130 :勘違いした田舎者 裏側:2013/08/28(水) 00:06:32

モニカルートのネタ。
影響を受ける人氏の設定お借りした補完的要素。
幾つかの国家を名前だけ。
登場人物とネタはフィクションです。
シュタットフェルト・ソレイシィの爵位はオリジナルです。

131 :勘違いした田舎者 裏側:2013/08/28(水) 00:07:44


勘違いした田舎者 裏側



人が集まれば群れとなる。群れが集れば村となる。そして村が集まって街となり、やがては国という大きな枠組みと社会を形成していく。
その過程の中で、人は社会と国を安定させる為、法という決まり事を作る。
これはしてもいい、これをしてはいけない、いけない事をしたら罰を受けなければならない。
その国に所属する以上、子どもから大人まで、法という決まり事を守らなければならないのだ。

当然、国ごとによって違う社会を形成している以上、法律という物もそれぞれに異なり、この国では良くてもあの国ではいけないこと=犯罪となったりもする。
また共和制の国には共和制の、社会主義の国には社会主義の、帝政の国には帝政なりの社会に沿った法律が作られており、罪に対する罰の重さというのもまた違う。
同じ侮辱罪でも罰金刑で済む国もあれば、何年もの服役を科せられる懲役刑になる国もあるのが正にそれ。
まさかその程度の事で? と、思われるような事でも、国によっては死刑に相当する重罪になりかねない物があり、法律という物を一律同じに考える事は出来ないであろうことの表れだ。

そんな数多の法律の中には不敬に対する罪【不敬罪】という物がある。

この不敬罪とは、主に帝政・王政などの君主制国家に制定されている法律で、その国を治める王や皇帝。
王族・皇族など、国家にとって絶対的存在である君主の一族に対し、その名誉や尊厳を害する暴言・誹謗中傷など、貶めるような事をしてはいけないという物。

E.U.ユーロピア共和国連合など民主主義・共和制の国では、思想・表現の自由を始めとした国民の自由を制限する物として忌諱され撤廃されている物の、
大日本帝国・神聖ブリタニア帝国等、立憲君主や絶対君主貴族制の国では普通に存在し、天子の下に人民は平等であると謳う中華連邦においても、天子に対する不敬は罪であるとされている。
他にもシーランド王国、共産イラク(イラク社会主義共和国)を含む中東の王制諸国家、アラウカニア=パタゴニア王国など南ブリタニア諸王国でも同種の法律が存在していた。

無論数多くの国で制定されているこの法律だが、それぞれの国で罪の重さは異なるし適用範囲も違う。
シーランドなどでは国の成立過程や、国民と友達のように接する王族の気風故か罪は非常に軽く、余程のことでもない限り、警察署での厳重注意や奉仕活動で済まされる場合が多く、重罪となるケースは珍しい。
日本では皇族に対する不敬は2月以上、5年以下の懲役とされているが、元々皇族に対して中傷行為に及ぶ国民性ではなく適用例は皆無であった。
その代わり、特定の思想に染まっている者や、利益を享受している団体・企業組織等による、与党政治家や国軍叩きというものが横行していたが、これは帝国という看板を掲げながらも実質的には民主主義である以上、致し方ない。
言論の自由を履き違えている一定以上の行為に対しては自浄作用が働いているため社会的制裁を受けることはあっても、権力者による言論の封殺などがあってはならないというのがその根底にはあった。

そんな多くの国々で制定されている同種の法。
その中で最も重い罰則を科せられるのが日本と同じく2000年以上の歴史を持った巨大帝政国家、神聖ブリタニア帝国。

この国では主に皇帝・皇族・貴族に対し不敬を働いた平民に対する罪とされている。

厳格な階級制度が社会の根幹を成すブリタニアである以上、この種の法を適用されるのは身分の低い平民であるというのは仕方のない事。
しかも裁量権は不敬を働かれた貴族等がその場で下すという、正に中世の時代より連綿と受け継がれてきた階級制度による特権が法の根となっているのだ。
貴族へ不敬を働いた平民はその場で罰しても構わない。これは貴族階級以上の者にだけ許された特権。
日本でも古くは斬り捨て御免など、百姓や町人が武士階級の者に無礼を働いた場合、その場で斬り捨てても罪にならないという制度が存在していたが、基本的にはそれと同じである。

132 :勘違いした田舎者 裏側:2013/08/28(水) 00:08:27

このような国家形態故、さぞ住みにくく、平民にとっては生きづらい世の中である。

切っても切り離せない関係にある日本や、シーランド等の友好国以外ではそう考える人が多いことだろう。
しかし、その実態としては、不敬罪の適用例は日本と同じく非常に少ないというのがブリタニアの特徴でもあった。

何故か?

