566 :高雄丸の人:2013/12/20(金) 00:36:56

ソ・フィン戦争(冬戦争)でソ連に痛撃を与え、二度目の欧州大戦では仏・西の連合海軍を海の藻屑にした上で仇敵ドイツに苦汁をなめさせた。そして、
絶望的な状況へと追いつめられた太平洋戦争では自然の力に救われて(と認識されている)見事な逆転勝利を勝ち取って、わが世の春を堪能する、
有色人種からなる唯一の列強「大日本帝国」。
そんな彼らに羨望の眼を向けるのは、何も同じ有色人種だけではなかった。

支援SS 民族運動は複雑怪奇?―

汎ツラン運動をご存じだろうか。
アルタイ山脈山中にはかつて人類の理想郷、シャングリラがあった。そここそが人類文明の発祥であり、そこからその地で周辺の民と融和する者(これがウラル=アルタイ系の民族)、西へ文明を広めて白人たちと結ぶ者(のちの東・北欧系民族)、そしてさらなる理想郷を得るため純血を保ちながら東へ向かったものに分かれる。しかし次第に力を失ったツラン民族は支配階級から被支配階級へと落ちて行った。だが、今こそ同じツラン民族の末裔が力を合わせ、ツラン民族の国を建国しようという、民族主義の一つである。

この運動が日本にどういう関係があるかといえば、先の純血を保って東へ向かった者たちの末裔こそが日本民族である、ということなのだ。
この運動は1920年代のハンガリー、ブルガリア、フィンランドやエストニアなどの東・北欧圏を中心に大いに盛んだったのだ。彼らは純血を保って大国ロシアを打ち破った日本を盟主と考えて、この民族主義を声高に叫んだ。もちろん、勝手に盟主と言われた日本は「我が民族のルーツははっきりとはわからない」と控えめな否定をして、苦笑いを浮かべるにとどまっていた。


こうした運動も1930年代に入ると、イタリア式ファシズムやドイツ式全体主義の登場と風雲急を告げる欧州情勢から下火となり、次第に忘れ去れていった。
だが、この運動が再起を促す事態になる。
1939年に始まった冬戦争で、日本がフィンランドへの支援を決定。侵略するソ連軍に痛打を浴びせたのだ。さらに絶対的に絶望的な状況だった対米・中戦は、誰もが神を信じたくなるような見事なまでの大逆転劇をみせて勝利をもぎ取ってしまったのだ。
なぜ日本があそこまで勝利できるのか、なぜ日本ばかりが神に救われるのか、そうした声が欧州を席巻する。そして、忘れ去られた民族運動が再燃したのだ。

「人類の原初たるツラン民族」「ツラン民族こそが神に選ばれた民族」

そんな言葉が東・北欧の人々の心をつかむのに、そこまでの時間は必要なかった。欧州の盟主を務めるドイツが唱える、「偉大なるアーリア人種」は寒冷化によってかろうじて食料が保ち、そもそも対ソ戦はギリギリの消耗戦でかろうじて勝っただけ。「神に祝福された民の国」と自称したアメリカ合衆国は神の怒りに触れて、津波と疫病で消滅した。かつて七つの海を支配したイギリスはもはや死に体となり、かろうじて生きているに過ぎない。

567 :高雄丸の人:2013/12/20(金) 00:40:25
世界が苦しみもがいている中で、唯一平穏と発展を甘受している「ツラン民族の血を色濃く受け継ぐ」とされた日本。
有色人種という色眼鏡を外せば、「人類原初の偉大なる民族」で「世界最強の国家民族」が自分たちと同じ血を引く民族という可能性は、大国の思惑に振り回されやすい小国の人々にとって自らの正当性と今後の発展への明るい展望が見える、希望の光なのだ。

これに対しあいまいな態度を取るのが政府である。たとえばハンガリーは、枢軸同盟を構成する一つであり、その地政学上ドイツの影響下にある。
この民族運動はドイツが信望する「偉大なるアーリア人種」を否定している(人類文明の発祥たる優良民族がアーリア人でなくツラン民族という点など)と取られる可能性から政府の規制(警察の解散命令など)を行っているが、同時にこの運動を利用して日本との関係を築こうとする関係者もいる。
折しも日伊関係が改善の兆しを見せており、北米防疫線維持や対日戦に対する装備面の不安から枢軸の盟主たるドイツですら長年の対立国たる日本との関係に一定の配慮を行っている。つまり枢軸全体の意向に反することなく、対日融和ができる。仲介を要請するイタリアとの関係改善にもつながるし、東欧の大国ルーマニアよりも枢軸同盟内で影響力を得られればトランシルヴァニア問題で優位に立てる(史実同様北トランシルヴァニアは割譲されていたが、両国間の重大問題として枢軸内の不和の種として残っている)。

