282 :名無しさん:2013/11/12(火) 22:19:04

大陸日本航空機開発史(ネタ)


大陸日本の世界においても最初に飛行機を飛ばしたのはライト兄弟であった。
しかし、大陸日本があるこの世界ではその後の歴史の流れは大きく変わっていたのだった。

大陸日本は資源が豊富で資金も夢幻会の活動により経済も史実世界よりも順調に回っており、お隣の中国での内戦を契機に兵器のライセンス生産と自国兵器を売りさばきながら経済を振興させてながら主にアメリカから工作機械を導入しつつ重工業化に努めていた。

そんな状況でこの男が暴走を開始する。倉崎重蔵である。

彼は前回(憂鬱本編)の経験を生かし早期に倉崎重工を設立、夢幻会に接触し工業製品の制作に携わりながら基礎工業力を身につけていった結果、1900年頃には欧米列強の背中に手が届くくらいにはなっていた。

そこで、彼は1903年のライト兄弟の初飛行を待って飛行機の作成を開始する。彼の持つ未来知識と以前に培ったノウハウと同じ転生者の技術者とともに、日本を航空機大国にするべく自重を捨てて開発をしていった。
その結果、1904年に初の国産飛行機が初飛行を成功し、日本の技術力に対して諸外国が一斉にその認識をあらためる契機となったのであった。


283 :名無しさん:2013/11/12(火) 22:21:37
以上です。はっきりいってこれ以上は私ではムリですた。
SS書いてる人はほんとに尊敬します。

ちなみに、ライト兄弟の開発まで航空機の開発しなかったのは
夢幻会の人間が必死こいて止めていたからです。


289 :倉崎ネタの人:2013/11/12(火) 22:27:00
ありがとうございます。
ちなみに、ひゅうが氏の設定を使っているので、冶金や製鉄技術は最初からかなり
高く、蒸気機関も持っていたから、工作機械のコピーも比較的スムーズに進んだ
という想定です。

292 :倉崎ネタの人:2013/11/12(火) 22:29:42
あと、なぜ夢幻会の人間がライト兄弟の発表まで待ったかというと。
さすがに世界史的な発明を未来知識があるというズルで奪うのはどうかという
良心の呵責というものがあったからです。

最終更新:2014年01月18日 10:57