それは国を治める皇帝、および皇族貴族の平民に対する意識にあった。
自分たちは支配階級であり、あらゆる面で優遇され、優雅な生活を送っている。
では、自分たちが豊かな暮らしを送ることが出来るのはいったい誰のお陰か?

そう、他ならぬ平民の働きがあってのこと。彼らは皆、縁の下から我らを支えてくれているのだ。

そんな彼らを粗末に扱ったり、ましてや少々のことで貴族の特権を振りかざして横暴に振る舞うなどということがあってはならない。
平民は蔑みをを持って接する存在ではなく、敬い、感謝の念を持って接する存在である。
常日頃から自分たちの生活を支えてくれている彼らへの感謝の気持ちを忘れてはならないのだと。

貴族より上の階級に生まれた者は、幼少期にこの道徳教育を徹底して叩き込まれる。

故に絶対君主制・貴族制でありながら、貴族が平民に対して横柄な態度を取る事例が極めて少なく、また、自分たちを守り、生活の糧を与えてくれる貴族達に平民の側も畏敬の念を持って接するという、理想的な関係が生まれているのであった。

人は自分に良くしてくれる者を憎まない。

これを双方が上手く実践しているからこその理想的な社会が形成されているのである。
そうでなければ、かつての欧州で起きたような、打倒王政・帝国主義の流れがブリタニアの中でも生まれていたかも知れず、今のような階級社会・実力主義社会でありながらも平穏で豊かな国にはなっていなかった筈だ。

133 :勘違いした田舎者 裏側:2013/08/28(水) 00:09:53


しかし、残念ながらそんなブリタニアの社会でも不敬罪が成立してしまう事例はある。

『貴族というのは選ばれし存在。そんな尊き人間である貴族に暴言を吐いたり非礼を働くような下賤で汚らわしい平民などその場で無礼打ちにしても構わない』

法的には何の問題もないと言って些細なことでも無礼討ちにする貴族もやはり少数ながら存在しているのだ。
無論ブリタニアにも裁判所はあるので、平民と言えど訴え出ることは出来る。実際、法廷で白黒付けて貴族側が敗訴する事もあった。
ただ、やはり貴族はその身分と特権故に有利であるのに対し、平民の側は泣き寝入りするしかない事が多く、到底平等な裁判とは言えないのも事実。
だがそんなとき、困っている彼ら平民に手を差し伸べるのもまた貴族なのだ。

一部の権力者による不正・横暴を取り締まり、平民に住み良い社会を作らなければならない。

上位の貴族になればなるほどこれを徹底している家系は多い。

だからこそ、某年某月某日に帝都ペンドラゴンの真っ直中で起きたトラブルは、また一つ平民の貴族への信頼を深める事例になったと言えるであろう。


だが、このトラブル――いや、もう事件と言ってしまっても何ら問題がないこの出来事は、ブリタニアの貴族社会に一斉に伝わってしまった。
貴族とは言え、この事件を起こしたのはたかが男爵程度の下級貴族。それも身体がぶつかったとかの些細な事であり、事件に発展する要素は皆無なのだが、
このとき男爵にぶつかった平民の少女を助けた一人の騎士の存在が、小さなトラブルであったこの事件を、前代未聞の大事件に発展させてしまったのである。

134 :勘違いした田舎者 裏側:2013/08/28(水) 00:10:26



“やめなさいっ!”

