
運んでくれば非常に飼育が難しく単価も高い。
史実でも手軽に飼えるようになったのは1980年代と遅いことも考えれば、飼育環境構築の困難さと値段の高さがわかるだろう。

話を戻すが、これに加え外来種対策に備えるとなると自由な輸入が難しくなる。
このままでは半世紀、下手をすれば1世紀以上も自分の趣味を満足に行えないと半ば諦めていた彼等に、
思わぬ援護射撃が届く。

それは同じ観賞魚愛好家、しかし金魚や鯉といった和製魚類を好む一派である。
どちらも日本人には馴染み深い魚であり、金魚は室町時代に伝来してから江戸時代に養殖技術が発展し
町民にも手に入る夏の風物詩となったし、鯉に至っては伝記上では94年に景行天皇が池に放っていたと記されるほど
両者共に歴史深い観賞魚である。

 びいどろに金魚のいのちすき通り
 鯉迄もむらさきに成る江戸の水

など、江戸川柳にあるほどだ。彼等は史実より早くドイツ鯉を導入し、錦鯉の開発を協力に後押ししており、
士族の雇用対策に金魚養殖の支援もしていたので両種の品種改良は急速に発展していたのだ。
そんなことをしている彼らは、熱帯魚派に同志にならないかと提案をする。
無念かもしれないが手に届かぬものを求めるより、手軽に入手できるこちらの魚達を飼ってみないかと誘ったのである。

438 :石人:2013/08/25(日) 21:30:11
いくつか理由はあったが一つは純粋な善意、もう一つは同志が増える期待である。
そして最大の目的として、文化の輸出があった。

文化は金になる。

国際博覧会に出展したことにより日本文化に興味を持った諸外国に日本工芸品を輸出し
ジャポニズムを宣伝して転生者たちは外貨を稼ごうとしていた。
芸術にうるさい国家はもちろん極東の未知の小国の何もかもが新鮮だったこともあり、見事に釣られて日本には何よりも貴重な金が手に入り、
日清・日露・第一次世界大戦における資金源の一つとなるのだがこれも割愛する。
熱帯魚派内部では賛否分かれたが、同好の縁もあり個人の意思を尊重することで落ち着き、
和製観賞魚の育成と研究は更に加速する。

そして、米国が中国大陸に深入りし始めたときから(いい意味で)転機が訪れる。
在中米人による購入と中国の観賞魚市場の崩壊である。
前者は幕末から続く主要な輸出先であり人気があったことから特に語ることは無い。
後者だが、また少し説明をさせてもらう。
観賞用の鯉の技術はほぼ日本が独占しているが金魚は中国が優位であった。
金魚の原種であるヒブナの生誕地であり少なくとも1700年の歴史に裏打ちされた伝統は簡単に覆せない。
だが、日本は庶民から上流まで幅広い客層が対象だが、中国では皇帝・貴族・士大夫つまり上流者向けに飼われていた点が運命を分けた。
富裕層だけが甘受できる文化など中国共産党や匪賊が見逃すわけが無く夢幻会による情報工作や
在中米人に販売していた事実が排外運動と不満を煽り、内戦の泥沼化と合わさって化学反応が起きる。
史実より小規模だが半世紀近く早い文化大革命が発生したのだ。
当然、旧文化と見なされた金魚の養殖場 ―特に発祥の地とされる浙江省近辺― 
は破壊されてしまった。
いつの間にか強敵が自滅していたことに日本の金魚で生計を立てる者や大蔵省の魔王はただ笑うしかなかった。

さて、このことで東アジアにおける観賞魚の市場をほぼ手に入れた日本だったが、1943年の下関講和会議で
福建共和国に浙江省が譲渡されたことで再び状況が変わる。
紐付きではあるが福建共和国に金魚育成の援助を送り見事復活させたのである。
これにサンタモニカ会議で列強筆頭となり再び日本に注目が集まることで
今まで以上に世界で和製観賞魚が評判を呼ぶことになる。
後に東南アジアでもその動きが高まり多種多様な魚種が生まれるのであった。

439 :石人:2013/08/25(日) 21:31:52
「辻さん、なんで技術提供を許可したんです?華僑や大陸浪人と繋がったら面倒なことになるのが分かっているのに」
「覚悟の上です。さじ加減が非常に難しいですが、米国が滅んだ以上経済を活性化させるには我々が市場と競争相手を作らないと
 ダメなんですよ。それに『華北』は無視して『福建』や『東南アジア』を優遇すれば大陸に踏み込もうとするバカの数は
 減らせます」
「手綱さえ上手に握れば有力な外交カードになり得ますか……」
「最終的に破綻しましたが旧米国でも文化爆弾はかなりの成果が出ていました。国民を親日にできる上に
 貸しを作って美味しいところは頂く。ソ連の取引にすこしばかりサービスをつけたと考えてください」
「パンダ外交ならぬ、錦鯉外交と。効果的ですがなんともなんとも皮肉な話ですね」
「良いじゃないですか嶋田さん。動物相手の商売は儲かりますし仕事の癒しにもなっているでしょう?」
「そういうなら休暇下さいよ……。まったく、なんでこんなことに」
「仕方が無いですよ。何でも貪欲に取り込んで時代の流れに逆らい、
 無法者の龍と金持ちの鷲を食べた鯉はいつの間にか龍になったんですから。
 でもそれは門をくぐったばかり、雲の上はまだまだ遠いです」
「ようやくそこですか……果てしなく遠い坂なんて私は登りたくないですが」
「ははは、現実には未完も打ち切りもありません。これからの本当の戦いに備え、我々の勤労が日本を救うと信じて頑張って下さい」
「……ちくしょうめぇ――!」
「それ言うのあなたじゃないでしょ嶋田さん」

案外、動物にとって憂鬱世界の未来はそう悪くないのかもしれない。

440 :石人:2013/08/25(日) 21:32:48
【余談】

  (※1) 犬食文化は欧米でもこの時期は結構意見が分かれている。
      転生者には馴染みが無かったので日本では広まらなかったが。
      むしろ江戸時代中期から愛玩用に変化していたようだが。

  (※2) どの動物を害獣と定めるかでも問題となっている。
      ブラックバスよりコイが雑食ゆえに生態系を破壊することもあるし、
      ハブ退治にマングースを導入したらどうなったかは言わずもがな。
      ニホンオオカミを駆逐すればイノシシやニホンジカが繁殖しやすくなるので痛し痒しである。

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最終更新:2013年09月01日 23:05