太平洋戦争は一進一退の様相を呈していた。
国境を越えたアメリカ軍は瞬く間にカナダを制圧し、日本軍が待ち構えるアラスカを奪還せんと攻勢を強めていた。日本軍は海上戦力の優勢と高性能兵器の数々で何とか持ちこたえられてはいたが、このままでは1945年をアラスカで迎えることは出来そうになかった。
一方、途中参戦したイギリスは日本以上に劣勢だった。運か不運か、太平洋へと回航できなくなった艦艇が大西洋ではわんさとあったのだ。日本軍による戦略爆撃により、その生産能力は大幅に減少したが、それでもロイヤルネイビーに匹敵するほどの海軍力を誇っていた。とは言え、その実態は速成士官と新米水兵ばかりであり、額面通りの戦力とは言えなかったが。
だが、日本海軍は太平洋をほぼ自分の庭先にしてしまった為に、余剰戦力が生じ大西洋に艦隊を派遣していた。その為、大西洋では日英海軍と米海軍が睨み合いをするという膠着状態が続いていた。
そんな中、とある作戦が日英で実行に移されようとしていた。
「で、俺たちがここにいると言う事だ。」
「何言っているんですか?」
すっかりと日本語が達者になったニュカネンが突然独り言を呟いた大隊長を心配して思わず声をかけた。大隊長はそれに答えず、頭を両手で抱えた。
「なんか、フィンランドからこっち、貧乏くじばかり引いている気がする。」
「いやいや。違うでしょう。むしろ期待されているでしょうに。」
ニュカネンはこれまでの戦果を思い出したのか笑いながら大隊長を慰めた。ニュカネンは、これまでの戦果が故郷に伝わった結果、地元の英雄として扱われているらしい。
現在の国際情勢では帰国するのも難しいが、時折届くフィンランドの両親や親類からの手紙には、ニュカネンを紹介してくれと言う女性がかなりいると言う事が書かれているようであった。自分が帰国した時の事を思い浮かべると、自然と笑みが浮かぶのも納得だ。
だが、一方の大隊長は笑うに笑えない状況だった。それは、彼がいる場所が問題だった。今彼がいる場所は航空機の中だった。時折爆発音と共に機体が大きく揺れる。高射砲の砲撃だ。
「何だってカナダ奪還する前にワシントン攻撃するんだよ・・・。」
そう、今回の作戦は
アメリカの頭脳であるワシントンD.C. を急襲し、占領すると言ういうものなのだ。通常ならば自殺行為であり、発案者の頭の中身を疑うほどの代物であるが、当のアメリカの中枢にこちらに同調するものがいれば話は変わってくる。
そう、腹黒で定評のあるイギリスの懐柔により、ワシントンには日英の作戦を支援するもの、と言うよりも日英との講和を願う者がかなりの数存在しているのだ。これまでの日本との戦争でかなりの死傷者がでており、アメリカの金融の中枢であるニューヨークは消滅。国内経済は無理な生産と配給によりガタが出始めていた。このまま戦争を続ければ、日英に対して勝利できても国が崩壊する。それを憂いた者たちが日英との講和を求めていたのだった。
「そりゃ頭を押さえれば手足は動けませんからね。それに海軍がカナダ沖で陽動しているらしいですから、こっちには兵力が少ないって説明を受けたじゃないですか。」
日英海軍はカナダ奪還を目指し、セントローレンス海に艦隊を展開し上陸作戦を行っていたのだ。もっとも、本物の上陸作戦ではなく陽動が目的であり、輸送船の中身は空であった。それらを阻止せんとしたアメリカの艦隊はスクール水着最高!と叫ぶT督達と開戦からこっち主役となった空母艦載機により撤退に追い込まれていた。いくら数を揃えても将兵の質が低ければ、脅威足りえないのは冬戦争を見れば明らかな事であった。
その時、機内にブザーが響き渡った。
「降下用意!降下用意!」
大隊長は立ち上がり腹の底から声を上げた。それに反応して機内にいた男達が次々と降下準備を始める。これから空挺降下を行い、アメリカの政治中枢へ殴り込みをかけるのだ。
1分もかけずに全員の降下準備が完了し、後はその時を待つだけであった。そして、その時はすぐに来た。
「よし!降下!降下!」
機内から一人ずつ次々と部下が飛び降りていく様を見ながら、大隊長は今回の作戦が成功するのを願うしかなかった。そして、彼もまた飛び降りた。
242 :Monolith兵:2014/03/04(火) 07:14:45
