312 :ひゅうが:2013/08/04(日) 20:58:39
――ネタSS「ハンガリア舞曲~提督たちの憂鬱×征途~」
――西暦1993年 日本民主主義人民共和国 臨時首都 豊原
「座ってくれ。同志人民英雄。」
ニヤリと笑う「偉大なる若き指導者」に、藤堂守は思わず顔をひきつらせかけた。
「光栄でありますな。偉大なる若き指導者。」
この男、どうやら見た目通りの放蕩息子ではないらしい。
「驚いたかね?」
放蕩息子から切れ者――まるで「戦前」の彼が知っている帝国海軍の諸提督のような――に一瞬で雰囲気を切り替えた男、川宮哲夫はいたずらが成功した少年のような苦笑を浮かべつつ藤堂を席に座るように促した。
「はい。」
理由は述べなかった。
さもあらんとばかりに頷く滝川源太郎NSD長官がまた苦笑していたからだ。
それに、この目の前の男たちの思惑に乗るのも癪であるし政治的に言質を取られるわけにもいかない。
「まぁ見ての通り、私と滝川長官は『だいぶ昔から』敵対しない程度の仲だ。」
「同志の団結は素晴らしいものです。偉大なる若き指導者。」
「その偉大なる何とやらはやめてくれ。正直虫唾が走る。健全な精神を持つのであればね。」
露骨に顔をしかめた川宮に、藤堂はこの次代の独裁者候補の評価を改めた。
彼が口直しとばかりにうまそうに飲んだ南の――サントリーのウィスキーがそれを後押ししたのかもしれないが。
「いかがですか?大丈夫、毒などいれませんよ。」
丁寧な口調で滝川が藤堂に勧めた。
時代がかった丸眼鏡の奥の冷徹な瞳は彼が知るそのままのものであるが、口調にはある種の仲間に対するような親愛の情が感じられた。
「もらおう。」
この滝川という男が意外に人間味がある男であることを藤堂は知っていた。
でなければ、病気の偉大なる指導者のためと理由をつけて彼の妻の病気を治すために政治的にギリギリなチェコや旧東独から医師を呼び寄せるようなことはしないだろう。
南では何といわれているかは知らないが、あの極東ソ連軍の政治将校どもやその悪弊を拡大させた有畑時代の連中のような「野蛮」なことはしないというのが世間一般における滝川の評価だった。
「容赦なく粛清」するのではなく「容赦なく隔離」する。しかして親族の罪は問わない。
70年代以降、北日本が「極東のチェコ」と半ばやっかみを込めていわれるようになったのは彼の功績(?)といっていい。
にもかかわらずモスクワからの干渉を排除できたのは、滝川が共産主義を否定する連中に「容赦しない」ことがルビャンカのご同業によく知られていたからに過ぎない。
民主化運動家からすれば鬼のような存在であったのだが、藤堂からすればテロルまがいのことをする連中と夢想家への評価を保留しているためまったく問題にしていない。
藤堂は、「南」の酒精をあおった。
うまい。
英国産のものにひけをとらない品質だ。
313 :ひゅうが:2013/08/04(日) 20:59:15
「今日、来てもらったのは、我々の計画に協力を期待してのことだ。」
唐突に川宮がいった。
そらきた。
藤堂は身構えた。
目の前の男は、腐っても「共産主義者」なのだ。
無言で藤堂は先を促す。言質を与えるつもりはない。
「我々の計画は、来るべき近い将来における祖国の統一だ。」
「素晴らしいことですな。」
唾棄すべき感情を押し隠し藤堂は返答した。
「その模範としては、親愛なる同志エーリッヒにならいたいと思う。」
藤堂は、思わず眉を上げた。
「ああ、同志レーフでもいいかな?われわれもまた彼にならって「連帯」せねばらなぬ。祖国の「解放」のために。」
エーリッヒ・ホーネッカーとレーフ・ワレーサときたか。
いよいよこの「共産主義者」は胡散臭い。
「来るべき統一において、我々は人材を温存せねばならぬ。誤った政治体制に協力した共犯者としてではなく、その反対者として迎えられるため、心を砕くべきだろう。
同志にはその助力を頼みたいのだ。」
「『偉大なる若き指導者』、あなたは何を目指される?」
藤堂は問うた。
川宮哲夫は、椅子から立ち上がった。
「偉大なる祖国の復活だ。同志。天に太陽は二ついらぬのだよ。ことわざにもあるではないか。古きを温め新しきを知ると。我々はこれに範をとらねば。」
「統一の暁には・・・」
そこまでいって藤堂は少し躊躇した。
と、滝川NSD長官が立ち上がり、南側製のCDを再生機に入れる。
流れてきたのは、ブラームス。
「そういうことですか。」
藤堂は、人の悪そうな笑みを浮かべた。
流れていたのは、ハンガリア舞曲だった。
「そうだ、同志、せっかくこうして会えたことだし、こんどピクニックに行かないかね?」
川宮がニヤニヤしながらいった。
「いいですな。さぞかし楽しい『ピクニック』になるでしょう。偉大なる若き指導者。」
共犯者たちは、そろって高笑いを浮かべた。
314 :ひゅうが:2013/08/04(日) 21:00:51
【あとがき】――というわけで、中の人に転生ネタでした。
中に仕込まれたネタは、「ヨーロッパピクニック計画」でぐぐるとニヤニヤしやすいでしょうw
最終更新:2024年12月30日 12:19