892 :パトラッシュ:2013/10/26(土) 07:53:02
新見薫SIDE(2)
ぼんやり外を眺めていると、聞き覚えのある声がした。思わず顔を上げた先で、准将の肩章をつけた軍服の男が手を振っている。こちらを振り向いた彼と、正面から視線がぶつかった。
「薫……」
「久しぶりね、守」
ぎこちない空気が漂うが、互いに三十を過ぎたせいか彼も落ち着いてテーブルに座った。
「まさか、こんな場所で会うとはね。軍事施設や軍人居住地区から離れているのに」
「俺もだよ。第七航空兵器廠へ出張の帰りに、こっちに住む友人を訪ねていた」
「そう。私はこの先にある軍人向けの食品専売所にコーヒーの在庫があると聞きつけて」
「君は昔からそういうのが得意だったな。食料不足がひどくなっても、どこからかいろんなものを調達してきて、俺や真田もお裾分けにあずかったものだ。決めゼリフは……」
「戦争も食べ物も情報の早い者勝ち」
初めて笑った守は、喫茶店の窓越しに新東京市郊外を眺めた。少しずつ再開発が進んでいるが行きかう人も少なく、政府庁舎や英雄の丘周辺の軍中核施設が集まる地区に比べれば荒地といってよいこの近辺が、かつて東京有数の繁華街だった旧新宿駅周辺だと、誰が信じるだろうか。
「そういえば奥さんとお嬢さんはお元気?」
「あ、ああ。妻も地球の生活に慣れたけど、サーシャはきかん坊で手を焼いているよ。女の子なのに小さな頃の進に似ている」
私からこの話題を振るとは思わなかったらしく、戸惑うように答える。彼の妻となり、彼の子を生んでいたのは私だったかもしれないのだから。
「守、誤解しないで。あなたもスターシャさんも恨んでいないわ。二一九九年一月、あのメ号作戦への参加で二人の運命は分かれたのよ。今さら過去を悔やんでも仕方ないでしょう。あなたがスターシャさんと出会ったように、私も新しい出会いがあったから」
「そうか、君も好きな人ができたのか」
「ええ、あなたと引き裂かれなければ出会うことのなかった人よ。そういえば、あなたもそうだった。私たちって根本的な部分で似た者同士なのかもね」
「……俺たちが付き合いだした頃、性格的には正反対だけど磁石のプラスとマイナスみたいに引き合ったのだろうと真田が見立てていたな」
人の心なんてわからないガチガチの科学者かと思っていた先生が、そんな風に私たちを見ていたなんて。一本とられたと苦笑した。
「かなわないわね。私より私のことを理解していたなんて」
「今のセリフ、心理学の博士号が泣くぞ――ところで薫は、その出会った人と結婚したのか?」
「まだよ。ちょうど先行きについて迷っていて。今度、東大に心理学科が再建されるから、教授にならないかって話があるのよ」
「結構じゃないか。君にふさわしいと思うけど」
「でも専門家になったらそちらに集中してしまうだろうから、いい奥さんになる自信がないわ。それに彼も軍人なので、私も軍に残りたい気持ちがあって」
「なるほど。だけど昔の君なら、望みはすべてかなえると頑張ったんじゃないかな。君の辞書に不可能の文字はないみたいだと、これも真田の言葉だが」
守と気持ちよく別れてから、私は決心した。「望みをすべてかなえる」と力を尽くした頃の自分を取り戻すのだと。心まで老い朽ちたくない。諦めるとか落ち着いてなんてやめてやる。その日のうちに玲さんと落ち合い、私の考えを話した。彼女も驚いていたが、同じ男を好きになった共感できる部分が生まれていたため賛成した。その後、一夏も交えて話し合い、彼が生まれた世界への留学に出発する前にすべての手続きを終わらせて既成事実をつくってしまった。
報告を聞いた大統領は「本気なのか」と絶句し、真田先生は「昔の新見君が戻ってきたな」と苦笑し、加藤隊長はひっくり返って気絶したという。だけど、私も玲さんも後悔していない。一夏が旅立つ前夜、二人同時に彼に愛されながら、互いの眼差しに心身とも満たされた思いを確かめつつ眠りについた……。
※ここで三人が何をたくらんだのかは、最後で明かす予定です。にしても結局、修羅場を書けなかったのは私の好みのせいでしょうか。次回から再びIS学園が舞台に戻ります。wiki掲載は自由です
最終更新:2013年10月27日 18:45