こうした結果から、政府はドイツに対し「民族問題拡大を危惧して警察部隊に取り締まらせている」とし、実際に警察を投入する一方で、その取締りはあまり気合の入ったものではない。集会での発言があまりにも過激な場合に警察官が中止を指示することがあるものの、基本的には遠目から監視するにとどまり、中には警察官自身が集会に参加することもあったという。
フィンランドでは遠く離れた日本がなぜ、わざわざ冬戦争に協力したのかという行動の証明ではないかと受け入れられた。共に戦ったが故に、世界各国が傍観か中立(のちに小規模の支援はあったが)に走る中で、日本は大量の兵器や兵員の投入を行った、その理由を欲したのだ。無論、理性的な人間は「何らかの国益」から日本が投入したと考えていたが、学生などの若者を中心にこの運動が広まっていったという。

そんな民族主義を抱える小国からうかがうような目線を向けられるドイツは、というと。
表面上、そのような民族がいるはずはないと政府は否定的な主張をしていたものの、同時に日本のその不可解な発展ぶりを証明するものとして市井ではある程度受け入れられていた。まるで場末の酒場の噂話のような「日本人は神に賄賂を渡せる」「日本人は魔術が使える」という話が真しやかに話される時代。冗談の様で信じざるを得ない状況、そこに出された眉唾物ながらも学術的な形で出されたこの運動は、一定の支持を得たのだ。

それは国家上層部でも同じだった。アーリア人という優良人種を信じていない面々でも肯きたくなるこの話を、アーリア人を信じてやまない親衛隊の面々は対応に苦慮する。アーリア人種を信ずるがゆえに、他の優良人種など認められないが日本人の異常な発展具合に説得力を持って表せているのがこの民族論である以上、信用したくなるのだ。
そのため、親衛隊の内部を中心に「アーリア民族とツラン民族はもともと同じ血脈、つまり日本人は東方アーリア人だったんだよ!」「ドイツと日本は同じ民族だったのを英国の姦計によって引き裂かれたのだ!」などと納得できるように改変を行うという事態にまで発展した。もっとも、長年の仇敵である日本人と同じ民族というのは感情的に簡単に許容できるものではなく、なかなか普及しなかったが。

568 :高雄丸の人:2013/12/20(金) 00:42:09
そして、東・北欧から熱い視線を受ける張本人たる日本はというと。
言うまでもなく困惑していた。辛うじて顔に出さなかった人間もかつてと同じく苦笑か失笑を浮かべるほかなかった。そもそも、明治のご維新以来日本人とは日本民族という単一民族であると教育されてきた。第一次大戦後には革命の起きたロシアから亡命してきたロシア人たちが帰化した露系日本人や世界恐慌で日本に移住した米系日本人などが生まれたものの、基本的には日本人とは日本民族が大部分で構成されているとしている。
多くの日本人はこの民族運動を本気にとらえず、政府も実害がない以上勝手に言わせておけばいいと、かつてと同様に「調査中」とごまかす程度で沈黙していた。
無論、中にはこの民族運動に(打算があるにしろ)入れ込む者もいたが、その数も少ない。

結局、日本国内ではこの運動は「一風変わった欧州の民族運動」程度の認識が大部分を占めていた。もっとも、「今は滅びた、人類文明の原初」
「理想郷シャングリラ」などの響きの良いその語り文句から、史実のマヤ文明などのように「人類発祥の民族!?ツラン民族を追え!」などというオカルト系テレビ番組がお茶の間を賑やかせ、その設定の使いやすさから冒険活劇ものの小説や映画にたびたび登場するようになる。


史実では歴史の闇の中へと消えていった「汎ツラン民族運動」。
この世界においては、後世の教科書にも記載される「世界史に大きな影響を与えた民族運動の1つ」として評されることになる。

569 :高雄丸の人:2013/12/20(金) 00:42:56
あとがき
某所の架空戦記で初めて知った「ツラン民族運動」を調べていて、これって憂鬱世界で再興できるのでは、と考えてから書き始めたのがこれです。
執筆自体は戦後編の(現在の)改変前だったのですが、仕事上の問題で伸びてしまいました。
一応訂正・加筆していますが、多少の問題はお許しください。というか、ドイツがこの運動に対してこんなに穏健になるのだろうか・・・
以前から書いているものもありますので、今年中にもう一本くらい挙げたいと思っていますので、そちらの方にも生暖かく見守ってくださると
ありがたいです。

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最終更新:2014年01月07日 20:58