908 :帝都の休日 第7話:2013/07/11(木) 20:04:08

提督たちの憂鬱のキャラがギアス平行世界に転生
性格改変注意
嶋田さんとユフィは婚約済み
何にもない日常
ダダ甘話
ラブロマンス率100%

909 :帝都の休日 第7話:2013/07/11(木) 20:04:41



帝都の休日 第7話





七月七日







蒸し蒸しとする梅雨の空気に包まれた東京の住宅街。
如何にも高級住宅、豪邸、といった風情の家々が立ち並ぶこの一角に、瓦葺きの屋根を持つある一軒の日本家屋があった。
周りに比べて比較的こじんまりとした感じの、豪邸とは呼べないながらも広く立派な作りをしたその家の前には、数名の屈強な男が立っており、周囲に目を光らせている。

「異常は無いか?」
「はっ! 異常無しでありますっ!」

いつもと同じように屋敷の周りを巡回していた男が、まるで軍隊でする報告のような口調で以上が無い事を告げると、また持ち場に戻っていった。

「まぁ、この屋敷を襲撃してくるような命知らずな輩はそうそうおらんだろうが」

ダークスーツに身を包んだ男の職業は警備員。先ほど巡回していた男も同じだ。
彼らは日本軍の精鋭から引き抜かれたこの屋敷専属の警備員たちなのである。
だが何故、軍に所属していた人間が、民間人の屋敷を警備しているのか?
その答えは、この屋敷に住む住人が、民間人とはいえ特別な存在であるからだ。

『嶋田繁太郎』

それがこの屋敷の主人の名前。日本人であるならば。いや、世界中でまともな教育を受けてきた者ならば誰でも知っている名だ。
大日本帝国を永年に渡って率い、同盟国である神聖ブリタニア帝国と共に、あらゆる分野での協力と文化交流を成し遂げ、両国を硬い絆で結びつけた人物。
元より洗練された高い技術を持っていた日本を、更なる高みへと飛躍させた立役者たちの一人なのである。
無論、次代を担う者たちに後を託した現在は、表向き隠居生活を送る一人の男に過ぎないのだが、今尚、有事の際には現首相の権限を越えて絶大な力を行使できる日本の最重要人物なのだ。
そういう立場に在る以上、例え本人が望まずとも、生涯に渡り身辺警護が着くもので、彼の家の周囲や庭には、常に警備員が常駐して物々しい雰囲気を作り出していた。
平穏で静かな余生を過ごしたいと望む彼としては、別に警護して貰わなくともという思いはあったのだが、当然ながらそのような個人の思いが受け入れられる筈も無く、
減らされる処か、反対に増やされてしまうような状態になっている。

その警備員を増加させられる原因となったのは、今年で18歳になる少女の存在であった。

910 :帝都の休日 第7話:2013/07/11(木) 20:07:17






深い深い闇の底に意識を沈めていた彼は、不意に感じた温もりと、鼻腔を擽る春の香りに揺り起こされようとしていた。
この香りと温もりは知っている。無意識下でも間違うことはない。最近知り合って特別な関係を築いた少女特有の物だ。
一度これを感じ取ってしまえば、望む望まずに拘わらず、意識を表層へと浮上させ、覚醒を促されてしまう。
そのくらい、この少女の存在は大きいのだ。最初の『時』であった過去の過去と、次の『時』……前世であった過去。そして現在へと至る過程を知る、数少ない人物なのだから。

夢と現実の境まで辿り着いた意識が、閉じていた彼の目を自然に開かせる。
そのぼやけた視界に飛び込んできたのは、やはり予想通りの少女の姿であった。

「あ、起こしちゃいました?」

小首をかしげる少女のポニーテールに纏められた桃色の髪の毛がさらりと揺れた。

「ん……。いや、いいよ……気にしないでくれ」

少女は先ほどから頭に置いていただろう手で自分の頭や顔を撫でてくる。後頭部に感じる柔らかくて温かい感触は彼女の膝の温もりであろう。
実はこの少女。何度も訪れている嶋田邸の警備の人間や、家政婦とは既に窺知の間柄であり、家主との関係も知っている為、この家の家人としての扱いを受けているのだ。
その為、『こんにちは』の挨拶に『お帰りなさいませ奥様』と返されて、素通りで入れるという特別な扱いをされているのである。
序でに言うならば『これからは強引に行く』と宣言し、少し前まであった心を隔てる壁を破壊してきた少女は、遠慮という物を忘れてしまったらしく
こちらが休みの日にうたた寝をしていると勝手に上がり込んできて、目が覚めたら膝枕をしていたりするのが最早日常となっていた。

