345 :ひゅうが:2013/08/04(日) 23:37:00
ネタSS――「豊原演説~提督たちの憂鬱×征途~」
――「親愛なる祖国のみなさん。こんばんは。
私は、日本民主主義人民共和国 首相 川宮哲也です。
今日、父であり先代の国家指導者であった川宮勝次の死去にともない首相に選出されたことを皆さんに報告させていただくことは複雑な気分です。
父であり、良くも悪くも強い指導者であった川宮前首相の後を受ける重圧、そしていよいよ私たちに出番が回ってきたという感慨、これは、一家を担う人間のそれと本質的に変わりはないでしょう。
しかし決定的に違うことは、私がこの国の1000万余の国民の過去と現在、そして未来に責任をもっているということです。
私は肉親をなくした悲しみと向き合う前に、決断し、前進する主権の代行者であらねばならないのです。
ご承知の通り、わが国は民主主義をとる国家です。
したがって、その主権はわが国国民にあります。
そしてわが国は、旭川分断線の南に存在するもうひとつの日本と同様、かつての日本帝国政府の誤りへの反省によって成り立っています。
かつての日本帝国政府は熱狂の中で独善に陥り、そして破滅的な戦争に突入しました。
そのためわが国は何より友邦とともに平和をこの列島に打ち立て、かつ列強諸国から身を守るための軍備を維持するために労働者国民に過大な負担をかけてしまった過去を反面教師として平和を第一に国民を守れる国家をめざし建国されました。
これは我が国の成立宣言にも高らかにうたいあげられている理想です。
ひるがえって、その後の歴史はどうでしょうか?
残念ながらわが国と南の同胞はかつてひとつであった日本という国を割り、成立からわずかな後には相撃つ悲劇を引き起こしてしまいました。
原因がどこにあったにせよ、また二つのイデオロギーを掲げる超大国同士の代理戦争という側面があったにせよ、これは悲しむべきことです。
かつ、わが国は友邦となったソヴィエトを大切にしようとするあまりにその行為について盲目的であったことを認めざるをえません。
かつての日本帝国のごとく、南の悪魔のような資本主義者から身を守るために軍備を整え、ソヴィエトの政策に追随し、そして互いに罵り合う。
時には血なまぐさい武力衝突にまで至りました。
これは悲しむべきことである、それは皆さんも同様に思っておられることでしょう。
皆さん。
我が国はくりかえしますが民主国家です。
しかしながら、国家を維持するためにわが国はその構成主体である皆さん国民やひるがえって日本というものに忠実であったとは言い難かったことを、首相として私は皆さんに詫びねばなりません。
かねてから統一は我が国はもとより南の同胞諸氏の、いや日本全体の悲願でありました。
ですが、冷戦という今や過去になりつつある時代の中にあって対立する二つの陣営に属する我々は、我々であり彼らでない統一をしか主張できず、結果物別れを繰り返していました。
ですが、今や冷戦は過去のものとなりました。
かつて強固であったあのベルリンの壁は歌声とともに崩壊し、そしてあれほど強大であったソヴィエトですらもはや地上には存在しません。
我々が口を極めて罵っていた南の米軍は緊張の緩和とともに徐々に縮小されており、かつての激戦地沖縄は今ははるかな天空の高みを目指す希望の最前線へと変貌を遂げつつあります。
焦土であった大地は見違えるように復興し、わが国は世界のトップ10に入る国力を、そして南の同胞は世界第2の国力で平和のうちに国を富ませ、世界と向き合っています。
来年は、わが国が焦土の上で空を見上げた敗戦から50周年という節目にあたります。
私は、この節目の年にあたり首相の座についたことを何かの巡り合せのように感じます。
そして、私は考えました。
この今という時を生きるにあたり、首相として私がなすべきことは何か?と。
346 :ひゅうが:2013/08/04(日) 23:37:33
皆さん。
よく、政治家は国民に夢を語れるようでなければいけないという言葉を聞きます。
そして、夢はひとりのものではありません。
首相が語る夢は、みなさんと私がともに見られるものでなければなりません。
では、それは何か?
日本人が見る夢とは?
皆さん。
私はここにひとつの決断を報告させていただきたく思います。
そして、この放送をお聞きのすべての方々にもこの決断を聞いていただきたく思っています。
まず、わが国の国民である皆さん。
そして、分断線の南側、同じ日本という名前の国、この小さな弧状列島に暮らす皆さん。
そして、海と空でつながるすべての平和を愛する諸国の皆さんに。
統一、という言葉があります。
分かたれたものをひとつにすることであり、またことあるごとに発せられる言葉です。
しかし、それはほんの数年前まではある種の諦めとともに語られる言葉でした。
世界は破滅的な兵器に満ち、たったひとつの過失が人類ごとこの地球を滅ぼしてしまう恐怖をかかえていた時代。
私たち日本人は、かつての過失をおそれるあまり、ミスを恐れるあまりどうしてもその一挙に及ぶことができませんでした。
それ自体は責められることではないでしょう。
家族を大切にし、そして世界の同じ人類の今後を思う姿勢は、明らかに独善とは相反することであるからです。
ですが今や時は移りました。
勇気をもってこの二文字を語るときがきたのです。
――この放送をお聞きのみなさん。
私、日本民主主義人民共和国首相 川宮哲也は、南北両日本の間での平和条約締結と、近い将来のうちの統一を目指す対話を開始することを切に希望します。
ここに明言いたしますが、その際に私は政治体制に関するいかなる制限も行うことを要求いたしません。
なぜなら、我々も、南の日本も、同じく民主主義のもとに国を富ませ、そして平和のうちに団結し世界と向き合うことを国是としてこの半世紀を過ごしてきたからです。
この決断を支持する人、支持しない人はもちろん存在することでしょう。
ですから、この決断は皆さんの「民意」のもと実施されなければなりません。
首相として最初の仕事は、この統一の是非について国民の皆さんに問うことになるでしょう。
そして結果がいかなるものであろうと、この民意の表現を妨害するあらゆるものに対し、私は民主国家の指導者として断固反対いたします。
これは何があっても変わることはないでしょう。
この放送をお聞きの諸外国の皆さん、そして南の、日本国の同胞の皆さん。
もし私のこの提案をご理解くださるのであれば、どうかこの決断を支持してください。
南、日本国の重要な友人であるアメリカ合衆国の皆さん、どうか平和のうちにこの日本に笑顔と、「自由」をともにすることへの同意を示してください。
国際連合のもと平和と自由のために尽力されているすべての諸国の指導者の方々、そして日本国とアメリカ合衆国の指導者である方々にも、この試みへの協力をお願いいたします。
わが国のために尽力しているすべての官吏と軍人諸君にも重大なる協力を願い、また命じます。
党の諸君にも理解と賛同を求めます。
かつて、ローザ・ルクセンブルクはこう述べました。
『自由とは、自由を共にするための自由なのである』。
今こそ、彼女の言葉にならうときです。
国民の皆さん、ともに願いましょう。
――祖国をひとつに!!
ご清聴、ありがとうございました。」
――1994年6月12日 日本民主主義人民共和国第3代首相 川宮哲也就任演説より
(演説は人民議会議事堂にて行われ、国営放送を通じて全国と海外に中継された。日本国でもNHKが生中継した。)
最終更新:2024年12月30日 12:19