215 :954:2013/08/29(木) 18:26:15
~半島転移~
7.神の懲罰
『無能な現政権は責任を取れぇっ!!』
『独島を奪還せよォォッ!!』
『役立たずの海軍を吊るせぇ!!』
『倭奴膺懲! 倭奴膺懲!!』
青瓦台前に集った大群衆は、警備に当たる軍や警察に押し留められながらも、『独島沖海戦』で被った大損害を非難しシュプレヒコールを上げていた。
一昨日行われた独島沖の海戦にて、壊滅的な打撃をこうむった『独島守護艦隊』――より正確に言うなら、辛うじて逃げ帰って来た数隻は、国民に大敗の報が伝わる事を恐れた政府と軍部の判断により、人目を避ける様に済州島に逃げ込んでいたが、無駄に情報伝達速度の速い国内での隠蔽は間に合わず、昨夜の内に全国に知れ渡り、その結果が現在の大統領府前の大混乱であった。
防音の整った大統領執務室まで伝わって来る地響きにも似た雄叫びと狂騒。
ソレ等を掻き消そうとでもするかのように、室内にもヒステリックな女の叫び声が轟き渡る。
「どうしてこうなったのよ!
軍部は半世紀前の軍備しか持たない日帝など、赤子の手を捻る様なものだと言ったでしょう!?」
そう言った。
確かにそう言ったのだ。
側近達や党の重鎮からの強い意見に押され、軍部に日帝懲罰の成否を問うた時、確かに彼等は胸を張って保証したのだ。
『それなのにっ!!』
今、自分の前に立ち目線を逸らしている軍の重鎮達を、細目で睨みつけながら胸中で叫ぶ。
大統領を含め、彼女の側近らも、軍人達に責める様な嘲る様な視線を向ける中、頭髪が寂しくなり始めた老齢の将官が、仕方ないといった様子で言い訳を口にする。
「……思いの外、日帝が強力な軍事力を備えておりまして。
当初は半世紀以上の技術格差が有るものと見積もられておりましたが、実際は10年から20年程度の差しかなかったものと……」
そこまで行った処で、老人は言葉に詰まる。
眼を血走らせ、満面を怒りで朱に染めた法制度上の最高位者が、爆発寸前である事を敏感に感じ取り、慌てて続く言葉を差し替えた。
「さ、最初の分析を行った担当者は、即刻罷免いたしました。以後、この様な事は決して――」
そう言いながら姿勢を正す男へと、言葉の殴打が襲いかかる。
「当たり前でしょうっ!」
「はっ……はい……」
憤懣やるかたないといった叱責に、老人の語尾も縮む。
そのまま俯いた相手を、暫し睨みつけていた青瓦台の主(期間限定)は、荒れる呼吸を整えながら、冷たい声で尋ねた。
「……それで、どうするの?」
顔を上げる軍人はいなかった。
痺れを切らした様に周囲に向けられるレーザービームと周囲に『喧伝させていた』細目の視線が、側近達へと注がれる。
……再び、逸らされた。
彼女の中で、なにかがブツリと途切れた。
「どうするのかと訊いているのよっ!?」
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最高級品の執務机を、躊躇う事無く全力で叩く。叩く。叩く。
あんまりな扱いに、悲鳴を上げる机を、それでも無視して女は叩き続けた。
韓国海軍の誇りたる『世宗大王』は、日帝の戦艦の砲撃により起された大波に呑まれ、そのまま復原せずに波間に沈んだ。
『忠武公李舜臣』はミサイルを撃ち尽くし、包囲されて投降した。
『独島』は日帝の別働隊に遭遇し、撤退しようとしたところ卑怯にも後ろから撃たれて木端微塵となり満載していた将兵もろとも海の藻屑と化した。
長い年月を掛けて揃えて来た韓国海軍の主力は、物の見事に半世紀前の日帝の艦隊に粉砕され、この世から消えたのだ。
そんな不満と憤怒の激情が赴くまま、机を叩き、意味不明の喚き声を上げる自国の大統領を、心理的に退いた形で遠巻きに注視していた軍人の一人が、喚き疲れたところを見計らう様に声を掛ける。
「既に戦端を開いてしまった以上、何らかの形で戦果を挙げ、それを交渉材料に講和に持ち込むしかないかと……」
領土の一時的占領か、或いは大量の捕虜――この際、民間人でも構わないので、とにかく日帝の譲歩を引き出せるモノを押さえ、それを材料に対等な講和へと持ちこむ。
そうせざるを得ないと軍部が達した結論を、機を見て進言する高級将校を、狂奔の果ての虚脱した目で見上げる大統領。
……反応は、想定外の方向からやってきた。
「講和?
講和だと!?
