200 :ひゅうが:2013/05/16(木) 23:14:37

銀河憂鬱伝説ネタ話 閑話――「ちょっと未来の二人」


「ヤン准将閣下。」

前半は若干ヒステリック気味な高音で、中盤に自嘲するように、そして後半に義務感をにじませた一言だった。
少し内省気味の性格の持ち主なのかなと思いながら、ヤン・ウェンリー准将は暖色の廊下でゆっくりと振り返った。

声の主は少し痩せ気味な男だった。
年齢はヤンと同じくらい。しかし筋肉質な男が放つ覇気とも剣気ともいえる陽性な雰囲気は、基本インドア派であるヤンを少したじろがせた。

「君は…」

言っている途中で記憶を参照し終わったヤンは、納得を顔に浮かべ、それを受けたくだんの男性は少し微笑したようだった。

「アンドリュー・フォーク中佐であります。ヤン閣下。本日付で閣下の下で雑用をやれとキャゼルヌ閣下に申しつけられてきたもので。」

「私の2期後輩だったね。対日留学の第一期生。宇宙軍大学校の卒論は『旧銀河連邦軍にみる宇宙通商破壊戦の可能性と護衛戦の可能性』。
あのルドルフとポンペイウスの対比はおもしろかった。」

「光栄であります。」

少しだけ驚きの表情をフォークと名乗った男は一瞬だけ浮かべて、すぐにもとの表情に戻った。
いかなヤンとて、自分の下につくことになっている者の経歴くらいはチェックする。
少なくともこの数年でそういった習慣は半ば強制されてたたき込まれていた。

今回の人事は、宇宙艦隊幕僚部と名付けられた「参謀機関」の「戦略部」の立ち上げを任されることになった――押しつけられたともいう――ヤンに「お目付役」をつけようという上の意図に基づくものだという。
それに、彼にとってはこの将校の経歴はかなりおもしろかった。
典型的な指揮官コースを通って士官学校を出てから、同盟と日本の相互交流に選抜されて向こうの宇宙軍大学校へ留学するまではまぁ普通だった。
しかし、そこを卒業してからはわざわざ派遣期間を延期してまで向こうの航宙保安庁に出向し、特別警備隊(立ち入り検査隊)や巡視艦隊を転々。
その後に同盟大使館付き武官の兵部省担当をつとめたあとで同盟軍の実践畑へ舞い戻ったくちだ。
それも、イゼルローン方面の実戦部隊の兵站方面へ。

「本当に?」

「正直に申せば複雑でありますね。」

「だろうね。君は私のようなタイプが嫌いそうなタチだ。贅沢なことを言わせてもらえば、上に気に入られるということは面倒ごとが増えるだけであると私は思うよ。」

なぜそんなことを言ったのか、ヤンはそのときは分からなかった。

「わかっていて言っていらっしゃるのであれば、閣下はなかなか狷介でありますな。」

いやそうに首をふりつつ、そして露悪的であろうとつとめているらしいわざとらしい嫌味な表情を、フォークは浮かべてみせた。
感情を理性と義務感、そして他者への共感をもって制御しようとつとめている者に特有の半分運命を受け入れているような表情だった。
とはいっても悟りを開いたようなものではない。残る半分は世にあふれる理不尽への怒りでできているからだった。

「正直に申し上げれば、私は閣下のような存在は好きではありません。しかし。」

「しかし?」

「仕事も人生も、気持ちよく行える方が健康的であります。
そのためには、上司でも部下でも自分との共通項や好感を持てる部分を探すことが不可欠かと。」

「ほ-。で、見つかったかい?」

おおかた、まだまだ浸透しきっていない兵站方面への理解かとヤンはあたりをつけた。
この男、馬鹿ではない。
しかし、士官学校で一貫して戦略科を志望し、当初の配属希望(これはキャゼルヌが「漏らし」た)に宇宙艦隊参謀をあてていたあたり、彼の志望と上の判断は乖離していたらしい。
それにくさることなくまじめに仕事を行い、結果を出すあたり彼はまじめな男であるとヤンは思った。

自分とは大違いの。

「はい。――適性と希望が正反対というところが。」

「なるほど。してみると、その点において私と君は理解しあえるわけだ。」

「はい。まことに遺憾ながら。」

「そうか。」

「そうです。」

まぁ、嫌味や敵意で仕事を誤らない人物である分はいいか。
そんなことを考える自分はいささか傲慢になっているな、とヤンは思った。

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最終更新:2013年09月04日 20:32