371 :954:2013/08/30(金) 20:58:54
ちょっと早いけどいきますね。
~朝鮮島転移~
8.修羅(笑)の国
――日本軍のEMP攻撃による首都機能の喪失より一週間。
「この臭いはなんとかならないの!
臭くて臭くて仕事にならないじゃない!!」
更にヒステリックさを増した叫びが、悪臭漂う青瓦台に響いた。
空調が完全に止まった中、開け放たれた窓から流れ込んで来る排泄物の臭い包まれながら、ここ数日でめっきりとやつれた感のある側近が、疲れ切った声で応ずる。
「はあ、上下水道の復旧は最優先で行わせているのですが……」
なのに全く進展が見れない。
汚水処理施設も浄水場も、ほぼ完全に死んだままで復旧の見通しがまるで立っていなかった。
処理しきれなくなった汚水が街路に溢れ、流せなくなった排泄物が、そこかしこに平然と投棄されている。
回収される事の無い生ゴミは集積場にうず高く積まれ、悪臭と蛆に塗れていた。
首都ソウルは、併合前の状態へと逆戻りしていたのだが、『誇らしき韓民族の歴史』において併合前にも『先進的で文化的な生活を送っていた祖国の姿』を学んでいた側近にはそこまでは分からず、当然、不快感を覚えはしても郷愁の念を感じる事は無かった。
そんな彼を咎める様に、青筋を立てた年嵩の女の喚き声がキンキンと響く。
「あれからもう一週間も経つのよ!
それなのに何も変わっていないなんてどういう事よっ!!」
「……各地から復旧に必要な資材を取り寄せようとしたのですが、日帝の攻撃により資材が……」
そういう事になっていた。
各メーカーや業者に問い合わせても、返って来るのは判で押した様に同じセリフ。
実際、連日連夜、日帝が通常弾頭の弾道弾を各地に降らせたり、爆撃機による小規模な空爆を繰り返している為、嘘と言い切る事も出来ぬが、資材価格の高騰を当て込んだ隠蔽との噂も根強かった。
この国家存亡の折でさえ、自身の懐を潤わせる事だけを考えている同胞達に、内心で軽蔑と諦観を抱きながら、それでも真面目に職務を遂行する彼に、再び理不尽な怒声が叩きつけられる。
「その言い訳は聞き飽きたわ!
上下水道だけでなく電気もダメ!
自動車は軍の一部を除きスクラップ!
食事は災害時用保存食ばかり、夜になれば蝋燭しか明かりが無い!」
憤懣やるかたないといった口調と態度で、それら全てがお前の所為だと言わんばかりに怒鳴りつけてくる上司。
胸中で燻る怒りの炎を、この場だけでもと抑えつつ、不運な側近は声と表情を造り答えた。
「……鋭意努力中です」
努力はしているがどうしようもない。
首都を中心とした送電網は、先の日帝の攻撃により完全に破壊された。
電気が無ければ冷蔵庫は動かず、季節の影響も有り、わずか数日で生物は腐り果てる始末。
外から運び込もうにも、信号が完全に死んでいる為、事故とそれによる道路の寸断や火災を恐れた政府は手を付けかねていた。
既に市内では飢餓状態に陥る者が増えつつあり、商店の打ち壊しや隣人からの食糧の強奪などによる治安の悪化が恐ろしい領域に突入しつつある。
372 :954:2013/08/30(金) 20:59:35
この様な状況では、三食食えるだけマシ、明かりがあるなら天国とも言える筈なのだが、男の上司たる大統領閣下はそれでも不満であったらしい。
就任当初は、レーザービームなどと喧伝させて悦に入ってた細目の視線を、険悪な感情を乗せて叩きつけながら、呆れ果てたと言わんばかりの調子で吐き捨てた。
「釜山辺りに首都を移す事も考えなければね」
「そ、それは!」
絶句する側近を蔑むように睨みながら、腹の中の不満を言葉に載せて叩きつける。
「仕方ないでしょうっ!!
