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おk、じゃあ逝く。
先に言っとくが文才には期待せんどいてくれ。
あとおかしなところがあったらガンガン突っ込んでくれ。
初めてなんだ。

四〇艦隊計画

・概要
四〇艦隊計画とは、日本海軍が整備した戦艦20隻、巡洋戦艦20隻を基幹とする艦隊である。
当初は戦艦40隻、巡洋戦艦40隻をそろえる八〇艦隊計画として立案、開始されたが、ワシントン海軍軍縮条約の影響で半分の四〇艦隊へと削減された。

・前史
第一次大戦後、日本は次期主力艦群を可及的速やかさでもって整備する必要に迫られていた。
海軍史上最大の潰し合いとなったジェットランド海戦が原因である。
後の歴史化が「二人のヘビー級ボクサーがノーガードで殴りあった」と評されるこの戦いは、日英独あわせて70隻を越える戦艦、巡洋戦艦が激突し、31隻の主力艦が海底に没した。
この海戦で日本が投入した艦艇は、扶桑型が2隻、金剛型が4隻であったが、ドイツ海軍の戦艦4隻、巡洋戦艦1隻を撃沈する対価として、比叡が沈没、金剛が大破後に修理不能判定、霧島が中破、扶桑、山城、榛名が小破の大損害をこうむってしまったのである。
日本海軍の有する戦艦戦力のうち艦齢の新しい二隻を喪失した事実は海軍首脳部を激震の中に叩き込んだ。
この結果日本海軍は新たに主力艦を建造する必要に迫られた。なるべく早期に。

さて、ユトランド海戦の結果明らかになったのは索敵、通信の不備は時として致命傷を齎し得ると言う事、そして巡洋戦艦はあくまで大型装甲巡洋艦であると言う事である。
ユトランド海戦は濃霧によって視界が制限されていた双方の艦隊が、霧が晴れるときまでお互いの存在にまったく気がつかず、気がついたときには抜き差しならない距離に居たため一部の戦隊がそのまま近距離乱打戦へと突入してしまい、双方が応援を呼び合った結果転がる雪玉のように戦闘の規模が拡大していき、最終的には双方が無秩序な戦闘、後退を行う羽目になったのである。
海戦のかなり早い段階でイギリス艦隊旗艦アイアン・デューク、ライオン、ドイツ艦隊旗艦フリードリヒ・デア・グロッセがそろぞれに座乗していた提督もろとも轟沈していたこともそれを助長した。
そのため日本海軍は、濃霧の中でも索敵が可能な艦載電探と高性能無線機の開発に血眼になるが今回は本題から外れるので割愛する。
ユトランド海戦で失われた主力艦32隻の艦種別内訳を見てみると戦艦22隻、巡洋戦艦13隻(日本の金剛を含む)である。投入された主力艦が戦艦56隻、巡洋戦艦18隻であることから考えると、巡洋戦艦の喪失率は72%に上る。
これは大型装甲巡洋艦でしかない巡洋戦艦が同格以上の相手との至近距離での殴り合いを強いられた結果であるが、「巡洋戦艦は(扱いを間違えると)脆い」という印象を世界に強く刻み付けると同時に、巡洋戦艦という艦種の今後の在り方について大きな問いを残すこととなった。
そしてこの問いに対して日本海軍が出した巡洋戦艦に対する答えは、「自らの主砲に耐える高速戦艦」である。


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・四〇艦隊
四○艦隊で整備された主力艦は次の通りである。

・戦艦
長門型戦艦    40000t 41cm砲三連装三基 41cm対応防御 27kt 4隻
加賀型戦艦    43000t 41cm砲三連装四基 41cm対応防御 27kt 6隻
紀伊型戦艦    51000t 41cm砲三連装四基 41cm対応防御 28kt 6隻
上総型戦艦    64000t 46cm砲三連装三基 46cm対応防御 28kt 4隻

・巡洋戦艦
天城型巡洋戦艦  41000t 41cm砲三連装三基 41cm対応防御 32kt 8隻
穂高型巡洋戦艦  47000t 41cm砲三連装三基 41cm対応防御 32kt 8隻
早池峰型巡洋戦艦 61000t 46cm砲三連装三基 46cm対応防御 32kt 4隻

・航空母艦
蒼龍型航空母艦  22000t 15cm砲単装四基  艦載機50機   33kt 6隻
翔鳳型航空母艦  31000t 15cm砲単装八基  艦載機79機   32kt 6隻

以上の通り巡洋戦艦とは名ばかり、実質的には高速戦艦として建造されている。
日本人の民族的気質としてよく「家の周囲、半径50kmを要塞化して引きこもる」といわれるが、それを地でいく海軍備である。
特に早池峰型巡洋戦艦は、1945年に大和型戦艦(135000t、51cm砲三連装四基、51cm、対核兵器防御、30kt)が登場するまで世界最大最強の艦艇として知られ、時のアメリカ大統領が対日戦争に対する海軍の意見を聞いたとき、「勝算はあります。カズサとハヤチネに勝てる戦艦を10隻用意してくれるなら」と答えられたといわれている。

・世界に与えた影響
八○艦隊計画が他国に知られるようになったときには上記に挙げたほとんどの艦船が艤装、就役しておりこのことがワシントン海軍軍縮条約が締結される原因となった。
ワシントン軍縮会議においてアメリカ側は、八〇艦隊後期建造艦の廃棄とともに上総型、早池峰型の廃棄を強く要求したが、日本側は「いつでも帰らせてもらってもいいんだぞ?」と反論。
日本が太平洋側における強力な同盟国であり続けてほしいイギリスも日本を後押しし、結局後期建造艦の廃棄とアメリカ、イギリスがともに46cm砲戦艦をを保有することで決着がつく事となる。
また列強海軍は当初、四〇艦隊の戦艦群の速度を低めに見積もっていたが、1933年に発生した三陸沖大震災のときに上総型戦艦上総、下総が27ktで航行中のイギリス海軍重巡洋艦プリマスを追い抜いていったことを契機にその間違いが発覚、全世界の海軍上層部の6割を脳卒中、心臓発作等で死亡や退役に追いやったといわれているが詳細は不明である。


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とりあえずこんな感じになった……。
自分でもちょっとおかしいな?という気ががしないでもない(滝汗)。
あと細かいこととしては扶桑型は大陸補正で建造が早まったから。
穂高に対する紀伊の存在意義だが装甲配置と機関の関係で紀伊のほうがかなり打たれ強いということでどうか一つ。
 

最終更新:2014年01月14日 21:19