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「あの星まで突っ走れ」

1901年に函館から北辰までの路線、
通称『函北本線』(たんほくほんせん)が開通した。
それから、30年、函北本線は、「北の帝都」北辰と函館を結ぶ大動脈として、発展していった。そんな中で9年後に控えた『皇紀2600年』記念事業、その翌年の函北本線開通40周年事業の目玉として、函北本線の高速化計画が持ち上がった。
そのために、まずは軌間幅は、橋本から町田にかけての試験線にて試験された後、スラブ広軌が採用された。これは、樺太及び神坂への連絡も考慮されていたという。
そして、広軌化も終わろうとしていた1937年、「国鉄キハ43000形」をベースとした、スラブ広軌専用機の開発がスタートした。時の廣田内閣のスローガン『庶政一新』の象徴として、鉄道省の全面的なバックアップの元に開発され、より、理想的な流線形とするために、倉崎の風洞実験設備まで使用されたという。

そして、1940年2月7日
第五回冬季オリンピックの開催式が、行なわれる函館から北辰に向けて、一輌の流麗な車両が出発しようとしている。
その名は「キハ44000形」又の名を、『昴』最高速度200キロの純国産高速気動車だ。
「ドア、閉まりま~す」
車掌の声が力強く響く、そして、ゆっくりとしかし急激に列車は速度を上げて行く
彼、北海道開発鉄道総裁大村卓一は叫ばずには、いられなかった。
「あの星へ、北極星まで突っ走れ」と
因みにこの高速気動車の名前を知った或る自動車好きの転生者は、「俺の、俺たちの360が~」と悔しがったという


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※北海道開発鉄道
史実より広大になった北海道を開発する為に開拓使を半官半民化したもの、様は満鉄の北海道版


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尚、第五回冬季オリンピックは史実では札幌で開かれる予定だったのですがSS内では、始発駅の関係上函館にしています。
後、わざわざスラブ広軌の試験線を北海道に作らなかったのは、史実で改軌の試験線が作られたのと、私の地元だからです。(丁度中間の辺り)

最終更新:2014年01月15日 23:04