58 :taka:2013/07/30(火) 17:15:12
静かな夏の夜だった。
僅かに吹く風で枝葉が舞う中、彼はじっと監視を続けていた。
南ロシアの夏は短い。厳しい大地に住まうコサック人達にとって生命の時期だ。
わずか数百メートル先では、何台ものトラックが一軒の家の前に停車している。
郊外の屋敷で、かつての共産主義時代に着任していた共産党高官の屋敷だ。
その後、短い間だがドイツ軍の駐留軍が指揮所として使用し、後は放置され物置として使われていた……筈だった。
ほぼ無人化している場所に夜間ひっそりと出入りしている者達……青年の仕事は彼らを監視し、これから行われる仕事の補佐をする事だった。
(そういえば、イチゴの摘みはもう終わった頃合いだよな)
実家の畑は大半が穀物(ドイツ向けの輸出用にライ麦が多くなった)だが、僅かな果実園も経営している。
少年の頃は、まだ物心がついたばかりの妹に手を引かれて早朝から苺摘みにでかけたものだ。
身内の贔屓が入るかもしれないが、彼は実家の苺ジャム程ロシアンティーに合うジャムは存在しないと自負している。
突如、爆発音が響き何台ものトラックが火を噴いたり横転する。
搭載していた荷物に火が付いたのか、パンパンパンと爆竹が弾けるような音が無数に鳴り響いた。
けたたましいMG42の発射音、MP40の軽快な射撃音が響き渡る。
青年は裏口から出てくる人々の中で、一番偉そうな雰囲気の人影を見つけた。
出口を何人かが銃器を持って塞いでいるのを尻目に、何人かの護衛らしい人物に囲まれて逃げている。
実に重要人物らしい男めがけて、青年はモシン・ナガンの銃口を向けた。
彼は赤外線装備等といった日本軍の様な贅沢な装備は持ちあわせていない。己の視力と夜に馴染ませた視界が武器だった。
慣れた感じで引き金を引くと、あっさりと男の頭が爆ぜて悲鳴と怒号が上がる。
その後は、片っ端から撃ち殺していった。数は居たが、統制がなくなった集団なぞ脆いだけ。
追いついてきた追手と合わせて、彼らはあえなく壊滅してしまった。
「よう、お手柄だなコサック」
僅かな生き残りたちが連行されるのを眺めていた青年は、飛んできたものを反射的に受け取る。
何時もの曹長だった。愛用のMP40を肩に下げた彼が投げてよこして来たのは何時もの官給品タバコだった。
何時もの様に頭を軽く下げ、その場で包を破いてタバコを咥える。
マッチを取り出そうとした彼の前に、火が点火したジッポライターがかざされる。
既に火が付いたタバコから紫煙を吐き出している曹長が、差し出したものだった。
また軽く頭を下げ、彼はジッポライターに顔を近づけタバコに火をつける。
「貴様はウクライナ人だな! ドイツ人に媚を売りやがって!! 犬扱いされて恥ずかしくないのか!
どの道使い潰されて犬の肉にでもされてしまえ!! うがっ、殴るな、げほっ!!」
その光景を見てたらしい捕虜から罵倒が来たが、青年は既に慣れていたので気にはしなかった。
来年は、妹の苺摘みの収穫に付き合えたら……そんな事ばかり考えていたからである。
61 :taka:2013/07/30(火) 19:55:03
「終わったようだな」
「はい、キエフ周辺の反抗勢力及びパルチザンの掃討は完了しました。
押収した武器や物資からして、ソ連が間接的に支援を行った勢力かと思われます」
「やはりか。国防軍情報部(アプヴェール)からも警告が受けていたが、かつての共産党の地盤を利用した浸透を繰り返しているようだな」
デスクに座った男、国防軍の大佐の肩章をつけた男が苦々しげに葉巻を灰皿に置いた。
「北はエストニアから南は黒海までの範囲で浸透を行える余力が無いのが救いだがな。
だが、不満分子は数えきれん程居るだけに頻度だけは多い。通常の保安師団だけでは対処が遅れる。
おかげで独立よりも先に義勇軍を編成する羽目になったわけだがな」
ドイツが戦争で手にした領土で一番広大なウクライナは特にその傾向が顕著だった。
共産政権時代に不当に扱われたウクライナ人を懐柔し、支配地での扱いを改善する事で取り込んだ。
ウクライナ民族主義者組織(OUN)を始めとする民族主義組織を中核とし、現地兵による保安師団を設立。
旧ソ連軍のウクライナ人士官達に彼らを纏めさせ、パルチザン掃討及び治安維持や脱走者達等の対応をおこなさせた。
(余談であるが、旧西ウクライナ人民共和国出身者はポーランド人達に対して強烈な敵愾心を持ち苛烈な扱いをしたという)
「まぁ、これで国防軍の負担が減るので荒れば問題はない。連中がしっかり自分の仕事をしてくれれば尚、な」
「全くであります」
司令部にとって昨夜、ドイツ国防軍部隊と義勇保安師団の兵士が潰したゲリラ勢力の拠点も、所詮は地図の一点に過ぎないのである。
※曹長はウクライナに駐留しているドイツ軍部隊のドイツ人下士官です。
ウクライナ兵のお目付け&監視も兼ねて一緒に行動する場合が多い苦労人です。
最終更新:2013年09月02日 01:03