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~朝鮮島転移~
9.混沌の国
――釜山砲撃より遡る事、六日前
精悍そのものといった様子の選抜された士官達を前に、在韓米軍司令官のサマン大将は、念を押す様に尋ねた。
「全員、任務については把握出来たな?」
「「「サー・イエッサー」」」
間髪入れず返る答えに、満足そうに頷いたサマン。
その横手に立っていた駐韓大使は、真剣そのものの口調と態度で彼等を激励する。
「君達の任務の成否が、在韓米軍とその家族、そして保護している同盟国人の安全に直結する。困難である事は承知の上だが、やり遂げて欲しい」
期待と不安の入り混じった大使へと、全員が敬礼で答える中、一つ小さく頷いたサマンにも、同じく敬礼を返した士官達は、任務へと赴くべくそれぞれのチームの下へと散っていった。
悲壮さを感じさせないその背を、やり切れないといった表情で見送った大使は、呟く様な小声で脇に立つサマンへと問い掛ける。
「上手く行くと思うかね?」
「正直、困難ではありますが、彼等も選び抜かれた精鋭たちです。きっとなんとかしてくれるでしょう」
選抜は慎重に行われた。
韓国人と誤認されぬ様、白人や黒人を中心に心身ともにタフな連中を選び抜き、必要な準備も可能な限り整えたのだ。
だがそれでも不安は残る。
かなり賭けの要素の強い任務。
数チームに分けてアプローチする事になったが、その内、何チームが目的を果たせるのか、そして果たせなかったチームがどうなるのか……
それを想像すると途端に心が重くなった。
重くなったが、これも在韓米軍全体の未来の為と思い切った司令官は、苦みを含んだ口調で話を続ける。
「……幸いといってはアレですが、既に制海権は日本側にあります。
恐らくは、周辺海域にも監視の目を光らせている筈です。
それらの眼に、上手く彼らが止まってくれればなんとか……」
馬鹿な同盟国が、問答無用で殴りかかった結果、交渉のパイプすらない現状では、そういった原始的な手段に頼らざるを得なかった。
相手の使っている周波数や暗号が解析出来れば、或いは極秘裏にアプローチする事も可能だったかもしれないが、現状ではそれも分かっていない。
さりとて平文では、血の気が多いだけの現同盟国首脳部にも察知されるのは確実で、その場合、孤立無援のまま彼等と衝突する事が避けられなくなるだろう。
『あのヒステリー女が、馬鹿な真似さえしなければ、幾らでもやりようがあったものを……』
会議を終え、龍山基地に帰ってきた彼等を、血相変えて出迎えた参謀達からもたらされた一報を聞いた際の絶望感を、再び思い出しながら、何とも馬鹿馬鹿しく、やりきれない現状に、サマンは深い溜息を吐いた。
そんな彼の横で、恐らくは同じ事を思い返していたであろう大使が嘆息混じりに呟く。
「祈るしかないか……」
少しだけ失望を感じた。
大使の認識が、まだまだ甘いと胸中で批評しつつ、サマンは己の予想を口にする。
「祈っているだけでは時間切れとなる可能性もあります。
恐らくは、そう遠くないうちに、連中はこちらにもちょっかいを掛けてくるでしょう」
672 :954:2013/08/31(土) 20:13:02
大使の頬が微かに引き攣った。
一瞬だけ瞑目した老人は、諦めの混じった愚痴を零す。
「……嘆かわしい事だな。偉大なるステイツが健在なら、こんな事にはならなかっただろうに」
そうステイツが健在ならば、連中にあんな舐めた真似をさせはしなかったろう。
いや、やろうとした瞬間、強かな警告をくれてやる事も出来た筈だ。
……だが、この世界には彼等のステイツは無い。
そしてこの世界のステイツは、既に滅び去っているのだ。
となれば、彼らが生き残る為には、新たな(祖国)ステイツを見つけるか、それに準じた扱いを求められる程度の同盟者を得るしか選択肢が無く、そして現同盟国は失格だと判断したのである。
とはいえだ……
「……しかしよろしいのですか?