その間、彼女の付き添いとして嶋田邸を訪れている者達は、嶋田邸の警護部隊に混ざってこの屋敷の警備に就くというのが決まり事となっている。
これは彼女の姉が、正確に言えば彼女のお国が決めた事。言うならばそれは、彼女という人間の社会的地位の高さを表していた。

「こんにちはシゲタロウ」
「ああ、こんにちはユフィ」

その自分の日常に根を下ろした少女の名はユーフェミア・リ・ブリタニア。神聖ブリタニア帝国の第3皇女であり、近い内に結婚しようと約束した大切な娘。
世界最大の超大国の皇女殿下……所謂お姫様だ。それが彼女の身分である。

911 :帝都の休日 第7話:2013/07/11(木) 20:07:56

「それにしてもユフィ、君はまた公務服のまま家に来たのか」

彼が目を向けたのは、そのお姫様の髪。中央に金色の模様が入った白い大きな髪留めで纏めたポニーテールだ。
ただ、それだけを目にして私服ではなく仕事着――公務服であるとわかってしまうのは、
彼女が公務服を着ている時は、髪の毛を下ろしたままにはしておらず、基本的にこの髪留めで髪を纏めていると知っているから。
似合っている髪型であるというのは勿論の事、服装を見るまでもなく判別可能な特徴とも言えるので、これはこれで見分けが付きやすくて良いと思う。
まあ膝枕されて上方しか見えていないとは言っても、横を向けば直ぐに服装などわかるものだが。

「公務服だといけませんか?」
「いや、いけないという事はないけどな。何か俺みたいになりそうで心配なんだよ」
「シゲタロウのように?」
「ああ、仕事に生きる……みたいな、ね」

仕事着を着たままでいるというのが、常時仕事をしているように感じてしまい、まるで過去から現在に至る自分を見ているようで、彼女の身体が心配になる。

「俺が百何十年かの人生で仕事ばかりしているのは知っているね?」
「はい、主に書類仕事でしたか?」

既に自分の前世を知っているユーフェミアには、仲間達の了承の元、一通りの過去の事を教えていた。
といっても、最大の秘密である『衝号』を一番始めに知ってしまったというのもあって、最早隠しておくべき事など無かったのだが。
何よりも彼女が前世、そして前々世について知りたがったから話していたのだが、その中にあるのだ、書類地獄についての話が。

「書類もだけど色々あるんだ。経験上言うと、生きている感についてはそれは凄まじい物があるけど、決して身体には良くない。君は女性だから美容と健康両方大切だ。俺みたいな仕事人間にだけはならないように気を付けてくれ」

これについては結構切実な思いがある。
世間一般で言うところの普通の仕事人間ならばまだいいと思われるのだが、自分の領域にある仕事人間はもう別の次元になっていて、こんな細い身体のユーフェミアが耐えられるような物ではない。
勿論、彼の場合は日本の為、そして何より自分の為にも必要であったからこそ必死になって仕事に励んできたし、激務に耐え続けられたのだが。
同じ事が彼女に必要か? といえば、必ずしも必要であるとは言えないだろう。

「それなら大丈夫です。わたくしは自分の限界を理解しているつもりですし、無理を押して仕事をしようとすればお姉様に止められちゃいますから」

しかし、話を聞いた処どうやら大丈夫であるみたいだ。それもそうか、あの妹思いの姉コーネリア皇女が、そんな無茶な事をユーフェミアにさせるはずが無いのだから。

「羨ましい話だな。俺は止められるどころか次から次へと書類の山を渡されてたからなぁ」

無茶をさせない姉が居るというユーフェミアと、無茶をして当然という自分との環境の違いにそうぼやきながら、彼は彼女の膝を枕にして横になっていた身体を起こそうとする。

「ダメです!」

が、ユーフェミアに押さえ付けられてしまった。

「ユフィ?」
「もう少しこのままで――」

自分の膝を枕にしたまま寝転んでいろというのだろう。

「わかったよ、もう少しだけ君の膝を借りておく。まったく、君は言い出したら聞かないから困る」

優しげでふわふわした性格ながら言い出したら聞かない頑固な一面を持つ彼女には、何を言っても無駄だと知っているので、このまま大人しく寝させて貰おうか。
投げやりな感じで決めた彼は彼女の膝を枕にしたまま、す~っと目を閉じた。

