- 702. 名無しさん 2010/12/28(火) 18:15:57
- 「第一だ、国防省のボケ老人が前線を見るのがいかんのだ!
私は少なくとも連中よりは兵の心も状況もよく分かっているつもりだ。
それを『軍人の事に口を挟むな』だと!ふざけるな!」
(・・・一体何時になったら終わるんだろうか・・・)
1942年のある日、ドイツ国民啓蒙・宣伝大臣のヨーゼフ・ゲッベルスは、
最早定例ともなっていた第三帝国総統アドルフ・ヒトラーの愚痴に付き合わされていた。
アルベルト・シュペーアなど他にも愚痴に付き合わされる人間はいたが、
彼は集中的に愚痴の被害を被っていた。
彼が総監督を務めたプロパガンダ映画『西南西に進路を取れ』の好評により、
ヒトラーのゲッベルスに対する評価は益々高まっていた。ヒトラーを快く思わない人間は、
"坊主憎けりゃ袈裟まで憎い"方式で彼とも距離を置くようになっていたが。
ゲッベルスは史実において、敗戦寸前のドイツでヒトラーから首相に任命されている。
他にはかのハンス・ウルリッヒ・ルーデルに全ジェット部隊の指揮を頼もうとするあたり、
ヒトラーという人物、頼りにできると見た人間は徹底的に頼りにする面もあったのでは?
と考える人もいた。
ともかく、この世界においてもゲッベルスはヒトラーから深く信頼されていた事は間違いない。
何度も愚痴に付き合わせるのも、その信頼の現れと言えた。――本人にとっては迷惑極まりないだろうが。
提督たちの憂鬱 支援SS 〜続・ゲッベルスの挑戦〜
一通り鬱憤を晴らした所で、ヒトラーはゲッベルスに切り出した。
「ところでだゲッベルス君、君に頼みたい事があるのだが・・・」
「私にできる事であれば取り組ませていただきましょう」
ゲッベルスは即答した。伊達に長年付き従っている訳ではない。
総統は安心したように一呼吸置くと、独ソ戦の問題について語りだした。
「・・・ソ連の捕虜がだな、収容所の兵達との折り合いが悪いのだ」
独ソ戦が長期化の様相を見せると、両軍共にモラルハザードの兆しが見え出していた。
例えばソ連側の一部は前進する際に、ドイツ兵の捕虜に先頭を歩かせて盾にしていた。
ドイツ側でも占領した村の広場にソ連兵の死体を積み上げて『抵抗する者はこうなる』
という看板を立てる等の行為をする部隊があった。
前線がそんな有様である。後方の捕虜収容所に送られたソ連兵は、
度々収容所のドイツ兵といざこざを起こしていた。
ソ連兵側からすればドイツ兵は『ファシストの分身』であるし、
ドイツ兵側からすればソ連兵は『コミュニストの分身』であり、互いに唾棄すべき存在である。
両者の溝は深まるばかりで、収容所のおよそ2割が組織的な暴動の発生を経験していた。
当然ながら、脱走を試みる捕虜も後を絶たない。
ある収容所では衛兵が銃剣で捕虜の耳や鼻を削ぎ落としたりしていると言う。
ソ連の捕虜収容所に送られたドイツ兵については不明である。
おそらく、ろくな目には遭っていないだろう。
- 703. 名無しさん 2010/12/28(火) 18:17:05
- ヒトラーはおおよそこんな意味の事を身振り手振り話した。
「悔しいが兵の動員能力においては連中の方が上だ。
我々は同じ枢軸国から援軍を集めたが、それでもまだ兵力的には追いつかん。
・・・そこでだな、ソ連の捕虜を改心させて我が軍の中に組み込みたい。」
総統閣下も随分と柔軟になった物だ・・・
と思いながら、ゲッベルスは不安を隠せない顔で尋ねた。
「閣下、申し上げにくいのですが、それは危険だと思います。
腐っていると分かっているパンを食べたがる人間がいますか?」
「君の言いたい事は分かる。しかしだな・・・
腐ったパンはずっと腐ったままだ、だが、人の心というのは違う物だろう?