米韓同盟を反故にする事となりますが」
「既にあちらは、我々を同盟国とは見做していないさ。
単なる居候か、よくて態の良い傭兵扱いが関の山だな」
同盟の破約を気にする彼に、皮肉気に頬を釣り上げた大使が応ずる。
戦時作戦統制権無視に対する抗議も、宣戦布告も無しの開戦への非難も、馬耳東風と聞き流す同盟国首脳部には、彼も既に匙を投げていた。
大統領に面会を求めても通らず、本来、同盟国大使の相手をする資格も無い様な小物が、応対する様になった今、相手の心底は完全に見え透いている。
既にどちらが別れ話を切り出し、しかる後、相手を刺すかという状態。
やられる前にやらなければ、間違い無く、彼等は良い様に利用された上で使い捨てられるだろう。
信義もクソも無い掌の返しぶりに、胸中で深い憤りを感じながら、それでも現状を打破し、最善の結果を掴むべく大使は自身の意見を披露した。
「……とはいえ、こちらから破るのは問題がある。
連中はどうでもいいが、新たな同盟国民に我々が容易く破約する様な卑劣漢と見られても問題だからな」
日本人は、信用を重視する。
それはこの世界の日本も変わらぬ事は、乏しい情報からもそれなりに確信を得ていた。
だからこそ同盟国を後ろから刺すような真似は、彼等の嫌悪を招き、そして自分達の今後に暗い影を落としかねないと判断した大使は、その点だけは留意するように念を押しする。
そんな大使の意見に、サマンはやや難しい顔をして考え込む。
相手の先制を許すという事は、今の状況下ではかなりの不利となるからだ。
「となるとタイミングが重要になりますな」
相手から仕掛けさせ、そしてそれを受ける形に持って行かなければならない。
あのヒステリー女の周囲に耳目を張り巡らせておけば、暴発するタイミングを掴む事自体は可能だろうが、それでも中々に危ない橋を渡る必要がありそうだった。
そしてそれは大使にも分かっていたのだろう。
やや済まなそうな顔で答えを返す
「……ああ、その辺りについては司令官に一任するよ。
既に外交や政治がどうこうという段階では無い。
手を切るのに十分な言質や証拠は集まっているしな」
タイミングさえ間違えなければ、こちら側に正義を持って来る事は可能と言外に告げる相手に、サマンの頬も緩んだ。
「責任重大ですな」
「沈みかかった船に乗り合わせたのが不運と思ってくれ。フリーハンドを預けるのでよろしく頼むよ」
「……ハッ!」
もはや大使の言うとおり、自分達は沈みかけた船に乗り合わせた同士。
なんとかこの場を切り抜ける為、協力する事に否やは無い。
こうして在韓米軍は、自身の生き残りを優先させつつ、静かに動き出したのだった。
674 :954:2013/08/31(土) 20:13:56
「……それで軍の対策は?」
刺々しい空気を隠す事無く問い質す相手に、韓国軍の高級将校は感情を消した顔と声で応ずる。
「沿岸部の監視体制を密にし、以後、この様な暴挙を行わせないよう万全の態勢を整えております」
「……本当でしょうね?」
「はっ!」
猜疑心の塊といった視線を、意図的に造った鉄面皮で撥ね返しながら、請け負う軍人を見る大統領の眼が更に細くなった。
欲求不満にヒクヒクと痙攣する口元が、険悪な色を滲ませて歪む。
「なら、日帝がまたどこかの港を襲ったら、アナタに責任を取って貰うわ」
「そ、それは……」
いきなりの責任問題に、思わず口籠る相手を、一瞬だけ嗜虐的な眼差しで見下ろした女は、もはや一瞥する価値すら無いと言わんばかりの態度で無視すると、今度は官僚達へと言葉の刃を向ける。
「食料の確保はどうなってるの?」
「はかばかしくありません。各地の自治体にも供出を命じているのですが……」
「軍を出動させて確保しなさいよっ!
他に資材や食料を値上がりを見込んで隠している企業も摘発すればいいでしょう!!」
ここ数日、同じ答えを繰り返すだけの連中を、再び一刀の下に斬って捨てる。
もはや遠慮も躊躇いも放り捨てた彼女に、躊躇の二文字は無かった。
自身が崖っぷちに立たされている事を、厭というほど認識していた彼女は、大統領に与えられた権限全て、いや、それを越える事すら権力と武力を以って押し通すと開き直っていたのだ。
煮え切らない官僚達へと、再び言葉の刃が叩きつけられる。
「今は非常事態なのよ!
