368 :ひゅうが:2013/08/05(月) 02:05:09

ネタSS――「お歳暮~提督たちの憂鬱×征途~」


――西暦1994年7月 北日本 宗谷海峡


「こちら空母『統一』、聞こえるか『やまと』?」

「聞こえている。感度良好。北の無線機もなかなかだな。」

「ああ。これはそっち製さ。うちのも性能はそれなりだがこっちの方が小さい。」

「おいおい。密輸か?」

「失礼な。友邦ロシア経由さ。密輸したのは無線機と交換したそっちのチョメチョメビデオさ。」

無線機の向こうと、こちら側から爆笑が沸き起こった。
藤堂進は苦笑とともに「静かにしろ!」と叫ぶにとどめた。

「宗谷海峡の安全は確保済みだ。現在巡戦『樺太』が現場に急行中だが間に合うかわからん。…すまないな。うちはこれが精いっぱいだ。」

無線の向こうの声が悄然となる。
「向こう側」の本気を示すかのように、数キロ北に出迎えに現れた空母「統一」には海軍赤衛艦隊司令があえて降格人事のような形で乗り組んでいるという。
残りの水上艦隊と対潜哨戒機部隊はオホーツク海で「反乱艦隊」の狩出しの真っ最中であるのだ。

「なんの。これだけお膳立てしてもらっているんだ。それに、祖国をひとつにするためだ。やりがいはある。」

「そういってくれると助かる。ではこちらのコード表を読み上げるぞ。それを入力すればこちらの空軍部隊と連絡がとれるようになる。」

「了解した。必ずや任務を果たす。」

「頼むぞ。『祖国をひとつに』!!」

「向こう側」でもこちら側同様流行語になりつつあるらしい一節を述べたあと、16ケタの数字とアルファベットの混じった羅列が続く。
CICでは、それを紙にメモするかたわら、テンキーを操作して上空の警戒管制機に指示を送っていた。
上空の空自警戒機を通じ、北の人民空軍早期警戒機とコンタクトをとるためである。
幕僚やオペレーターたちは忙しく動き回っているが、コンピューターというものが苦手な藤堂にやることはなかった。

「こんなことになるとはな…」

手持無沙汰になった藤堂は、自分が退役する間近に起こった事態の展開の速さを思い出し再び苦笑した。

369 :ひゅうが:2013/08/05(月) 02:05:48
――6月12日の夜、日本国のお茶の間は騒然となった。
NHKのニュースの向こうでは、「向こう側」の豊原で行われる首相就任演説が流れることになっていた。
それ自体は珍しいことではない。
分断国家の常として向こう側の話題は常に注視されていたし、ましてや今回は長期独裁体制にあった「向こう側」で独裁者の息子が就任の演説をするのだ。
評判はやはり色眼鏡のせいか芳しくないものの、老人から若い青年への政権移譲ともなればやはりいろいろと注目される。
珍しく、こちら側のテレビ局に取材と中継の許可が出たらしく、NHKは勇躍豊原入りを果たし市内の取材映像を交えた番組を組み視聴率を上げていた。

そして、演説がはじまった。
最初の呼びかけで多くの人々が「おや?」となった。
向こう側の演説では「人民諸君」や「労働者同志」といった固い文言が多い。
これは川宮前首相の出身が政治警察に似た部署であったためとも、戦前の名残ともいわれるがこの演説では「人民のみなさん」でもなく「国民のみなさん」と呼びかけられたのだ。
確かに「国民」の言葉は向こう側でも珍しくない。
だが、正式な就任演説のようなところでこんな口語的な言葉を使うとなると、やはり珍しい。
そうこうしているうちに、演説は「過去のあやまり」を指摘する段になった。
また南側非難かと思った次の瞬間、「われわれもまた誤っていた」という趣旨の言葉が出、こんどはお茶の間は驚きのどよめきを上げる。
電話回線は瞬間的に飽和状態になりはじめた。演説をみろ、NHKをつけろの大合唱だ。
その頃には演説は熱を帯び、「夢」について聴衆に問いかける。
日本人の夢は何か?

決まっている。決まっているではないか。

そして、「決断」の二言が出たとき、聴衆の希望は確信に変わった。
演説をTV画面の向こうで聞いている向こう側の代議員たちは「統一」の言葉が出たときに失笑ではなく一様な沈黙でこれにこたえた。
そして――

「統一を目指した対話を切に希望する」

今度こそ、驚愕の叫びが列島に満ちた。
そして、

「祖国をひとつに!!」

すべてはこの時のために、とばかりに「向こう側」のドラ息子と呼ばれた男は獅子吼した。
しばしの沈黙。
そして熱狂。
北も南もなく、人々は同じ言葉を叫んだ。


その後の流れは急だった。
翌日、海部首相は「向こう側」の提案を全面的に受け入れることを国会で発表。
「祖国をひとつに」と叫んだ。
祖国。この国ではなく、祖国。この言葉に国会は満場一致で賛成する決議を可決。
数日後の6月15日、旭川市の分断線の上で二人の首相は握手した。
同日、「向こう側」の党と人民議会は首相と政府への交渉の全面委任を可決。
いち早くNSDの滝川長官と人民軍総参謀長、そして軍首脳がこれを支持する声明を発表したために反発はその旗印を失って沈黙を余儀なくされる。

