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~半島転移~



――時に西暦1960年8月

 大西洋大津波に端を発した世界の大激動。
 幾つものアクシデントを乗り越えて、辛うじて枢軸国との冷戦構造の構築に成功した日本帝国は、次のステップとしての段階的な軍縮への道を模索し始めていた。

『これ以上、現在の軍備を維持するのは非効率というものです。
 どうしても軍縮が厭だというなら、お金と資源が無尽蔵に湧いてくる壺でも探してきて下さい』

 などとうそぶく某大蔵省の魔王。

 救国の大宰相と謳われる嶋田にとっての数少ない鬼門でもある人物の言には、流石の彼も容易には逆らえなかった。
 海軍利権の代弁者とも言える嶋田にも、同時に帝国宰相としての立場がある。

 一国の舵取りをする身としては、不本意ながらも辻の言葉が正論である事を否定出来ず、冷たい戦争を繰り広げつつも、やはりお金が無いと下から突き上げられている某チョビ髭の独裁者と空気読める関係を保ちつつ、徐々に軍縮を進める下地を整えていた嶋田。
 だが、そんな彼の努力を無にする事態は、何の前触れも無く唐突に訪れたのだった。

958 :954:2013/08/28(水) 13:12:40
1.災厄は突然に



「……すまん。
 もう一度言ってくれないか?」

 我が耳を疑いつつも、聞き直す第四次嶋田内閣首班こと大宰相・嶋田。
 そんな彼の面前で、やや蒼褪めた顔の情報局長の田中が努めて抑制を利かせた声で、再度同じ報告を告げた。

「黄海上に突如として新たな陸地が現れました。
 しかも、朝鮮半島にそっくりな形の島が………」

 そう言って、つい数ヶ月前に打ち上げられたばかりの偵察衛星が送ってきた荒い画像の写真を執務机の上へと置いた。
 モノクロの写真の中には、やや分かり辛いものの確かに朝鮮半島にそっくりな島が、半島から数十キロの距離を隔ててくっきりと写っている。
 嶋田の背筋を粘っこい汗が流れ落ちていった。

『……おいおい、これはまさか』

 厭な予感というか、想像が彼の脳裏を過る中、それを補強するかのように田中が報告を続ける。

「衛星写真を拡大したところ島内には、建造物らしきものも多数見受けられる事が確認できています。かなり偏ってはいますが……」

 そう言いつつ、朝鮮半島のソウルに当たる場所の拡大写真を差し出す。
 一画には東京もかくやといった高層ビルが立ち並び、別の一画には粗末な民家らしき物が密集している様なソレに、嶋田は厭な予感が現実の物となった事を悟った。

『……転生の次は転移ってか?
 無茶苦茶過ぎるだろ』

 思わず漏れそうになった溜息を噛み殺しながら、帝国宰相としての面目を取り繕った嶋田は、田中に対して情報局の総力を挙げて『新島』及びそこに居住するであろう者達の情報を収集する事を命ずると同時に、国内では新島に関する情報統制を行う事を厳命する。

 常に無い嶋田の気迫に気圧されながら、命令を受領した田中が大慌てで出ていくのを見送った嶋田は、愛用の胃薬を服用した後、会合メンバーへ緊急招集を掛けたのだった。

959 :954:2013/08/28(水) 13:14:03
2.会議は踊らず



「……何と言うか、一難去ってまた一難だな」
「我に七難八苦を与えたまえ……などと祈った覚えは無いんですけどね」

 嶋田と近衛は、苦り切った笑みを浮かべながら溜息を吐く。
 それを聞く他の会合メンバーの表情も似たり寄ったりだった。

 あの後、緊急に開かれる事になった会合に合わせるべく超特急で仕上げられた報告書の中身を読み終えた一同の偽らざる感想がそれだった。

「なにが悲しくて、生まれ変わってまで、あの厄介な連中と関わらねばならんのだ……」

 憮然として呟く東条。
 それに同意する様に頷く者達が多数。

「西暦2013年の史実韓国とは……いやはや何とも……」

 あの辻ですら歯切れ悪く吐き捨てながら、頭痛を堪える様にこめかみに指を当てており、そして、それをたしなめる者は居ない。

 実際問題それほどの厄介事なのだ。
 あの反日を半ば国教化している連中は。

 そんな連中が、祖国のすぐ傍に現れたとなれば目も当てられない。
 とんでもないトラブルの火種を、懐に抱え込んだに等しい事を、共通認識として持った会合の面々は、思わず頭を抱え込んでしまいたくなるのだが、そんな事をした所で、事態の解決にはなんら寄与しない事は明白だった。

 それを明確に理解していた会合内で最もリアリストであり、守銭奴でもある男が、場の空気を入れ替える様に強い口調で口を開く。

「どれ程の異常事態であれ、起きてしまった以上、何らかの対処を取らざるを得ません。
 放置しておけば、碌でも無い事が起きるのは明白である以上、早急に対策を整え、対応するべきでしょう」

 連中がどう動くかは分からない。
 だが、このまま大人しくこの世界の秩序を乱さないでいてくれると思えるほど楽観的にもなれない以上、帝国の不利益にならない様に動かねばならなかった。

「……まあ考えようによっては、我々の勢力圏に転移してきただけマシとも言えるな。
 正直、枢軸国側の勢力圏に転移された場合、迂闊に手出しもできなかったろう」

 苦虫を噛み潰した顔付きで、そう呟く近衛に、嶋田を不承不承ながら同意した。
 近衛の言うとおり、もし枢軸国の勢力圏内に転移された場合、こちらからは迂闊に手出しが出来なかっただろうし、場合によっては史実世界の、それも西暦2010年代の技術情報が丸々枢軸国側に渡る可能性もあったのだ。
 そうなってしまえば、現在の帝国の技術的優位が一夜にして崩れ去ってしまう事にもなりかねない。

 そういった視点に立つなら、確かにこれは不幸中の幸いだ。
 ……幸いの筈なのだが、素直には喜べない嶋田だった。

「そう考えなければ、やっていられませんな」

 溜息混じりに呟く彼に、同意する声があちこちから上がる。

 なんとも面倒くさいし、関わり合いになりたくない。
 だが放置しておけば、とんでもない火種になりかねない。

 彼等の認識おいて、この世界における史実韓国とはそういう存在だった。
 そしてそんな存在だからこそ、嫌々ながらも対応せねばならず、帝国の影の政府とも言える夢幻会が動かざるを得ない。

 そうやって彼等は、精神的な疲労を覚えつつも動き出す。
 帝国を守る為に。

 ……だがそれは、一足遅かった。

 無駄にある行動力と後先考えぬ短慮。
 そしてなにより、常に斜め方向への行動を取る半島人の気質を熟知しつつも、どこかで忘れかけていた結果、夢幻会は緒戦で思わぬ痛手を被る事になるのだった。

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最終更新:2013年09月03日 20:38