218 :Monolith兵:2013/07/08(月) 12:21:32
※このSSにはTS表現があります。ご注意ください。
ネタSS「俺の妹が○○○なわけがない!」 その17


 京介と母との3人の奇妙な共同生活は、あやせにとって至福の時間であった。
 これまで母との間には多くのすれ違いがあり、心の中には反発とともに慕う気持ちもあった。だが、母との心の距離は少しずつ開いていき、あやせは母の期待に答えることで母の関心を引こうとしていた。父は家にいることは少なく、愛されている実感はあるのだが気持ち悪いくらいベタベタしてくるので苦手だった。
 そんな母との捩れた関係を一瞬にして修復してくれたのが、親友である桐乃でありその兄の京介であった。しかも、信じられないことに京介は前世の記憶があり、自分の高祖父だったというのだ。にわかには信じられないことであったが、両親と嶋田本家の人々に肯定され本当なのだと信じた。そして、あやせは自分のみならず母をも救ってくれた京介に恋心を持つことになった。
 その後、桐乃があの魔王だということを知ったり、京介が黒猫と付き合って別れたということもあったが、何とか自分を持ち直しここまで来れた。時々、桐乃の顔が辻政信になるという悪夢を見ることがあり、その度に寝不足に陥ることもあったが。

 京介に恋心を抱き、黒猫と付き合っていた時は嫉妬に身を焦がしそうになったほどだったあやせは、今の生活がとてつもなくすばらしいと思っていた。大好きな母と京介と一緒に食卓を囲み、毎日京介の身の回りの世話をして、まるで通い妻や新婚夫婦のような生活に酔いしれていた。
 しかし、始まりあれば終わりあるように、この奇妙な共同生活も終わりを迎えつつあった。


「さて、忘れ物は無いな。」

 京介は今まで世話になったアパートを見回して忘れ物は無いかチェックした。チリひとつ無い部屋を見て、微かな哀愁を感じたがすぐさま振り払った。

(大学に入ったら一人暮らしするのも良いな。)

 前々世では社会人になるまで実家暮らしだったので、一人暮らしの大学生活を言うものに少し憧れを持っていた。何の因果か、3回目の人生を送ることになったが、今回は前世と前々世で出来なかったことをやり遂げようと思っていたのだ。
 そんなことを考えながら、扉を閉め鍵をかけようとした時、誰かが歩いてくる足音が聞こえた。ふとそちらの方を見るとあやせだった。

「何で今日も・・・。」

 あやせは昨日まで部屋に通って引越しまで手伝ってくれたのだった。しかし、今日は先ほど引越し屋のトラックに載せた家具や家電しか残っていなかったので、来なくてもいいと断っていた。なお、新垣母子は1月前に改装が終わった家に戻っていった。それでもあやせは毎日足しげく京介の部屋へと通い、世話を焼いてくれていたのだ。

「今日はお兄さんに、京介さんに言いたいことがあって来ました。・・・多分今日を逃したら・・・。」

 あやせは顔を俯かせ言ったが、語尾は聞き取れないほど小さかった。平静ではないその様子に、京介は扉を開けて何も無い部屋の中へと誘った。何も無い部屋と入っても、寒風の吹く外よりは幾分かマシだ。

「それで、今日はどうしたんだ?」

「・・・私、昨日までとても楽しかったです。きょ京介さんと一緒の部屋にいれるなんて、夢なんじゃないかって。夢じゃなかったですけど、・・・もう終わっちゃうんですよね。」

 京介はあやせが何を言いに来たのか大体察しがついていた。だが、それに対する答えは決まっていた。いつかは通らなければならない道だと思い、答えを以前から考えていたのだ。

「本家で京介さんに言った言葉・・・今も同じ気持ちです。私を助けてくれて、お母さんを助けてくれて、私の気持ちを知ってるくせにいつもはぐらかして、なのにいつも私に優しくして・・・。」

 あやせは言おうと思っていたことを上手く言葉に出来ず、思い浮かんだことを口にしていた。

「私、京介さんのことが好きです!前世だとか、玄孫だとか、そんな事を抜きにして貴方のことが好きなんです!!」

 あやせは泣いていた。泣きながら京介が好きだと叫んでいた。これまで何度のアピールしてきたのに、全てはぐらかされてきていた。京介の心が誰にあるか解っているというのに、言わずにはいられない事が辛かった。