通りに響く大きな声は万人の耳に届くもの。

「ん? 騒々しいな」

其処は皇宮のある帝都ペンドラゴンの中心街。
道行く大勢の人々の中には貴族の子弟も居て当然の場所である。
寧ろこの場において居ないと考える方がどうかしているだろう。
ショッピングを楽しむ者、他愛ない世間話に花を咲かせている者、ラフな格好で歩いている者、一見貴族に見えないような雰囲気の通りを歩く人々だが、実は貴族の子弟であるという者も多いのだ。
そんな雑踏の中、シルクハットを被り、口周りにヒゲを蓄えた子爵位を持つ壮年の男性、ルイ・スズキ・106世が騒ぎに気付いて立ち止まった。

「何かあったのかねヤグチくん」
「はい、どうやらすぐそこで平民の子どもにぶつかられた、無礼であるとかで何処かの男爵家の方が騒いでいるようです、そこへ偶々通りかかった騎士が止めに入ったとか」
「んん~? 大の大人が子どもにぶつかられたくらいで騒いでいるのかね?」
「そのようですね」
「ふぅ~む、なんという恥知らずな。平民は大切にせねばならんというのに、あろう事か子ども相手に怒鳴り散らしているとは呆れて物も言えんね……」

子爵は貴族の面汚しだと嫌悪の表情を露にして従者に騒ぎの場へと案内させた。
もし止めに入っているのが爵位を持たない騎士侯や武勲侯ならば、爵位持ちの貴族が相手では不利だろうから、自分が間に入って仲介してやろうと考えたのである。
どちらが正しいとかではない。男爵に対して騎士侯・武勲侯が意見をした場合、例え間違っていたとしても上位者の男爵の方が正しいという事になってしまうからだ。
この国が厳格なる階級社会である以上、上位者が黒と言えばそれが白であっても黒となるのである。
騎士侯・武勲侯が爵位持ちの貴族に非礼を働く事は決して許されない。
ならばより上位者である自分が間に入り、騎士の側に立つことで、男爵の正当性をひっくり返せばいい。
そもそも、子どもがぶつかったくらいで大の大人が騒ぎ立てるのは、どう考えても正しいとは言えないのだから。

(おや? 何か妙な雰囲気だな)

しかし近くまで来たとき、子爵は周りの様子がおかしいことに気が付いた。
人集り、野次馬の中には貴族らしき背格好をした者が数多くいたのだが――。

「お、おいッ、誰かあの無礼者を黙らせろよッ、」
「入り込める雰囲気じゃないっ……それに、万が一とばっちりを喰らったら私まで……」

皆口々に止めたいけど止めに入る勇気がないと話しているのだ。
これだけの人が居て誰も止めに入らないとは情けない。
最近の若い貴族の子弟はなっとらんと憤る子爵。そんな彼の耳には現在進行形で中の様子が漏れ聞こえてくる。

“貴様、よもやこの俺をフランク・ロズベルト男爵と知ってのその口の聞き方ではあるまいな?”

ここで聞こえてきた声に子爵はトラブルを起こしているのがロズベルトという男爵であると知った。
帝都に居を構えている貴族の家名は大体覚えていたが、ロズベルトというのは初めて聞く名だ。

(こんな人通りの多い公共の場で騒ぎを起こすような非常識な輩だ。大方、地方から物見遊山に出てきた田舎者であろう)

子爵が考えている間に周りの人間達も再度騒ぎの中心に居る人物が男爵であると確認したらしく更にざわめきが大きくなる。

「だ、男爵……。まじで男爵なのかあいつ……」
「男爵って……あいつ無礼討ちになるぞ……」
「無礼討ち処じゃない……。下手をすれば一族郎党みんな処刑だ……」

随分と物騒な話になってきた。どうやら件の男爵とやらが騎士を怒鳴りつけているようで、その騎士の処遇がどうなるかの話にまでなっている様子だ。
このまま放置しておけば、最悪平民の子ども共々無礼討ちにされてしまうかも知れない。

135 :勘違いした田舎者 裏側:2013/08/28(水) 00:11:27


(これは早く止めに入らねばならんか?)

