- 439. ひゅうが 2011/12/17(土) 06:15:33
- >>430-431
の続き
半分ネタSS―海から来た怪物―その2
――同 伊豆大島 差木地村
差木地村は、さしきじむら、と読む。
帝都東京の都制施行に伴い、東京都の所管となっている伊豆諸島にはいくつかの「支庁」が設けられているが、そのうちのひとつである大島支庁の南部に差木地は位置している。
北部にある海軍大島基地(大島滑走路)に代表されるように、伊豆大島の北部の大島地区(元村など)は比較的平地が広い。
しかし、島の中央を占める三原山を隔てた南部は、ほとんどが山がちである。
南西に筆島というまるで筆先のように見える30mほどの岩があるが、その周辺をみると急峻な斜面が太平洋の荒波に削り取られており、この島がかつては流刑の島であったことをそのおどろおどろしい光景と共に思い知らせてくれる。
そこからさらに南へいくと、南端の小さな湾である波浮地区に至る。ここから東へいくと、目的地である差木地村に至る。
この村は、大島南部としてはありがちであるがまるで山腹に張り付くように集落が築かれている。
高台に春日神社を置き、それに隣接する形で林浦寺という寺を置いているのは典型的な漁業集落であるといえるだろう。
この集落の様子は、島の南部を構成する灰色の岩盤とそれにへばりつく森林や家並みが不毛の島に文字通り「地に差し木された」ように見える。
「まるで、海から少しでも逃げたいみたい――」
それが、加藤八千代のこの村の第一印象だった。
南の波浮港には海上保安庁のPVS(200トン)型巡視船が存在しているが、小さな差木地港にあるのは、木製の漁船が多かった。
焼玉エンジンのほかは、昭和初期に実用化されたヤマハ発動機の船外機を付けた舟が目立つ。
本土での漁船の更新によって海を隔てた大島まで中古とはいえ立派な漁船がまわってくるようになっているのだろう。
「このあたりは、古い家がまだ残っています。土俗的といって壊そうとした話もありましたが、文部省が補助と保存事業は――ああ、あなたの方が詳しいですか。」
案内役の警官が笑った。
なるほど、確かに。
このあたりの集落は、旧家と普通の家の違いが外観からはあまり見受けられない。だが、茅葺などではなく立派に素焼きの瓦葺きである。柱には一切釘は使用しないという。
島を一周する道路のうち片方が大正の噴火の影響から整備が遅れているので今は島の中央部の「砂漠」を突っ切る西側のルートを通ってきた私たちは、地区の路地を進んでいった。
今の時間帯は舟は漁に出ているかと思ったが。
「ああ・・・地獄の釜の蓋が開く日、です。この時期に海に出ると海の底に引きずり込まれるので、漁には出ずに家の中で春日さまに祈るんですよ。」
「お盆の時期は海に出るな、ですか。確かに全国的に分布している伝承ですね。」
「しかし、予備調査とはいえ、あの山村千鶴子に本当に会うんですか?東京の学者に連れられて行った先でブンヤどもにさんざんにやられてから気が変になっていると。」
「ええ。予備調査は必ず広い範囲での調査が必要になりますから。」
車は、高台の比較的上の方で止まった。
春日さまを右上に見るところで、ほかの家々からはやや離れている。
察するに、この家の主は首長か、もしくは祭祀に関係する者だったのだろう。
でなければこの原始共産的とさえいえる共同体で特別な場所を占めることはない。
表札には、山村とあった。
「山さーん!お客だよー!」
警官が叫んだ。
「誰じゃあ?・・・おんや、元の若いのじゃねえけ?」
「若いの、というのはやめてくださいよ。ああ、こちらは東京から来られた加藤さん。」
元村の若い奴、という意味らしい仇名を呼びながら奥から出てきた老婆は、私の方を見るや目を見開いた。
そしてつかつか歩み寄って来る。
「・・・あんた・・・」
「お初に。神祇院から参りました、加藤と申します。」
私は、懐から御朱印を取り出した。