912 :帝都の休日 第7話:2013/07/11(木) 20:08:37




どれくらいの間そうしていたのだろうか? また長い時間寝入ってしまっていた彼は不意に目を覚し、自分の頭を撫で続けている温もりを感じて、この手の主であるユーフェミアに目を向けた。

「結構長く寝入ってしまっていたかな?」
「ええ、もうそれはぐっすりと。外はもう日が沈み掛けていますよ?」
「そうか……随分と長く寝ていたんだなぁ。君の膝は温かいから妙に眠気を誘うんだよ」

まるで子どものようねと、くすくす笑うユーフェミアの藤色の瞳を見つめていると、その瞳に吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚える。
不思議な色だ。空想の世界でしか見られない藤色の瞳と桃色の髪。しかし、今ここに居る彼女は現実で、何度も転生を繰り返している自分もまた現実で。

「不思議ですわね」

そんな心の内を見透かされたのか、ユーフェミアはこちらが考えているのに沿った内容の話を始めた。

「何が不思議なんだ?」
「わたくしとシゲタロウがこうして出逢えた事がです。輪廻転生を繰り返す貴方――神崎博之が居てくれたからこそ、わたくし達は出逢えた」
「確かにな。何か一つでも歯車が噛み合っていなければ、俺と君はこうして出逢えなかっただろうからね」

平凡な会社員の青年――神崎博之が、前世の嶋田繁太郎に憑依しなければ。
憑依した時に、神崎博之という人生を覚えていなければ。
同じ人間としての繰り返しの転生を記憶し続けるという特殊な能力を持っていなければ。
そして架空の世界『コードギアス』の平行世界である現実世界の現世に転生しなければ。
嶋田繁太郎とユーフェミア・リ・ブリタニアが出逢い、結ばれるという奇跡は起こらなかったであろう。

だからこそ、その出逢いの先にあった『今』が尊い物であり、大切にしなければならない『時』その物だと思わずにはいられない。
月並みな言い方をすれば『今』という時は『宝物』といった処であろうか?
大切に思う者同士がこうして寄り添っていられる『今』は、何物にも代え難い宝物なのだ。

「シゲタロウ、今日が何の日か御存じですか?」

今日が何の日か? そう問い掛けるユーフェミアに彼は答えた。

「短冊に願い事を書いて笹に付ける日、星に願いを掛ける日、星が願いを叶えてくれる日………七夕だ」

そう。今日七月七日は七夕の日。
短冊に願いを書いて笹に吊したり、星に願掛けをすれば叶うと言われている、クリスマスとはまた別の奇跡の日だ。
そして――

「織姫と彦星が一年に一度の逢瀬を重ねる日でもある――さしずめユフィは織姫といったところか?」
「どうしてわたくしが織姫なのですか?」
「ほら、君はブリタニアの第3皇女……つまり、お姫様だろ?」

織姫を投影するなら本物の姫であるユーフェミアが丁度いいだろう。

「うふふっ、わたくしが織姫ならシゲタロウは彦星ですね♪」

織姫の相手は彦星。ユーフェミアが織姫であるのならば、そのお相手である彦星は嶋田以外にない。

「おいおい、還暦のおっさん捕まえて彦星はないだろう」

しかしながら、彼としてはその例えには違和感を覚えてしまう。
彦星というのは青年である。それに引き替え自分は還暦。初老と言われても決しておかしな年齢ではないのだ。

「年齢なんて関係ないわ。わたくしの彦星はシゲタロウ以外に有り得ませんもの」

だが、ユーフェミアとしては自分が織姫である以上、彼が彦星でなければならないという意見を曲げたりするつもりはなかった。

18歳と60歳。実に42歳差という歳の離れた二人であるが、その距離は織姫と彦星が霞んでしまうほどの近さ。
ずっと一緒に居られるのだから、距離はゼロといった処であろうか?

