555 :ヒナヒナ:2013/11/26(火) 01:02:44
○出遅れた男


大きな川の堤防っぷち、土を踏みしめられただけの道。
向こうの方には街が見えるが、今時たいした高層ビルも無く田舎っぽい。
妙にノスタルジックな風景に佇む坊主頭で学生服を着たガキが馴れ馴れしく声を掛けてくる。

「おい、かっつん何急に立ち止まってるんだよ。早く行かないと戦勝行進終わっちゃうぞ」
「ハァ、言ってんの? 俺はこれからE-5回して矢矧様を出すんだよ。飯食って寝ろガキが」
「ガキって……お前がチハを見たいからって誘ったんだろ!」

勝手にしろと、先に行ってしまった坊主頭を見送った後、自分に目を向けると、
自分の手は思ったよりも細く、トドメに詰襟の学生服を身に着けているらしい。

「何だこれ……。異世界召喚……いや転生か。過去だから憑依系になるのか……」

男はまず狂喜乱舞した。
何故ならファンタジー設定の殿堂であるTE☆N☆SE☆Iを体験したからだ。
この幸運に比べたら、パソコンのHDDに大量の土産を残してきた事など屁の様な事に思える。

男が体験したのは俗に『過去転生』と呼ばれる分野であり、
技術チートから、アレやコレの開発者としての名誉ある人生を送ることもできるし、
もっと即物的な技術(コンピュータ関連情報や暗号など)を売って左団扇の生活もできる。
年代が近代であることがネックだが、逆にいえば生活の不便が相当軽減される
どう転んでも自分に利益がある。

隅田川の堤防で男は叫んだ。「俺が主役だ!」と。


「俺の考えたイージスシステムという画期的な電子戦の……」
「ふーん、それって様は海軍の計画にある防盾システムの事だろ」
「え?」
「君みたいな子は結構来るのだよねー。技術士官の道に進みたかったら大学で電子か工学を専攻するのが一番だよ」
「……」


「実はDNAってのが生物の遺伝を支配しているんですよ」
「デオキシリボ核酸かい。ああ、理科総合研究所の成果情報にあったやつね。よく勉強しているね
ボク」
「……おい、まだ1955年じゃねえぞ」
「まあ、中学生が最新の研究成果を知っているとは勉強熱心な事だ。勉強を怠けないようにね」


「大陸棚あたりの海底には大量の資源が眠っていてですね」
「それは戦略的備蓄資源として、採掘が凍結されただろ」
「日本って石油持ってないじゃないですか。メタンガスが眠っているんですよ」
「油田が無いって戦前か。阿拉斯加油田も新たに試掘されただろ」
「アラスカってアメリカじゃ」
「亜米利加なんて国はもうない。加州国は北まで進出できんよ」


「これからはアニメが流行る!」
「もうカラーだから」
「とりあえず2000年代からでハルヒを」
「何これ唯の○○女子学園の制服だろ。というか晴れはれ愉快とか古いわ」
「……」


時は1950年代。
憂鬱日本では表向き強烈な開発景気に沸騰し、政府が抑えるのに四苦八苦しているなか、
平成時代の引きこもり使い捨て事務員ごときには、チート無双できる技術はすでになかった。
そうこうしている間に、時は無慈悲に流れ、名もなき転生者は時代に流されていった。
勉強が特段できるわけでもなく、大学の門戸が史実より狭くなった憂鬱日本では、
彼が進路に悩むことのできる時間は長くはなかった。

堅物の親からは軍にはいるか役所に入れと言われたが、
軍縮も粗方定まって、あまり人を取っていないと、親をあの手この手で説得し、
最後には土下座して高校まで進むことを許してもらった。
そして、幸いにも人材不足の好景気とあって就職自体は問題なかったため、
高卒の事務員として中小企業で働くこととなった(役所の薄給は流石に嫌だった)。
好景気の仕事多過状態はしんどかったが、ゆるめの社畜として訓練されつつあった彼には、
つらいが何とかこなせる仕事をしながら、独身貴族を謳歌していた。

そして、下っ端夢幻会員として同様の道筋をたどった奴らとツるみ、
ゲーム同好会に入り、時たま平成ゲーム談義などに花を咲かせていたが、
一向に嫁を迎える気のない彼に堅物の両親が痺れを切らし、
半強制的に親せき筋の女性とお見合い結婚させられる事になる。

かつて技術チート、情報チートを目指していた男は、
転生が微妙に遅かったため、一般人と大して変わらぬ普通の人生を送る羽目になったが、
「これもありかな」と4歳にて一緒にお風呂に入ってくれなくなった娘の寝顔を見ながら呟いた。

(了)

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最終更新:2014年01月07日 20:55