君にはドイツ人の心と、ソ連人の心を変える映画を作って欲しいのだ。」
本気なのか。今まで両者は散々に互いの事を貶めて来たのに。
本当なら苦虫を噛み潰したような顔をしたいが、総統の手前そんな事はできない。
「ゲッベルス君・・・君ならきっと上手くやってくれる筈だと私は信じている」
そして目の前の総統から放たれたこの一言に、彼は首を縦に振らざるをえなかった。
・・・こうして、ヨーゼフ・ゲッベルス二度目の挑戦が始まった。
- 704. 名無しさん 2010/12/28(火) 18:17:43
- 「今まで犬猿の仲だった二者の融和か・・・
とすると、露骨にソ連軍やドイツ軍を出すのは避けなければならないな。
何か良い手は無いか・・・」
苦悶するゲッベルスはふと、日本人ならばこんな時どうするのだろう、という事を考えた。
(全くふざけた連中だよ日本人は・・・やることなすこと全てが我々の一枚上を行っている。
だが、これはチャンスでもあるな。ここで一度、白人の底力を見せてやるのも悪くない)
そして、休憩や中断を挟みつつ、幾時間かかけて新作映画のコンセプトが決定した。
1.現在の物事は一切扱わない。
2.「ドイツの敵はソ連では無い。ソ連を操る共産主義であり、
ソ連とドイツは本当は友好的になれる」とアピール。
3.国内だけでなく外国でも話題にされる作品にする。
「・・・1.と2.の矛盾ぶりが凄いな。
だが、この程度何とかできなくては世界に冠たるドイツの名折れだ。」
矛盾を抱えるこのテーマにゲッベルス自身だけでは無く、
国民啓蒙・宣伝省の人間達全てが頭を抱え込み、呻いた。
「独ソの友好が目的なのに、今の物事を扱うな!?」
「ってか、どうして独ソの関係を友好的に描かなきゃいけないんだ!?」
「すみません、一身上の都合により辞職させて頂きます」
しかしそんな問題が、資料としてもたらされた前線や捕虜収容所の現状を見た、
エリート意識に染まったある職員の一言により前進を見る事になった。
「・・・こんなのは野蛮人のする事です、とても近代の人間がする事とは思えませんな」
「それだ!!!」
この時ゲッベルスが上げた大声は、それからしばらく省内で語り草となった。
- 705. 名無しさん 2010/12/28(火) 18:18:13
- (今の我々と似たような問題を抱える架空の野蛮人たちの世界を作り出せば、
わざわざ今の事物を扱わなくても大衆は勝手にそれを連想してくれる。
いや、仮にしてくれないとしても、
どこかの評論家にそういう文章を書かせれば分かってくれるだろう)
こうして、ヨーゼフ・ゲッベルス総監督の映画第二弾『荒野の七人』の製作がスタートした。
例によって1年にも満たない超過密スケジュールではあったが、その内容はまたしても画期的だった。
まず、扱う時代がとにかく古い。
人々は藁と土と石で作った家に住み、服は粗末な布や動物の皮、主な武器は石製、もしくは弓矢である。
キャストからは「なんで原始人みたいな格好をしなきゃいけないんだ」と不満が続出していた。
そして舞台設定が、明らかに今の状況をオマージュした物だった。
「遥か昔、そう我々が生まれる千年も二千年も前に、
欧州と呼ばれる事になる地には小さな村があった。
車も電気も、まともな着る物さえも無い当時の暮らしは辛く、厳しかった。
そして、彼らの暮らしをさらに苦しくする物がそこにはあった・・・」
というナレーションの次に映し出されるのは獣の血で真っ赤に染めた毛皮を着た蛮族達。
彼らが村を掠奪し、村に蓄えられていた食べ物を奪っていく所からストーリーが始まる。
この蛮族の暴虐に耐えかねた村の人々が、六人の戦士の下で蛮族に対抗するのが大筋だが、
途中で蛮族の若者が村に捕まってしまう。彼を殺して日頃の恨みを晴らそうとする村人を、
意外な事に村の英雄である六人の戦士たちが制止する。
そしてリーダー格の戦士(余談だがこのリーダー格、ロンメルそっくりである)が
「我々と彼との違いは何だ、着ている服が違う、ただそれだけではないか。
君たちは自分と同じ服を着ている人は殺さないのに、そうでない人は殺すのか」
と村人に説教、捕虜の若者に村人達の着ている服を与える。その若者は戦士の精神にいたく感動し、
七人目の戦士となって共に蛮族の首長(余談だがこの首長、スターリンそっくりである)を倒す。
すると首長に従っていた蛮族の兵士達が次々と投降し出す。
実は蛮族達が村を襲っていたのは全て首長の命令による物であり、
村から奪った物も皆首長が自分の物にして、彼らには雀の涙ほどの分け前しか無かった。
首長は自分の気に入らない者を次々と殺していたため、皆は生きる為に仕方なく彼に従った。
そしておどろおどろしい血の毛皮も、その首長が着ることを強要していたのだった・・・
という事実が判明し、再びリーダー格の戦士が
「君達はもうあのようなケダモノに脅かされる事は無い。
こんな服を着ている必要も無いし、望まずに他人を傷つける必要も無い。
過去の不幸な出来事は過ぎ去った。これからは同じ人間同士、
共に助け合って暮らしていかなくてはいけないし、それは決して不可能ではない」
と蛮族達を受け入れる。初めは嫌がっていた村人も少しずつ打ち解けあい、
時は流れ、かつては敵だった者たちが共に耕した小麦畑と七人の戦士達の墓を背景に物語は終わる。
- 706. 名無しさん 2010/12/28(火) 18:18:49
- 1942年の年末に封切りされた純ドイツ産映画『荒野の七人』は、
初めこそ「なんじゃこりゃー」な扱いだったものの、(国民啓蒙・宣伝省の要請による)評論家達の
「彼らこそ本当の文明人ではないか」「ドイツ騎士道精神の根底がここにある」
云々という考察や絶賛が出始めるとにわかにドイツの大人気映画となった。
観客動員数は『西南西へ進路を取れ』を超え、外国でも大きく話題にされた。
特にイギリスでは、「七人なのに六人かよ、って始め思ってたら敵から一人加わるなんて!