913 :帝都の休日 第7話:2013/07/11(木) 20:09:12

「しかし、七夕を例えに持ち出すとなると、不安な要素が一つ出てくる」

七夕伝説に出てくる織姫と彦星が会えるのは年に一度だけ。ではその原因を作ったのは誰かとなる訳で。
そこで浮かび上がってくるのは、豪奢な巻髪にした白髪と、身体の芯まで響いてきそうなくらいに大きな声が特徴的な男の姿。

「お父様ですね?」
「そう、シャルルさんだ……」

織姫と彦星が一年に一度しか会えないようにした人物、織姫の父親、つまり二人にとってはシャルルがそれに該当する。
といっても、別に自分たちは織姫・彦星のように一年に一度しか会えないという事はなく、毎日のように会っては二人だけの時間を過ごしていたが。
それでもシャルルの返事如何によっては、本当に織姫と彦星の関係になってしまいかねないのも確かな事。

「シャルルさんには、正式に結婚の挨拶に伺わなきゃならないからな」

シャルル・ジ・ブリタニア。
神聖ブリタニア帝国第98代皇帝にしてユーフェミアの実父であり、近く彼の義父となる人物。そして、数十年来の友人でもあった。
嶋田がユーフェミアと結婚する以上は避けて通れないのがシャルルへの挨拶。実の娘であるユーフェミアを嫁に貰うのだから挨拶に伺うのは当然の事だ。
まさか彼女の姉であるコーネリアへ結婚させてくれと挨拶しておいて、父親たるシャルルには何の挨拶もなしなどという事が罷り通る筈もない。

「まさか、同年代の友人に娘さんをくださいと言うことになるとは……」
「でも、お父様なら必ずや認めて下さいます」
「やけに自信ありげだが、根拠は?」
「お父様はむさ苦しくて暑苦しくて、周りの迷惑も考えずに大声で喋る迷惑な方ですが、わたくし含め子ども達には優しいんです」
「酷い言われ様だな……」

確かに、シャルルは子煩悩であり、本来ならば理想的な父親と言えるのであろう。
但し、ユーフェミアとは腹違いの妹で、神聖ブリタニア帝国第87位皇位継承権を持つヴィ家のナナリー・ヴィ・ブリタニア皇女と、
現大日本帝国内閣総理大臣――枢木ゲンブの長男、枢木スザクの友達以上恋人未満の仄かな関係を知るやいなや、

『枢木の息子が娘を誑かしたッ』

と激怒して、日ブ首脳会談をボイコットしかけたほど悪い意味での子煩悩なのだから、正直そう簡単に認められるような気がしないのだ。
因みに、ブリタニアでは皇帝こそが法であり憲法なお国柄故、シャルルは他の皇族・貴族とは比較にならないほどの絶大な権力を保持している。
例え白でも、シャルルが黒と言えばそれは黒なのだ。
つまり、シャルルが結婚を認めないと言えば、絶対に結婚できない事を意味する。
勿論、友人補正がある程度は利くかも知れない物の、完全に不安をぬぐい去ることはできそうにない。
何せ、あの子煩悩なシャルルならば、友人に裏切られたと斜め上に捉えるかも知れないのだから……。

「シゲタロウならば大丈夫ですわ。それに今夜は七夕……不安なら二人で祈りましょう」
「さっき君と俺が出逢って結ばれたのは奇跡だと確認したばかりなのに、このうえ更に願い事をして叶うとも思えんのだがな」
「先ほどのとはまた別です。出逢い結ばれたのは運命、でも、今ここで祈るのは正式なお願いごと……。ですからきっとお星さまは願いを叶えてくださると思うんです」
「また都合の良いように考えた物だ」
「都合の良いようにも考えます。わたくしは織姫と彦星のように一年に一度しかシゲタロウと逢瀬を重ねられないなんて嫌ですからね」

914 :帝都の休日 第7話:2013/07/11(木) 20:09:58

そう言って膝枕をしている彼に顔を近づけるユーフェミア。
さらりと彼女の肩から流れ落ちた髪の毛が顔を撫で、甘い香りを擦りつける。

“んっ”

次いで塞がれた唇。湿り気を帯びた唇の感触が心地良く、自らも手を伸ばしてユーフェミアの両頬を捉え、押し返すように唇を押し付けた。
しかし、強引なユーフェミアは押し返そうとする彼の口の中に舌を忍ばせてきた。甘酸っぱい味が口の中に広がり、唾液の交換を促進させる。

“んんっ・・・んっ――”

嶋田から送られる唾液はユーフェミアの喉に、ユーフェミアから送られる唾液は嶋田の喉の奥にそれぞれ入っていき、空いた胃が僅かに満たされた。
水を飲んでいる訳ではない為、お腹が膨れたりする事はない物の、心の空腹は唾液の量に比例して大きく膨れていく。
この感覚は、こうして愛を確かめる為に行う口付けでしか得られないのだろう。