戒厳令が必要なら、直ぐに出させるわ!」
戒厳令の一言に、流石に顔色を変える者も少なくなかった。
だが、既に一線を越えつつある女にとって、それは痛痒を感じる事すら無い些細な出来事であり、そしてそれを敏感に感じ取っていた官僚達も、諦めた様に首を縦に振る。
「……はっ……了解しました」
ここで逆らえば、本当に生命の危機に晒される。
そんな物騒な印象を抱かせる相手に、それでも忠告する程の人物は、残念ながらこの場には居なかった。
もはや我が身可愛さが最優先となる中、それでもどうしようもない事実だけはと告げる勇者が現れる。
「ですが大統領、それでも恐らくは食料不足は解消しえないかと」
「我が国の食料自給体制では、来期の収穫までに国内の備蓄を全て取り崩しても、到底、足りません」
そうかといって、国外から輸入する術も伝手も無い今、最終的には国民の何割かが餓死する可能性も否定できなかった。
否定しようの無い事実を、最後の勇気を振り絞って告げた官僚達に、不穏当極まりない視線が注がれる。
675 :954:2013/08/31(土) 20:14:25
「どこかから食料を手に入れる術は無いの?!」
怒鳴りつける声だけが執務室内に響くが、再び、これに応ずる程の勇気も知恵も無かったらしい。
俯き黙り込む無能な部下達に、大統領改め我儘女王陛下の罵声が叩きつけられた。
「無いのかって訊いてるのよっ!!」
窓ガラス全体がビリビリと震えた。
自身はなんら打開策を示さず、ただ不満を鬱憤をぶつけるだけの最高責任者への忠誠心が見る見るゼロへと近づいていく中、負けじとばかりな大声が室内に轟く。
「こうなったのも全て日帝の所為だっ! 日帝に出させればいい!!」
『日帝懲罰』を主導した有力議員の金何某が、声高に唱える。
全ては日帝の所為、だから日帝に責任を取らせれば良いと。
前の世界から変わらぬ、そしてこの世界では通用しない理屈を、それでも唱える男に軍人や官僚達は蛇蠍を見る様な視線を向けた。
この男や同調者が、『日帝懲罰』などと叫ばなければ、別の道もあった筈。
半世紀以上先の知識が有れば、この世界で随分と良い目を見る事も出来たのに……
そんな思いが視線に乗って集中するが、自説を名案と思って興奮している男の鉄面皮は貫けない。
結果、男は黙る事無く持論を叫び続け、それに心動かされる者も現れた。
「日帝からですか?」
……ざわりと空気が揺れた。
複数の視線が、信じられぬとばかりに動く中、制度上、この場の最高位者である筈の女の問いに、嬉々とした表情を浮かべて金が捲し立てる。
「そうだ!
奴らが不当にも占領している我らが領土対馬から徴発するんだっ!!」
軍人達の視線が交差する。
内何人かが、頭痛を堪える様にこめかみを押さえる中、呆れた様な声が、彼の妄想を否定した。
「……残念ですが、対馬にもかなりの防衛体制が整えられている様です。
現在の我々の海軍力では、到底、攻略は覚束ないかと……」
『独島守護艦隊』が海峡を通過する際の報告により、それは確認されている。
彼等の世界では大した守備隊も置かれていなかった対馬であったが、この世界では厳重な守りを備えていると。
軍事的にみれば、大陸からの初撃を受ける場所である以上、相応の防備が為されている事には何の不思議も無い。
そして『独島沖海戦』にて疲弊し、虎の子の揚陸艦も失ってしまった今の海軍に、彼の島を攻略する程の力は無かった。
明白にダメだしされた意見。
だがそれでも噛み付いて来る金と軍人が激しく言い合うが、流石に精神論としか言い様の無い金の主張に同調する者は無く、最後は悔し気に口を閉じた金に、他の者達はホッと胸を撫で下ろ――
「……そうよ。奪えばいいのよ」
――せなかった。
ボソリと漏れた呟きが、どす黒い染みとなってその場の者達の心を染め上げていく。
恐る恐る上げられた視線が集中する場所、いや人。
明らかに狂気を滲ませたその人物――現大韓民国大統領は、真理を見出した狂人の笑みと共に言い放つ。
「無いなら、有る所から、奪える所から、持ってくればいい。簡単な事じゃない」
――何を言っている。
――何と言った。
――何を考えている。
理解不能な生き物を見る眼で、自分達のトップを殆どの者が見詰める中、いっそ晴れ晴れと形容したくなる様な満面の笑みと共に女は高らかと宣言する。
「大韓民国大統領として、国民を飢餓より救う為、軍に食料の徴発を命じます」
――八日後・深夜
韓国海軍残存艦艇が一斉出撃し、日本帝国海軍の眼を引きつける中、国内から掻き集められたフェリーや貨物船に分乗した韓国陸軍は、『朝鮮半島』の仁川に上陸、そのまま韓王国首都ソウルへと雪崩れ込んだ。
最終更新:2013年09月03日 21:21