それを見た老婆は警戒感を解いたようだった。
朱印に無理をいって主上の辰筆をあおいでおいたのがよかったのだろう。
「よく、修められましたな。若いのに。」
「奇妙奇天烈な出自ですので。まぁ人並みに過ごせるように修練はいたしました。」
私は一礼する。
ふむ。と老婆はこちらを一瞬鋭い目で見ると、再び「若いの」を相手にしていた時のような笑顔になった。
「ま・・・こんなところじゃあ何だ。中に入られぇ。若いの!お客は預かった。お前さんは帰っておきな!何かあったなら電話で伝えるけぇ。」
老婆、山村峯(ミネ)はそう言って私を招き入れた。
「ああ!ばっちゃん!ったく・・・そういうことなんで、迎えがいるときは呼んでくださいね!」
- 440. ひゅうが 2011/12/17(土) 06:16:35
- 「んで、何の用かね?」
「お宅の娘さん、千鶴子さんのことで。」
視線が鋭くなるものの、やっぱりかという表情になる老婆を前に、私はあの席でのやりとりを思い出していた。
2週間前――帝都東京 神祇院本庁舎
「よりによってこのタイミングで――」
「八千代君ももう大人だ――だが心配――」
「MMJに動員をかける必要がありますね。幸い差木地分校にも春日神社にも同志はいるので――」
扉の向こうからそんな言葉が聞こえてきた。
「入ります。」
ノックの後、私は総長室へ足を踏み入れた。
「加藤中級職一等神祇公安官、参りました。」
「御苦労。こちらは知っているな?」
「は。内務省の阿部局長、大蔵省の辻次官。」
私は、見知った顔ぶれに一礼した。
神祇院総長をつとめる辰宮洋一郎は、今は「真面目モード」らしく奥方の写真をデスクに伏せている。
いつもは私に異常なほど構いたがるこの3人が深刻そうな顔をしているのには、何かまずいことが起こっているのだろうと私は察した。
「君に頼みたいのは、厄介な事案だ。」
阿部局長が口を開いた。
「アーエンネルベの一部が暴発したことで、列島の地脈が混乱状態なのは知っているだろう。」
「存じています。父と母がそれに関してジョーンズ博士と一緒に動いていることも。」
2カ月ほど前、富士の浅間神社が列島の地脈異常を感知した。
調査が行われたところ、異常の発生源ははるか南方のバリ・スラウェシ島において発動されたことが判明。動き始めたドイツ第3帝国の秘密組織との兼ね合いもあり、神祇院の主力は現在本土の鎮守にかかりきりになっていた。
「それに伴い、危険な『異物』が目を覚ましたようだ。これを。」
写真が手渡される。
傍目には何も映っていないように見える。だが、私が写真をなでると・・・
「なんですか?これは――」
そこにあったのは、海に漂うあらゆる汚らわしいものの混合物のようなものだった。
腐った魚、海棲生物の死骸、海鼠や海藻類で彩られ、その周囲を半分骨が見えた水死体が彩っている。
毒々しい色の斑の淵には、辛うじてそれの骨組みであろう何かの植物の束が見えた。
「海坊主でもなければ黄泉のものでもないですね。水底にいたイザナミノミコトは父さまたちの尽力のおかげで遅れてきた新婚時代でバカップルっぷりを発揮しているのを確認していますし――」
私は、はたと顔を上げた。
「まさか・・・葦船ですか?これは。どこでこれが?紀州熊野への逆上陸は忍野君たちが見逃すはずはないですし・・・」
- 441. ひゅうが 2011/12/17(土) 06:17:06
- 「伊豆ですよ。」
辻さんが口を開いた。
「伊豆大島です。『それ』が何かは不明ですが、『海からやってきた』それは、確かに上陸したと。春日の祭礼の前日に。」
厄介な。
春日と名のつく神社は、春日大社の系譜に属する。
鹿嶋立ちといって、もとは茨城の鹿嶋の湊にいた春日の神は、そこから奈良の春日大社へ移ったという。これを見る限り、明らかに海の神の系統に属する神だ。