交わされた口付けは精々一分程度。その僅かな間に互いの唇の味と、深い愛情をしっかりと味わった二人は、暫し唇を重ねたまま見つめ合ったあと、静かに離れる。
先に離れたのは彼を自身の膝の上から逃げられないようにしていたユーフェミアだ。

「んふふ……。今日も美味しかったわ」

ユーフェミアが解放した嶋田の唇には、彼女の髪と同じ桃色のリップがたっぷり付けられている。
見ようによっては彼が口紅を塗ったかのようにも見えるが、二人きりの部屋で誰かに見られる心配はないので気にならない。
彼女は自分がリップを付けた彼の唇を、右手の人差し指でそっとなぞる。

彼の唇にはまだユーフェミアからされたキスの感触が残っている。その感触の上に唇をなぞってくる彼女の指の感触が重なる。

「ユフィは相変わらず積極的というか、強引だ」

公認されているとはいえ、勝手に家に上がってきては寝ている自分を膝枕した上、キスをしてくるのだから強引だと言わずにはいられない。

「前にも伝えた筈ですわ。シゲタロウに対しては強引に行きますと」

だが、元よりそういう事を積極的にすると宣言しているユーフェミアに遠慮するなどといった考えはなかった。
彼に何かをするさいに、誰に対して許可を求めなければならないというのか? 強いて言えば自分に対してくらいのもの。

「わたくしの物になりなさい! とも、言いました♪」
「そういえば、そんなこと言ってたな…… さて、強権的なユーフェミア皇女殿下。発言許可を」

『慈愛の皇女』という二つ名を付けられるほど慈悲深く、心優しい皇女殿下は、唯一彼に対してだけは強権的である。
自分の物になれなどというくらい、こちらの意見などお構いなし。
優しい慈愛の独裁者に皮肉を述べた彼は、精一杯の抵抗運動を試みた。

「いいでしょう」

慈愛の独裁者は発言許可を与える。

「では僭越ながら意見させて頂きます」

許可を貰った市民(嶋田)は早速己が意見を述べる。

「そろそろ起きても宜しいでしょうか? 殿下に膝枕は温かくて心地良いのですが、このままじゃまた眠ってしまう物でしてね」

その陳情は慈愛の独裁者にとって実に受け入れがたい物であった。
起きても良いかとは、膝枕を止めろと同義。『市民の分際で何を仰っているのかしら?』本来ならば重罪物であり、一日膝枕の刑に処するところ。

「ん~? そうね。もう少しと言いたいところですけど……あんまり拘束しているのも可哀想ですから、そろそろ自由にしてさしあげます」

なれど、慈悲深い彼女は特別に恩赦を与え、彼を無罪放免にした。

「ありがたき幸せに御座います…… なんてな」
「うふふっ、今回限りですよ?」

915 :帝都の休日 第7話:2013/07/11(木) 20:12:03


身体を起こした嶋田は、直ぐ側に座るユーフェミアの髪の毛に何と無しに指を通しながら窓の外を見遣る。

「……」

彼女もまた黙って髪への愛撫を受け入れ、潤む瞳で嶋田の横顔を見つめた後、彼と同じように窓の外に目を向けた。
外は大分暗くなっている。天気は快晴。これで此処が都会でさえなければ光り輝く綺麗な天の川を、
ベガとアルタイルが星の川を挟んで会っているロマンチックな天体ショーを見ることが出来るのだが、生憎と都会の照明の明かりに掻き消されて、見えるのは件の一等星二つだけ。
何とも寂しい光景だ。本来なら満点の星空にその存在を誇示する織姫と彦星が、夜空にポツンと佇んでいる姿を晒しているだけなのだから。
あれでは、逢瀬を果たしているというより、ただぼーっと突っ立っているだけのようにしか見えない。

「見えませんね……天の川」
「東京のど真ん中じゃなぁ。見えてもベガとアルタイル。織姫と彦星だけだ……ペンドラゴンではどうだったんだい?」
「生憎とペンドラゴンも大都会ですから満天の星空なんて見えませんよ? 敷地が広く、人工的な明かりの少ない皇宮などでは多少見え方も変わってくるんですけど、それでも天体写真で見るような美しい星空なんてとても……」