そして6月30日、2週間の猶予をおいた「向こう側」の国民投票の結果は、8割以上の圧倒的な差で「可決」。
あわてた国連仲介のもとで統一協議が開始された。
といってももはや残務処理のようなものだ。

「暫定的に政府と議会は存続、しかししかるべき間をあけて北日本は日本国に「合流」する。」

この大方針のもと、官僚機構は驚くべき速度で仕事をこなした。
演説からわずか1か月という速度で日本は再統一されることになったのだ。
だが。

「我々は祖国と共産主義を冒涜する極右反動、川宮政権から祖国を解放する。」

救国人民政府の名のもとにその言葉が豊原の放送局から流れてきたとき、日本人は蒼白になった。
これですべてがご破算か、と。

370 :ひゅうが:2013/08/05(月) 02:06:18
嬉々とした米国による軍事介入を示唆する動員令が発せられたとき、再び日本人たちは熱狂する。

「祖国を割ってまで力で妄執を通そうとするものが反動でなくて何なのだ。」

北日本、豊原市の空軍基地から送られてきた映像、そこには「あの男」の姿があった。
彼は再び吠える。

「祖国をひとつに!!」と。

現政権への全面的支持を表明した藤堂守元帥は全軍にクーデター軍の排除を命令。
設立されたばかりの南北軍事連絡協議会を通じて「こちら側」へ支援を要請した。


のちに「統一戦争」といささか大仰な四文字で呼ばれるこの戦闘の中で、海上自衛隊は旭川分断線の北側にいた人民軍部隊を樺太へ逆輸送するため緊急展開。
さらに、クーデター軍がたてこもる豊原市街の中心部と周辺の空軍基地に対し陸海空の三方面からの攻撃が企図されるに至る。
また、クーデター軍の手に落ちていた海軍の潜水艦隊と一部水上艦に対しては「向こう側」の人民海軍が追っ手を差し向け友軍相打つことさえためらわずに撃沈処理が行われていた。
残る水上艦に対しては南下を試みたところを藤堂たちの海自艦隊により撃沈されている。

だが。
追いつめられたクーデター軍は豊原市近郊に設置されたばかりのIRBM(中距離弾道ミサイル)基地を制圧、発射の構えを見せた。
もちろん、核弾頭の発射キーと起爆スイッチは豊原政府軍側にある。しかし、弾頭の起爆系をいじることができれば使用は可能となってしまう。
旧ソ連系の技術の甘さが露呈した形となっていた。

ここにいたり、南北両政府は豊原近郊への総攻撃を決定。
空軍機の過半に加え、近海にいた「もっとも強力な艦艇」による攻撃を命令する。

――海上自衛隊 超大型護衛艦「やまと」。
かつて帝国海軍の戦艦であった彼女にはこの艦や「向こう側」とは因縁深い男、藤堂進海将補が乗り込んでいた。



「スカイキッド21よりモンスター、聞こえるか?」

「聞こえる。」

どこかで聞き覚えのある声で早期警戒機から無線が入った。

「あちらさんと繋がった。向こうが話したがっているぞ。」

「了解した。」

しばしの雑音。

「こちら、人民空軍部隊の臨時指揮官。以後は『スターリナ』と呼んでくれ。」

「『星』か。また皮肉がきいた名前だ。」

無線の向こう、どうやら戦闘機に乗っているらしい指揮官は老人らしい呵呵(かか)という笑い声を響かせてきた。

「一発で分かった奴ははじめてだ。貴官はなかなか性格が悪いとみえる。」

「放っておいてくれ。」

「悪かった。これからこちらで敵基地に対し航空攻撃をかける。が、うまくいくかはわからん。だから座標を伝えるからそこに砲弾をしこたま撃ち込んでほしい。」

「石狩湾のように?」

メコン川のように、と言いたくなり、あわてて進はそういった。

「レイテ湾のように、だ。」

「了解した。スターリナ。武運を。」

「ありがとう。こんど久しぶりにお菓子を送れそうだよ。」

してやったり、という顔が思い浮かびそうな忍び笑いを響かせ、通信は切れた。

「おい、どうした?モンスター。」

進は、笑い出したくなるのをこらえ、警戒機に向かって言った。


「いやなんでもない。それより俺はあんたにあったことがあるぞ。」

「本当か?」

「ああ。今日は懐かしい奴らによく会う日だ。」




――いわゆる「統一戦争」最大にして最後の山場、豊原艦砲射撃が開始されるのは、この約6分後のことである。
なお、この1週間後、藤堂進宅にロシア人女性と彼の夫から手製のケーキが送られてきたことを彼の長男は笑い交じりで、彼自身は仏頂面で妻たちに証言している。

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最終更新:2024年12月30日 12:22