そう考えた子爵は様子を見るために人垣の中に割って入っていた従者を呼んだ。

「ヤグチくんどうなってる?」

彼が呼ぶと眼鏡を掛けた外ハネおかっぱ頭の男がひとり、人混みの中から這い出てきた。長年使えている子爵の従者である。
従者はズレた眼鏡をくいっと戻しながら子爵の側まで来ると一言忠言した。

「子爵さま、子爵さまがお止めになられる必要は御座いません」
「な、なに? い、いったい、どういうことだね?」

自分が止めなくてもいいということは、誰か止めに入ったか話が付いたかという事だが。
止めなくて良いという従者の忠言を聞いて、首を捻りながらヒゲを弄る子爵は、人垣の向こうでトラブルを起こしている男爵と騎士の会話に耳を傾ける。

“まあいいだろう、貴様”
“モニカ・クルシェフスキーです”

瞬間――子爵は固まった。

「モ、モニカ、クルシェフ、スキー、だと?」
「と、いう訳でございます子爵さま」

“ではクルシェフスキー。貴様も口の聞き方には気を付けろよ? 寛大な俺だからこそ、この程度で許してやるのだからな”

止めなくて良いの答えを聞いた子爵の耳に次から次へと入ってくるのは無礼千万な男爵の言葉。
もう分かった。周りの貴族達が口にしていた無礼討ちや一族郎党処刑、お家取り潰し等の物騒な話は騎士に対して向けられている物では無く――男爵に対して向けられている物だったのだ。

“あなたも貴族だからといって無闇に権力を振り回すのは止めることですね”
“ふん、騎士侯風情が聞いた風な口を叩く。何なら今ここでそのそっ首を跳ねてやっても良いのだぞ?”

子爵は、顔は見えないが意気揚々と反対方向に去っていったらしい貴族の捨て台詞であろう最後の一言が理解できなかった。

「き…、騎士侯…風情……? な、なにを言っとるんだねあの男は??」

そも何故爵位持ちの貴族があの御方を御存じないのだと唖然とする子爵。

『モニカ・クルシェフスキー』

「シャルル・ジ・ブリタニア皇帝陛下直属の騎士、ナイトオブラウンズの末席であるトゥエルブの称号を賜った西海岸の雄、クルシェフスキー侯爵家の御令嬢ではないかッ?!」

あまりの非常識さについ叫んでしまった怒声とも思える子爵の声に、集まっていた貴族達がざわめく。
とにかく有り得ないのだ。たかだか一介の男爵如きがクルシェフスキー侯爵家の次期当主であり、ナイトオブトゥエルブを知らずに罵倒していたのだから。
ブリタニアの貴族でクルシェフスキー家や、その親族を知らない者など居はしない。それどころか顔は知らずとも名前だけなら全国民が知ってて当たり前の人物なのだ。
この国とは無関係の外国人でさえその名は知っているのに、よりにもよってこの国の貴族で知らない者が居たなどとは、いったいどういう教育を受けてきたのだというのが彼らの頭を過ぎる。

「モ、モニカ様を御存じないとは……。あの男本当に貴族なのか……?」
「ロズベルトとか言っていたな!?」
「至急取引先の家名を調べろ! 万一今の貴族と関係ある家なら即刻取引中止だ!!」
「親族全員に確認してフランク・ロズベルトなる当主を頂く男爵家と付き合いがあるなら今直ぐに手を切れと伝えろっ!! 理由?! たった今ペンドラゴンの大通りでモニカ様を罵倒したんだよその男爵はっ!!」

途端に大騒ぎとなる通りの真ん中で、騒ぎの中心に居た白いワンピース姿の女性は、自身が原因とは気付いていないようで、オロオロしながら自分が庇った平民の女の子を連れて足早にその場を去っていった。

「ヤ、ヤグチくん、私の耳はおかしくなったのか?」
「いいえ、子爵さまのお耳はまともで御座います、あの男爵の頭がおかしいだけなのです」
「ル、ルネッサ~ンス……などとやっている場合ではないぞヤグチくんッ!」

スズキ子爵と従者のヤグチはそれだけ話すと直ぐにスズキ家の取引先の確認をする為、一目散に帰路へと付くのだった。

136 :勘違いした田舎者 裏側:2013/08/28(水) 00:12:48


そしてこの事件はこれで終わりではなかった。
なんと同姓同名の貴族が後日ペンドラゴンから遠く離れた日本の帝都東京にて、ヴェルガモン伯爵家の御息女――リーライナ・ヴェルガモン伯爵令嬢までも罵倒したというニュースが社交界を駆け巡ったのだ。
この新たなニュースに、既にナイトオブトゥエルブ――モニカ・クルシェフスキー侯爵令嬢への不敬の罪で懲罰を与えるべきだと紛糾していた貴族達の動きが加速していく。