219 :Monolith兵:2013/07/08(月) 12:22:36
「あやせの気持ちはわかっていたよ。前世とはいえ玄孫から親愛の情以上の気持ちをを持っている事は。ああ、迷惑なわけじゃないぞ?むしろ嬉しい。だがな、私ではあやせを幸せにすることは出来ないと思っていたんだ。だから、いつもはぐらかしてしまっていたんだ。それについては申し訳なく思っている。」

 京介は頭を下げ謝った。そして、これからが本題だった。

「あやせは黒猫、瑠璃との顛末については知ってるな?」

「はい。カリフォルニアまで行って五更さんを振ったんですよね?」

「ぐ・・・。それはともかく、私が瑠璃と付き合っていた時、ずっと私たちの間には温度差があったんだ。瑠璃は私を男性として愛していたが、私は彼女を女性として愛することは出来なかった。私は今は18歳の高校生だが、前世では90歳を超えてから死んだ。精神年齢は高校生のそれを大きく超えている。私からしたら瑠璃は、・・・子供でしかなかった・・・。」

 京介の言葉をあやせは静かに聞いていた。前世云々の話しを知っているあやせとしては納得できる事だ。京介からするとあやせも子供に見えるだろう。だが、あやせと瑠璃の間には決定的な違いがあった。あやせは京介の前世を知りそれを受け入れていたのだ。

「今思えば日向が瑠璃と付き合えばいいと言ったのは、こういう事なのだろうな。本当あいつには頭が上がらないよ。私はあれでこちらでの同世代の女性とは付き合うことが難しい事を理解した。瑠璃は男女の仲がどういうものなのか学んだ。結局瑠璃を傷つけることになったが、それを込みで進めたんだろうな・・・。」

 京介の言葉は残酷だった。同世代の女性とは付き合えない。ならば、黒猫よりも年下のあやせもまた付き合うことが出来ない、と言われたも同然であったのだ。

「あやせ。お前の気持ちは嬉しいよ。多分、私に前世の記憶が無く、普通の高校生だったら喜んでお前と付き合っただろうな。だが、私はあやせを幸せにすることは出来ない。お前を女性としてみることは出来ないんだ。すまない。」

 あやせはそれを聞いて本格的に泣き始めた。京介はそれを見て一瞬近づこうとしたが、すぐさま思い直した。自分を男性として見ているあやせを、子供として玄孫として見ている自分が抱きしめたとしても、あやせを更に傷つけるだけなのだ。
 だから、「あやせのことは愛しているよ。女性として見ることは出来ないし、付き合うことは出来ない。でも、間違いなく愛している。」という言葉は胸の奥底にしまった。それがどれほどあやせを傷つけるかは火を見るよりか明らかだったからだ。

「わた、私。解ってたんです。京介さんが日向ちゃんしか見ていないって。でも、見た目が小学生に負けるなんて・・・。子供は私のほうだったんですね。」

 泣きながらも一生懸命話すあやせを、京介は静かに見ていた。あやせは同世代の子達、高校生と比べても遥に大人だ。だが、前世で天寿を全うした自分たちから見れば子供にしか見えないのだ。
 京介は黒猫に続いてあやせを泣かせてしまった事が辛かった。だが、彼女と付き合ってしまったら今以上に彼女に辛い目に遭わせてしまうだろう。なまじ黒猫との経験があるために、破局を先送りにしてしまいその時間だけあやせは傷ついてしまうだろう事は明らかだった。

「好きなのに・・・。頑張ってきたのに!」

(私を憎べばいい。だが、自分を傷つけないでくれ。)

 あやせの慟哭を見て、京介はあやせの心が傷つかないようにと願った。なんとも身勝手な願いであったが、京介にはあやせと共に泣く事もあやせを抱きしめる事もできないのだ。

 そんな京介の願いを知らないあやせは、涙を手で拭いスクッと立ち上がった。京介は無言で彼女を見上げた。

「京介さんの馬鹿!あれだけ私を惑わせておいて!こうなったら・・・こうなったら・・・。」

 あやせが何を言おうとしているのかは解らなかったが、彼女の怒りが自分に向いているのはわかった。京介にはあやせをどうこうする資格はもう無い。あとは、桐乃やあやせの母親の仕事だ。
 あやせは玄関の扉を開け、こちらを振り向いたかと思ったら捨て台詞を言って走り出した。


「こうなったら!私も中身爺になってやるー!」


「ちょっと待て!どうしてそうなるんだ!!」

 京介は先ほどまでの思考を一瞬にして捨て去り、あわててあやせを追いかけた。


あやせ√BADEND②

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最終更新:2013年09月04日 19:29