- 553. yukikaze 2011/12/25(日) 23:17:59
- 英国無双はじまるよ。
1943年6月20日。スウェーデンのストックホルムにおいて、二人の男が握手を交わした。
「一別以来ですな。総統閣下」
「実り多き会談になることを信じて疑いませんぞ。首相閣下」
にこやかな表情とは裏腹に、双方とも全く目は笑っていなかった。
それは両国がお互いをどのように思っているのかという事を、如実に示すものであった。
ロイド=ジョージの演説で、直接会談を申し込まれたドイツは、難しい立場に立たされていた。
現在、独英間は休戦条約を結んでいたが、あくまでそれは休戦条約であって、講和条約でも平和条約でもなかった。
要するに、ドイツ側は、ある程度の戦力をドーバー海峡側に振り向けなければならなかったのである。
無論、それは、イギリスに対して憎悪を抱いているヴィシーフランスに対するポーズと牽制でもあったのだが、
それでも独ソ戦をしている状況下では、半ば遊兵化しているこの戦力は、何とかしたいと思うのが本音であった。
そんな中で、英国側から関係改善のボールが投げられたのである。
ドイツ側としては、それこそ状況が打開できる糸口となることから、諸手を挙げて歓迎したいところではあるが
障害もあった。
第一の障害は、枢軸陣営各国が、英国との交渉に難色を示したことであった。
まあ東欧諸国はそれほどやかましくなかったのだが、フランスとイタリアは
かなり難色を示すことになった。
まずイタリアについては「我らが占領したギリシャとマルタは絶対に返還しない」ことを
くどいほど釘を刺していた。(これはブルガリアも同様)
そしてフランスに至っては「ライミーと会談するんだったら、今すぐ東部戦線にいるフランス軍を
フランスに戻しますぞ。そして即刻、英本土に上陸し、奴らを徹底的に潰しますからな」と、エライ剣幕で
まくしたてた程であった。
もう一つの障害は、英国の自由政府の扱いであった。
英国としては、これ以上の外交評価を下げさせないために、彼ら自由政府の復帰を強く求める事であろう。
ヒトラーとしては、ポーランドとフランスの各自由政府以外については、ドイツに敵対しないという確約を
得られた場合に限り、復帰を認めるつもりではあったのだが、それは各地の傀儡政権や、おひざ元のナチ上層部からの
反発や不満を生じさせることにもなりかねなかった。
しかしながらヒトラーは会談を受け入れることにする。
彼にしてみれば、ここで会談を拒絶した場合、イギリスは間違いなく日本との関係改善をこれまで以上に緊密にするであろうし
そうなった場合、独ソ戦でこちらが疲弊しているのを尻目に、彼らだけ国力を回復しかねないのである。
何よりイギリス側は「大西洋大津波の被害回復の為」という大義名分を持ち出してきているのである。
断った場合、いったいどんなレッテルを貼られるか見当もつかないのである。
結局の所、ドイツ側が会談を拒否するという選択肢はなかったのである。
勿論、その為の代償をドイツがまぬがれる訳はなかった。
イタリアには「領土の保持」を確約せねばならず、フランスに対しては「連中から搾り取って
それを優先的にフランスに回すし、謝罪もさせるから」と、宥めざるを得なかった。
欧州の盟主と言えども勝手気ままには出来ないのである。
- 554. yukikaze 2011/12/25(日) 23:36:12
- 会談で攻めたのはドイツ側であった。
まず彼らは、現在の枢軸諸国が領有している領土をイギリスが認めるよう求め、
更にイギリス側にいる自由政府の否認を要求したのである。
そしてそれに対するイギリス側の回答は、彼らの意表を突いた。
「ドイツ領有か、自由政府による統治かは、その国の民に選ばせればよろしい
かつてドイツは国民投票で、幾度となく行ってきたことなので何も問題はあるまい」
ドイツにとっては強烈なカウンターパンチであった。
何しろ、イギリスの言ったことを名目として領土を増やしてきたわけだから、それを
否定することは、これまで自分たちの行った領土拡張の法的根拠を失わせることになるからだ。
思わず口ごもるヒトラーに、ロイド=ジョージはにこやかな笑みでこう続けたという。
「もっとも、混乱の続く現状では、国民投票もなかなか難しいでしょう。取りあえずは
混乱がまだ少ないドイツ東部国境以西において、5年後くらいに行うことではいかがでしょうか?
