327 :475:2013/11/04(月) 02:44:10

田中義一の憂鬱

1931年12月24日
その日、田中義一"元帥"は憂鬱だった。
いや、別にその日の夜を共に過ごす人がいない、とかではない。
先程決まったリフレーション政策に伴う軍備増強計画の中身について、悩んでいたのだった。
リフレーション政策のおかげで軍備増強が決まった、ということは大変結構!なのだが、その中身は大正末期から変わらず、八八八八艦隊計画の実現を目指す為のもの、要するに海軍偏重なのだ。勿論、陸軍が増強されていないか、といえばそうではない。
例えば、帝都の防空の要である所沢の航空兵団や大洗(何故かここが最適の地である。という意見が多数を占めた)の第一戦車師団などがあるのだが、やはり陸軍の鉄牛と海軍の巨龍では、海軍の方が目立ってしまう。しかも更にたちの悪いことに、今回の予算案で、また巨龍が八匹増えることになってしまった。

「はぁー」
溜息が出た。まあ、こんな立場になれば、誰でも溜息の一つは出る。
「陸軍を辞めて議員にでも成っていたら、今頃は…」
どれ位の地位に居ただろうか?そんな空虚な妄想にふけってしまう。
「だが、たとえどんなにつらくとも、山縣公のお造りになった、陸軍がある限りおらはやらねばならん、それが山縣公に陸軍を頼まれたものの運命だからだ」
そう言い終えると蹴伸びをしてから
「さて、仕事に戻るか」
と言って書類仕事に戻って行った。

彼の憂鬱はまだ終わらない。


328 :475:2013/11/04(月) 02:47:41
田中義一が元帥なのは、陸軍を辞めず堅実に出世街道を歩み続けた結果ということにして置いてください。


329 :475:2013/11/04(月) 02:51:05
因みに田中義一の代わりに首相になったのは後藤新平という妄想をしております。

 

最終更新:2014年01月15日 23:07