- 424. ヒナヒナ 2011/12/08(木) 00:59:32
- 暗い話ばかりと言われて、今ならこの馬鹿な話を出せる気がした。一日で書いたので荒があったらごめんなさい。
>>203-210
の続き見たいな感じのです。憂鬱×ミステリ。
灰色の脳細胞
第二次世界大戦の足音が聞こえ始めた頃、日本は先進国とは認められなくとも、アジアの勇といった地位を経ていた。
かつて、日本人が世界を旅すれば19〜20世紀初頭には辺境の蛮族と侮られたものであったが、
今では大恐慌のあと突然伸びだした黄色の国として、注目されている。
もちろん、白人が多くその支配の強い欧米や豪州では侮られているのは感じるが、
少なくとも面と向って罵声を浴びせられることはなくなってきた。
そんな中、欧州の地を踏んだ日本人がいる。
かつて若手外務省官僚として欧州に渡った斉藤太郎だった。
すでに中年と呼ばれる歳になっておいたが、その好奇心旺盛な気質はまったく衰えていなかった。
吉田茂や白洲次郎まで名を連ねる外務省官僚の中ではあまり目立たず、諸外国との調整に出ることが多かったが、今の彼は外務省官僚ではない。
彼は仕事で多少のミスがあり、もともと歩き回るのが好きであったことから外務省を辞めていたのだ。
……とても残念な言い方をすれば、出世コースから取り残され、天下りしたとも言える。
ともあれ、斉藤はやり手商社マンとして、ちょっと早い第二(第三?)の人生を歩んでいた。
いくら夢幻会の政策で緩和されたとはいえ、各省庁はまだまだ年功序列の伝統が生きていた。
年を経るごとに席が減り、それに伴い同期が減っていくのが官僚の世界だ。
史実世界では、色々槍玉に挙げられた天下りという慣習であるが、
これには身内の無能・害悪を外に出し、内部のレベルを一定に保つといった意味もあり、この世界でも機能していた。
ちなみに斉藤太郎はうっかり危ない発言(史実情報に基づく)をしてしまったことで、チェックが入り熾烈な同期争いの結果、肩たたきにあったと同期には言われている。
そうはいっても、外国語に堪能な人材と言うのは比較的価値が高いもので、結構簡単に新しい職に滑り込んでいた。
斉藤は客船から降りると身体を伸ばしてから、首を巡らして待ち人を探す。
人ごみに紛れてスラリとした中年の英国紳士が見える。斉藤は人好きのする笑顔でその紳士の方へ近づいていく。
「お久しぶりです、ヘイスティングズ大尉。」
「やあ、斉藤さんも久しぶりだね。前回あったのは大英帝国本国だったかな。」
そういって斉藤と握手をしたのは、イギリス人のアーサー・ヘイスティングズ元英陸軍大尉であった。
かつて斉藤が外務省の仕事で、欧州を訪れたときに列車で出会った人物で、気さくな善人だ。
もちろん、斉藤は彼の名前を聞いて心の中で狂喜乱舞し、彼の友人の話を聞いてみたりと役得を楽しんだ。
そして、別れ際には連絡先を交換し合った。斉藤は日本人的なノリで、日本人は新年にレターを交換し合う習慣があるといって、知り合った人には毎年年賀状を出しつづけていたのだ。
そこには人脈こそが宝であり、仕事道具であるといった生々しい事情もあった。
今年の正月にきた手紙で、ヘイスティングズが現在フランスのアミアンにあるシャトーに逗留していることを知った斉藤は、ちょうど海外出張が重なったのを良いことに彼に会うことにしたのだ。
- 425. ヒナヒナ 2011/12/08(木) 01:00:18
- 「ところで、金髪碧眼の少女の愛おしさについてなのですが……」
「私の歳では少女は恋愛対象ではないよ。それより鳶色髪の……」
客船の運航が順調で仕事より3日早く到着した斉藤は仕事先に連絡を入れた後、
この欧州の友人の誘いに乗って、カレー港とパリの中間にあるアミアン近郊のヘイスティングズの逗留先にずうずうしくお邪魔していた。
シャトーのテラスで彼らは馬鹿げた話をしながら、だらだらと過ごしていた。
実は斉藤が鼻息を荒くして期待していたのは、ベルギー人探偵のエルキュール・ポアロだった。
灰色の脳みそが解き明かした事件の数々をポアロ自身の口から聞きたいっ!