「信じられん! たかたが田舎の一男爵家当主風情がヴェルガモン伯爵家の御令嬢や、皇帝陛下の騎士たるモニカ・クルシェフスキー卿に対し罵声を浴びせるなどと!」
「諸卿はこのような不敬が許されて良いとお思いか!?」
「許される訳がない。当然件の男爵家に対しそれ相応の懲罰は必須であると考える」

貴族達から上がるのは懲罰を求める声。
そう、何も不敬罪は平民に対してだけ適用される物では無い。
下位の貴族が上位の貴族に対して不敬を働いた際にも適用されるのである。厳格なる階級社会で成り立つブリタニアでは当たり前のことだ。
もっとも、やはり裁量権は当事者が一番強いため、この場合モニカとリーライナが水に流すと言い訴え出なければ、周りが幾ら騒いでも罪は軽くなってしまう。
無論訴え出た場合は極刑となること間違いなしの状況であり、彼女達が自ら討伐に向かい討ち取っても何ら問題は無いほどであった。
それほど一介の男爵風情が伯爵家や侯爵家の人間を罵倒する、侮辱するといった行為は重罪なのである。
そもそもにして、このような公の場にて下級貴族が上級貴族を罵倒するなどということ事態が有り得ない筈なのだが。

ただ、今回の件、当事者の二人は自身への侮辱に付いてはそれほど気にしていない様子で訴え出る気配も無ければ討伐に動く様子も見えない。
実際二人は謝罪があるなら受け入れるし、無いなら無いで構わないと考えていた。
身分がどうとかを深く考える質ではないせいか、あまり怒りが湧いてこないというのもあるのだろう。
更にラウンズ任命者のシャルル皇帝自身をも侮辱したと捉えられる発言であったが、これに付いても皇帝自身が当事者の判断に委ねるとの言を下していた事でお咎め無しとなったのである。
懲罰動議を提出していた貴族達も「皇帝陛下やお二方が問題とせずと言うなら」と自ら身を引く形となり、事態は収束に向かう―――かに見えたが、そう簡単には終わらなかった。

例え懲罰を避けられたからといって、一介の田舎男爵風情の行ったモニカとリーライナに対する不敬行為が帳消しになるわけではない。
知らなかったからなどという言い訳が罷り通る筈もなく、ロズベルト家はクルシェフスキー侯爵家とヴェルガモン伯爵家の傘下にある多くの貴族に睨まれるという最悪の事態に追い込まれていく。
なにせ現当主が行ったのは両家の次期当主に対する直接的な侮辱行為。
両家傘下の貴族たちからすれば自分たちが仕えている主君を虚仮にされたのと同義であり、到底看過する事など出来ない許されざる行為なのだから。

クルシェフスキー侯爵家は古くから続く由緒正しい家系であるというのは勿論のこと、その発言力はより上位者であるアッシュフォード公爵家やハイランド大公家に迫るほどの影響力を持つ神聖ブリタニア帝国の重鎮。
陸海空10万の規模を誇る一大騎士団を保有し、国家の一翼を担う押しも押されぬ大貴族である。
その領地と、侯爵家が持つ経済圏はとてつもなく巨大な物で、比較するのも愚かしいが、GDP、領地面積、その他国力として対比すれば独立国家である筈の高麗共和国を遥かに凌駕しているのだから、一国家と言っても過言ではないのだ。

同じくブリタニア建国以来より続く家系であり、優秀な騎士や政治家を数多く排出しているヴェルガモン伯爵家。
流石にクルシェフスキー家と比較すれば見劣りしてしまう物だが、独自の騎士団と広大な領地・経済圏を持っていることに変わりはない。
保持する権威は同格の伯爵家の中でも最上位に位置し、シュタットフェルト辺境伯家やソレイシィ辺境伯家などと肩を並べて列挙される名家である。

そんな両家と、両家の傘下に付く多くの貴族に睨まれているというのは、ブリタニアの貴族社会において死刑宣告を受けたに等しい。
現に、クルシェフスキー家やヴェルガモン家から睨まれているような貴族と関わり合いになりたくはないと、ロズベルト家と取引や提携していた貴族たちから一斉に距離を置かれてしまい、
当代に変わってより唯でさえ上手くいかなくなっていたロズベルト家の領地経営は、一月もしないうちに破綻寸前にまで陥ってしまった。

