86 :名無しさん:2013/08/19(月) 01:20:43
夏の暑さを忘れるために怪談ネタを書いていたのに、どうしてこうなった?
「なあ知ってるか?ここって『出る』んだぜ?」
そんな学生定番の言い回しを言ってきたのは、こともあろうに先任の班長だった。
「伍長殿。任務中の私語は不謹慎では?」
「私語ではなく重要な伝達事項だ。それに『出る』と判かってりゃ恥ずかしい失敗もしなくて済むぞ」
先週配属されたばかりの上等兵は、小馬鹿にしたような笑みを浮かべる伍長の顔を憮然と見て――監視塔の下を眺めるその眼が笑っていないことに気が付いた。
「・・・『ナニ』が出るのでありますか?伍長殿」
「そりゃあお前、幽霊に決まってる。ここで幽霊を見たことない奴なんかいやしねえ」
曰く――
息苦しさに目を覚ましたら血塗れの女が顔を覗き込んでいた。
夜中に悲鳴や呻き声を上げながら行列を作って行進していた。
風呂場で鏡に映った女が振り向いてもそのままいた。
典型的な怪談のオンパレードだ。
「自分はそのようなモノ信じられません」
思い切って留まることなく続けられる怪談を断ち切るように告げた言葉に伍長の顔から笑みが消える。
「なあ、お前がいるのは一体どこだ?」
不意に真面目な音色を帯びた問い掛けに、視線を落として答えを返す。
己の不幸と無慈悲な神を呪いながら配属させられた、この場所は・・・
「北米防疫研究所であります」
87 :名無しさん:2013/08/19(月) 01:22:02
傲慢なるアメリカ文明のなれの果て。
津波に砕かれた都市の荒野に囲われた、異常に高い壁をもった施設群。
薄く煙を上げる煙突が不吉なほど黒々とした影を陰鬱な建物に投げかけている。
いまだ惨禍の収まらぬアメリカ風邪を研究し、万が一の拡散を防ぐため、大ドイツ帝国が北米大陸に設置した防疫施設。
アメリカ風邪が蔓延する荒野に設置されたこの研究基地は、日々運行される『特殊防疫車両』と、週に一度だけ出ていく一台の『廃棄物運搬車』によって成り立っている。
この基地の中で何が行われているのか彼は知らないし、知りたいとも思わない。
毎日運び込まれる厳重封鎖された車両の『荷物』のことも、週に一度だけ出ていく『廃棄物』の量ではこの狭い敷地が『荷物』で一杯になっているはずだという事も考えたくない。
疫病への恐怖が肯定した現代の腑分け場。
栄光あるドイツ国防軍が厳重に管理する存在しない実験施設。
その陰惨な施設の警備が彼に課せられた任務だった。
「まあ、あの中に比べたら・・・外に出てくる幽霊なんざ、かわいいもんだ」
慰めるように呟かれた伍長の言葉に、上等兵は一刻も早くこの任務から解放される事を神に願った。
最終更新:2013年09月02日 22:25