と言うのが、斉藤がヘイスティングズを訪ねた理由の一つであった。
ヘイスティングズが欧州に戻れば、高確率でポアロとも会うのだろうという、
賭けを張ったのだが、そんな適当な掛けで何も起きるでもなかった。
斉藤は灰色の脳細胞を持った名探偵と出会うことなくヘイスティングズと分かれることになった。
もっとも、斉藤は会わなくて良かったかもしれないとも思いながら、パリに向っていた。
下手をすると名探偵補正―名探偵の行く先々で周囲の人間の死亡率が急激に高まる現象―
が斉藤の身に降りかかる恐れもあったからだ。
この補正は金田一耕助の孫(耕助当人もかなり強い)や、頭脳は大人な小学生探偵が
顕著に持っている能力であるのだが、密室もの解決することの多いエルキュール・ポワロもこの能力の保持者だ。
しかも、下手をすると「そして誰も居なくなった」ばりに全員殺されかねない。
推理小説の世界では探偵役が死んだり、犯人だったりということだって「フェア」なのだから。
そんな逆行者臭のする思考を打ち切って、パリへ向う斉藤。
途中、パリ方面からカレーに向う列車から降りてきた小太りの男とぶつかりそうになりながらパリへと向う列車に乗った。
斉藤はパリでの商談や、顔つなぎに精を出した。
因みに彼と入れ違いでアミアンに到着したのはエルキュール・ポアロその人であり、
斉藤が去った後のシャトーで殺人事件があり、ポアロがその灰色の脳細胞を持って華麗に解決したことを後で知って悔しがる事になる。
さて、斉藤はパリの街で商談の合間に、パリの社交会に繰り出し多くの人間と顔を繋ぎ、
また知り合いの日本人とフランス人知人とを繋ぐ役割を果していた。
必要とあればもちろんパリだけではなく他の都市や国へも飛び歩く。
実は商談はオマケでこれこそ斉藤の本当の仕事だったりした。
彼は外務省官僚ではなくなったが、夢幻会会員であることには変わりなく、更に言えば、
多少のミス程度で夢幻会が未来知識持ちのエリートを手放す筈はなかった。
外交は外務省や大使館だけで成り立っているわけではない。
外務省の人員や、更には公安関係者が現地で活動する際に、顔の広い繋ぎ役は非常に有用なのだ。
そして、斉藤はミーハーだが人当たりがよく人畜無害そうなので相手の信頼を受けやすい。
日本人と欧州の知識人や著名人などの顔つなぎ役として活躍していた。
斉藤としてはこの時代の著名人と大手を振って知り合えるという、願っても無い役割だった。
……ついでにMMJ欧州支部布教員としての役割も持っていたりする。
パリについてから一週間経ち、斉藤が今日の予定を整理しながらカフェで昼食をとっていると、
「タロウ・サイトウさんはあなたでよろしいですかな?」
「はい、三菱総合商社のサイトウと申します。あなたは?」
「これは失礼。私はパリ市警のものですが。実はパリでの落し物にあった手紙なのですが、貴方の名前が書いてありまして。社交会に明るい者に聞いたら今パリにいらっしゃると聞いたので届けにきました。」
「はぁ、ありがとうございます。手紙なんて落としたかな……?」
「それでは失礼します。良い一日を。」
斉藤が手渡された封筒の中身を覗く間に、刑事は去っていってしまった。
大き目の封筒の中には斉藤の宛名と、自身の筆跡のメモ書きが書かれた黄ばんだ封筒、
そして、中身はMMJから会員渡航者に当てられた注意事項の書類が出てきた。
10年以上前にフランスに来たときに紛失したものであった。
「……まさか、パリ市警は10年も遺失物を保管していたのか?」
斉藤の疑問を余所に特捜班のヴィクトール刑事は名前も告げずに去っていった。
(了)
- 426. ヒナヒナ 2011/12/08(木) 01:00:50
- あとがき
今回はポアロ+斉藤の仕事の説明みたいな感じ。ちょっとごちゃごちゃしたと反省している。
しかし、ここの読者層とアガサ・クリスティの読者層がすれ違っている気がしてならないです。
ポアロシリーズは作中に年代設定が出てこないのですが、第一次大戦〜第二次大戦の間のようですね。
舞台がフランスなのは特捜班のヴィクトール刑事を出したかった所為です。
ポアロとヘイスティングズはしょっちゅう旅をしているイメージがあるので旅行先ということで。
エルキュール・ポアロ:「灰色の脳みそ」で有名なベルギー人探偵。かつてベルギー警察の警部であったが、祖国がドイツの通り道にされたため出国。イギリスを中心に探偵業を行っている。憂鬱本編では特にベルギーについて記載されていなかった気がするが、たぶんベルギーは道路扱いされている。
アーサー・ヘイスティングズ:イギリス人の元陸軍大尉。退役済みなのに作中では大尉という階級で呼ばれ続ける。善良なワトスン役。途中からアルゼンチンに永住する。ところで彼の年代ならばパンジャンドラムとかを生で見たのだろうか……
ヴィクトール刑事:フランスの刑事。特捜班に所属している初老のベテラン刑事のようだが……。
最終更新:2011年12月31日 21:17