貴様、日帝に膝を屈しろと言うのかっ!?」
ガチガチの反日派として鳴らした議会の重鎮の一人が、顔を真っ赤にしながら発言者の襟首をつかみ上げる。
思わず抗い逃れた男を庇う様に、別の将官が両者の間に割って入った。
「降伏ではありません!
あくまでも対等の条件での講和です」
「同じ事だっ!
日帝を叩き潰し、無条件降伏に追い込めねば何の意味も無い!」
互いに怒鳴り合う同年輩の軍人と議員。
軍人は既に勝機無しと見ての主張を、議員は日帝懲罰を強硬に唱えた自身の面子の為に声を張り上げる。
そのまま双方がヒートアップしそうになるのを、更に別の将校が宥める様に分けながら、否定しようの無い事実を告げた。
「しかし、日々燃料の備蓄が減っている現状をどうにかしなければ、遠からず残った艦隊も、空軍も陸軍すらも戦えなくなります」
戦えなくなるの一言に詰まる議員。
戦えなくなり、敗れた後、自分がどう扱われるかを想像し、そこでようやく血の気を失い冷静さを取り戻した男に他の軍人達も説得を続ける。
217 :954:2013/08/29(木) 18:27:59
「そうなる前に、なんとしても対等の条件での講和に持ち込むべきです」
「これは敗北ではありません。
それに講和さえ成立すれば、今まで日帝を憚っていた諸外国とも交渉する機会が産まれます。
そうなれば我が国の先進技術と引き換えに、石油も、資源も、食料も、幾らでも輸入出来る様になる筈です」
「そうです!
それに日帝の圧政に苦しむ近隣諸国を巻き込み、
アジア抗日同盟を組む事とて不可能では無いと愚考します」
「今は屈辱に塗れても、講和して捲土重来を期すべきです」
耳に心地よい言葉が、次々に積み上げられていく。
八方塞の状況の中、一時の屈辱に甘んじれば、やがては抗日同盟の盟主として以前と同じ、いや以前以上の繁栄を手に出来る筈……と根拠も無い謎理論を展開して、なんとか口やかましいだけの政治家達の口を塞ごうとする軍人達。
既に自国に勝機が無い事を、そしてこの窮地をなんとか講和で凌いでも、その後の逆転は厳しいと悟りつつも、目前の破滅を回避する為だけに、その場限りの夢想を口にする涙ぐましい努力は、なんとか報われる。
本質的に彼等の認識する『日帝』とは、史実日本の事であり、戦後数十年間積み上げられた甘い成功体験が、彼等の予想――夢想を、甘い側へと振り向けるのも無理は無かった。
故に、自国の未来の為に大津波と疫病に襲われ困窮する米国を容赦なく滅ぼし、国家解体にまで追い込んだ事も、世界の敵としてメキシコ第二の都市を核の焔で焼いた事も、彼等の脳裏からは都合良く抜け落ちて行き、代わって甘い未来予想のもたらす陶酔だけが、その後を埋めていく。
そうして期待に輝く大統領の顔から、微妙に目線を逸らしつつ、胸を張った軍人達は、堂々と言いのけて見せた。
「我ら偉大なる韓民族ならば、きっと遠からず日帝に裁きの鉄槌を下す事が出来ると確信しております」
その一言が決定打となった。
生気を取り戻した大統領達は、軍人達の提案を受け入れ、講和に向けて動き出す事を容認すると、彼等はホッとした様子で肩を落とす。
これで一山。
そんな思いを胸中に抱きながら、講和への険しい道を思い、気を引き締め直した軍人達は、同時に軍再建の為の提案を口にした。
「それと居候の在韓米軍を、我が軍の指揮系統に組み込むべきです」
「奴らはまだ、独自に備蓄していた武器弾薬に燃料や食料、その他軍需物資を抱え込んでいます。
韓国軍再建の為にも、それらの物資は有用です。無論、在韓米軍の兵力もですが」
既に燃料も弾も、そして兵器の部品すら事欠き始めている韓国軍にとって、戦時作戦統制権無視と宣戦布告無き奇襲という蛮行を理由に、日本軍との戦闘への不参加を表明している在韓米軍が保有する軍需物資は垂涎の的だった。
何より講和成立までに、祖国を防衛する為にも、金も物も人も幾らあっても足りない状況である以上、見逃す理由はない。
そんな軍人達の主張に、女大統領は殆ど考える素振りも見せずに同意を示す。
「そうね……いい加減、無駄飯食わせておくのももったいないわね。
……良いわ。在韓米軍を我が軍の指揮下に編入する事を許可します。
ついでに連中が、基地内に匿っている在韓外国人にも労働奉仕を命じましょう」
米国も、その他諸外国も、既にこの世界の彼等にとっては縁の切れた存在。
尻を拭いたトイレットペーパーにも劣る価値しかない。
そんな相手に遠慮する必要性を全く感じなかった大統領は、少しでも無償の労働力を確保する為に、いともあっさりと決断し、指示を下す。