残念そうに呟くユーフェミアを気遣っていると、彼女は一度小さく目を閉じて彼に向き直って言った。

「では、その代わりにシゲタロウとわたくしが、今夜の逢瀬を重ねましょう」
「今夜の逢瀬って………泊まっていくという事かな?」
「はい」
「しかし、明日は大丈夫なのか?」

泊まっていくのは別に良い。婚約した以上、今後の事も考えてユーフェミア個人の部屋や二人の寝室も既に用意しているし、彼女の普段着も何着か部屋のクローゼットには入っている。
思えばもう、この家はユーフェミアにとっての家であるとも言えるのだろう。
だが、まだ全てが揃っているとも言えないので、翌日が仕事なら、彼女の家である駐日ブリタニア大使公邸に帰宅した方がいいと思う。
そう考えたからこそ嶋田は大丈夫かと聞いた訳だが。

「ええ、明日は都合良く公休日ですから、お姉様にもお泊まりしてくると伝えてありますし」
「義姉さんにも?」

どうやら始めから泊まっていく予定だったようで、コーネリアにも話を通して来ていたらしい。
それならば一度公邸に戻って服を着替えてから来ればいいのにと思わないでもなかったが、普段着ならこの家にも置いているからここで着替えればいいとでも考えたのだろう。

「はぁ、手回しの良いことだな。さては、最初から泊まる計画でも立てていたんだろう?」
「ええまあ だって、シゲタロウはわたくしの夫ですもの。夫が住む家はわたくしの家……遠慮する必要なんてありますか?」

夫。ユーフェミアはそう言い切った。
まあ確かに結婚の約束をして、コーネリアへの挨拶も済ませたのだから一応は婚約者であり、彼女の言うように夫婦と呼べる間柄なのかも知れない。
しかし、彼女の親族、特に父シャルルへの挨拶を済ませない以上、本当の意味での夫婦にはなれないのだ。

916 :帝都の休日 第7話:2013/07/11(木) 20:12:57

それでも、自分自身の彼女への想いは本物であるからこそ、これだけは言っておく。

「そうだな……ユフィは俺の妻だ。自分の家に帰るのに遠慮する必要は何処にも無い」
「シゲタロウ……」

“んンっ”

互いの腰に手を回して強く抱き締め合い、再度の口付けを交わす。
愛を確かめるのに何度キスをしようが、幾度身体を重ねようが、決して多すぎるなどという事はないのだから。

“ン・・・あむっ・・・”

いっそ、このまま勢いと空気に身を任せてしまっても構わなかったが、そこは一度冷静になって身体を離した。

「ふ、う……。危ない危ない、空気に流されてしまう処だった」
「ん……そう、ですわね」

深く口づけてしまったせいか、ユーフェミアは火照ったような表情になっている。

「まあ、何はともあれ食事にしよう。丁度良い時間だしユフィもお腹空いただろう?」
「ええ思い切り……実を申し上げますと、わたくし今日は昼食を食べていないのでもうお腹ペコペコなんです」
「昼抜きだったのか?」
「今日は特別忙しかったので……。あ、いつもは食べていますよ」

彼女は仕事人間にならないように気を付けてくれという先ほどの話を思い出したのか慌てて訂正した。

「それならいいんだが。どちらかと言うと君も無理するタイプだからな」
「シゲタロウにご心配をお掛けするような事は致しません。その代わりシゲタロウの方もわたくしに心配を掛けさせないでくださいね」
「俺が君に心配掛けさせるような事ってあるのか?」
「ええありますわ。夢幻会のお仕事とか……」
「ああっ、それを言われちゃ反論できないなぁ」
「ふふ、やっぱり自覚がお有りでは無かったようね」

してやったり。そんなふうに微笑むユーフェミアであったが――。

“ぐ~っ”

昼食を食べていないせいか、腹の虫が悲鳴を上げた。

「あ…」

二の句を告げなくなった彼女は恥ずかしくて下を向きながらお腹を押さえる。
その仕草は中々可愛いものがあったが、放置してると機嫌を損ねてしまいそうだ。

「やれやれ、慈愛の独裁者さまのお腹がお食事をお求めのようだから、早速用意致しますか」




天上を輝く星々が埋め尽くす七夕の夜。こうして地上で逢瀬を交わす織姫と彦星は、明け方を迎え空が白み始めるその頃まで、時に熱くも穏やかに、愛の語り合いを続けていた……。

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最終更新:2013年09月09日 00:59