それ以東については、独ソ戦が終結した後に、改めて取り決めると」
イギリス側の言いたいことはこうである。
『お前らが悩んでいるのはポーランドとギリシャだろ。戦争を理由に棚上げしてやる。他の地域についても
5年の猶予は与えたから、その間に割り振りを考えておけ』
ヒトラーは苦々しい表情で受け入れるしかなかった。
ドイツの占領地域をカードにする予定が、カードにならないどころか、トラップになったのである。
だが、彼の苦々しさはこれで終わりにはならなかった。
- 556. yukikaze 2011/12/26(月) 00:11:58
- 次に議題となったのは、大西洋大津波による復興問題であった。
そしてそれこそがドイツにとって重要な問題であった。
彼らとしては、津波による被害を受けたとはいえ、今なお強大なイギリスの商船部隊と
それらが運んでくる資源は喉から手が出るほど欲しいものであったからだ。
故に、ドイツ側は、復興にかかる資源のリストを作成し、それをイギリスに提示したのである。
このリストを読んだとき、ロイド=ジョージの顔は全く変化がなかった。
実際、そのリストに記された量たるや、「どんだけボッタくるつもりだよ」と、
まともな財政官ならば卒倒する代物であり、提出したヒトラーですら「フランス。少しは自重しろよ」
と、内心溜息をついたほどであった。(ここまでの量になったのは、フランスの要望を全面的に聞いたことが
大きい)
そして、リストを一読したロイド=ジョージは、こう切り返した。
「これはドイツ一国の要望でしょうか? それとも枢軸各国の要望でしょうか?」
「後者ですな。何しろ被害を受けたのはわが国だけではないのです」
「と・・・なると、このでたらめな数字を出したのはフランスですな。あの国は相変わらず数字に弱い。
第一次大戦の事でしたが・・・」
と、おもむろに、第一次大戦での思い出話や苦労話を語りだす。ロイド=ジョージ。
そしてその話は何と一時間も続くことになる。それこそヒトラーやその側近たちが
アイコンタクトや咳払いなどをして『わかったからやめろや』と、外交的儀礼を
無視した行動をしてもなお続くのだから流石である。
昔話が終わった時には、ロイド=ジョージ以外は、心底疲れた表情を浮かべた所であった。
「まあフランスに対する苦労話はここまでにして、ドイツ側がフランスの被害を調べたうえで
復興にかかる費用を纏めていただきたい。フランス人が算術に弱いことは笑い話で済みますが、
優秀なゲルマン民族が、そういった作業を間違えるとは思いませんからな」
「了解した。ただし、復興の資源についてはきちんと供給していただこう。『復興に協力する』
といった以上、これは国際的公約だ」
「無論です。我が国は貴国との凍結していた通商体制を開放するでしょう。資源についても
貴国を窓口として供給する用意があります」
このセリフで、ヒトラーは少しは気を良くすることになる。
英国との通商復活と、復興資源の供給という、彼の求めていたものが、一応は達成できたからだ。
次のセリフが出るまでは。
「ただし、我が国は現在の所、アメリカによるカナダ侵攻を受けている所であります。我が国は
主権国家として、この暴挙を是正せねばなりません。故に、我が国としては、合衆国がカナダから撤退し
謝罪と賠償を得るまでは、カナダに対する軍事行動を行わなければならない以上、貴国らに不自由をかける
場面もあるかもしれませんが、ご理解をいただきたい」
ヒトラーの顔がみるみる赤くなった。
それはそうだろう。イギリス側は、カナダの一件を理由に欧州への貿易や資源供給をいつでもストップ
することができると宣告しているのだ。それこそ第三者が見ても納得できる内容で。
勿論、ヒトラーとしては「そんなこと知るか」と言いたい所ではあるのだが、かといって
イギリス側は『かもしれない』としかいっておらず、『不自由をかける』とは一言も言っていないのである。
故に、ヒトラーとしては「そうならないように努力をしていただきたい」と、強く釘をさすことしか出来なかった。
と、そこに、ロイド=ジョージが更なる爆弾発言を行う。
「無論であります。総統閣下。ではその努力として、一つの提案があるのですが?」
「何でしょうかな?」
警戒するヒトラーに、ロイド=ジョージは、凄味のある笑顔で答える。
「義勇艦隊を派遣していただきたい。無論、それにかかる費用は英国が支払います。
貴国にとっても悪い話ではありますまい。戦力になっていない海軍戦力で国益を得られるのですから」
後に、ヒトラーはこの会談を振り返ってこう答えたという。
「悪魔と会談している心境だったよ」
最終更新:2011年12月31日 23:59