こんな状態じゃ、日帝と戦う事も、講和する事も出来ないじゃない!?」
海軍はほぼ壊滅状態。
揚陸艦の無い陸軍は海を越える事が出来ず、唯一、日帝に痛打を浴びせた空軍も、ここ数日繰り返される日帝の爆撃機への対応に忙殺され、反撃する余裕を失っていた。
厭らしい事に、こちらの防空識別圏の縁に入り込んでは挑発し、スクランブルを掛ければサッサと逃げ出していく。
それを見越して無視しようとすれば領土内へズカズカと踏み込んできては、無差別に爆弾を落とし被害を拡大していた。
結果、連日連夜、臨戦態勢を維持させられている空軍からは悲鳴が上がり始めており、それも又、女大統領の機嫌を損ねる要因となっていた。
翻って、講和交渉の進展はといえば、こちらも全く進んでいない。
そもそも戦争の講和には、中立な第三国を仲立ちにするのがセオリーだが、彼らにはそんな物は存在しないのだ。
となれば、あらゆる周波数の電波を使って、講和の呼び掛けをするという手段となるのだが、ここでまた躓いた。
自らの面子を守りつつ、講和の呼び掛ける文言の推敲で行き詰り、悪い意味での百家争鳴になっている。
戦略的に劣勢に有る側が、上から目線で講和を提案しようなどという矛盾を、どうやってクリアするかで意見が四分五裂し纏まる気配が無かった。
そういった八方塞の状態に置かれた女大統領が起した破れかぶれの発想に、側近が慌ててブレーキを掛ける。
「しかし、我が国の首都は有史以来このソウルと決まっております!」
そうだ。
そうなっているのだ。
最前線から目と鼻の先に首都を置くなどという狂気の沙汰が、ここまで罷り通ってきたのもそれが理由である。
そもそも、これまでのいかなる政権にも出来なかった難事を、支持率が絶賛急降下中の現政権に、そんな真似が出来る筈も無い。
もし強行しようとすれば、政権が倒れかねない程の問題発言だったのだが、頭に血の昇り切った女には、そんな配慮が分からなかった。
『名案』を頭ごなしに否定された憤りを込めて、再び、喚こ――
「じゃあどうしろ――っ?!」
――喚こうとして、ドアを蹴破らんばかりの勢いで入ってきた別の側近に邪魔された。
「大統領! 釜山が、釜山が……日帝に!!」
「「―――っ!!」」
切れ切れの単語の羅列。
だがそれだけで意味を理解出来た両者は揃って顔を引き攣らせた。
373 :954:2013/08/30(金) 21:00:15
「遠慮はいらん。情も掛けるな。
連中は正体不明の武装集団であり、我が国の国土を焼き国民を虐殺した憎むべき侵略者だ」
猛火に包まれる釜山の港を眼前にしながら、指揮下の艦艇全てを嗾ける様に高須大将が吼えた。
呼応する様に旗艦『大和』以下の各艦艇の砲が吼え、撃ち出された巨大な砲弾が釜山の港湾施設を、町を、悉く瓦礫に変えていくが、それに憐れみを感じる者は、この艦隊には殆どいなかっただろう。
焔に包まれた町、撃ち落とされた疾風改の残骸、そして面白半分に撃ち殺されたであろう民間人の死体の『欠片』。
それらをニュースで或いは軍内部の資料で目にした者の殆どが復仇の意志に燃え、この場に臨んでいたのだから。
「九州で無念の涙を呑んで散った戦友達の仇討ちだ。徹底的に叩き潰してやれ!」
参謀の誰かが怒りと共に叫ぶ。
それに応える様に大和の主砲が火を吹き、ひときわ巨大なクレーンを土台ごと粉々に消し飛ばした。
止まる素振りも見せず撃ち続けられる砲火。
厚いコンクリートが薄氷の如く砕かれ、土台はおろか地盤ごと粉砕されていく釜山の大地は、港湾都市としての生命を完全に奪われつつあった。
戦略艦砲射撃終了後は、機雷敷設艦を動員し、湾内に膨大な量の機雷を設置する事も、本作戦には含まれており、作戦を立案・実行に移した帝国軍の意図を如実に示している。
以後、この釜山を皮切りに、『朝鮮島』の港は虱潰しに潰されていき、辺鄙な漁村の粗末な漁船すら見逃す事無く、船という船、港という港を残らず破壊される事となるのだった。
そうやって順調に進みゆく作戦を、険しい眼差しで見据えていた高須の耳朶を鋭い声が打つ。
「敵機襲来。
数は七……いえ、九。
編隊から遅れて二機付いてきています」
「……少ないな。見落としが無いか再度確認せよ。
後方の機動部隊に伝達、敵機襲来、数は九、至急来援を乞う」
「ハッ!」
もたらされた報告にわずかに眉を潜めた高須は、見落としを恐れて再確認を命ずると共に、直掩機の出動を依頼する。
敵機の数が予想以上に少ないが、襲来自体は予想の範囲内。
当初の作戦通りの展開に、緩みかける気を意図的に引き締める高須であったが、そんな彼の下に再び信じ難い報告が届く。
「……再確認……敵機数七です」
「はぁ?」
脇を固める参謀の一人が、気の抜けた様な声を漏らした。
一瞬早く、口元を引き締め醜態を晒さずに済んだ高須の目線が、報告者へと突き刺さると、当の本人も困惑した様子で報告を補足する。
「編隊から遅れていた二機をロスト。墜落したものと思われます」
参謀達のざわめきが大きくなった。
予想外の事態に、眉を潜めた参謀長が、戸惑いながらも報告をした士官に確認する。
「墜落?