137 :勘違いした田舎者 裏側:2013/08/28(水) 00:13:35

この窮地に、碌に領地経営もせず遊び呆けて散財するばかりの現当主に代わって、その地方では謹厳実直な人格者として知られていた先代のロズベルト家当主、アルバート・ロズベルトがクルシェフスキー・ヴェルガモン両家に謝罪を行おうと動いていたが、
クルシェフスキー侯、ヴェルガモン伯、共に一介の男爵家が目通りを願い出たところでそう簡単に会えるような身分ではなく、まず話を通した両家の家臣たちから門前払いを受ける始末。

『旦那様はお忙しい身分。たかだか一介の男爵家の人間にお会いになる暇など無い』

冷たい言葉が返ってくるが、それでも先代は諦めずに目通りを願い続けた。
本来ならば非礼を働いた当主フランクが謝罪に向かわなければならないというのに、本人はアルバートの召喚命令を無視して未だ日本の地に留まり続けている。
かといって本人が帰ってくるまでのあいだ何もしなければ、クルシェフスキー・ヴェルガモンの両家に仕える忠誠心厚き傘下貴族の強硬派などが、独自制裁に動き始めるかも知れないのだ。
傘下の貴族と言っても皆ロズベルト家より爵位は上で、クルシェフスキーの家臣に至っては辺境伯クラスの上級貴族まで居る。
もし彼らが動き出せば、埃を吹き飛ばすかの如く容易に踏み潰されてしまうであろう事は想像に難くない。
だからこそ直ぐにでも動かなくてはならないし、何としてでも両家の当主に目通りを叶えて貰わなければいけなかった。
伝手はないかと現役時代に仕えていた子爵家や、親交のある貴族たちを頼ってみるも、皆クルシェフスキーとヴェルガモンの名を出した途端、顔を青ざめさせて「冗談じゃないぞ! 私に死ねとでも言うのか!?」と追い返されてしまい、梨の礫であった。

(自分はどうなってもいい! だがこのままでは孫娘、領民や家臣の生活が立ちゆかなくなる……!!)

家族、領民のためならば、この命捨てる覚悟は出来ている。
その強い思いが実を結んだのか? 将又粘り強く交渉したお陰か? アルバートは漸くの事でヴェルガモン伯爵への面会が叶ったのである。

138 :勘違いした田舎者 裏側:2013/08/28(水) 00:14:18




「ヴェルガモン卿、この度は私めのような一介の男爵家の老骨にお目通りをさせて頂き、真にありがとう御座います」

客間にて深々と頭を下げるアルバート。見事なまでのお辞儀である。
馬鹿でプライドだけは人一倍高い次男の息子、現当主には決して出来ないであろうと思われる。
アルバートとて決してプライドの低い人間ではなかったが、自らに非がある場合は例え相手が平民であろうと頭を下げることが出来る常識の持ち主。
まして相手はあのヴェルガモン伯爵であり、自家の当主が非礼を働いたリーライナ・ヴェルガモン伯爵令嬢の父親なのだ。
人の親(孫だが)として頭を下げるのは当然である。

「卿こそ遠路遙々よく参られた。で、早速だが用件をお聞かせ願おうか?」

応じてくれたヴェルガモン伯爵は素っ気ない感じであったが、彼とて時間が無い中会っているのだから仕方がない。
ヴェルガモン家ほどの貴族となれば抱えている領民は数十万の規模に登るであろう。下手をすれば100万の大台に手が届く可能性もあり得る。
それだけの人間の生活がヴェルガモン伯爵の一挙手一投足には掛かっている。
格上のシュタットフェルト家やソレイシィ家と肩を並べているのは伊達ではないのだ。

「は、では……」

長々と伯爵の時間を頂いて話続ければ、多くの人々に迷惑を掛けることになる。
それも、自家のような弱小貴族の当主の無礼な振る舞いのせいで。
だからこそアルバートも単刀直入に言う事にした。言葉だけではなく行動で示しながら。

