- 533. ひゅうが 2011/12/18(日) 01:37:51
- ネタSS―「安住の地」―
――西暦1943年4月11日 小笠原諸島西部 東鳥島(ガンジス)諸島 天武島
「ほら。降りな。」
山根恭平博士は、檻の中の「彼女」に優しくそう呼びかけた。
黒灰色の鱗のようなごつごつした皮膚をまとった「彼女」は少し首を傾げた後、ゆっくりと二本の足で歩き始めた。
「新堂少佐。お願いします。」
「はい。」
伊豆諸島と小笠原諸島の間あたりに位置するこの島々の気候にあわせ、半袖の第3種軍装を着こんでいた新堂靖明少佐が合図をすると、部下たちが14つある檻の戸を開けた。
中からは、「彼女」と同じ姿をした「彼女」の一族がのしのしと歩き始める。
体長は10メートルから12メートルほどである。
「君らには、迷惑をかけたな。」
山根は言った。
「彼女」は、キュルキュルと喉を鳴らす。実は人間の言葉をある程度理解しているということを、山根はこれまでの経験から知っていた。
「ここなら、人は住んでいないし、立ち入らせる予定もない。それに回遊してくるや深海の大王イカやクジラも豊富だ。君らの楽園になれると思う。黒潮の分流が通っているからね。あとは任せておいてほしい。」
「彼女」は、愛嬌のあるしぐさで首をかしげると、まるでお辞儀をするかのように山根たちに向かって頭を下げ、何度も彼らを振り返りながら照葉樹の森へ歩いてゆく。
「全隊、気をつけ!」
新堂少佐が号令をかけると同時に、「陸海軍合同 レチル輸送隊」を構成する面々が大型の重機の前で直立不動になる。
「敬礼!」
ザッという音と共に、これまで「彼女ら」の輸送に携わってきた男たちが敬礼を捧げた。
それは、彼女らを故郷であるマーシャル諸島のレチル島からこの地へ移らせてしまったことへの詫びをこめてでもあり、それを理解しながら協力してくれた「彼女」らへの感謝でもあった。
「彼女」――現代に生きる水陸両用の大型爬虫類「恐竜」の最後の生き残りは、広い広葉樹の森の手前でこちらへと大きく身をよじった。
そして、小さな前脚――というより「手」をこちらに向けてゆっくり上下させ、再び頭を下げた。
山根と新堂は、思わず目を潤ませた。
やがて、「彼女」は森の奥へと消えていった。
「新堂少佐。『卵』の輸送は?」
「完了しています。なるべくメスの近くに置いて輸送したのがよかったのでしょう。砂浜に設置をはじめています。」
「そうか・・・あと何カ月もせずに『彼女』たちの子供が生まれることになるな。」
「はい。しかし――驚きました。マーシャルに恐竜が生き残っていたなんて。それに、この島も。」
新堂少佐は、彼らがいる「幻の島々」を見渡した。
この島は、北緯28度75分から30度12分、東経157度39分から159度01分にかけて点在する比較的大きな島嶼の一部である。
まだ環礁になっていない島々であるが、ハワイなどと同様に太平洋ホットスポットの作用により誕生した島嶼と思われ、大小6つの島が点在している。最大の標高は100メートル前後であるが、この周辺で多く発生する霧や海流の温度差により生じる蜃気楼のおかげで目視による確認はよほど運がよくないと不可能である。
温暖な気候から植生は小笠原諸島のそれによく似ており、周囲を流れる小笠原海流の分流によって年中ほぼ一定の24度という温暖な気候がはぐくまれていた。
しかし、この島々から一歩外に出れば、深さ4000メートル以上にもなる深い海が横たわっており、漁場となるには不満があった。
そのため、海図には軍管理下として記されてはいるが、そこに接近する船はほとんどいない。
接近ができるようになったのも、精密なジャイロコンパスとレーダーの装備ができるようになった近年であった。
一時期ミッドウェー島を目標にする航空基地を建設することも考えられたが、前記の理由で御破算になり、この小島の列は忘れられていた、はずだった。
- 535. ひゅうが 2011/12/18(日) 01:39:42
- 転機が訪れたのは、1943年初頭。
核実験場となるビキニ環礁周辺の調査が行われた際である。偶然立ち寄ったレチル島において、なんと「生きた恐竜」が発見されたのだ。
だが、日本政府はかつてニホンカワウソやニホンオオカミの保護で大いに苦労した経験からこのことを公表せず、その希少性に鑑みて南洋諸島からの「移送」を決定。
秘密裏に部隊を派遣したのであった。
それに同行した山根博士と新堂少佐は、苦労を重ねつつも恐竜の驚くべき知能に助けられてこの忘れられた島々への移動を成功させていた。
「にしても、新堂さん。あなたの熱意はすごかったですな。『まるで前から「彼女」を知っているような態度で堂々と群れの中に分け入って行った』勇気には感服しました。」
山根には、この旅の間に抱き続けていた疑問がある。
時には涙を流すほどの思い入れで「彼女」と心を通わせた新堂少佐は――
「いえ。少し、夢見が悪いので。」
新堂少佐ははにかんだような表情で微笑した。
そして何かをごまかすかのように話題を転じる。
「博士。そういえば、『彼女』たちの名前、どうします?」
山根は、言った。
「そうですね・・・ゴジラザウルス、というのはどうでしょう?」
新堂少佐の目が驚愕に見開かれたのを見て、山根の疑念は確信に変わった。
【あとがき】――ネタ元はあの水爆大怪獣映画の平成版です。
vsキングギドラは、突っ込みどころの多い設定ですが、あの新堂会長と向き合うシーンをもって傑作になったのでは・・・と思う次第。
核実験場がビキニ環礁なので、思いついた次第です。
- 536. ひゅうが 2011/12/18(日) 01:46:41
- >>533
>>535
というわけで某怪獣王ネタと、世界を超えた再会のお話です。
憂鬱世界の片隅で奇跡が起こっているというネタを考えていたらなぜか新堂会長との再会話にw
なお、作中の島々は実在しません。詳細は中ノ鳥島で検索すれば分かるかなと思います。
最終更新:2012年01月01日 00:27