どこかの艦が迎撃でもしたのか?
それとも地表スレスレまで降りたのを誤認したのでないかね?」
「我が艦隊からの迎撃は、まだ行われておりません。
また高度を落として、こちらのレーダーから逃れた訳でも無い様です」
しばし沈黙が場を満たした。
意味不明な事態に、信じられぬと言わんばかりの表情を浮かべた高須が、思わず鸚鵡返しに問い質す。
「本当に墜落したと?」
「はぁ……その様です」
どこか自身なさげに、それでもハッキリとは答える士官を、数瞬、見詰めた高須は諦めた様に手を振り、彼を席に戻す。
――訳が分からん。
そんな思いが思わず愚痴となって零れ落ちた。
「連中は、何をやってるんだ?」
「さぁ?」
後方の大鳳から発した直掩機が、艦隊の真上を一直線に通り抜け、そのまま真っ直ぐに敵編隊へと突き進んでいくのをCICから確認しながら、提督と参謀長は狐にでも抓まれた様な顔で首を捻ったのだった。
374 :954:2013/08/30(金) 21:00:59
「……それで釜山は……釜山はどうなったのよ?」
釜山襲撃の報より五時間、憔悴の色を浮かべた大統領は、無理矢理呼び出した軍部の重鎮を睨みながら説明を求めた。
誤魔化しは許さないと、全身で宣言している女を前に、己の不運を呪いながら老齢の軍人は重い口を開く。
「……戦艦を中心とした大艦隊の艦砲射撃により、港湾機能は完全に消滅。
しかも奴らは、市街地にまで無差別に砲撃を加え、現在、釜山全域で大規模な火災が発生し手がつけられなくなっています」
そこで老人は、一旦、言葉を切り、息を整え、相手の激発に備えると、続く言葉を口にする。
「更に湾内に大量の機雷を敷設……恐らくもう釜山は……」
そこで言い淀む。
自国の物流の中心地が、再起不能になりましたとは流石に言えなかった。
とはいえ、言わずとも伝わる結果に差異はなかったらしく、大統領の顔が見る見る内に朱で染まっていった。
「この様な非道な行いが許される訳が無いでしょう!
国際社会に日帝の残虐さを訴えるのよ!!」
キンキンと耳障りな絶叫が青瓦台に響く。
窓を開けてあったなら、敷地外まで届きそうな喚き声が、その場にいた者達の全身を容赦なく叩き続ける中、呪詛と怒りの念をあらゆる語彙を使って表現しながら、大韓民国大統領は固く誓った。
「なんとしても、この釜山大虐殺を世界中に知らしめ、国際社会の圧力を借りて、日帝の連中に謝罪と賠償をさせるのよ!!」
必ずや日王を祖国の大地に跪かせ、流した血の償いをさせてみせると。
そしてこの釜山大虐殺を、世界に知らしめれば、それは容易に叶うのだと。
彼女は誓い、そして信じた。
――だがそれは、この世界への無知故の妄想。
民族浄化すら公然と行われるこの世界において、核兵器は別格とし、『この程度』の事はさして珍しく無い事としてスル―されるのを知らぬが故の誓い。
だからこそ、彼女の期待は外れ、その誓いが成就する事もなかったのだった。
最終更新:2013年09月03日 21:02