「この度はッ…! この度は当家当主によります御息女リーライナ様へのご無礼の数々ッ! 真にッ 真に申し訳御座いませんッッ!! 本来ならば不敬を働いた当主フランク・ロズベルトが謝罪に訪れなければならないのですがッ
 フランクは未だ召喚命令を無視して日本に留まっておりッ、自らが御息女リーライナ様へ不敬を働いた事も存じ上げないのですッ! 故にッ! 故に不肖の当主になり代わっての謝罪となりますがッ! 平にッ……平に御容赦の程をッ!」
「……」

その場で蹲るように平伏しながら必死に謝罪するアルバート。ブリタニアには日本の文化が広く伝わっているからこそ、彼の行動はヴェルガモン伯爵にも当然ながら理解できた。

土下座。

プライドの高い貴族が行うにはあまりに卑屈なその行動を行うという事は、それだけ今回の不祥事に対する反省の深さを物語っている。
貴族が土下座をするというのは、それだけ重い意味を持っているのだ。
家名を持ち出している以上は個人が行うのではなく、ロズベルト一族としてヴェルガモン伯爵家に謝罪をしているという意味。
ロズベルト家は一族揃ってヴェルガモン家に非礼を働きましたと認めた上での謝罪である。
目の前にいる老人の白い頭を見下ろす格好となっていた伯爵は暫しの沈黙の後、静かに口を開いた。

「…………話は耳にしている。卿の家の当主が日本の地で娘へ不敬を働いたというのは」

日本と言えばブリタニアの駐日総領事アッシュフォード公爵のお膝元である。
その他にも、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア皇子殿下やナナリー・ヴィ・ブリタニア皇女殿下、ユーフェミア・リ・ブリタニア皇女殿下といった皇族のお歴々が幾人も滞在している。
そういった諸事情から、如何に日本が異国の地とはいえ、ブリタニア国内にいるのと変わらないくらい、その振る舞いには注意しなければならない地だ。
そんな地で上位の貴族に働いた男爵の無礼な振る舞いがブリタニア本国に伝わらないはずがなかった。
当然ながら、リーライナへの非礼は伯爵の耳に入っていたし、何れこうして謝罪に訪れる事は予期していた。

「当家当主の非礼は総て我が身の不徳の致すところで御座いますッ! 故にどのような罰も受ける覚悟は出来ておりますッ! ですがッ、ですが私と現当主以外の親類にはどうか寛大なる慈悲を持って――」

アルバートは心の底から叫ぶ。
ヴェルガモン伯の気分次第ではロズベルトの親類縁者総てに責めが及んでしまうのだから。
馬鹿な当主、認めたくはないが次男の息子で血縁上は孫である当代の行いとはそれほどの大事なのである。
しかし。

「顔をあげてくれないかロズベルト卿」

139 :勘違いした田舎者 裏側:2013/08/28(水) 00:15:07


「は…? い、いえ、しかしッ、」
「構わんよ。私としてはリーライナが気にしていない以上、貴家に対して何も咎め立てするつもりはない」

言葉の通り、ヴェルガモン伯爵は最初からロズベルト男爵家への制裁措置など考えては居なかったのだ。
娘リーライナはもう立派な大人である。当家への直接的な非礼ではなく個々人のトラブルにまで伯爵家としての対応をするつもりはないし、親がしゃしゃり出るような年齢でもないのだからと。
これに対し、アルバートは依然として平伏したまま、ヴェルガモン伯の対応に礼を述べる。

「寛大なッ、寛大なご処置の程、深くッ、深く御礼申し上げます……ッッ!!」

アルバートはヴェルガモン伯爵の措置に心からの感謝の意を伝える。
男爵家による伯爵家への不敬行為。酷な話だが、これはブリタニアでは充分極刑が有り得るのだ。
裁量権を持つヴェルガモン伯爵が当主は処刑し、家は取りつぶすと処断すれば男爵家の誰にも文句は言えない。
そこを自身と当主の首を差し出すところで手打ちにしては貰えないかと願い出るつもりであったのに、等の伯爵がお咎め無しと言ってくれたのだから感謝してもし過ぎる事はなかった。
それと共に僅かばかりの安堵が訪れる。といって、これで終わりではないのだが……。