こいつぁ一本取られたね、ハハハ」と一応好意的には受け止められていたものの、
主要キャストがドイツの有名人そっくりである事、
時代考証的におかしい所がある事等を指摘する記事が多く出回り、
紳士的な皮肉に満ちた考察文が『荒野の七人、七つの謎』と題して高級紙に掲載された。
アメリカは外国の映画を楽しむどころではなかった。
ドイツ以外の枢軸国では「まぁいい感じじゃないの?」と、同盟国の顔立ててんだよ、
という意図が透け透けの評価だった。ソ連は『七人のプロレタリアート』という、
時代が帝政ロシアである事等以外はほとんど荒野の七人をパクった映画を作った。
日本でも映画のフィルムが輸入されて上映が始まると概ね好評、
夢幻会内部には「ドイツにも逆行者いるっぽくね?」と不安を抱く者さえ現れた。
さらに、この映画は業界では『地中海ショック』と呼ばれる、
日本産映画に衝撃を受けた欧州の映画界の人々に希望を与えた。
イタリア、イギリス等では映画制作業に活気がもたらされ、
ドイツ映画に続けとばかりに新作映画が発表され始めた。
ドイツ国内で誰も知る者はいなかったが、この映画についてはこんな笑い話もある。
蛮族の軍勢へ先制攻撃をかけるために投石器を作るシーンでは実際に投石器をロケ地で組み立てたのだが、
それをソ連やイギリスのスパイが『ドイツ軍の新兵器』と勘違いし、
「あれはどういう兵器なんだ?」「爆弾を投射する機械か?」
「世界に冠たる木製兵器www」「いや、模型で強度を確かめているのでは・・・?」
などと諜報機関が大混乱。特にイギリスでは伝説の珍兵器『かんしゃく持ちの八連装ビン投射機』
の採用が真面目に議論される等したと言われている。
- 707. 名無しさん 2010/12/28(火) 18:19:20
- 「国外での反応もまずまず、と言った所か。
それに映画が上映された収容所では僅かながら雰囲気が和らいだと言うし、
捕虜宛に食事の差し入れをする者も出てきたらしい。
このまま上手く行ってくれれば、本来の目的は達成されそうだな。」
ゲッベルスも次々と入ってくる報告書を片手に満足気な顔をする。
『荒野の七人』公開と同時にアドルフ・ヒトラーも各地の捕虜収容所への視察を始めた。
ドイツ兵にも、そして捕虜となったソ連兵相手にも自慢の猛烈な演説を繰り広げ、
『悪いのはソ連の将軍達と政府』というイメージを植えつけようと躍起になっている。
これまで悪の枢軸として教えられてきた人物が目の前で自分達に同情的に語る姿は、
多くの捕虜が対ドイツ感情を軟化させ、大人しくなるきっかけとなった。
「総統閣下もご自分の計画の遂行の為に随分と苦労をなさっている。
閣下の苦労に報いるためにも、この映画の素晴らしさをさらに世に広めなくては」
ゲッベルスは報告書を読み終えると、映画の宣伝キャンペーンの計画立案に着手した。
その顔は前途への希望と意欲に満ちていた。
こうして彼の挑戦は、これからも続くのであった・・・
〜 Fin 〜
- 708. 名無しさん 2010/12/28(火) 18:19:57
- 後書きです。
・・・長い、長いよ!6レスも使うだなんて思わなかったんだ。
ゲペを少し活躍させすぎな気がして怖いけれども、何、嶋田さん達に比べれば・・・
本当はタイトルを『七人の騎士』とかにしたかったのですが、
逆行者でもないのに世界のクロサワの作品を先取りするのもいけないと思い、
アメリカの西部劇バージョンからタイトルをお借りすることにしました。
史実における製作元の美国は映画どころでは無いと思うので^^;
続続・ゲッベルスの挑戦は・・・
うーん、書けるかなぁ(汗)
最終更新:2012年01月01日 10:12