降下から数時間、夜が明けた頃に大隊長は部下の殆どと合流する事ができていた。アメリカ軍は協力者のお陰か、まだ到着する気配は無かった。途中警官や武装した市民に出くわしたが、何十人もの兵士に銃を向けられてはいくら諦めの悪いヤンキーでも両手を挙げるしかなかった。そうして、次々と部下と合流してこの街の中心部へと歩みを進めていた。
「流石に守りが堅いな・・・。」
大隊長率いる部隊は現在ホワイトハウスを守る兵士達と銃撃戦をしていた。最初こそ少数だった敵は、銃撃戦が続くにしたがって数が増えていき、中には警官や武装した市民までもが集まってきていた。
本格的な援軍が日英の協力者の妨害で遅れているとはいえ、ワシントン市内にいる兵士の数だけでもかなりの数だ。空挺部隊は全部で1個師団相当投入されていたが、市内各所に分散してしまい、ホワイトハウスまで辿り着けたのは彼の大隊だけであった。しかも、本来の部下でない者も混じっている上に人数も200人程度であった。
「畜生ここまで来て!イリヤの分まで頑張らないといけないというのに!!」
敵兵をライフルで撃ち倒した船坂が叫んだ。彼はパラシュートが開かず死を覚悟していた時に、イリヤにパラシュートを貰い九死に一生を得たのだ。そして、当のイリヤはというと、手持ちのパラシュートを渡した為にポトマック川に堕ちてしまった。高度数百メートルからの落下である。もはや生きてはいないだろう事は想像に難しくなかった。
「糞ッ!このままじゃ敵の援軍が来てしまう!いや、それ以前に大統領が逃げてしまうぞ!!」
ニュカネンが焦りを隠さずに叫んだ。大隊長はもはや玉砕覚悟で突撃するかと思いかけたその時、遠くから銃声が連続して響いた。敵兵の持つ物でなく、日本軍の突撃銃の銃声だ。
「味方だ!味方が来たぞ!!」
誰かが叫んだ。それに部隊のあちこちから歓声が上がり、それまでの閉塞感は消え去っていた。
「見ろ、奴ら浮き足立っているぞ!」
部下の一人が敵兵を指差して叫んだ。確かに敵兵は挟撃されるのではと思っているのか、攻撃の手が緩んでいるようだった。
「よし!総員全力射撃!」
大隊長の号令に従い、全員がこれまでの比にならない程の銃弾をアメリカ兵に叩き込んだ。それにアメリカ兵たちは怯んだ様子だった。
「総員着剣!突撃用意!!前にぃ、突撃ぃ!!」
大隊長はその隙を見逃さず、突撃命令を下した。そして、彼も銃剣突撃を開始した。
「怯むな!進めぇ1!」
喉が潰れるかと思うほど声のあらん限り叫び、引き金を引いた。衝撃と共に銃口から銃弾が吐き出され敵兵へと向っていく。後方の軽機も味方に当たらぬよう援護射撃を行い、突撃する兵士達も銃撃していた。
途中で敵兵の銃撃に多くの日本兵、フィンランド兵が倒れたが、それに怯まずに突撃を続け、とうとうホワイトハウスの柵壁に取り付いた。柵をよじ登る時に銃撃され倒れる日本兵や銃剣で突き刺され絶叫を上げるアメリカ兵たちなど、ホワイトハウスは血みどろの白兵戦によって赤く染まった。
戦闘は一見日本側が押しているようで、アメリカ側を中々崩せずにいた。元々アメリカ兵の方が数が多く、日本側は高い火力で戦力差を補っていたし、銃剣術では日本側に分があった。だが、それでもアメリカはしぶとかった。だが、そのアメリカ兵たちの粘りも限界が来た。
突然ホワイトハウス内部から連続して銃撃音と爆発音が響いたのだ。その音にアメリカ兵たちの士気が見る見るうちに低くなっていった。もはや日本側の優勢は誰が見ても明らかであった。
「ホワイトハウス内部に突入するぞ!我に続け!!」
大隊長は近くにいた部下達を呼び寄せ、ホワイトハウスに突入した。しかし、彼は突入してすぐに予想外の光景を見ることになった。
「大隊長、目的は達成した。こいつはもう俺達の捕虜だ。」
大隊長の前に現れたのは、ヒューイ・ロング米大統領を俵抱えにしたイリヤ・レジネンスキーだった。そう、高度数百メートルからポトマック川に墜落したイリヤは何と生きていたのだ。余りの光景に大隊長は開いた口が塞がらなかった。
気がつけばホワイトハウスの周りで行われていた戦闘は、日本側の勝利に終わったようだった。イリヤがロングを抱えたまま外に出ると、日本兵達の歓声とアメリカ兵たちの嗚咽が当たりに響き渡った。
日本が、アメリカとの戦争に勝利した瞬間だった。
おわり
最終更新:2014年03月23日 12:06