「しかし、聞いたところによれば貴家の当主、彼のモニカ・クルシェフスキー卿にまで不敬を働いていたそうだが……」
「ご、御存じであられましたか……」
「知っているも何も、少し前から社交界ではこの話で持ちきりだ。一介の男爵家当主が、西海岸の盟主であるクルシェフスキー侯爵家の次期当主殿を公衆の面前で罵倒したとな。
 情報が入って来たときは流石に我が耳を疑ったよ。次いでどこからこんな偽情報が流れてきたのだと調べもした。普通に考えて有り得ない話であった故にな」

その有り得ないことをやってしまった不肖の身内をアルバートは恥じることしか出来ないで居る。

「侯爵家の人間と男爵家の人間では、余程の繋がりでもない限り生涯会えるような身分ではない。それを思えば知らなかったというのは確かにあるかも知れないことだ。
 だが、その家名まで耳にして知らないというのは通用しないぞ」

確かにその通りである。クルシェフスキーという名を知らない、この時点で最早貴族として失格なのである。
ヴェルガモンの名も同じだ。知らないというのが通用しないほどの名家なのだから。
その両者を知らないという事がどれだけ恥ずべき事であり、常識を知らない事か……。
少なくとも、ロズベルト男爵家の当主は、知っていて当たり前のクルシェフスキー侯爵家とヴェルガモン伯爵家を知らない世間知らずの阿呆である。と広まってしまったのは、最早疑う余地もなかった。

「それも、モニカ・クルシェフスキー卿と言えばナイトオブトゥエルブの称号をお持ちの、私などから見ても遥かな雲上人だ。
 敢えていわせて頂くが、あまりにも教育がなっていないうえ、軽率に過ぎるのではないのかな?」

そして問題はナイトオブトゥエルブという、ブリタニアの頂点に近い階位を頂く人物を知らないような者に当主が務まるのかという話にまで及ぶ。

「既に陛下やクルシェフスキー卿は此度のことを問題にはなされないと仰られているようだが、事はそう単純ではない。
 例えナイトオブトゥエルブ、モニカ・クルシェフスキー卿がお許しになられても、当家と同じくクルシェフスキー侯爵家と貴家への問題に波及していくのは必然だ。
 言っておくが、クルシェフスキー侯爵家の影響力は当家とは比較にならないぞ」

「返すお言葉も御座いません……まさにヴェルガモン卿の仰せになられます通りです……。お恥ずかしい限りで御座いますが、当家の事情により貴族としての最低限の教育もできぬまま、現当主を今の地位に就かせた私の責任です……」

現当主フランクのあまりの常識の無さを指摘されたアルバートは、唯々我が身を恥じるばかりであった。

140 :勘違いした田舎者 裏側:2013/08/28(水) 00:16:00




そして話も終わり、もう一度深く頭を下げたアルバートはヴェルガモン伯爵の屋敷を後にする。
しかし、その際、ヴェルガモン家の執事やメイドの敵意に満ちた視線に晒され、間を取り次いでくれた家臣の子爵位を持つ貴族の言葉に改めて思い知らされた。

『ロズベルト卿、貴公には一つだけ忠告しておく。例え旦那様やリーライナ様がお許しになられたからといって、我々ヴェルガモン家に仕える貴族や領民は此度のリーライナ様への無礼の数々を許したわけではない』

ヴェルガモン家はクルシェフスキー家と並び傘下の貴族や領民の忠誠心が厚い。
シュタットフェルト、ソレイシィ、アッシュフォード、ハイランド、ヴァインベルグ、名家・大貴族は皆そうだが、主君を支える傘下貴族の忠誠心と団結力が強いのだ。
帰り道でもヴェルガモン領の領民からの目は冷たい物だった。

伯爵とリーライナ嬢には許された。
だが、まだヴェルガモンの地に許されたわけではない。

その事実に一瞬緩みそうになっていた気を引き締め直したアルバートは、より強大な、国その物といってもいい大貴族、クルシェフスキー侯爵領へと向けて旅立つ。
まだ侯爵家より、目通りを請う自身に対する色よい返事を貰えてはいなかったが、それでも向かわなければならない。

『モニカ様がお許しになられても我らが許す理由にはならない』

この厳しい現実と戦う為に。
ロズベルトの親族と領民、そして自家の汚名返上の為にも、彼には息つく暇など無いのだから。

141 :休日:2013/08/28(水) 00:19:11

まさか男爵のSSでこういうお話しを書くとは思いませんでした。

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最終更新:2013年09月20日 14:38