海を管轄するということは、大祓の祝詞にもいわれているように、文字通り「罪」や「穢れ」を水に乗せて洗い流したそれらが最後に行きつき、やがて消えてなくなる大いなる場所の「行き来」を管轄することでもある。
つまり、海というある種の地獄への入り口をつかさどっているということになるのだ。
そして、祭りという状況は、人が神を祀りあげてその正の側面を際立たせることで成立する。裏を返せば、その前こそ神々が持つ恐ろしい側面が際立っている時間なのだ。
人はいう。お盆の時に水に入るな、と。
それは、ある意味では死者が水に落としていった穢れにひかれてどこかへ連れ去られてしまうかもしれないからだともいわれている。
ゆえに、地獄の釜の蓋が開くと称するのである。
「間違いなく・・・蛭子ですね。」
「あの葦船に乗せて流されたイザナギ・イザナミの最初の子供ですか。」
「水底で眠っていると思われていました。海上は西方浄土信仰の広がりとともに補陀落渡海によって清められていますから、蛭子が出る余地はありません。神代の昔から続けられてきた魂鎮めは伊達ではありません。ですが、イザナミが死んだ要因が八雷神――つまり火と雷の神という火山の神の誕生であったことを考えれば――」
水底のさらに底には、火之神が横たわっている。
日本列島という名の龍だ。その身じろぎは、海底の「まつろわぬ神」を呼び覚ましてしまったのか。
「恐るべき事態かもしれません。」
私は言った。
「水底に沈み、長い時間をかけてハヤサスラヒメが清め、なくしてしまう罪や怨念は、この世で、少なくともこの日本で最も古い怨念の周囲に最終的には集まっているかもしれません。それこそ、あらゆるものが。そんなものを受けたままの蛭子は、本能に突き動かされて行動するでしょう。
まともに生まれられなかった怨念。地上から海上へ、海底へ放逐された恨み。
かといって蛭子自体には力はほとんどありません。となれば、とるべき手段はひとつ。
『生まれ直す』。こういうときに使われるのは古今東西の伝承でも、人の腹です。」
阿部さんと辻さんが顔を見合わせた。
そして、頷きあう。
「幻視がでました。」
辻さんは言った。私は頷く。
この神祇院以外にも、在野の幻視者や託宣を賜るものは意外に多い。
彼らは、そのうちの一人を得ているといわれていた。
事実、彼らの予言ともいうべき託宣や幻視の精度は高い。
「被害を受けたのは、伊豆大島差木地村の旧家 山村家の女性、山村千鶴子だと。確認をとったところ、彼女は妊娠している。恐ろしい勢いで『中身』は成長しているとのことだ。」
「山村千鶴子!?」
最悪だ。
私はその名に心当たりがあった。
山村千鶴子は、大正の御代にあってあの島から見出され、超能力(とされた)による透視実験とその後の新聞各社のバッシングにより犠牲になった女性だった。
この世には、唐突に異能を持って生まれる人間がいる。
千鶴子はその類だったが、いかんせん神祇院が介入するにはあの象牙の塔の住人たちは彼女を有名にしすぎていた。
神がかり的な何か、そういったものは、大抵は突然変異的な
何かで済むだろう。だが、それが穢れた神と接触したら?
この世を生きる人間やすべてのものへの怨念を宿されたら?
恐ろしいのは、そういった素質のあるモノに、怨念が注入され生まれ出てしまうことだ。
どんなことが起きるのか、見当もつかない。
「これは・・・大事になりますね。」
「そうだな。」
辻さんは背筋を正した。
それまで黙っていた辰宮総長が立ちあがる。
「加藤君。今回の事案、対処は君があたってくれ。予想される『出産』時に蛭子・・・いや『海からきた怪物』が何をするのか分からん。調査と対処を行ってくれ。事態は緊急を要する。」
- 442. ひゅうが 2011/12/17(土) 06:19:10
- 【なかがき】――中長編板に投稿した方がよかったかも(汗
とりあえず、その1が
>>430-431
その2が
>>439-442
です。
最終更新:2012年01月01日 00:21