そして次の一言も忘れる事無く付け加えるのだった。
「……特にチョッパリ共には、日帝から受けた被害の万分の一でも賠償して貰わないとね」
218 :954:2013/08/29(木) 18:28:52
呪詛めいた感情が最後の言葉に籠る。
この世界の日帝に、今すぐ謝罪と賠償を迫れないなら、せめて元の世界の日帝連中に責任を取らせる。
それは彼女の中では真理であり、正義であり、それを執行する事に何の躊躇いも感じていなかったのだが、軍人らはそうではなかったらしい。
わずかに眉を潜め、逡巡する素振りを見せる態度が、名案と考えていた大統領の癇に障る。
思わず叱りつけようとしたその瞬間、けたたましい警報が青瓦台全体に響き渡った。
常とは異なる聞き慣れない轟音。
一瞬、判別が付かずに固まる政治家達を他所に、軍人達の顔から揃って血の気が引いていく。
「……まさか、弾道弾?」
「「「「――ッ!?」」」」
自制を越えて零れた呟きが、無音の衝撃となって伝播する。
『弾道弾』と『核保有国』の二つが、彼等の脳裏で統合されるに要した時間は、コンマ以下であった。
「シェルターに、シェルターに急げっ!!」
誰かの叫びと共に、室外へと通ずるドアへと多数の人影が殺到し、そして――
――そして、ソウルの上空に巨大な光の華が咲いた。
219 :954:2013/08/29(木) 18:30:20
「……『神の懲罰』だそうですよ」
杯を傾け、辛口の冷やを喉奥へと流し込みながら、辻はつまらなそうに呟いた。
応ずる様に杯を干した嶋田も、憮然として吐き捨てる。
「随分と偏った神様も居るもんだな」
「全くです。
ですが、日本への原爆の投下が神の懲罰だと主張するなら、欲望のままに他国を侵略し、無辜の民を虐殺した罰だと言うのなら、彼等に我々を非難する資格はありませんけどね」
全ては人の営みと決断でしかない。
史実世界で米国が原爆を投下したのも、米国自身が損得計算の上でやった事である。
そしてこの世界で、彼らが米国を滅ぼし、二度と復活しない様、その亡骸を徹底的に引き裂いたのも、圧倒的な実力差を承知の上で、メヒカリを核の焔で焼いたのも同じ事だ。
そこにお偉い神様の意向など塵ほども存在しない。
全ては、人が考え、決断し、そして実行した事でしかないのだから。
だが、彼等がそれを神意であるというなら、それはそれで構わないだろう。
但し、その場合は、今回彼等の上に降り注ぐ災厄も、神意として納得して貰うだけの事だ。
――反論は認めません。
そう言いながら嗤う大蔵省の魔王に、救国の大宰相は空になった杯の酒を注いでやる。
それを軽く啜って口元を湿らせた辻は、縁側から望める満天の星空を見上げながらボソリと呟いた。
「……まあ、私は居るかどうかも分からない神様を気取るつもりもありませんので、手加減させて貰いましたが」
「かえって性質が悪いと思うがな。
HANEを利用した首都へのEMP攻撃――大混乱確実だぞ」
当初、戦争の最終段階への前振りとして核の投下も考慮されていたが、それを止め、新基軸の核攻撃であるEMP攻撃の採用を強く主張したのは辻だった。
実戦への投入による戦闘証明の獲得と貴重な使用時のデータ確保。
そして、更には……
「人死には出ませんし、建物も壊れませんよ。
まあ現代文明の利器は悉くパーでしょうけどね」
日本軍による民間人の直接的な死傷者の低減を根拠にだ。
とはいえ、その話し合いが行われた――というより、実際に討論する事となった嶋田は、実に微妙な表情を浮かべて、その時の辻の締めの言葉を思い出す。
『連中に虐殺被害者の看板をくれてやるつもりはありませんよ。
それにワザワザ口減らしを手伝ってやる義理もありませんしね』
戦後のグランドデザインは既に固まっている。
連中に妙な言い掛かりを言わせるつもりなど毛頭ないが、それでも数十年、或いは百年後、記憶が風化し、記録となった時に、斜め上な謝罪と賠償要求などされても迷惑。
そう主張する辻の論を、会合は認め、秘匿兵器であるEMP兵器の投入を許可したのだった。
無論、使用後に発生する混乱と内ゲバで、韓国人同士が凄惨な共食いに突入する事を承知の上でだ。
夏の熱い夜風が、両者の間を吹き抜けていく。
わずかに温んだ杯を辻は飲み干した。
「三カ月後には、止めを刺す準備も整います。
その頃には、良い具合に干からびてくれるでしょうね」
我が軍の犠牲は、極力減らしたいですからね――などとうそぶきつつ、魔王がニヤリと嗤った。
最終更新:2013年09月03日 20:52